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二人での旅行
老舗旅館⑨(綾瀬・談)
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地産地消をモットーとした会席料理に舌鼓を打ち、ちょっとした食休みの後、一個人に独占させておくには非常に惜しい檜造りのお風呂にゆっくり入らせてもらった。浴槽、洗い場、シャンプーにコンディショナー。何処で何を使おうが、『こ、これを烏丸が使っているのか…… 』と考えてしまい、何度も何度も鼻血が出ていないか確認しながらの入浴だってせいで少しのぼせたが、肌はちょっとすべすべになった気がする。
風呂からあがってすぐのタイミングで洗面所の扉をノックされた時は物凄く焦ったが、何故かその後ドライヤーで私の髪を烏丸が乾かしてくれた。かなりお高いドライヤーだったらしく、『長い髪だとどのくらい早く乾くのか知りたい』なんて好奇心からの行為だったみたいだが、こりゃ棚から牡丹餅だなとありがたく甘えさせてもらうことに。
——そして今。
今度は烏丸がお風呂に入っている。『…… えっちぃ事をする前に彼氏を待つ彼女さんってこんな気分なのかなー』とか『もしそうだった場合はどんな格好で待っているのが正解なんだろう?』などと、この先一生体験出来そうに無い事をつい考えてしまい、何度も頬を自分で打つ羽目に。流石に痛い。もしかするとちょっと腫れてるかも。風呂上がりにも関わらず、もう既に冷え始めている手で両頬を包んでいると、ギョッとした顔をしている烏丸と目が合ってしまった。どうやらもう風呂からあがっていたみたいだ。
「ほっぺた、大丈夫か?」
濡羽色の髪を全て後ろに軽く流し、首からタオルをかけた状態の烏丸が近くまで即座に駆け寄って来る。
旅館の浴衣を着込んだ姿はとても新鮮で、程よく温まった肌はほのかに赤く、色香が立ち上っている。半端にしか拭かずに出てきたのか肌にはちょっとだけまだ水滴が残っていて、『水も滴るいい男だ!』と本来の用途とは違う言葉が頭の中を過った。しかも心配そうにしている表情が丸見えなせいで、顔の良さが心臓に直接響く。西洋系とのクォーター部分をいい具合に受け継いでいるから目鼻立ちの整いっぷりが半端ない。西洋と東洋の美貌をいいとこ取りした結晶を惜しげもなく晒しながら、「見せてみろって」と言いつつ私の頬の状態を確認してくれる。
「随分赤いけど、何したんだ?風呂でのぼせたのか?」
「あー…… 」
自分で叩いてた、とは言えませんよねぇ。
困った。『叩いた』なんて言ったらマゾっ子みたいだ。しかも理由がエロい妄想を打ち消す為とか、益々言えない。かといって嘘を言うのも気が引けるしで返事に困っていると、温かな両手で私の頬をそっと包んで、額に額をコツンッと重ねてきた。
「もう休んだ方がいいんじゃないのか?熱は…… 無いみたいだな。保冷剤もらって来ようか?それとも水でも飲むか?」
「ダイジョウブデスヨォ」
すっかりカタコトでしか喋れなくなる。日本語が苦手な外国かた来た人みたいな喋り方だ。だ、だって、目の前に胸筋が見事に膨らんだ胸が丸見えなんですもの、しょうがないよね?
急いで着替えた弊害なのか、胸元が見事に着崩れている。しかも素肌にそのまま浴衣を着ているから、崩れると胸元が丸見えだ。桜色した可愛らしい乳首がぷっくりとした姿で『お久しぶりですね!』と挨拶してくれていて、中学時代にお見かけした水着姿から、最新の乳嘴情報に更新出来そうだ。このまま浴衣を引っ張り、烏丸を帯解き姿に持ち込みたい衝動に駆られる。畳に押し倒し、彼の逞しい体に馬乗りをしたらどんな顔をするんだろうか。
…… 顰めっ面一択っすよぇ。
妄想内でもそんなオチで、段々悲しくなってきた。
「じゃあ、水でももらおうかな」
「わかった」と短く残し、烏丸が離れて行く。彼から香る匂いが自分と同じで、ちょっと不思議な気持ちになった。今回はシャンプーとコンディショナー、ボディーソープも全て同じ物を使っているんだから当然か。
…… って、あれ?
