近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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二人での旅行

老舗旅館②(烏丸・談)

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『此処に住む』
 祖母達の耳に届いたら絶対に本気にされそうな言葉を呟いた綾瀬の腕を肘打ちし、『それ以上喋るな』と上から軽く睨んだ。
 この二人にとんでもない勘違いをされてしまっているからまずはそれを真っ先に否定しないと綾瀬に申し訳が立たん!と思うのに、どうしても出来ない。本当にそうだったらいいのにと願う本音が邪魔しているのだろう。

 そもそも何で忘れてたんだよ、俺!
 ばあば達には昔から、『いつでもお嫁さん連れておいでね』って何度も言われていたのに!

「…… えっと。ばあちゃん、ばあば。こちら幼馴染の綾瀬奈々美さん」

 母方の祖母である恵美子さんを“ばあちゃん”、曽祖母である綾子さんを俺は昔から“ばあば”と呼んでいる。
 どっちもやたらと若く見えるが噂通りの吸血鬼であったり不老不死とかではなく、ただ単にどっちも幼顔に温泉効果が加算されている結果でしかない。ずっと現役で働いているおかげもあるだろうが、高齢である事実はどうやったって消えない。なので『老い先短い』なんてワードを言われては、『彼女は別に、交際相手じゃ無いから』とはやっぱり言えなかった。

「まぁ、素敵な名前ねぇ」
「幼馴染なの?あら、じゃあとても長いお付き合いなのね」

 ばあばとばあちゃんが鈴を転がしたみたいな声で笑っている。こんなに嬉そうな二人を見るのは久しぶりで、やっぱり『違うんだって』とは否定出来ない。
 綾瀬もこの空気を読んでいるのか誤解を解こうとはせず、二人に向かって深く頭を下げながら「この度はお会い出来て嬉しいです。どうぞよろしくお願いします」と、無難な言葉だけを言ってくれた。

「そうそう、夜ご飯は部屋でいいかしら」
「あれ?ばあちゃん達の一緒じゃなくていいの?ご飯」
 いつも旅館に遊びに来た時は家族みんなで食事をする決まりなのに何故だろうと思いながらばあちゃんに訊く。すると「やだ。お邪魔なんか出来ないわよぉ。今夜は頑張ってね、ふふふっ」と、手をパタパタと振りながら応援されてしまった。
「ウチの温泉はねぇ、子宝にも恵まれるって言われてるのよぉ」だなんて追い討ちをかけるみたいにばあばが綾瀬に言ったせいで、彼女の顔がボッと真っ赤に染まる。

「ばあちゃんもばあばも!そういうの、もういいから!」

 慌てて二人の間に割り込み、綾瀬を背中に隠す。小柄な彼女の体は俺の背にすっかり隠れ、気不味そうに俯いてしまった。
 申し訳なさで消えてしまいたくなってくる。こんなレベルの俺との子供なんか想像するだけで吐き気がしているに違いない。エロイ妄想過多な小説を書く仕事をしているくせに、こういった言葉で慌てる綾瀬はやっぱ可愛いなぁなんて感想が一気に萎んでいくくらい、心が今にもくずおれそうだ。
「はいはい。ごめんなさいねぇ、そんなに怒らないのー」
 バンバンと俺の腕をばあちゃんが叩いてくる。頼むからこれ以上弄らんでくれ。

「じゃあお詫びに、奈々美ちゃんにはばあばからこれをあげましょうか」

 ばあばが懐からハンカチを取り出した。それを開くと、中には紅い輪っかが二個置いてある。よく見るとそれらは指輪みたいなサイズで、旅館の売店でも売っている“縁結びのお守り”であると気が付いた。

「わぁ、可愛いですね。指輪ですか?」

 綾瀬が瞳をキラキラと輝かせ、ばあばの持つハンカチを覗き込んでいる。普段はオシャレに無頓着な綾瀬でもやっぱ女性だ。装飾品は好きなんだな。
「そうよぉ。売店でも似た物を売っているけどね、コレは私の手作りなの。絹糸をね、丹念に編んで時間を掛けて、透のじいじと一緒に居る時に作ったから、えっと…… 効果はバツグンだ!だったかしら?」
「それを聞くと、本当に凄そうですね。あ、でも…… 何に効果的なんですか?」
 ゆっくりとした口調でばあばが言った冗句に対して、最初は『あはは』と笑っていた綾瀬が軽く首を傾げる。まだ売店を見ていない綾瀬には目の前のプレゼントがどういった意味の物かわからないみたいだ。

「コレはね、縁結びのお守りなのよ。『赤い糸で結ばれた人』って昔っからよく言うでしょう?まぁ、透と奈々美ちゃんにはもう不要でしょうけど、結婚する二人への、ばあばからの気持ちだと思って受け取ってくれないかしら?」

