近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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突き進む先にある関係

綾瀬の外堀・後編(綾瀬・談)

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 ドッと嫌な汗が全身から滲み出てくる。一体両親はどこまで、何を知っているんだ。誰が話たの?という疑問も浮かぶ。烏丸サイドの人と両親は知り合いではないはずなのに何故。しかも烏丸と寝てしまった事までもうバレているみたいだ。なのに婚約はしていないどころか、お付き合いもしていませんだなんてビッチ発言を親になんか出来る訳がない!そうなるともう私は流れに任せてしまう以外に選択肢が浮かばず、顔は真っ青になり、体がガタガタと震えてしまう。

「…… 誰から、婚約の話を?」

 せめてこのくらいは知りたいと思い疑問を口にした。
『そりゃ、透子さんよぉ。でもね、透子さんも彼女のお母さんから聞かされたらしくって、「薄情な子だわ」って嘆いていたんだから』
「ちょ、ま!烏丸のお母さんと、いつ仲良くなったの⁉︎」

『いつって…… そうねぇ、確か奈々美達が小三くらいの頃から、透子さんとはママ友よ?ほら、透君が犬から奈々美を助けてくれた事があったでしょう?あの日以降ずっと仲良くさせてもらっているの。「いずれ親戚関係になるんだから今から仲良くしませんか?」って声を掛けられてね』
「——は?」

 十七年来の付き合いなの?しかも“いずれ親戚関係になる”って、根拠は何⁉︎

『透子さん、足が不自由でしょう?だからかなかなかママ友も作れなくって、子育ての相談が出来る相手もいなくって困っていたらしいの。でも、「綾瀬さんとなら良いお友達になれそうだわ」って言われて、お母さん嬉しくってそのまま仲良しさんになったのよ』
 ふふっと母が嬉しそうに笑っているが、多分透子さんが一番嬉しかったのではないだろうか?烏丸のお父さん…… 真面目で優しそうな雰囲気の超絶イケメンなのに、病みを含んだ笑顔を浮かべる人だから奥さんの友人関係まで管理していそうだし。

『烏丸さんのお宅に遊びに行くたびに旦那さんもいらっしゃるから眼福だし、毎週楽しくって』
「毎週⁉︎」

 そんな頻度で会っているの?私と烏丸より会えているじゃないか。

 ウチの親子仲は良いはずなのに、全っ然気が付かなかった。やんわりと口止めでもされていたんだろうか…… 。いたずらっ子みたいな笑みで『知った時の反応が面白そうだから内緒にしちゃいましょう』と透子さんに言われたら、ウチの母は『そうね』って秘密にしそうなタイプだもんなぁ。口が堅いのは美徳だが、娘相手には勘弁して欲しい。
 それにしても、「眼福って…… 」と、心配むき出しの声で言うと『やぁねぇ!』と母が大笑いをした。
『変な心配しないでよ。美術品に惚れる人はいないでしょう?それに、透子さんのうなじにいっつもキスマークを残しておくような旦那さんよ?あんな執着心丸出しの人なんかよりも私は、お父さんみたいに子犬っぽい人が好きなんだから浮気なんかしないわよぉ』

 不要な心配だったようで一安心だ。

 ウチの父さんは、母が言うみたいに例えるなら“子犬”だ。男性の平均身長もない程に小さく、ちょっとだけふくよかな体型でふわふわと笑う優しいタイプの人である。中小企業の事務員で収入も何もかも平凡な父だが、家庭をとても大事にする人なので夫婦仲はすこぶる良い。のんびりとした空気感のある母とはかなり相性が良いと思う。ただ、どっちもふんわりとした性格なせいで物事の収拾がつかない事もあるのが問題だが。