そういえば、普段から烏丸の匂いってウチの柔軟剤と同じだったりとか、するような…… 。
ここまで近くに寄る事も少ないし、彼特有の香りも混じるから自信は無いが、よくよく考えてみると髪の匂いとかも似ている気がしてきた。好みが似ているからたまたま被っている物があるのかもしれないな。
もしかして、私の使用している物とお揃いの物を選んで使ってたりとか…… 。
有り得ない妄想をし、ぼんっと頭が爆発しかけた。ちょっとやり過ぎたな、危ない危ない。
ペチペチとまた数度頬を叩いていると、「持って来たぞ」と目の前に水を差し出してくれた。「ありがと」と笑顔で応えて受け取ろうとすると、何故かすっとコップを持ったまま彼の手が私から離れていく。
何故に?と不思議に思いながら彼を見る。
「飲ませてやろうか?」
ニッと意地悪く笑った顔を前にして絶句してしまった。
尊い…… メカクレ状態で言われてもツボど真ん中の発言だというのに、今は素顔全開だときたもんだ。恋という沼にハマって完全に抜け出せなくなっている私に見せていい表情じゃ有りませんよダンナ。私が妄想大爆発のヤンデレ女子だったらアナタ、此処で死んでますよ?そのくらい罪深いお顔っす、ソレ。
「冗談…… だぞ?」
「ですよねー!知ってた!」
いつまでも返事をしない事を不審に思ったのか、ネタバラシをしてくれた。一瞬でも夢を見られた事を感謝するべきか、騙されたと怒るべきか。当然前者を取り、改めて「頂きます」と水の入るコップを受け取る。
ドッドッドッと心臓が煩くって、コレ死ぬんじゃ?って不安になるレベルだ。さっきの表情が頭から離れず、そのまま続きを想像してしまう。
例えば、だ。『彼が口の中に水を含み、私の顔に近づいてきて口移しで…… ごくりっ。受け止めきれなかった水が口の端から溢れ出て首筋を伝うと、それを細いのに逞しさもある指先でそっと拭ってくれる。火照る肌に、水の冷たさと彼の熱が這うだけでゾクッと体が震えてしまい、私の眦にはうっすらと涙が溜まった——』なんてどうよ!
「…… メモ帳どこだっけ」
「——は?」
「あ、いや。その…… いい文章が浮かんだので書き留めたいなと」
「文章浮かぶ要素なんかあったか?」
あったよーありましたよー。
アンタのご尊顔の前ではもう、常にありまくりですよー。
「まあまあ、いいじゃないですかそんな事は」
照れ隠しにパタパタと手を振って、ほとんど空っぽになったコップをどうしようかと思っていると、烏丸が「下げてくるな」と言って受け取ってくれた。「どうもね」と礼を言い、鞄の中からメモ帳を取り出そうとしていると、視界の隅で烏丸が残りの水を呷っているではないか。
…… 間接キス?
そう受け止めてしまうのは自分だけだろうから、気が付かぬフリをしておいた。残ってたから飲んだ。ただそれだけだってわかってる。でもどうしたって間接キスだよなぁと思ってしまう気持ちは止められない。
実質キスしたも同然じゃね?
もうコレ、私のファーストキスって事で良くね?
