近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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最終章

好転する関係②(烏丸・談)

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 ここ最近、俺が改めて思った事。それは——

 綾瀬は押しに弱い!

 筆が一向に進まず、参考の為にと壁ドンをせがまれた頃から薄々そんな傾向があるなとは思っていた。じゃなきゃ四つん這いになって怪しいアングルからの写真だとかを撮らせてくれる訳がない。ましてや幼馴染と入籍なんて絶対にしないだろう。…… 俺がいなかったら詐欺に合いそうなタイプだ、完全に。

 二次元を愛してきたから綾瀬には付き合っている相手が絶対にいないとはいえ、本当にコレでいいのか?

 そう心の片隅では思いつつも結局は我を通してしまった。綾瀬は充実したオタク生活を過ごしてはいるが『生涯喪女のままよりかはいいのでは?』と自分に対して勝手な言い訳をしているうちに、入籍をした日から何週間も経過した。その間は主に仕事の合間を縫って引っ越しの用意をして過ごし、綾瀬に会う事は一切無かった。

 戸籍上では夫婦となっても、相変わらず距離感は幼馴染のまんまだ。

 そんな状態の中。SNSでの連絡を繰り返し、綾瀬と一緒に出掛ける約束を勝ち取った俺は『当日は俺が家まで迎えに行く』と宣言して、今さっき彼女を拾って車の助手席に乗せたところだ。
「シートベルトしたか?」
「うん、大丈夫」
 逢うのは久しぶりだったが、これといって彼女の態度に不審な点はなく、普通に接してくれている。前回から数週間も空いた事を綾瀬の方は何とも思っていないみたいだ。仕事で忙しかったのかもしれないが…… 正直、自分の存在はその程度のものなんだなと痛感して、ちょっと寂しく思ってしまう。
「じゃあ出発しようか」
「了解」
 そんなやり取りをしてから車を走らせる。

 五分程経った頃だろうか。ずっと黙っていた綾瀬が、「…… いつの間に、免許取ってたの?」と訊いてきた。
「ホント最近だよ。旅行の話をしたくらいの頃から、だな。最短取得の為に合宿に入るって手もあったけどそれは嫌だったから、コツコツ近所の教習所に通って先日合格したばっかだ」
「若葉マークの車なんて久しぶりに見たよ」
「カッコ悪いとか言うなよ?付けないとマズイんだから」
「言わないよ、んな馬鹿な事。…… でも、前見えるの?」

 メカクレのまま運転してりゃ気になるのも当然か。

「見えてるから大丈夫だって。気になるならヘアピン使うけど」
「そうだね、その方がいいかな。下手したら警察に止められそうだし」
「ははは、ウケる」
「ウケないよ⁉︎今の、何処にもウケる要素無かったからね?」
 教習所での実習時。開口一番教官から『前髪邪魔でしょ!』と怒られた事を思い出す。それ以降はちゃんと前髪をヘアピンで留めながら運転していた。だからか女性の教官の度に変な顔で見られて不快だったので、早々に卒業出来て本当に良かった。髪を上にあげると顔の傷が目立ってしまうから、どうしたって人の目を引く。だけど綾瀬は気にしないでくれるから本当に嬉しい。
「コレでいいか?」
 信号待ちの間に前髪をピンで簡単に留め、綾瀬にお伺いを立てる。
 満面の笑みを顔に浮かべながら「バッチリ!」と親指を立ててくれ、俺はそんな彼女に笑顔を返した。


