眠り姫の憂鬱

月咲やまな

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本編

【第三話】彼の望み(アステリア談)

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「百年の眠りから姫が目覚める時、この地にかかる眠りの魔法も茨の呪縛も全て消え、眠る大地は全てを取り戻す。そこを私達狐の一族が、美味しく頂こうと思いましてね」
『ふざけないで!この国の土地は、苦労して開拓してくれた我が民達と王家のものです』
「えぇそうですね。だから、私は貴女を——アステリア姫を妻として頂こうかと。姫と婚姻を結べば、この国の王族となった私の眷属をこの地に受け入れる事は当然の流れでしょう?唯一この国で動けていた侍女はもういませんよ。さぁ、お姫様はどうします?」
『そんな事を私が受け入れるとでも!?』
「貴女の侍女は確かに言いましたよ、『勝負に負ければ私に全てを差し出す』と。彼女の言う"全て”という言葉には、当然姫をも含まれますよね」
 彼女には勝算があったからそんな約束をしたのだろうが、この結果を前にしては恨み言の一つでも言いたい気分になってしまう。
「さて、そろそろ体にお戻り下さい。貴女の時間は、正午を知らせる鐘と共に流れ始めた。早く体に戻らなければ、もう一生この体に戻る事は出来なくなりますよ?」

『そんな…… あの子から聞いていた、魔法使いの約束と違うわ!』

 私が十三番目の魔法使いから呪いをかけられた時、十二番目の魔法使いが使った『糸車の針が刺さり、百年眠る』魔法には続きがあったそうだ。
 それは『百年後、王子様のキスでアステリア姫は目を覚ます』という内容だったらしいと、侍女のヴァルキリアが、私がこんな姿になってしまった後、励みになればと教えてくれた。
 この牢獄の様な眠りの世界から私を救い出してくれる素敵な王子様が来てくれる事だけを心の支えとして、ずっと今の生活に耐えてきたと言うのに——

 ま、まさか、そんな大事な日に来たのが、獣人族の狐だなんて!!

「…… 魔法使いの約束?あぁ、そんな話もありましたね。目覚めの合図は確か"王子のキス”でしたっけ。王子ではないですけど、王でもまぁ問題ないでしょう。そんな事は誤差の範囲ですよ」
『ふざけないで。私はそもそも獣の妻になる気などさらさらありません。お前に目覚めのキスをされるくらいならば、一生体に戻れないままでも構いません!』
「おや、それは残念です。貴女が目覚めなければ、私にとってこの地など魅力的では無いというのに」
『そうでしょう?なのでもう帰って頂戴。二度と此処には来ないで!』
「残念ながら、帰るという選択肢はないのですよ。城下ではもう、私の家臣達が大地の目覚めを待っているのでね」
『獣達にこの地を奪われるとわかっていて、お前の言うとおりにする程、私は馬鹿ではないわ』
「奪う訳ではないですよ、共存です。我々ももう、森ので生活には飽き飽きしていましてね。街で自由に生活出来る権利が欲しいだけですよ」
『獣風情が何を!』
「その獣にも劣る、数の多さだけでどうにか成り立っている者達だというのに、随分と傲慢な言葉だ。多少の魔力の心得のある王家の人間と魔法使い達以外は、簡単に力負けする程度の存在のくせに」
 嘲る様な顔をし、ヒョウガはアハハハッ!と声をあげて笑い始めた。
「体に戻れば、貴女にもある微々たる魔力でどうにか出来るかもしれませんよ?さぁどうします?」と言うと、ヒョウガはベットに横たわる私の体にかけられた綺麗な刺繍のあしらわれたシーツをバッと勢いよく剥いだ。
「あぁ…… 人間だというのに、とっても綺麗だ。百年前と何も変わらない。この錦糸の様な長い髪に、何度触れたいと想った事か」
 ヒョウガがぼそっと呟き、私の髪に優しく口付けをする。
『触らないで!!』
 王族としては恥ずかしいからくらい酷い声で叫んでしまった。
「嫌なのなら、抵抗すればいいじゃないですか。ほら、今なら体に戻るだけで、すぐに私を止める事が出来ますよ?」
 白く長い手を私の胸の上に置き、ヒョウガがシャッと長い爪を猫の様に露にする。そして、くっと私の体に着せてあるドレスに爪をかけると、ニタッと気味の悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと爪先でドレスを引き裂き始めた。
『な!?何をしているの?着れなくなるじゃないですか!』
「いいじゃないですか。百年も着たんだ、もういい加減新しいドレスを着るべきです。例えば、そうですね…… 白いウェディングドレスは如何です?最高の仕立て屋をお呼び致しますよ」
 ククッと短い笑いを漏らし、今度は私の長いスカートをヒョウガが捲りだす。
『やめてぇ!触らないでっ』
「どんなに叫んでも無駄です。やめろと言われた程度で止める気など全く無いですし、どんなに貴女の精神体が叫ぼうとも、私にはその声を聞かないという選択肢だってあるんですからね」
『そんな——』
「あぁ…… なんて白い肌だろうか。この長くて細い脚は、人間にしておくには惜しい程に美しい」
 ヒョウガは賛美の言葉を口にすると、私の足を手に取り、ストッキングに包まれたままである足の甲に軽くキスをした。
 満足気に微笑み、私の足をそっと丁寧にシーツの上へ戻すと、ヒョウガは私の体に覆いかぶさり、瞼の重く閉じられている顔に両手で包む様に触れ、今度は右の頬に優しいキスをした。
 チュッ、チュッと軽い口付けを何度かし、そのまま右耳の方へとヒョウガの唇は移動していき、カプッと私の耳を甘噛みしてくる。
『きゃああっ!』
 噛まれた感触が精神体でしかないはずの“私”にまで伝わり、驚きのあまり大声で叫んでしまった。
 その声に驚き、甘噛みしていた口を即座に離し、ヒョウガが“私”を見上げる。
 しばらく黙ったまま私をじっと見ていたが、耳を噛まれた感触のせいで頬を赤く染めている“私”の様子を確認すると、次第に端整な顔がニタァと悪戯っ子の様な表情に変わっていく。

 どうやら、彼にとっては予想外の、私にとっては最悪の事態が発覚した様だ。
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