拗れた脳みそが馬鹿馬鹿しい思考に走ってく。生涯する事なんか無いんだからちょっとくらい夢見たって、黙ったままでいれば許してくれるだろう。でも自分の心の糧には出来そうだ。
ガラスの硬い感触しか記憶には残っていないが、それでもちょっと、気分だけでも味わいたくってそっと指先で唇に触れてみる。まだ少し湿っぽくって柔らかな唇の感触は悪くない。だけどきっと烏丸の唇はもっとマシュマロみたいにふわっとしているのに少し湿り気があっていい匂いで、でもすべすべもしていてこの世の粋を集めた最高傑作に違いない——なんて事を考えていると、烏丸に声を掛けられた。
「メモ終わったな?…… そろそろ寝ようかと思うんだが」
や、終わってません。
ってか出してもいませんでしたわ、メモ帳。
だけど私は引かれてしまうのも承知で、「寝ます!」と元気に答えたのだった。
風呂からあがってすぐのタイミングで洗面所の扉をノックされた時は物凄く焦ったが、何故かその後ドライヤーで私の髪を烏丸が乾かしてくれた。かなりお高いドライヤーだったらしく、『長い髪だとどのくらい早く乾くのか知りたい』なんて好奇心からの行為だったみたいだが、こりゃ棚から牡丹餅だなとありがたく甘えさせてもらうことに。
——そして今。
今度は烏丸がお風呂に入っている。『…… えっちぃ事をする前に彼氏を待つ彼女さんってこんな気分なのかなー』とか『もしそうだった場合はどんな格好で待っているのが正解なんだろう?』などと、この先一生体験出来そうに無い事をつい考えてしまい、何度も頬を自分で打つ羽目に。流石に痛い。もしかするとちょっと腫れてるかも。風呂上がりにも関わらず、もう既に冷え始めている手で両頬を包んでいると、ギョッとした顔をしている烏丸と目が合ってしまった。どうやらもう風呂からあがっていたみたいだ。
「ほっぺた、大丈夫か?」
濡羽色の髪を全て後ろに軽く流し、首からタオルをかけた状態の烏丸が近くまで即座に駆け寄って来る。
旅館の浴衣を着込んだ姿はとても新鮮で、程よく温まった肌はほのかに赤く、色香が立ち上っている。半端にしか拭かずに出てきたのか肌にはちょっとだけまだ水滴が残っていて、『水も滴るいい男だ!』と本来の用途とは違う言葉が頭の中を過った。しかも心配そうにしている表情が丸見えなせいで、顔の良さが心臓に直接響く。西洋系とのクォーター部分をいい具合に受け継いでいるから目鼻立ちの整いっぷりが半端ない。西洋と東洋の美貌をいいとこ取りした結晶を惜しげもなく晒しながら、「見せてみろって」と言いつつ私の頬の状態を確認してくれる。
「随分赤いけど、何したんだ?風呂でのぼせたのか?」
「あー…… 」
自分で叩いてた、とは言えませんよねぇ。
困った。『叩いた』なんて言ったらマゾっ子みたいだ。しかも理由がエロい妄想を打ち消す為とか、益々言えない。かといって嘘を言うのも気が引けるしで返事に困っていると、温かな両手で私の頬をそっと包んで、額に額をコツンッと重ねてきた。
「もう休んだ方がいいんじゃないのか?熱は…… 無いみたいだな。保冷剤もらって来ようか?それとも水でも飲むか?」
「ダイジョウブデスヨォ」
すっかりカタコトでしか喋れなくなる。日本語が苦手な外国かた来た人みたいな喋り方だ。だ、だって、目の前に胸筋が見事に膨らんだ胸が丸見えなんですもの、しょうがないよね?
急いで着替えた弊害なのか、胸元が見事に着崩れている。しかも素肌にそのまま浴衣を着ているから、崩れると胸元が丸見えだ。桜色した可愛らしい乳首がぷっくりとした姿で『お久しぶりですね!』と挨拶してくれていて、中学時代にお見かけした水着姿から、最新の乳嘴情報に更新出来そうだ。このまま浴衣を引っ張り、烏丸を帯解き姿に持ち込みたい衝動に駆られる。畳に押し倒し、彼の逞しい体に馬乗りをしたらどんな顔をするんだろうか。
…… 顰めっ面一択っすよぇ。
妄想内でもそんなオチで、段々悲しくなってきた。
「じゃあ、水でももらおうかな」
「わかった」と短く残し、烏丸が離れて行く。彼から香る匂いが自分と同じで、ちょっと不思議な気持ちになった。今回はシャンプーとコンディショナー、ボディーソープも全て同じ物を使っているんだから当然か。
…… って、あれ?
