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回想と今の想い
心の傷跡【現在編】(綾瀬・談)
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「——…… やば、涙出てきた」
次回作のプロットをまとめようと机に向かっていたのだが、“高校生?”“中学生…… ”とメモ帳に殴り書きしているうちに、不覚にも昔の苦い記憶をつい思い出してしまっていた様だ。
「やっぱ学生モノは、まだ未熟者の私には無理かぁー」
もう二十五歳になったんだから、そろそろ心の奥にあるパンドラの箱を開けても死にやせんだろうと思ったのだが、どうやら残念ながらまだまだ無理なようだ。『そんな程度の事で』と他人には思われそうだが、幼かった脆い心を砕くには充分な出来事だったんだ。
「やっぱ今回も違うネタでいくかぁ」
持っていたペンを投げるみたいにして机の上に置き、端の方に置きっぱなしになっている烏丸の本に視線を投げた。
何度も読んでいるせいで、全体的にちょっとへたってきている気がする。まるで受験期に使用した参考書の末路みたいな状態だが、私の心の潤滑剤というかオアシスというか、まぁイン子先生のお言葉を借りるなら『心の栄養ドリンク』といった立ち位置にこの本はある。
本を手に取って、数ページめくった。この本は漫画なのに沢山の付箋まで随所につけてある。それらは全部ヒロインに対して相手役のキャラが告白めいた事を言っているシーンや愛を囁いているコマばかりだ。別に小説の参考にしたいとかでは無い。ただ自分が、烏丸から言われてみたい言葉が並んでいるから、読み返してしまっているだけである。
「『昔も今も、ずっとお前だけしか見ていないよ』…… かぁ!」
大根役者感は否めないが、低めの声で演技混じりにそう囁き、一人で勝手に萌え苦しむ。耳奥では自分の声がきっちり烏丸ボイスに変換されているあたり、私の耳と脳は相当狂っているな。
だが許して欲しい。この短編ばかりを集めた烏丸の描いたマンガはどれもこれも主人公は学生で、しかもヒロインが幼馴染などの身近な存在ばかりなのだ。しかもヒロインのスタイルモデルは私ときたもんだ。そんなもん私が読みでもしたら、ちょっとくらい舞い上がって堪能してしまうのは当然だろう。人様に迷惑をかける事もなく、ひっそりこっそりとなのだし、問題は何も無いはずだ。
「——あぁぁぁっ!私も言われてみたい!」
心の叫びに近い事を言い、つい本を握りしめてしまう。この行動のせいで本がダメになっていくのだとわかっていても盛り上がったテンションでは止めることが出来ない。
ダメになったらまた買えばいいのよ。お布施よお布施。烏丸に貢げるなんて幸せじゃないか。
そう思うせいで益々本がボロボロになっていく。
「今度まとめ買いでもしておくか」
続巻の無い本に対して言う台詞じゃないぞ?と自分にツッコミを入れていると、メッセージアプリの着信音が不意に鳴った。本を置き、スマホを手に取って着信内容を確認してみると、タイムリーにも烏丸からではないか。
『珈琲飲みたいとか思ってるなら、返事をくれ』
無駄に遠回しだが、これって『遊びに行っていいか?』って意味だよね?んんーっ可愛い奴め。
『飲みたい。ウチ来る?それともどこかお店で飲もうか?』と返すと、即座に『今外だから、このままそっち向かうわ。五分以内には着く』と返事がきた。
「ご、五分以内⁉︎ちょ、まっ!もうウチのすぐ側じゃん!ってか、マンション内に居るレベルの早さでは⁉︎了承もらえるの前提で行動していやがったオチかっ」
慌ててスマホを置き、寝室に行ってクローゼットの中からまともな服を急いで取り出す。エジプト神であるメジェド様が可愛く描かれたTシャツに黒いスキニー姿のまま出迎える訳にはいかないと思い、大急ぎでお洒落着に着替えはしたが、髪のセットと化粧は絶対に間に合わない。部屋は——よし、部屋は今日もちゃんと片付いている。んでもおもてなしなんて出来る様な物は何も無い。あったら食べちゃうからと、ダイエットを決めたその日から無駄な買い置きはしていないのだ。えらいぞ私!——じゃなくってぇ、今はもう時間が、時間がっ!
軽くパニックになっていたら、もうチャイムの音が部屋に響いた。
「ぎゃー!早いー!」
ゴキブリでも見たみたいな反応をしつつ、脱いだ服を掴んで玄関側へ向かう。途中で洗面所に立ち寄って、「ちょっと待ってね!」と玄関に向かって大きな声を掛けながら洗濯機の中にさっきまで着ていた服を放り込む。服を洗うのは後だ、だがせめて髪をブラッシングくらいはしなければ!
