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二人での旅行
老舗旅館④(烏丸・談)
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「…… つまりは、だ。此処は烏丸の私室って事?」
「あぁ、そうだ」
ボクサーパンツなどをしまってあった収納チェストの引き出しまでも開けようとし始めた綾瀬の手首を掴んで暴挙を止めた後、主室に戻って備品のポットでお湯を沸かしてお茶を淹れてやった。お茶請けにと室内に用意してあった温泉饅頭も一緒に添えてテーブルにそれらを置き、今は広縁に置かれた椅子にそれぞれで座っている。
「ばあ…… ひいばあちゃんが古い考えの人で、俺が唯一の直系男児だからって一室くれたんだ。元々はひいばあちゃん達の部屋だったらしいんだが、今は地下牢で寝てるし、ばあちゃんは洋室が好きだからって近所にアパート借りてそっちに住んでるからなぁ。それに、客室にするには色々あり過ぎな場所でさ。んでも空き部屋のままなのも勿体無いからってな。老年者ばっかだから心配で両親と一緒に年に何回も顔出しに来てはいたんだけど、何か気が付いたら次々に色々用意してくれちゃって」
「…… ち、地下牢?え、待って待って。ひいおばあちゃんって一見お元気そうだったけど、もしかして痴呆症で徘徊しちゃう心配とかがあるの?」
「いや?めっちゃ健康だけど。何で?」
「な、何でって、普通地下牢に家族を寝泊まりなんかさせないやん」
綾瀬の可愛い眉間に皺が寄っていて、苦艱する感情が顔に表れている。まぁ一連の流れを知らん状態じゃあ曽祖母が家族から冷遇されているのかもと思うのも当然か。
「あー…… まぁ、そうか」
「『そうか』って…… え、酷くない?」
「んー実はさ、この旅館に綾瀬を連れて来たのって、実はさ、今後の小説のネタになるかなって思ったからなんだよね」
「おぉぉーいっ!いきなり話が飛んだな!」
「まぁ待て。最後まで聞けって」と言って脚を組み、軽い溜息をつきつつ座っている椅子の肘置きに頬杖をついて綾瀬の方に顔を向けた。すると急に綾瀬が黙り、何故か頬を赤くして「うぐっ」と喉を詰まらせる。偉そうな態度が不快だったのかもだが、俺はそのまま話を続けた。
「此処、猫田家は昔この周辺一体の大地主でさ、こんな屋敷を建てられるくらい余裕のある大きな商家でもあったんだ。歴代の中でもひいじいちゃんは貿易や漁業、酒造、織物業の他にも手広く色々なジャンルの商いに手を出していて最も栄えた代だったらしい」
「え…… 烏丸って本物のセレブやん。よく今まで、お金目当ての人にハントされずに生きてこられたね」
目を見張りながら言われたが、寧ろ綾瀬が金目的でもいいから俺を狙ってくれりゃ良かったのに!と思えてくる。どんな罠であろうが可愛いに決まってるし、既に存在そのものが誘惑の塊なんだから喜んでガンガン貢ぐんだがなぁ。いっその事既成事実を作ろうとエロい下着姿でベッドに潜んでいて欲しいくらいだし、ハニートラップだったとしても喜んでズッポリとハマり込んでヤルのに!
