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突き進む先にある関係
謝罪と相談③(烏丸・談)
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…… 褒められた、容姿を。
ずっと二次元が“恋人”で“婚約者”で“旦那”でもあったはずの綾瀬が、俺の容姿を誉めてくれた。
よし!と、無言のまま二度目のガッツポーズをとる。綾瀬にとって俺とのセックスは上出来だと感じたらしいし、焚灼に近い目に合う事は回避出来そうだ。
ならば、この流れで本物の婚約者に!——は、流石に高望みだろうから諦めるが、現実に存在する男の中では高位の存在にはなれるかもしれない。そんな期待が胸の中で勝手に膨らんでいく。
——ポンッ
高揚する気持ちを抑えきれずにいると、不意に綾瀬のスマホから通知音が鳴った。と同時に、画面の一番上に『四年前の今日は——』という文字と共に小さなアイコンが二つ、横長の通知画面に表示されているのが目に入る。そこにはアプリのマークと一枚の写真を切り抜いた様なものが。
「…… ん?」
数秒程度の表示だったが、写真には見覚えがあった。どこで?…… と少しだけ考えて、『あぁ鏡か!』とすぐに思い至る。
メカクレで黒髪、色白でタブレット用のペンで自分の頬を軽く叩いている感じの男。画面をガン見した訳ではなかったので確信は無いが、そんなの綾瀬の周囲では自分以外に該当者が思い付かない。
ごくりっと息を飲み、そっと綾瀬のスマホに手を伸ばす。
人様の私物の中身を覗き見る行為はマナー違反だ。それは充分わかっている。緊急事態という訳でも無いのに本人の許可もなく勝手に触って良い物ではない。だが普段の綾瀬は鉄壁のガードでスマホを管理しているタイプである。なので今は余程気もそぞろになるような心境だったのだろう。
きっとこんな機会はもう二度と無い。チャンスは今だけだ。
どうしても知りたい。
何故自分の写真が思い出の一枚としてアプリから観覧を勧められたのかを。
いやいや、たまたま珍しくその一枚が表示されただけだ。そうは思ってもやっぱりどうしたって気になってしょうがない。
ちょっとだけ。軽く写真フォルダのデータを覗くだけだから…… 。
言い訳にすらなっていない事を考えつつ、周囲の様子を一度見回して綾瀬がまだ戻っていない事を確認して、スマホをくるっと素早く回してこちら側に向けた。アプリのアイコンは覚えている。
早くしないと勝手に画面が消えるかもしれないので、もうこれ以上迷っている時間は無い。
視線だけを動かしてアイコンを探すが、トップの画面にはそれらしい物はない。だがスワイプした先の二ページ目に目的の物を見付ける事が出来た。
少しだけ迷ったが、それでもアプリを起動してみる。
パスワードなどを求められたら潔く諦めよう。
そう考えていたのに、あっさり写真を保存してあるアプリは起動し、全ての写真データ一覧を表示していった。
「こ、これは…… 」
たまに料理やコーヒーカップなどといった小物や日常の風景の写真はあったが、その大半がどう考えても見覚えのある姿しか保存されていないではないか。画面をスクロールして過去に遡っていっても、表示されるのはほぼ全てが——
まさかの俺、俺、俺。
「…… 」
理解が追いつかず、頭を傾げる。
何故大量の写真がクラウドに保存されているんだ?ただただ不思議でならず、全く理由が思い付かない。
この間の旅行写真から始まり、綾瀬の部屋のソファーでうたた寝をした時の顔や仕事中の様子、トイレに行こうと立ち上がったであろう後ろ姿などといった日常の写真が主だった。古いものになると、制服姿の写真や学校イベントのワンシーンなんかもある。
そんな写真の保存数はどう少なく見積ったって百や二百なんて甘っちょろい枚数ではない。まだ携帯電話を使っていた時代に撮ったと思われる写真もあった事から考えて、最低でも千枚は優に超えているだろう。
綾瀬はよくスマホ画面をガン見していた事が幾度となくあった。だが俺はてっきり綾瀬が好きなキャラクター達の画像や最新情報でも見ているのだと思っていた。もしくは小説の為の資料探しやネタ集めくらいだろうと考えていたのに…… まさか、あれらも俺の写真を見てた、とか?