 そんな両親に…… 婚約はしていませんだなんて、やっぱ言い辛いよぉぉ。

『挨拶に来るの楽しみにしているわね。そうそう、透子さん達がね、お祝いにマンションを買ってくれたそうよ。広さは…… なんか呪文みたいな言葉だったから全然覚えていないけど、多分相当広いんじゃないかしら。駅や学校、病院も近いそうだから家族で住むには良さそうね。引越しの用意、ちゃんと面倒がらずにやるのよ?手伝いは…… 薄い本もあるし、やらない方がいいわよね?』

「マ、マンション⁉︎ちょ!や!駄目!そんなっ!」

 たった一週間の間にどうしてそこまで話が進んでいるんだ!行動力のある金持ちは厄介過ぎる!
 ってか、烏丸はどこまで知っているんだろうか。彼が主導でという事はあり得ないから、曽祖母の綾子さん達が喜び過ぎて、烏丸家の皆さんが動いちゃったパターンかもしれない。

「…… 引越しは、自分でやります…… はい」

 それにしても…… 母の気遣いが、痛い。実家に在住の頃から沢山イヤラシイ薄い本ばっか買っていたのもバレているのね…… 。母親の情報収集能力の高さは恐ろしい。大掃除だなんだと部屋に入って来る機会があるからなのだろうが、見ていないようでちゃっかり見ている。あの頃はまだ同人誌の電子書籍版が充実していなかったからなぁ。くそっ。

『そうそう。透子さんったらね、マンションの件はまだ透君には話していないんだって。なんでも「お祝いが被ったら困るから、先に綾瀬さんには教えておこうと思って」の発言だったらしいのだけど、「中流家庭はマンションなんか結婚祝いにプレゼント出来ないわよ?」って話したら、無表情のまま動揺していてすっごく可愛かったわぁ。透子さん、若い頃は苦労人だったみたいだから、底辺と頂点の生活しかきっと知らないのね。どうもそのせいで一般的な基準が想像出来ないみたい。ふふっ』
「…… 母さんが友達で良かったね。悪い人に引っかかってたら、悪用されそうで怖いもん」
『あら、私だって充分悪い人かもよ?本当に娘の姑さんになるかも?って下心で、ずーと仲良くさせてもらっているんだもの』
「可愛いもんじゃないかな、そのくらいは」
 我が母ながら絵に描いたように善良な心根の人だから、烏丸のご両親が気に入るのもよく分かる。もっとも、悪人だったら烏丸のお父さんからママ友になる許可が出なかっただろうから、事前のセキュリティチェックは万全か。

『さてと。——じゃあ、週末。待っているから好きな時間で来て頂戴ね。出来ればご飯を一緒に食べたいからお昼か夜ご飯のタイミングがいいわ。決まったら連絡しねて?じゃ、お母さんお迎えの為に大掃除しないとだから切るわね』と、好き勝手に言って、母はハイテンションになりつつ通話を切ってしまった。私はといえば、じゃあねと返事をする事も出来ず、スマホを耳に当てたまま呆然としている。

「ど、ど、ど…… どうし、よう」

 え、どうするのコレ。ちょっとした優しい嘘が此処まで収拾のつかない事態になる事なんて、あるの?もう誰かの意図が絡んでいないとこんなになんかならないよね。烏丸自身が私欲しさに外堀から攻めてくれたーとかだったら、大歓喜で有頂天になってヘタクソだろうが揚々と踊り出しちゃいそうなくらいの嬉しさだけど、絶対に違うから対応にひたすら困る。

「…… 烏丸に、事情話さないと」

 スマホを机に置き、がくっと項垂れると頬に貼ってあった熱冷まし用のシートが足元にベロンッと落ちた。それをじっと見ていたって何も解決なんかしないのに、頭ん中が真っ白になってしまっているせいで視線を逸らせない。

 私から連絡はしない。

 そう決めていたのに、まさかこんなにも早く烏丸と一週間前の件を話さねばならなくなるなんて…… 。私はこの日初めて、外堀から事態を埋められる事の怖さを痛感したのだった。
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