「——ところで、今日の行き先って?式場の事前見学だって事は認識してるけど…… 」
 更に十五分程走行した頃、綾瀬が今日の行き先を訊いてきた。だが個人的にはこのまま秘密にした状態で連れて現地まで行きたくって、「まぁまぁ、どうせ所在地言われてもピンとこないだろ?」と言って誤魔化す。
「…… うぐ。そりゃまぁそうだけど。でもなんかさぁ…… 自分の式のはずなのに、どんどん勝手に決まっていってって、どうしても他人事みたいなんだけど」
「んでも最終的な日程の決定権は俺達にあったし、ドレスのデザインもあの後詳細まで選ばせてくれたじゃん。友人や仕事の関係者を招待する訳でもないから、用意ったって実際問題そんなに無いしな」
「まぁ…… そうだけど」
 双方の両親達にどんどん決められてしまった印象が強いが、せいぜい諸所の予約電話を向こうがやってくれたりとか、ばあちゃんに日取りや時間の連絡などをしてもらったくらいだ。あぁそうだ、他には新居の用意と引っ越しの業者の手配と家具の注文も代行してくれていたか。
 派手な事が二人揃って嫌いだから披露宴を挙げる予定も無いし、そもそも親戚しか呼ばないから、招待状の用意だ余興だなんだも必要無い。そのせいで俺達は何もやっていない気がしているのだろうが、そもそもやる事が少ないので文句を言われても困る。一番の心配は『式を挙げたくはない』とごねられる事だったのだが、それが無いだけ良しとするか。
「…… 式場、かぁ…… 」
 不服そうな声で呟き、綾瀬が溜息をついた。
「憧れてる場所…… あったんだけどなぁ」

 知ってる。

 とも言えず、「それは悪い事をしたな…… 」と無難に返す。
「父さんの取引先だから優遇してもらえるって理由で両親が勝手に選んだ事は、ホントすまないと思ってる。んでもまぁ…… 後は現地を見てみてから考えてくれないか?どうしても不満だったら、キャンセルしても構わないから」
「うん…… わかった」
 納得してはいないかもしれないが、綾瀬はひとまず引いてくれた。今ここで揉めても仕方ないと思ったのか、それとも全てを諦めたのかはわからないが、『後悔はさせない場所だ』とだけでも言いたい気持ちをぐっと呑み込む。此処で言ったら全てが台無しだから。

「そうだ。道中に、遠くだけど海が見える展望台みたいな場所があるんだ。飲み物でも買って、そこで少し休憩でもしないか?」

 今が真夜中なら、座席を倒すか後部座席に移動していちゃつきたい所なんだが、初夜も迎えていない俺達では無理なのが残念だ。現状のままでは戸籍上だけの夫婦なのでこの先二度目の閨事があるのかもあやしい。…… いつかでもいい、免許を取った甲斐があるといいのだが。
「いいね。カフェオレとか飲みたいなー」
「よし。確かこの先にドライブスルーがある店があったはずだからそこに寄ってから向かうか」
「うん!」


       ◇


「思った以上に海が遠いなぁー!」
 温かいカフェオレの入るカップを手に持ち、乗って来た軽自動車に寄り掛かりながら綾瀬が笑った。
 小高い丘の一角にあるこの展望台の様なスペースは遠距離ドライバーの人達が仮眠する場所として利用する事が多いみたいで、隅の方に大型車が数台とまっている。ふむ、どうやら景色を眺めに来ているのは俺達だけみたいだな。

 街を一望でき、綾瀬の言う通りかなり遠くに方に海が見える。晴れている時ならもっと綺麗なのだろうが生憎今日は少し曇っているので見晴らしがいいなというくらいの感想が丁度いい程度だ。それでも、綾瀬と二人で見ているんだってだけで特別に思えてくる。
「…… ねぇ」
「ん?」
「烏丸は…… 」まで言って、綾瀬の言葉が途切れた。続きを言い淀み、カフェオレの入るカップに視線を落とす。
 何かとても言い難い話を持ち出したいみたいだ。

「今の現状に、不満は無いの?」

「…… 不満?」
 そりゃ、ある。正直あるけど、せいぜい、『一刻も早く一緒に住みたい!なのに同居は挙式の後って事になった現状』に不満を持っているくらいだ。『早く二度目の交合に持ち込みたい!』ってのは願望の範囲だろうから、ちょっと違うか。
「だって…… 今の現状って、烏丸のおばあちゃん達の勘違いから始まった流れでしょ?本当はもっと違う未来があっただろうに、それを選び難い状態になったのに…… 烏丸は平気なのかなって、思って」