淡い期待が胸の奥に生まれ、一気に広がっていく。
今まではずっと嫌悪感を露わにしていると思っていた行動や言動、怒りを隠せぬ赤みを帯びた顔色だと思っていた様々な表情が、ただの照れ隠しや高鳴る気持ちを隠そうとしてものだったのでは?と都合の良い解釈が頭の隅をよぎった。
いやいやいや、流石にそんな訳あるか。
頭を振り、綾瀬のスマホを再度回転させて元の状態に戻す。サイドにあるボタンを押して画面は非表示にしておいた。
一旦冷静になろう。深く呼吸を繰返し、息を吐く。
…… よくよく考えてみると綾瀬は、好きなキャラクターの話をする時は必ず二人セットで推していた。部屋に飾ってあるフィギュアやアクリルスタンドもカップルで置いてあるし、ポスターだって二人が並ぶ状態で貼っていた。数多のキャラ達を『好き!』ではあっても、一個人への感情ではないので常に傍観者の立場に立ち、自分をそのキャラの嫁にしたり恋人にしたりといった事は無かったなと今更気が付く。
アイツらを、綾瀬が婿扱いしたり恋人にしたいのだろうなと思っていたのは常に俺であり、綾瀬本人ではないじゃないか。
それに彼女はただの一度も言葉で俺の容姿を否定した事はなかった。冗談だと言って卑下する事も、貶す事もしていない。だが、発言は控えめながらも、褒められた事は多い。今まではずっと、二次元神キャラ達より相当容姿の劣る俺を励ます為のお世辞だと思っていたのだが、あれらが全て本心だったのだとしたら——
旅館でのあの一夜の出来事が、全く違う視点で見えてきた。
「…… よし」
意を決し、自分のスマホを手に取ってちょっとした調べ物をしてみる。絵を描く時にたまに使うからと、必要な小物を鞄から取り出し、普段から手のデッサンをする為にと持ち歩いている大きめの鏡も出す。
流石にそろそろ綾瀬もお手洗いから戻って来る頃だろう。急いで彼女の反応を試す用意をせねば。自分の推測が正しいのなら、綾瀬の心に一番近いのは…… 俺かもしれないから。
ずっと二次元が“恋人”で“婚約者”で“旦那”でもあったはずの綾瀬が、俺の容姿を誉めてくれた。
よし!と、無言のまま二度目のガッツポーズをとる。綾瀬にとって俺とのセックスは上出来だと感じたらしいし、焚灼に近い目に合う事は回避出来そうだ。
ならば、この流れで本物の婚約者に!——は、流石に高望みだろうから諦めるが、現実に存在する男の中では高位の存在にはなれるかもしれない。そんな期待が胸の中で勝手に膨らんでいく。
——ポンッ
高揚する気持ちを抑えきれずにいると、不意に綾瀬のスマホから通知音が鳴った。と同時に、画面の一番上に『四年前の今日は——』という文字と共に小さなアイコンが二つ、横長の通知画面に表示されているのが目に入る。そこにはアプリのマークと一枚の写真を切り抜いた様なものが。
「…… ん?」
数秒程度の表示だったが、写真には見覚えがあった。どこで?…… と少しだけ考えて、『あぁ鏡か!』とすぐに思い至る。
メカクレで黒髪、色白でタブレット用のペンで自分の頬を軽く叩いている感じの男。画面をガン見した訳ではなかったので確信は無いが、そんなの綾瀬の周囲では自分以外に該当者が思い付かない。
ごくりっと息を飲み、そっと綾瀬のスマホに手を伸ばす。
人様の私物の中身を覗き見る行為はマナー違反だ。それは充分わかっている。緊急事態という訳でも無いのに本人の許可もなく勝手に触って良い物ではない。だが普段の綾瀬は鉄壁のガードでスマホを管理しているタイプである。なので今は余程気もそぞろになるような心境だったのだろう。
きっとこんな機会はもう二度と無い。チャンスは今だけだ。
どうしても知りたい。
何故自分の写真が思い出の一枚としてアプリから観覧を勧められたのかを。
いやいや、たまたま珍しくその一枚が表示されただけだ。そうは思ってもやっぱりどうしたって気になってしょうがない。
ちょっとだけ。軽く写真フォルダのデータを覗くだけだから…… 。
