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二人での旅行
老舗旅館⑤(綾瀬・談)
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烏丸になら、監禁されてみたい!
——なんて本気で思っちゃう程、すっかり拗れてしまっている私の恋愛脳には耽美な響きに聞こえてしまう“監禁”生活は、空想の中では萌えしか感じない暮らしなのに、残念ながら実際にはそう甘いモノでは無かったみたいだ。
烏丸の曽祖母である綾子さんはその生い立ちの関係で丈夫とは言い難い体であった事に加え、妊娠初期だった為、無理が祟って流産しかけたそうだ。睡眠不足続きで意識が朦朧となったり、碌に食事も取れず栄養失調気味にも陥った。
猫田家の嫁である綾子さんの身を案じた弟さん達の助けが入った事で監禁生活は突如終わりを迎え、その終了間際にあったトラブルのせいで綾子さんが左手に大怪我を負う羽目になり、しばらくの間意識不明の重体になった事で相当大変だったらしい。
執愛ゆえにすっかり病んでしまった夫に監禁されて過ごした日々を烏丸の曽祖母はあまり語ってはくれず、彼は祖母から、祖母は曽祖父の実弟さんからといった感じの又聞きでしかその時の様子を知らされていないそうだ。
家族が助けに入って強制的に夫婦が引き離された後。綾子さんは三年程の間ずっと入院生活を送る事になったが、一人娘である恵美子さんは無事に健康体で誕生したらしい。
「…… んでもな、体調も回復し、ばあちゃんを連れてひいばあちゃんが猫田家に帰った時には、もう——」
そこで声が途切れ、烏丸は言い淀みながら予想外の言葉を口にした。
「…… ひいじいちゃん、既に他界していたらしい」
「…… は?」
待て待て待て、それは無い。
綾子さん、確かに『夫の許可が』どうこうって話を先程していたぞ?
祖母の恵美子さんが二歳ちょっとの時には既にもう他界しているとか、辻褄が合わんだろ。
「ひいばあちゃんから引き離されたショックでしばらく暴れに暴れて手に負えず、此処の地下牢に閉じ込めていたんだって。行動が落ち着いてからもずっとそこからは出ず、自傷を繰り返して…… 最後は、衰弱死していたらしい。一日に一本ずつひいばあちゃん宛に薔薇の絵を描き続けて、丁度九百九十九日目の日に」
「薔薇の絵を…… か。自信無いけど確か、その本数って“何度生まれ変わっても好き!”みたいな意味じゃなかったっけ?」
「よく知ってんな」
「話のネタになればと思って、花言葉とかは勉強してるからね」
すると烏丸は私の頭を撫でて、「偉いな」と褒めてくれた。瞼を閉じ、軽く自分からも頭を動かすと「猫かよ」と突っ込まれたが、ちょっと嬉しそうだ。
「んでさ。ひいばあちゃん、最後の一枚に一本分だけ薔薇の絵を描き足して、“一万年続く愛を誓う”だったかって意味に花言葉を変えたものを自分から夫の返事とし、今で大事に保管しているらしい」
赤い薔薇の絵は自分の血を使って描いていたみたいで、多分自傷行為の形跡はその為でもあったんじゃないかって話だった。
心の底から綾子さんを愛していたんだなぁと思いつつ、そこまで思い詰めちゃうくらい、強い感情を持っている烏丸の曽祖父さんの愛情の深さに敬意を抱いた。
自分じゃ到底無理だ。
今の立ち位置を失いたくないって理由で、十年以上、前にも後ろにも進めていないままなのだから。
「ひいばあちゃんが居ない間はずっと地下牢で暮らしていた事。薔薇の絵の話も、最後は衰弱死していた事なんかも全部、ひいじいちゃんの弟だった弘和さんが、『引き離したのは私だから』って理由で、責任を持って…… ひいじいちゃんの墓前で全て話したらしいんだけど…… 」
言葉を切り、烏丸が窓の外に視線をやった。
雲の合間から差し込む光を浴びつつ、憂を帯びた表情で頬杖をつき、ふぅと軽いため息をこぼすとか…… え、目の前のコレは絵画か何かか?この一瞬を切り取って美術館に飾るべきじゃね?誰か、カメラ持って来て!と心の中で叫ぶも、私は必死に真顔で通した。
「ひいばあちゃん、墓前で嬉しそうに笑ってたんだと」
「…… 旦那さんが、死んでいたのに?」
「うん」と頷き、烏丸が再びこちらに顔を向けてくれた。頬杖はついたままで、玉座に座る王様ポーズがめっちゃ似合っている。
「弘和さん的には、泣いたり喚いたり、『アンタのせいだ』って責められる覚悟をしていたらしいけど、まだちっちゃかったばあちゃんの手を握ったまま軽く背後に振り返って、『約束、ちゃんと果たしてくれるのね』って小さくこぼしたそうだ。『義理堅い人ね』とも言っていたとかでさ…… 」
「約束?約束って?」
「さぁ?」
「肝心な事は知らんのか」
「でもその日からさ、前々からひいばあちゃんは周囲から『才女だ』とは言われていたらしいんだけど、それだけじゃ説明がつかんレベルの商才を急に発揮し始めて、猫田家を過去最高レベルに盛り立てたんだと。んでもそれはひいじいちゃんの直系家族がまだ居た時までの話で、弟の弘和さんを看取った後は家業の全てを他の人に譲って、急にこの旅館を始めたって話だ」
「…… 商才って、そんないきなり身につくもんなん?」
「無理じゃね?今みたいに何たら教室だとか、ノウハウ本も無い時代だしな」