そういえば、普段から烏丸の匂いってウチの柔軟剤と同じだったりとか、するような…… 。
ここまで近くに寄る事も少ないし、彼特有の香りも混じるから自信は無いが、よくよく考えてみると髪の匂いとかも似ている気がしてきた。好みが似ているからたまたま被っている物があるのかもしれないな。
もしかして、私の使用している物とお揃いの物を選んで使ってたりとか…… 。
有り得ない妄想をし、ぼんっと頭が爆発しかけた。ちょっとやり過ぎたな、危ない危ない。
ペチペチとまた数度頬を叩いていると、「持って来たぞ」と目の前に水を差し出してくれた。「ありがと」と笑顔で応えて受け取ろうとすると、何故かすっとコップを持ったまま彼の手が私から離れていく。
何故に?と不思議に思いながら彼を見る。
「飲ませてやろうか?」
ニッと意地悪く笑った顔を前にして絶句してしまった。
尊い…… メカクレ状態で言われてもツボど真ん中の発言だというのに、今は素顔全開だときたもんだ。恋という沼にハマって完全に抜け出せなくなっている私に見せていい表情じゃ有りませんよダンナ。私が妄想大爆発のヤンデレ女子だったらアナタ、此処で死んでますよ?そのくらい罪深いお顔っす、ソレ。
「冗談…… だぞ?」
「ですよねー!知ってた!」
いつまでも返事をしない事を不審に思ったのか、ネタバラシをしてくれた。一瞬でも夢を見られた事を感謝するべきか、騙されたと怒るべきか。当然前者を取り、改めて「頂きます」と水の入るコップを受け取る。
ドッドッドッと心臓が煩くって、コレ死ぬんじゃ?って不安になるレベルだ。さっきの表情が頭から離れず、そのまま続きを想像してしまう。
例えば、だ。『彼が口の中に水を含み、私の顔に近づいてきて口移しで…… ごくりっ。受け止めきれなかった水が口の端から溢れ出て首筋を伝うと、それを細いのに逞しさもある指先でそっと拭ってくれる。火照る肌に、水の冷たさと彼の熱が這うだけでゾクッと体が震えてしまい、私の眦にはうっすらと涙が溜まった——』なんてどうよ!
「…… メモ帳どこだっけ」
「——は?」
「あ、いや。その…… いい文章が浮かんだので書き留めたいなと」
「文章浮かぶ要素なんかあったか?」
あったよーありましたよー。
アンタのご尊顔の前ではもう、常にありまくりですよー。
「まあまあ、いいじゃないですかそんな事は」
照れ隠しにパタパタと手を振って、ほとんど空っぽになったコップをどうしようかと思っていると、烏丸が「下げてくるな」と言って受け取ってくれた。「どうもね」と礼を言い、鞄の中からメモ帳を取り出そうとしていると、視界の隅で烏丸が残りの水を呷っているではないか。
…… 間接キス?
そう受け止めてしまうのは自分だけだろうから、気が付かぬフリをしておいた。残ってたから飲んだ。ただそれだけだってわかってる。でもどうしたって間接キスだよなぁと思ってしまう気持ちは止められない。
実質キスしたも同然じゃね?
もうコレ、私のファーストキスって事で良くね?
拗れた脳みそが馬鹿馬鹿しい思考に走ってく。生涯する事なんか無いんだからちょっとくらい夢見たって、黙ったままでいれば許してくれるだろう。でも自分の心の糧には出来そうだ。
ガラスの硬い感触しか記憶には残っていないが、それでもちょっと、気分だけでも味わいたくってそっと指先で唇に触れてみる。まだ少し湿っぽくって柔らかな唇の感触は悪くない。だけどきっと烏丸の唇はもっとマシュマロみたいにふわっとしているのに少し湿り気があっていい匂いで、でもすべすべもしていてこの世の粋を集めた最高傑作に違いない——なんて事を考えていると、烏丸に声を掛けられた。
「メモ終わったな?…… そろそろ寝ようかと思うんだが」
や、終わってません。
ってか出してもいませんでしたわ、メモ帳。
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