あー…… でも、残念ながらセレブなのは曽祖母達であって、俺じゃないんだけどな。
すんっと一気に冷静になってきた。現実ってホント俺には冷たい。
「もっさい奴なんか金目当てでも流石に嫌だろ。それに金持ってるのは俺じゃないしな」
「烏丸は全然もっさくなんかないんだがなぁ…… 」と首を横に傾げる仕種がめっちゃ可愛い。
「どーも」
本心だったら心底嬉しいんだが、幼馴染へのリップサービスに決まってる。
「んでだ」と切り出し、俺はまた話を続けた。
「ひいじいちゃんは外に出る時には必ず頭から真っ黒な薄手の布を被っていたらしく、そのせいで『醜男だ』なんて噂まであったらしいんだ。そんな相手に嫁ぐ事が急に決まって、『不憫だ』って言われながらもひいばあちゃんは猫田家に嫁に来たらしい」
「醜男、だと?でも、烏丸にはその血の片鱗が全く無いけど?」
「…… あー」
照れてしまって顔を伏せてしまう。
無駄な誉め殺しはやめてくれ、どうしたって期待しちまうだろうが。
「…… まぁ、それでな、常に顔を隠してるせいでそんな噂があったのは事実なんだが、ひいじいちゃん自身はひいばあちゃん曰く、『絶世の美丈夫』らしい。あ、当人にひいじいちゃんの事は訊かない方がいいぞ。水を得た魚みたいに喋りっぱなしになるし、年寄り特有のループにも嵌まり込むから」
「りょ、了解!」と、綾瀬は敬礼をしながら返事をした。
「でも何でそんな相反する噂が出回ったんだろう?顔を隠しているくらいでそんなふうに勘違いされるもんなのかなぁ」
「顔を隠すのは、『見せられたくない程の顔なんじゃ?』とか『大きな傷跡でもあるんじゃ?』みたいな妄想が膨らんだ結果なんだろうな、多分。実際ひいじいちゃんは自分の容姿が嫌いだったらしいから、その態度のせいもあったんだろ」
「ほほう。んで、実の所どうなんだい?」
「ひいばあちゃん的には萌えの塊らしいから、醜男ではなかったんだろうな。生きにくい実家を早々に出られりゃいいくらいの気持ちで嫁いで来たのに家族全員から大事にされるわ、夫はイケメン細マッチョだったわで、すっかり幸せオシドリ夫婦になったらしいし。…… んでも二年くらい後だったかなぁ、それまでは仕事も私生活も順調だったのに、子供が宿った辺りから態度が一転しちまったんだって」
「…… 何で?跡取りが生まれるなんて、今の感覚以上にめでたい事だよねぇ?」
「そうなんだけど、どうも『子供に妻を取られる!』って心底不安になったらしい。んで、勢い余ってひいじいちゃんがひいばあちゃんを監禁しちゃったそうだ」
「ま、まさかの監禁事案!」
興奮気味に綾瀬が叫んだ。
胸元に手を当てて、トンデモワードにドキドキしているであろう胸を両手で押さえている。監禁モノとかヤンデレとか…… 大っ好きだもんな、お前。
「ちなみに、監禁場所は…… 」
「場所は?」と綾瀬も言い、どちらからともなく顔を近づけ、小声になっていく。
「この部屋だ」
「——っ!」
声にならない悲鳴をあげながら綾瀬が地団駄を踏んだ。顔は両手で覆っていて、本当に嬉しそうだ。
「今後のネタになりそうか?」
「それ以上っす!」
予想通りの反応を返してくれ、心から嬉しく思う。あーあぁ、俺もこのまま綾瀬を此処に閉じ込められたらいいのに…… 。
「あぁ、そうだ」
ボクサーパンツなどをしまってあった収納チェストの引き出しまでも開けようとし始めた綾瀬の手首を掴んで暴挙を止めた後、主室に戻って備品のポットでお湯を沸かしてお茶を淹れてやった。お茶請けにと室内に用意してあった温泉饅頭も一緒に添えてテーブルにそれらを置き、今は広縁に置かれた椅子にそれぞれで座っている。
「ばあ…… ひいばあちゃんが古い考えの人で、俺が唯一の直系男児だからって一室くれたんだ。元々はひいばあちゃん達の部屋だったらしいんだが、今は地下牢で寝てるし、ばあちゃんは洋室が好きだからって近所にアパート借りてそっちに住んでるからなぁ。それに、客室にするには色々あり過ぎな場所でさ。んでも空き部屋のままなのも勿体無いからってな。老年者ばっかだから心配で両親と一緒に年に何回も顔出しに来てはいたんだけど、何か気が付いたら次々に色々用意してくれちゃって」
「…… ち、地下牢?え、待って待って。ひいおばあちゃんって一見お元気そうだったけど、もしかして痴呆症で徘徊しちゃう心配とかがあるの?」
「いや?めっちゃ健康だけど。何で?」
「な、何でって、普通地下牢に家族を寝泊まりなんかさせないやん」
綾瀬の可愛い眉間に皺が寄っていて、苦艱する感情が顔に表れている。まぁ一連の流れを知らん状態じゃあ曽祖母が家族から冷遇されているのかもと思うのも当然か。
「あー…… まぁ、そうか」
「『そうか』って…… え、酷くない?」
「んー実はさ、この旅館に綾瀬を連れて来たのって、実はさ、今後の小説のネタになるかなって思ったからなんだよね」
「おぉぉーいっ!いきなり話が飛んだな!」
「まぁ待て。最後まで聞けって」と言って脚を組み、軽い溜息をつきつつ座っている椅子の肘置きに頬杖をついて綾瀬の方に顔を向けた。すると急に綾瀬が黙り、何故か頬を赤くして「うぐっ」と喉を詰まらせる。偉そうな態度が不快だったのかもだが、俺はそのまま話を続けた。
「此処、猫田家は昔この周辺一体の大地主でさ、こんな屋敷を建てられるくらい余裕のある大きな商家でもあったんだ。歴代の中でもひいじいちゃんは貿易や漁業、酒造、織物業の他にも手広く色々なジャンルの商いに手を出していて最も栄えた代だったらしい」
「え…… 烏丸って本物のセレブやん。よく今まで、お金目当ての人にハントされずに生きてこられたね」
目を見張りながら言われたが、寧ろ綾瀬が金目的でもいいから俺を狙ってくれりゃ良かったのに!と思えてくる。どんな罠であろうが可愛いに決まってるし、既に存在そのものが誘惑の塊なんだから喜んでガンガン貢ぐんだがなぁ。いっその事既成事実を作ろうとエロい下着姿でベッドに潜んでいて欲しいくらいだし、ハニートラップだったとしても喜んでズッポリとハマり込んでヤルのに!