ざっくりと最低限の範囲で身だしなみを整えて、玄関に行き、チェーンを外して鍵を開けた。
「…… 忙しかったか?」
「い、いや、平気だよ。仕事はしてたけど」
少し上がった息で返事をし、「とにかくどうぞ」と大きく扉を開けて烏丸を部屋に向かい入れる。
「お邪魔します」
荷物を一旦置き、靴を脱ぎ始めた烏丸に「急だったね」と、率直なコメントを言った。
「…… まずかったか?」
「いや全然!でも、今日はどうしたのかな?とは思ったけど」
「急に綾瀬に会いたいなぁって思って」
公式が素敵な台詞を直でくれましたわよぉぉぉ!と心の中で叫びつつ、「そっかそっかぁ」と返事をした。
興奮と動揺はひた隠し、部屋の中に二人で向かう。
今日は絶対いい一日が過ごせそうだ。たとえ彼とは一生恋人にはなれずとも、二人きりで一緒に過ごせる、この貴重な時間を大事にしよう。
次回作のプロットをまとめようと机に向かっていたのだが、“高校生?”“中学生…… ”とメモ帳に殴り書きしているうちに、不覚にも昔の苦い記憶をつい思い出してしまっていた様だ。
「やっぱ学生モノは、まだ未熟者の私には無理かぁー」
もう二十五歳になったんだから、そろそろ心の奥にあるパンドラの箱を開けても死にやせんだろうと思ったのだが、どうやら残念ながらまだまだ無理なようだ。『そんな程度の事で』と他人には思われそうだが、幼かった脆い心を砕くには充分な出来事だったんだ。
「やっぱ今回も違うネタでいくかぁ」
持っていたペンを投げるみたいにして机の上に置き、端の方に置きっぱなしになっている烏丸の本に視線を投げた。
何度も読んでいるせいで、全体的にちょっとへたってきている気がする。まるで受験期に使用した参考書の末路みたいな状態だが、私の心の潤滑剤というかオアシスというか、まぁイン子先生のお言葉を借りるなら『心の栄養ドリンク』といった立ち位置にこの本はある。
本を手に取って、数ページめくった。この本は漫画なのに沢山の付箋まで随所につけてある。それらは全部ヒロインに対して相手役のキャラが告白めいた事を言っているシーンや愛を囁いているコマばかりだ。別に小説の参考にしたいとかでは無い。ただ自分が、烏丸から言われてみたい言葉が並んでいるから、読み返してしまっているだけである。
「『昔も今も、ずっとお前だけしか見ていないよ』…… かぁ!」
大根役者感は否めないが、低めの声で演技混じりにそう囁き、一人で勝手に萌え苦しむ。耳奥では自分の声がきっちり烏丸ボイスに変換されているあたり、私の耳と脳は相当狂っているな。
だが許して欲しい。この短編ばかりを集めた烏丸の描いたマンガはどれもこれも主人公は学生で、しかもヒロインが幼馴染などの身近な存在ばかりなのだ。しかもヒロインのスタイルモデルは私ときたもんだ。そんなもん私が読みでもしたら、ちょっとくらい舞い上がって堪能してしまうのは当然だろう。人様に迷惑をかける事もなく、ひっそりこっそりとなのだし、問題は何も無いはずだ。
「——あぁぁぁっ!私も言われてみたい!」
心の叫びに近い事を言い、つい本を握りしめてしまう。この行動のせいで本がダメになっていくのだとわかっていても盛り上がったテンションでは止めることが出来ない。
ダメになったらまた買えばいいのよ。お布施よお布施。烏丸に貢げるなんて幸せじゃないか。
そう思うせいで益々本がボロボロになっていく。
「今度まとめ買いでもしておくか」
続巻の無い本に対して言う台詞じゃないぞ?と自分にツッコミを入れていると、メッセージアプリの着信音が不意に鳴った。本を置き、スマホを手に取って着信内容を確認してみると、タイムリーにも烏丸からではないか。
『珈琲飲みたいとか思ってるなら、返事をくれ』
無駄に遠回しだが、これって『遊びに行っていいか?』って意味だよね?んんーっ可愛い奴め。
『飲みたい。ウチ来る?それともどこかお店で飲もうか?』と返すと、即座に『今外だから、このままそっち向かうわ。五分以内には着く』と返事がきた。
「ご、五分以内⁉︎ちょ、まっ!もうウチのすぐ側じゃん!ってか、マンション内に居るレベルの早さでは⁉︎了承もらえるの前提で行動していやがったオチかっ」
慌ててスマホを置き、寝室に行ってクローゼットの中からまともな服を急いで取り出す。エジプト神であるメジェド様が可愛く描かれたTシャツに黒いスキニー姿のまま出迎える訳にはいかないと思い、大急ぎでお洒落着に着替えはしたが、髪のセットと化粧は絶対に間に合わない。部屋は——よし、部屋は今日もちゃんと片付いている。んでもおもてなしなんて出来る様な物は何も無い。あったら食べちゃうからと、ダイエットを決めたその日から無駄な買い置きはしていないのだ。えらいぞ私!——じゃなくってぇ、今はもう時間が、時間がっ!
軽くパニックになっていたら、もうチャイムの音が部屋に響いた。
「ぎゃー!早いー!」
ゴキブリでも見たみたいな反応をしつつ、脱いだ服を掴んで玄関側へ向かう。途中で洗面所に立ち寄って、「ちょっと待ってね!」と玄関に向かって大きな声を掛けながら洗濯機の中にさっきまで着ていた服を放り込む。服を洗うのは後だ、だがせめて髪をブラッシングくらいはしなければ!
ざっくりと最低限の範囲で身だしなみを整えて、玄関に行き、チェーンを外して鍵を開けた。
「…… 忙しかったか?」
「い、いや、平気だよ。仕事はしてたけど」
少し上がった息で返事をし、「とにかくどうぞ」と大きく扉を開けて烏丸を部屋に向かい入れる。
「お邪魔します」
荷物を一旦置き、靴を脱ぎ始めた烏丸に「急だったね」と、率直なコメントを言った。
「…… まずかったか?」
「いや全然!でも、今日はどうしたのかな?とは思ったけど」
「急に綾瀬に会いたいなぁって思って」
公式が素敵な台詞を直でくれましたわよぉぉぉ!と心の中で叫びつつ、「そっかそっかぁ」と返事をした。
興奮と動揺はひた隠し、部屋の中に二人で向かう。
今日は絶対いい一日が過ごせそうだ。たとえ彼とは一生恋人にはなれずとも、二人きりで一緒に過ごせる、この貴重な時間を大事にしよう。
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