 ニコニコと人懐っこい笑顔を向けられ、綾瀬が固まった。そりゃそうだ、紙や画面奥にしか存在しない推しキャラ好きな人とは着けられない物を贈られたうえに俺の婚約者扱いをされ続け、もう忍耐力の限界がきたのだろう。

 頼むからもう俺達の関係を悪化させかねない言葉は控えてくれ…… 。

「あ、綾瀬。別に無理しなくていいからな?いらないならいらないって、ちゃんと——」と言った俺の言葉を何故か食い気味に、「ありがたく頂きます!」と綾瀬が大きめの声で遮った。

「綾子さんの、お、お言葉に甘えて、ふ、ふ、二人で、つけてみますね」

 ハンカチを持ったままになっているばあばの小さな手にそっと手を添えて、綾瀬がお礼の言葉を口にする。だがかなり吃っていて、嫌々な感情が隠しきれていない。ストレスが過多なのか顔は真っ赤なままだ。
「あら、ホント嬉しいわぁ。透ちゃんが惚れただけあって、優しい子ね」
「…… ほ、惚れ…… 」と呟き、綾瀬が俯く。
 とうとう嫌悪感で耐えられなくなったのか?と不安でならない。
「今日貴女に逢えるって聞いて、慌てて引っ張り出してきたのよ。いつかお嫁さんをお迎えする時に渡すんだって、前々から決めていた物だから」
「え?じゃあもしかして、それってお父さんとの?」
 ばあばの言葉に対し、ばあちゃんが驚いた顔をしている。
「えぇ、そうなの。状態も良いし、問題は無いでしょう?透はあの人にほんのちょっと似ているからか、ちゃんと許しても貰えたわ。私はもう嵌められないし、それならあの人も、子孫に持っていてもらいたいんじゃないかしら」
「…… そうなの。お母さんがそうしたいなら、私も反対はしないわ」
 ばあちゃんはちょっと困った様な笑顔を浮かべながら、軽く頷いた。
 
 もう嵌められない。

 ばあばが口にしたその言葉を聞き、綾瀬が包んでいる手の奥に隠れている曽祖母の指に視線をやる。左の小指と薬指が根本から無く、胸がちくりと痛んだ。若い時に色々あって欠損したらしい。本人はそれを気に病むでも無く、むしろ嬉そうにその箇所に触れている姿を何度も見たので、曽祖父との思い出の一つなのではないかと俺は思っている。

「…… え?ご夫婦の思い出の品なら、私が受け取る訳には…… 」

 急に逃げ腰になった綾瀬に対し、ばあばは押し付けるみたいにして彼女の手にハンカチごと、紅く染めた絹糸で編んだ指輪を渡した。
「思い出の品だから、よ。私ね、実は先祖代々受け継いだ品って言葉の響きに憧れていたの。でもなかなか夫の許可がもらえなくてねぇ。でも透にならってやっと言ってもらえたから、あの人の気が変わる前に、ね?」
 立場が逆転し、今度はばあばが綾瀬の手に手を重ねた。欠損のあるばあばの手を見て一瞬だけ綾瀬は目を見張ったが、すぐに持ち前の柔らかな笑顔を浮かべて「じゃあ…… 改めて、ありがとうございます。大事にしますね」と返事をし、紅い指輪を受け取った。

「さ!そろそろ私達は仕事に戻らないと」
 パンッと軽くばあちゃんが手を叩き、「それもそうね」とばあばが頷く。
「部屋はちゃんと掃除してあるから、後はもう好きに過ごしてね。食事を持って行く時だけはお邪魔しちゃうから、あんまり早い時間からは弾け過ぎるんじゃないわよ?」

「——ばあちゃん!」

「いやだ、冗談よぉ」
 そう言って、笑いながら二人が旅館の仕事へ戻って行く。
 そんな二人に対して一言二言程度の礼を述べた綾瀬が、今はじっと受け取ったハンカチの中身を覗き込んでいる。頬を薄く染め、すっかり口元が緩んでいるが…… 推しキャラの事でも考えているんだろうか。

「あ、綾瀬…… あの…… 」
「んー?」
「俺からソレ、ばあばに返しておくから、あんまり深く考えなくていいぞ」

「…… いやいや。コレは物凄いお宝でしょう。SSR級の超絶レアアイテムだよ?…… それにさ、ご夫婦の気持ちは尊重しないとね」

 ニコッと花が咲いたみたいな笑顔を向けられ、心臓がばくんと跳ねた。気恥ずかしい茶番劇に付き合わせ、更には気を遣わせてしまっている気不味さよりも、どうしたって多幸感の方が優ってしまう。
 この流れで大きめの指輪を俺の手を取って嵌め、自分の指にももう片方の指輪を嵌める。
「こうやってお揃いで嵌めると、まるで本当に婚約したみたいだね」と言ってくれた言葉のせいで場所も憚らず涙腺が刺激された。

 綾瀬が取った手がたとえ右手であっても、恋人の存在を意味する薬指に指輪を嵌めてくれた事が、心底嬉しかった。
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