あー…… でも、残念ながらセレブなのは曽祖母達であって、俺じゃないんだけどな。
すんっと一気に冷静になってきた。現実ってホント俺には冷たい。
「もっさい奴なんか金目当てでも流石に嫌だろ。それに金持ってるのは俺じゃないしな」
「烏丸は全然もっさくなんかないんだがなぁ…… 」と首を横に傾げる仕種がめっちゃ可愛い。
「どーも」
本心だったら心底嬉しいんだが、幼馴染へのリップサービスに決まってる。
「んでだ」と切り出し、俺はまた話を続けた。
「ひいじいちゃんは外に出る時には必ず頭から真っ黒な薄手の布を被っていたらしく、そのせいで『醜男だ』なんて噂まであったらしいんだ。そんな相手に嫁ぐ事が急に決まって、『不憫だ』って言われながらもひいばあちゃんは猫田家に嫁に来たらしい」
「醜男、だと?でも、烏丸にはその血の片鱗が全く無いけど?」
「…… あー」
照れてしまって顔を伏せてしまう。
無駄な誉め殺しはやめてくれ、どうしたって期待しちまうだろうが。
「…… まぁ、それでな、常に顔を隠してるせいでそんな噂があったのは事実なんだが、ひいじいちゃん自身はひいばあちゃん曰く、『絶世の美丈夫』らしい。あ、当人にひいじいちゃんの事は訊かない方がいいぞ。水を得た魚みたいに喋りっぱなしになるし、年寄り特有のループにも嵌まり込むから」
「りょ、了解!」と、綾瀬は敬礼をしながら返事をした。
「でも何でそんな相反する噂が出回ったんだろう?顔を隠しているくらいでそんなふうに勘違いされるもんなのかなぁ」
「顔を隠すのは、『見せられたくない程の顔なんじゃ?』とか『大きな傷跡でもあるんじゃ?』みたいな妄想が膨らんだ結果なんだろうな、多分。実際ひいじいちゃんは自分の容姿が嫌いだったらしいから、その態度のせいもあったんだろ」
「ほほう。んで、実の所どうなんだい?」
「ひいばあちゃん的には萌えの塊らしいから、醜男ではなかったんだろうな。生きにくい実家を早々に出られりゃいいくらいの気持ちで嫁いで来たのに家族全員から大事にされるわ、夫はイケメン細マッチョだったわで、すっかり幸せオシドリ夫婦になったらしいし。…… んでも二年くらい後だったかなぁ、それまでは仕事も私生活も順調だったのに、子供が宿った辺りから態度が一転しちまったんだって」
「…… 何で?跡取りが生まれるなんて、今の感覚以上にめでたい事だよねぇ?」
「そうなんだけど、どうも『子供に妻を取られる!』って心底不安になったらしい。んで、勢い余ってひいじいちゃんがひいばあちゃんを監禁しちゃったそうだ」
「ま、まさかの監禁事案!」
興奮気味に綾瀬が叫んだ。
胸元に手を当てて、トンデモワードにドキドキしているであろう胸を両手で押さえている。監禁モノとかヤンデレとか…… 大っ好きだもんな、お前。
「ちなみに、監禁場所は…… 」
「場所は?」と綾瀬も言い、どちらからともなく顔を近づけ、小声になっていく。
「この部屋だ」
「——っ!」
声にならない悲鳴をあげながら綾瀬が地団駄を踏んだ。顔は両手で覆っていて、本当に嬉しそうだ。
「今後のネタになりそうか?」
「それ以上っす!」
予想通りの反応を返してくれ、心から嬉しく思う。あーあぁ、俺もこのまま綾瀬を此処に閉じ込められたらいいのに…… 。
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