言い訳にすらなっていない事を考えつつ、周囲の様子を一度見回して綾瀬がまだ戻っていない事を確認して、スマホをくるっと素早く回してこちら側に向けた。アプリのアイコンは覚えている。
早くしないと勝手に画面が消えるかもしれないので、もうこれ以上迷っている時間は無い。
視線だけを動かしてアイコンを探すが、トップの画面にはそれらしい物はない。だがスワイプした先の二ページ目に目的の物を見付ける事が出来た。
少しだけ迷ったが、それでもアプリを起動してみる。
パスワードなどを求められたら潔く諦めよう。
そう考えていたのに、あっさり写真を保存してあるアプリは起動し、全ての写真データ一覧を表示していった。
「こ、これは…… 」
たまに料理やコーヒーカップなどといった小物や日常の風景の写真はあったが、その大半がどう考えても見覚えのある姿しか保存されていないではないか。画面をスクロールして過去に遡っていっても、表示されるのはほぼ全てが——
まさかの俺、俺、俺。
「…… 」
理解が追いつかず、頭を傾げる。
何故大量の写真がクラウドに保存されているんだ?ただただ不思議でならず、全く理由が思い付かない。
この間の旅行写真から始まり、綾瀬の部屋のソファーでうたた寝をした時の顔や仕事中の様子、トイレに行こうと立ち上がったであろう後ろ姿などといった日常の写真が主だった。古いものになると、制服姿の写真や学校イベントのワンシーンなんかもある。
そんな写真の保存数はどう少なく見積ったって百や二百なんて甘っちょろい枚数ではない。まだ携帯電話を使っていた時代に撮ったと思われる写真もあった事から考えて、最低でも千枚は優に超えているだろう。
綾瀬はよくスマホ画面をガン見していた事が幾度となくあった。だが俺はてっきり綾瀬が好きなキャラクター達の画像や最新情報でも見ているのだと思っていた。もしくは小説の為の資料探しやネタ集めくらいだろうと考えていたのに…… まさか、あれらも俺の写真を見てた、とか?
淡い期待が胸の奥に生まれ、一気に広がっていく。
今まではずっと嫌悪感を露わにしていると思っていた行動や言動、怒りを隠せぬ赤みを帯びた顔色だと思っていた様々な表情が、ただの照れ隠しや高鳴る気持ちを隠そうとしてものだったのでは?と都合の良い解釈が頭の隅をよぎった。
いやいやいや、流石にそんな訳あるか。
頭を振り、綾瀬のスマホを再度回転させて元の状態に戻す。サイドにあるボタンを押して画面は非表示にしておいた。
一旦冷静になろう。深く呼吸を繰返し、息を吐く。
…… よくよく考えてみると綾瀬は、好きなキャラクターの話をする時は必ず二人セットで推していた。部屋に飾ってあるフィギュアやアクリルスタンドもカップルで置いてあるし、ポスターだって二人が並ぶ状態で貼っていた。数多のキャラ達を『好き!』ではあっても、一個人への感情ではないので常に傍観者の立場に立ち、自分をそのキャラの嫁にしたり恋人にしたりといった事は無かったなと今更気が付く。
アイツらを、綾瀬が婿扱いしたり恋人にしたいのだろうなと思っていたのは常に俺であり、綾瀬本人ではないじゃないか。
それに彼女はただの一度も言葉で俺の容姿を否定した事はなかった。冗談だと言って卑下する事も、貶す事もしていない。だが、発言は控えめながらも、褒められた事は多い。今まではずっと、二次元神キャラ達より相当容姿の劣る俺を励ます為のお世辞だと思っていたのだが、あれらが全て本心だったのだとしたら——
旅館でのあの一夜の出来事が、全く違う視点で見えてきた。
「…… よし」
意を決し、自分のスマホを手に取ってちょっとした調べ物をしてみる。絵を描く時にたまに使うからと、必要な小物を鞄から取り出し、普段から手のデッサンをする為にと持ち歩いている大きめの鏡も出す。
流石にそろそろ綾瀬もお手洗いから戻って来る頃だろう。急いで彼女の反応を試す用意をせねば。自分の推測が正しいのなら、綾瀬の心に一番近いのは…… 俺かもしれないから。
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