近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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回想と今の想い

額の傷跡【現在編】(烏丸・談)

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 風呂場で顔をや体を洗っている時。腕や左側の額にある大きな傷跡を見てはいつも、原因となったあの日の出来事を思い出す。だが最近は、別の考えも追加されてしまった。

 この怪我をしたあの日。
 母が遮らなければ、あのまま幼い綾瀬に責任を取ってもらって、俺と永遠に一緒に居るという約束を得る事が出来たのだろうか?

 ——と、何度も何度も思ってしまうのだ。
 近くに居たい、もっともっと傍に。彼女から『壁ドンをしてくれ』と言われたあの日以降、子供の頃からずっと我慢してきた綾瀬への気持ちのタガが緩み始めたような気がする。

 無理だ。俺程度の男じゃ、綾瀬には認めてもらえない。

 濡れる肌をタオルで拭き、鏡に映る自分のヘーゼルアイズを見詰めながら暗示をかけるみたいにそう言い聞かせる。『馬鹿をやって隣に居る権利さえも失っては、生きていく意味すら見出せなくなるぞ』と、心を宥めた。
 だが、綾瀬に逢いたい気持ちそのものは消す事が出来ず、もやもやとした気持ちが枷になって、仕事も手につきそうにない。困ったぞ…… と思いながらリビングに移動して、ソファーに腰掛けた。そしてスマホを手に取ると俺は、また珈琲を淹れてやるかと理由を作って、綾瀬に『珈琲飲みたいとか思ってるなら、返事をくれ』とメッセージを送る。珍しく返事はすぐに届き、逸る気持ちのせいで『五分以内には逢いに行く』と返答してしまった。

「…… 不審がられるだろうか」

 送ってしまってから後悔したが、どうしても逢いたい気持ちが先立ってしまう。
 服を着替え、鞄に荷物を詰めてから玄関を出る。時計で経過時間を確認しながら階段を降りると、一階下にある綾瀬の部屋の前に立った。丁度五分経つまでちゃんと待って、部屋のチャイムを押す。
 明るい笑顔を浮かべながら向かい入れてくれた綾瀬の姿を見て俺は、まだまだあの時の自分は幼かったとはいえ、『どうして親の言う事を素直にきいてしまったのだろう』と後悔した。


 珈琲を淹れ、同じソファーに並んで座りながら一息ついていると、綾瀬が俺の顔を、不意に下から覗き込んできた。
「…… その髪は、邪魔じゃないのかい?」
 そっと触れながら綾瀬が俺の前髪を避ける。至近距離で綾瀬と視線が合い、嬉し過ぎて逆に表情が硬ってしまった。
「あ、ごめん。急に触られたら嫌だったよね」
「いや、全然平気だけど」
「そうなの?そうなのかなぁ…… うーん」
 信じられないと言いたそうな顔で綾瀬が唸る。そんな彼女の左腕を俺は掴むと、ぐっと引き寄せて額に額を重ねた。

「綾瀬なら、このくらい近づいても嫌じゃないよ」

 ほんの数センチ顔を動かせば唇まで重なってしまいそうな距離で、互いが同時に固まる。彼女の熱い吐息が顔面に当たり、綾瀬からはとてもいい香りがしていた。

「——い、いやいやいや。近いって、流石に!」

 空いていた右手でぐいっと胸を押され、距離と取られてしまった。
 そんなに嫌だったのか…… 。ガッカリしながら綾瀬の顔をチラリと見ると、真っ赤に染まった顔を腕で隠そうとしている彼女の姿が目に入った。嫌そうには到底見えない。むしろ何というか…… 嬉し、そうじゃないか?

「あ、綾せ——」

 名前を呼び、前のめりになって彼女に再び近づこうをすると、彼女は少し大きな声で「ところで!」と言い、俺の言葉をかき消した。
「烏丸のご両親は、元気にしてるのかい?」
「…… え?あぁ、まぁ、うん。元気なんじゃないかな。だけど急にどうした?俺の両親の心配なんて」
 不思議に思っていると、綾瀬の顔に翳りが見られた。
「烏丸が怪我をした日以来…… 会っていないなぁ、ってね」
「あぁ。あれ以来、綾瀬もウチに遊びには来なくなったからな」
「…… や、だって。あの一件ですっかり烏丸のお母さんに嫌われちゃったみたいだし、流石に行き辛くって」

 違う、違うぞ綾瀬!

 あれは俺の根底にある厄介な性質を見抜いている母が、俺から綾瀬を守ろうとした発言だ。むしろ今でも無事かどうかをすごく気にしていて、『いくらあの子が好きでも無理強いはしちゃいけない』と、何度も釘を刺されている。しかも事あるごとに『奈々美ちゃんを大事に思うならやりなさい』と言われ、勉強やら資格の所得やらと散々色々やらされたので、絶対にウチの母親は綾瀬を嫌ってはいない。彼女の為に、俺を少しでも真っ当な人間に育てようと必死だっただけなのだから。
「あの時の傷跡…… 思った以上に残ってるね」

 あぁ、コレが気持ち悪くて咄嗟に離れたのか。

 綾瀬は小綺麗な顔のキャラクターが好きだもんな、と思いながらこの部屋に置かれたフィギアやぬいぐるみ、壁のポスター達をぐるっと見渡した。どれもこれもリアルな人間では太刀打ち出来ない造形っぷりで心が打ちのめされる。長い前髪で隠していようが傷モノなうえに、勝手に喋る、触れられるくらいしか利点のない俺では、彼等とは比較対象にすらなれないんだなと改めて感じた。

「悪い。気持ち悪いもん見せたよな」

 空笑いをしつつ珈琲の入るカップを手に取って一口飲み込む。今使っているカップが綾瀬とのお揃いのデザインであると今更気が付き、この程度の事でも、困った事に心が勝手に弾んでしまった。感情の浮き沈みが激しくって、表情がついていけない。
「違うよ!全然そんな事無いって。ほとんど目立たないし、中学までは気にせずに晒していたのに、誰も気にして無かったでしょう?それどころかモッテモテで大変だったくらいだし」
「…… そうだったな」

 一番好かれたい相手からは、全く見向きもされなかったけどな。

「それにね、烏丸のイケメンっぷりは顔に傷があろうが簡単に下がる程度のものじゃないよ!」
 子供っぽくニッと笑いながら綾瀬に言われた。

 …… コレは、期待してもいいんだろうか?
 こんな俺でも綾瀬にカッコイイと思われているのなら、自分にも少なからずチャンスがあるのでは?

 そんな期待を抱きつつ、今日もまた一歩も前に進めぬまま、綾瀬との時間をのんびりと過ごしたのだった。
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