近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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二人での旅行

約束②(烏丸・談)

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「綾瀬⁉︎ちょ、お前何やってんだ!」
 旅行券をテーブルの上に投げるみたいにして置くと、烏丸が慌てて駆け出す。そして彼はキッチンまで来ると私の手からヤカンを奪い取って作業スペースの上にドンッと置き、手首を掴んで水道水を全開にさせた。

「早く冷やせ!跡が残ったらどうするんだ!——ってか、お前!服にまでお湯かかってるじゃねぇか。風呂場行くぞ!」

 私の体を抱えるみたいにして引っ張り、風呂場に移動して行く。あれよあれよと言う間に、文句の一つも口に出来ないまま、ハッと我に返った時には二人揃って風呂場で冷たいシャワーを浴びていた。

 はぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎

「ちょ、や、まっ!」
 連絡も無しに烏丸が来たせいで今日はオシャレ着なんかじゃない。着ていた服がTシャツだったせいで水に濡れると簡単に下着が透けて見えてしまうし、下に穿いていたジーンズは当然べったりと肌にくっつき気持ちが悪い。確かデニムって濡れるとものすごく脱ぎにくいらしいが大丈夫なんだろうか。というか、水が冷たい!

「もう平気だから、自分でやるから、もう出てって!」

 彼の胸をぐっと強く押して、烏丸から距離と取る。だがそうすると透ける下着が丸見えになるとすぐに気が付き、私はパニックになって、胸元を両腕で隠しながらその場にしゃがんだ。

「ぎゃあああ!冷たいぃぃぃ!」

 頭から水のシャワーを浴びてしまい、あまりの冷たさに悲鳴をあげた。部分的でもめちゃくちゃ冷えるのに、全身だなんて耐えられない。一刻も早く冷水から逃げようと思った私は四つん這いになって床を這うみたいに移動した。だけど広い訳じゃない風呂場では逃げ場なんかあるはずがなく、ただ一層全身がびしょ濡れになっただけだった。長い髪が肌に張り付き、さっきよりももっと悲惨な状態に。今の自分なら古いホラー映画の主人公になれるレベルで醜いに有様に違いない。
 だが烏丸は、「何やってんだ、馬鹿だなぁ」と笑いながら水を止めてくれた。そしてフックにシャワーヘッドをかけると、彼はその場にしゃがみ、私の前髪をかきあげてきた。

「二人ともすっかり濡れ鼠だな」

 ははは!と笑う烏丸も確かに全身びしょ濡れで、着ているシャツが透けてボディーラインが丸見えだ。
 笑ってる場合じゃないよお兄さん!
 あまりにも目の毒過ぎて、前を向けない。

 胸筋がぁ!二の腕がぁぁ!乳首だって何となく見え——
 ってぇぇ、や、待ってホント無理です!

「流石に邪魔だな」とか言って、自分の髪までかき上げやがる。そのせいで見えた素顔があまりに眩し過ぎ、返って私はすんっと冷静になってきた。

 推しって、何でこんなに尊いのかしら。

 なんかもうここまでくるとダビデ像とかアテネの彫刻とかでも見ている様な気分になってくる。
 今の心境だったら私は無敵よ、何にだって対応出来るわ。
 そっと頷き、濡れる胸元を片腕で隠しながらその場で立ち上がる。そして烏丸の方へ右手を差し出して、「立てる?足元が滑るから気を付けてね」と声を掛けた。
「…… あ、あぁ。ありがとう」
 一瞬黙った烏丸が、私の手を取って立ち上がった。
 ドラマのワンシーンとかだったらこの弾みでどちらかが足を滑らせて胸の中に飛び込むところなのだが、絶対に転んでなるものか!と決意しながら背を向け、私は脱衣場に続く扉を押し開いた。

 バスマットも敷かずに入ったので、このままでは足元が濡れてしまう。最悪滑って転ぶ事だってあり得るので困っていたら、「出ないのか?」と聞きながら、烏丸が背後から私の肩に手を置き、頭の近くに顔を寄せてきた。手と肩以外には直接触れてはいなくても、水で冷えた体では彼から立ち登る体温を否応なしに感じ取ってしまう。
「このままじゃ滑りそうだな。手を貸そうか?」
 喋ると彼の吐息が耳にかかり、反射的に肩が跳ねてしまった。
「…… 待ってろ、今タオル取ってやるから」
 勝手知ったる何とやらなのか、洗面台の横にある備え付けの棚まで手を伸ばし、彼がバスタオルを取ってくれる。そしてそれを広げると、烏丸は私の体を隠すように包んでくれた。

「どこか痛くはないか?」
「平気だよ」

 普通の態度で訊かれたので、私もいつも通りの調子で返した。
 女性の体に興味の欠片も無い相手だ、緊張するだけ意味ないか。そう思いながらタオルを引っ張り、頭に被って髪を拭く。濡れるTシャツやジーンズが丸見えだけど、もう別にいいっか。
 何て事を思っていると、急に私の着ている服の裾をベロンッと烏丸が捲ってきた。そのせいで、おへそ付近が全て丸見えに。

「赤くはなっていないな、良かった」

 そっと触れ、指先で撫でられたせいで当然驚き、真っ青な顔をし、音にならぬ叫びをあげながらその場にしゃがみこんだ。
「うわっ!」
 そのせいで彼の手が私の腹と胸に挟まり、烏丸が前のめりになってこちらに倒れてくる。
「危ないって!お前ホント馬鹿かっ!」
 口悪く声をあげ、床に手をついて必死に体を支えようとしてくれた。だが濡れ鼠が二匹も居る脱衣場なんて当然水浸しになっており、案の定手は滑って、しゃがむ私の体に烏丸が覆い被さってきた。

「…… 」
「…… 」

 視界が烏丸の下半身でいっぱいになっている。男性的で筋肉質であろうと推察出来る太腿のラインに加え、彼の手が私の体に挟まっていて、コレ…… 下腹部を弄られているみたいな状況に見えるのは私だけでしょうか。
 頭や肩に感じる彼の体温はどんどん上昇しているような気がするし、聞こえてくる心臓の音もかなり早く、呼吸だって相当雑だ。
 こんな状況、私の処理範囲を大幅にオーバーしていて、もう何が何やらわからなくなってくる。

「なぁ、旅行…… 二人で行かないか?」

 駄目だよそれは。
 そう言わないといけないのに、「——うん」と答えてしまった私は、どうしょうもない程の馬鹿女だと思う。
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