近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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エピローグ

新婚生活①

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 烏丸透からすまとおる綾瀬奈々美あやせななみを守った事で額の左側に傷跡が残る程の大怪我をし、その負い目から彼女が『責任を取る!』と宣言したのは今から十七年前の六月九日だ。
 幼馴染という関係のまま時が過ぎ、二十五歳となった二人は、宣言日と同じ日に結婚式を無事に挙げるに至った。特に拘りのある日付が他には無く、烏丸の母親の独断で既にその日が数年先まで全て予約済みであったのと、ついでに六月の花嫁にもなれるし丁度良いだろうという理由で。

 ゲームの聖地でもある憧れの教会で、透の母方の曽祖母が昔着た白無垢をマーメイドラインのドレスに仕立て直した物にその身を包んだ奈々美と白いタキシード姿の彼の嬉しそうな顔は、長年二人を見守り続けてきた一同を安堵させるに充分なものだったという。誓いのキスの長さには参列者全員が辟易したそうだが、二人の両片思いの期間を知っていた者達はすぐに、『仕方ないか』と納得出来たそうだ。

 十七年前にはまだ子供だった奈々美が罪悪感から言った言葉を透の母親である透子とうこは鵜呑みにした訳では無かったが、『父親であるたけるの血を受け継いだウチの息子が絶対に奈々美ちゃん彼女から離れるはずがない』と思い、二人が結婚しても問題無い下地をコツコツと作り続けていた。その甲斐あって透は比較的真っ当に育ち、奈々美の同意もきちんと得てから式を挙げたおかげですっかり安心したらしく、肩の荷が下りた気分だと話していた。一方、威は『これで透子さんを独占出来る』と相変わらずな喜び方をし、妻にドン引きされていたそうだ。

 綾瀬夫婦はいつも通りのんびりまったりと娘の門出を祝い、烏丸家と親族関係になった事をおおいに喜んだのだとか。とんだ魔窟に嫁いだかもしれない事など気にもしていないみたいだ。もしかしたら気付いてもいないのかもしれない。

 透とは違ってそれなりに友人がいる綾瀬は彼女達も挙式に招待し、大絶賛されていた。揃いも揃って、乙女ゲーム『君の愛は重た過ぎる!』クリア済みの者達ばかりだった為、『本当に、あのスチルと同じ教会だ!』と大喜びし、とても楽しんでもらえた様だ。
 烏丸家側の都合で挙式後の披露宴をおこなわなかった為、友人達とは後日改めて食事会をしようと約束した。その話しを彼にしたら、『烏丸が嫉妬で拗ねるだろうな』と奈々美は思っている。それでも強行するが。


       ◇


 聖地での挙式の後。
 綾瀬家の面々に『呪文みたいな広さのマンションだね』と言わしめたマンションの一室に二人は帰って来た。入籍はしていたものの、昨日までは別々に暮らしていた為、二人で暮らすのは今日が初めてだ。
 今はまだ二人暮らしだが、将来を見越してと居間やリビング以外にも五部屋あり、一軒家の間取りをそのままマンションの中に詰め込んだみたいな室内を見渡して、奈々美は「…… 何度来ても、モデルルームみたいだなぁ」と呟いた。

 居間にある大きめの窓の向こうは近隣の街並みが一望でき、大きなベランダまである。高層階なので日によっては風が強くて洗濯物を干すには不向きだろうが、日光浴をするには丁度良さそうだ。居間などに置かれた家具は全て新しく購入した物で、高級そうなものばかりがずらりと並んでいる。飾ってある小物などもお洒落な物だし、大きな観葉植物などもあって、奈々美の言う『モデルルームみたいだ』という表現がピッタリだなと透も思った。

 他にも共有の仕事部屋、資料の本などを置いてあるだけの部屋、ベッドといった寝具の類を置く事を禁止した個々の私室、二人の寝室を用意したが、それらも全て家具は買い替えた。奈々美が今まで使用していた家具類は全て透が個人で借りている倉庫の中にコレクションとして丁寧に保管されている事を、彼女は知らない。

「…… 新居だからって、何も全部の家具を買い替えなくても良かったのに」

 天井を仰ぎ見ながら呆れ声で奈々美が言った。
『綾瀬の使用済みの家具が欲しかったから』とは正直に言えず、「ほら、新婚だし。ばあちゃん達が出してくれたから綾瀬には迷惑はかかってないだろう?」と、透が奈々美から視線だけを逸らす。メカクレのおかげで気不味く思っている事は、奈々美には伝わらずに済んだみたいだ。

「それが、申し訳ないって思ってるのに。なんか…… こうも色々買ってもらっちゃってると、財産目当てで結婚した女みたいじゃん」
「祖母と曽祖母的にはむしろ、金で逃げないで貰えるならそっちの方がいいって感じじゃないかな」

 透の頭の中に姿も知らぬ祖父と曽祖父のシルエットだけが浮かぶ。父親も恋愛面では難点しか抱えていないタイプなので、烏丸家・猫田家の女性陣達が不安に思っている事が手に取るように想像出来た。

「じゃあ私は、この部屋に監禁されちゃうのかな?」

 上目遣いで奈々美が透を見上げる。
「反則だって、そういう目は」とこぼし、透が額を押さえた。今すぐにでも近くのソファーに押し倒したい衝動に駆られる。だが今日は特別な日だ。こんな日にいきなり無体はすまいと自分に言い聞かせ、透は軽く息を吐くと、「誘惑すんな」と言って奈々美の額を指先で弾いた。
「あだっ!」
 品のない声を出し、奈々美が額を摩る。弾かれた箇所がちょっと赤くなっていたが表情はとても嬉しそうだ。

「コーヒーでも飲むか?その…… 夜は、長いし」

 言外に匂わせた意味を的確に読み取り、奈々美の頬がカッと熱くなった。
 入籍は何週間も前に済ませてはいたが、今までずっと別々に暮らしていたので、今夜が二人にとっての“初夜”となる。こんな日にヤル事なんて一つだけだ。お互いがお互いにこっそりと避妊用品を買い、鞄の中で待機している。旅館での一夜では子供が出来ていなかった為、『孫待ちされてるから長くは無理だけど、せめて半年くらいは新婚生活を楽しもうか』と何気なく話していた言葉をそれぞれがきちんと守ろうとした結果だ。

 以心伝心。どうして今までずっと、『もしかすると自分達は両片思いなのでは?』という考えに辿り着かなかったのか不思議になるレベルで、同じ事を考えていたのだった。
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