「そう言う綾瀬はどうなんだ?立場的に『私を巻き込むな』って一蹴しても問題無いだろうに、何で此処まで付き合ってくれているんだ?」

「…… え?あ…… 」
 言葉が咄嗟に出てこないのか、綾瀬が黙ってしまった。追い立てる様な真似はせずにじっと続きの言葉を待っていると、やっと考えがまとまったのか、ポツポツと話してくれる。

「私はほら、このままいったら結婚なんて無縁のまま人生終わったろうから、これもいい経験かなって…… 思って」

 そう言う綾瀬の右手の薬指には曽祖母ばあばが贈ってくれた赤い糸で作った指輪が嵌っている。それをじっと見詰めているみたいだが、綾瀬の表情が見えないせいで何を考えているのかまでは全く読めない。
「だけどね、烏丸には…… ちゃんと、趣味嗜好に合った道筋もあったんじゃないかなって思うの」

 また出た、“趣味嗜好”という言葉。
 綾瀬の中で随分と拘っている言葉みたいだが、何をそんなに気にしているんだ。

「だからね、その…… ちゃんと好きな人が出来たら…… 言って欲しいな。後腐れなく別れるし、ちゃんと幼馴染として応援もするから!」
 真剣な眼差しを向けながら言われたが、頭ん中が真っ白になった。

 何を言っているんだ?お前は。

 じゃあ何か?『だから私に好きな人が現れた時にも後腐れなく別れてね。応援してくれるでしょ、幼馴染として』とでも言いたいのか。…… 無理だ、嫌だ、絶対に離したくない。今の立場を譲る?好きな人がいるならしょうがないかって、割り切れるとでも思っているのか?

 出来ない、絶対に絶対に絶対に。
 んな戯言は大概にしてくれ、頼むから。

 自分の表情が歪むのがわかるが制御出来ない。それを見せまいと慌てて髪を留めていたピンを外して目元を隠し、口元を左手で覆う。
「…… 綾瀬も、同じ様に望むのか?」
 やっと出た声が低くって自分でも驚いた。当然綾瀬もかなりびっくりしたみたいで、こっちを見上げてきた彼女の顔色は血の気が引いたみたいに真っ白だ。
「わ、私⁉︎無い無い無い!貴重な経験をさせてもらえるだけでもありがたいのに、こっちから、終わりなんて…… 」
 勢いのあった言葉が、途中から段々と小声になって消えていく。

「私は…… 烏丸の枷には、なりたくないんだ。君はほら、優しいから何でも私の言う事きいてくれちゃうでしょう?だから、その…… 好きな人に出逢えてもね、言い難くって、片思いで終わらせちゃうんじゃないかなって思うと…… それは嫌だなって、さ」

「俺は優しくなんかないぞ?相手が綾瀬だから、一緒に居て楽しいから隣に居るだけなんだし」
「…… ははは。やっぱ烏丸は、優しいよ。女の私相手でもコレなんだもん」

 ——ん?
 “女の私”の部分が、妙に引っ掛かる。随分と変な言い回しだ。

「今までは私のせいで他の人に出逢う機会がなかったから、現状に行き着いただけだと思うんだよね」
「別にそれでいいと俺は思ってるけど、綾瀬には何か問題でもあるのか?」
「私には無いよ。無い、けど…… 」
 酷く困った顔をし、視線を逸らす。まるで『どうしてわかってくれないの?』と言われているみたいだが、さっぱり真意が読めない。『私には』という事は、綾瀬にとっては、俺側には問題があるだろうと言いたいのだろう。だが全く思い当たる点が無いせいでイライラしてきた。

「何かあるならハッキリ言ったらどうなんだ?本心では式は挙げたくない、離婚もしたいって事か?」

 周囲から押されて仕方なく流されただけの綾瀬が本心ではこの状況を毛嫌いしているのなら、そう言って欲しかった。だからって別れる気は無いが、本音が聞きたい。
「違うよ!で、でも烏丸は…… 」
「俺は?」
「同性が…… 好きじゃん」

「——はぁぁぁっ⁉︎」

 想定外。あまりにも斜め上の理由が飛び出し、俺は手に持っていたカップを地面に落としたのだった。
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