「そう、だよね」と返事した時、不意にネットで見た『ガチで幽霊に会える旅館』というフレーズを私は思い出した。
——なんて本気で思っちゃう程、すっかり拗れてしまっている私の恋愛脳には耽美な響きに聞こえてしまう“監禁”生活は、空想の中では萌えしか感じない暮らしなのに、残念ながら実際にはそう甘いモノでは無かったみたいだ。
烏丸の曽祖母である綾子さんはその生い立ちの関係で丈夫とは言い難い体であった事に加え、妊娠初期だった為、無理が祟って流産しかけたそうだ。睡眠不足続きで意識が朦朧となったり、碌に食事も取れず栄養失調気味にも陥った。
猫田家の嫁である綾子さんの身を案じた弟さん達の助けが入った事で監禁生活は突如終わりを迎え、その終了間際にあったトラブルのせいで綾子さんが左手に大怪我を負う羽目になり、しばらくの間意識不明の重体になった事で相当大変だったらしい。
執愛ゆえにすっかり病んでしまった夫に監禁されて過ごした日々を烏丸の曽祖母はあまり語ってはくれず、彼は祖母から、祖母は曽祖父の実弟さんからといった感じの又聞きでしかその時の様子を知らされていないそうだ。
家族が助けに入って強制的に夫婦が引き離された後。綾子さんは三年程の間ずっと入院生活を送る事になったが、一人娘である恵美子さんは無事に健康体で誕生したらしい。
「…… んでもな、体調も回復し、ばあちゃんを連れてひいばあちゃんが猫田家に帰った時には、もう——」
そこで声が途切れ、烏丸は言い淀みながら予想外の言葉を口にした。
「…… ひいじいちゃん、既に他界していたらしい」
「…… は?」
待て待て待て、それは無い。
綾子さん、確かに『夫の許可が』どうこうって話を先程していたぞ?
祖母の恵美子さんが二歳ちょっとの時には既にもう他界しているとか、辻褄が合わんだろ。
「ひいばあちゃんから引き離されたショックでしばらく暴れに暴れて手に負えず、此処の地下牢に閉じ込めていたんだって。行動が落ち着いてからもずっとそこからは出ず、自傷を繰り返して…… 最後は、衰弱死していたらしい。一日に一本ずつひいばあちゃん宛に薔薇の絵を描き続けて、丁度九百九十九日目の日に」
「薔薇の絵を…… か。自信無いけど確か、その本数って“何度生まれ変わっても好き!”みたいな意味じゃなかったっけ?」
「よく知ってんな」
「話のネタになればと思って、花言葉とかは勉強してるからね」
すると烏丸は私の頭を撫でて、「偉いな」と褒めてくれた。瞼を閉じ、軽く自分からも頭を動かすと「猫かよ」と突っ込まれたが、ちょっと嬉しそうだ。
「んでさ。ひいばあちゃん、最後の一枚に一本分だけ薔薇の絵を描き足して、“一万年続く愛を誓う”だったかって意味に花言葉を変えたものを自分から夫の返事とし、今で大事に保管しているらしい」
赤い薔薇の絵は自分の血を使って描いていたみたいで、多分自傷行為の形跡はその為でもあったんじゃないかって話だった。
心の底から綾子さんを愛していたんだなぁと思いつつ、そこまで思い詰めちゃうくらい、強い感情を持っている烏丸の曽祖父さんの愛情の深さに敬意を抱いた。
自分じゃ到底無理だ。
今の立ち位置を失いたくないって理由で、十年以上、前にも後ろにも進めていないままなのだから。
「ひいばあちゃんが居ない間はずっと地下牢で暮らしていた事。薔薇の絵の話も、最後は衰弱死していた事なんかも全部、ひいじいちゃんの弟だった弘和さんが、『引き離したのは私だから』って理由で、責任を持って…… ひいじいちゃんの墓前で全て話したらしいんだけど…… 」
言葉を切り、烏丸が窓の外に視線をやった。
雲の合間から差し込む光を浴びつつ、憂を帯びた表情で頬杖をつき、ふぅと軽いため息をこぼすとか…… え、目の前のコレは絵画か何かか?この一瞬を切り取って美術館に飾るべきじゃね?誰か、カメラ持って来て!と心の中で叫ぶも、私は必死に真顔で通した。
「ひいばあちゃん、墓前で嬉しそうに笑ってたんだと」
「…… 旦那さんが、死んでいたのに?」
「うん」と頷き、烏丸が再びこちらに顔を向けてくれた。頬杖はついたままで、玉座に座る王様ポーズがめっちゃ似合っている。
「弘和さん的には、泣いたり喚いたり、『アンタのせいだ』って責められる覚悟をしていたらしいけど、まだちっちゃかったばあちゃんの手を握ったまま軽く背後に振り返って、『約束、ちゃんと果たしてくれるのね』って小さくこぼしたそうだ。『義理堅い人ね』とも言っていたとかでさ…… 」
「約束?約束って?」
「さぁ?」
「肝心な事は知らんのか」
「でもその日からさ、前々からひいばあちゃんは周囲から『才女だ』とは言われていたらしいんだけど、それだけじゃ説明がつかんレベルの商才を急に発揮し始めて、猫田家を過去最高レベルに盛り立てたんだと。んでもそれはひいじいちゃんの直系家族がまだ居た時までの話で、弟の弘和さんを看取った後は家業の全てを他の人に譲って、急にこの旅館を始めたって話だ」
「…… 商才って、そんないきなり身につくもんなん?」
「無理じゃね?今みたいに何たら教室だとか、ノウハウ本も無い時代だしな」
「そう、だよね」と返事した時、不意にネットで見た『ガチで幽霊に会える旅館』というフレーズを私は思い出した。
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