近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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第6話(綾瀬・談)

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 一時間程経った後、部屋のインターホンが鳴った。
 全身の映る大きな鏡で格好が変じゃないかの最終チェックをし、室内が汚れていないか指差し確認をしてから玄関に向かう。鍵を解除して、ゆっくりドアを開くと、烏丸が相変わらずのでかい図体でのっそりと立っていた。

「いらっしゃい。元気にしてた?今日は締め切りだとか大丈夫だったのかい?」

 私がそう声を掛けると、ぶっきらぼうに「今日はもう一段落ついたから平気だ」と彼が返事をする。
「お邪魔します」と言いながら玄関の中に入り、靴を脱ぎつつ「…… 元気にしてたか?」と訊かれた。
「あぁ、うん。早寝早起きもする様にしたおかげかここ最近体調もいいよ。ご飯もちゃんと自分で作ってるし、今日なんか散歩にも行って来てね、その帰りなんでこんな格好のままなんだけど…… 変じゃない、かな」
『いつもよりもお洒落してんだな』なんて指摘もされていないのに、言い訳みたいなセリフを言ってしまう。あぁ、これじゃまるで子供だ。
「そっか、それは良かった。にしても初めて見る服だな、似合ってるよ」
 久しぶりに会い、体を気遣ってくれたうえに着ている服まで褒めてくれる烏丸の顔を見上げながら私は、『あぁ、やっぱコイツが好きだわ』と改めて思った。


 台所に二人で立ち、早速珈琲を淹れる用意を始める。とは言っても、私は烏丸の持ってきた注ぎ口のやたらと細長いヤカンに水を入れて火にかけただけなのだけども。
「座ってていいぞ。きちんと淹れるとなると、結構時間かかるから」
 持ってきた鞄の中から豆の入った瓶やコーヒーミルなどといった物を入れた袋を取り出し、台所の作業台の上に置く。そんな彼の側で私は、コーヒーカップを用意してキッチンの空いているスペースに並べた。
「んにゃ、見てるよ。どんな工程なのか知っておいたら今後の参考にもなるしね」
「気が散るから座ってろって。わざわざ今見なくたって、ネットで検索するか店に行けば、いくらでも見れっから」と言いつつ、烏丸が私の頭を軽く小突く。

「んなふうに監視してなくったって、粉末状にした爪なんか持って来てないし、唾液も入れんから安心しとけ」

 ニヤッと笑いながら言われたその一言で、奴が私の新刊を既に読んだのだと察する。新刊に登場した攻め役である叔父の雁夜忍が手料理に自分の唾液などを混ぜて、引き取った甥っ子の渚に食べさていたシーンの事を話しているのだとすぐにわかった。
 人の体は約二百日程度で生まれ変わるらしい。なので自分の一部で甥っ子を形成させたいという叔父の異常性を表現したくって織り込んだネタだったのだが、まさかココでそれを持ってくるとは。

「よ、よ、読んだのか!やめろって言ったよねぇ⁉︎」

「そっちだって読んだんだろー?んなら、おあいこだって」
「恥ずかしいからやめてって!」と、赤くなる頬を両手で隠しながら悲痛な声で叫ぶ。
「そっちはエロシーンがあるってだけで、話としては普通の恋愛漫画なんだから全然アリだけど、こっちは性癖が特殊なんだからおあいことは言えないでしょ」
 烏丸の本はかなり艶やか且つ濃厚で、彼の実体験をネタにしたのだったら相当凹む内容ではあったが、それでも読み物として総合的にはとても良かった。同じ本をあの後追加で三冊買い、電子書籍版まで購入したくらいに。そして毎日寝る前に読んで、『こんなシーンが烏丸の手から生み出されたのか』とニヤニヤしている。…… 改めて考えると、そんな事をしていると彼にバレるよりは、自分の本を読まれる方が遥かにマシかもしれないやと思うくらい、幼馴染としては異常行動だな。

「そうか?んじゃ、今度読切の話がきてるから、そっちは異常性愛モノでも描けば、おあいこだな」
「…… (読みたい)」

 黙って『え?』っと言いたげな顔をしていたはずなのに、烏丸は私に向かい「読みたいのか、このド変態が」と、淡々とした声で罵りながら珈琲を入れ始めてくれた。

 の、罵られた。リアルで『ド変態』言われた。

 ショックを受けるどころか心臓がバクバクいってめちゃくちゃ体が喜んでる。妄想はリアルには勝てない。短い一言であろうが、断然こっちの方が何万倍も最高だ。
 そんなソワソワとした気分のまま大人しくソファーに座っていると、コーヒーミルで豆を挽く烏丸が不意にクスッと笑いをこぼした。
「嬉しそうだな。なんか良い事でもあったんだろ」

 あったよー、今さっき。
 好きな人に罵っていただけましたもの、最高でした。

 だけどそんな事は当然言えるはずが無いので、何か必死に理由を探した。『あったのか?』ではなくて『あったんだろ』と言われては、もう『何でもないよ』とは言えない。付き合いが長いので、そんな嘘が通じる相手ではないのだ。
「あった。あったよー」
 グラスさんから『愛しちゃってる』なんて言ってもらえたり、新しい服を買ったり、本屋では使えそうな資料も手に入った。だけど一番は、今この部屋に烏丸が居る事が一番嬉しい。最高に幸せな“良い事”だ。素直に言う?いや、言えないよねぇ。幼馴染の女に言われてもキモイよ。『は?そういうの無理、キモイ』ってそのまま帰られても嫌だし、参ったなぁ…… 。
 だが、たまのリップサービスくらいはいいのではないか?ちょっとくらい素直に喜びを表現しても。久しぶりに会えたのだし。

「烏丸の淹れた珈琲が飲める」

 ニッと笑いながらそう言うと、烏丸の手元がピタリと止まった。そして少しの間をあけて、「そっか」と素っ気なく呟く。でも口元はちょっと緩んでいる感じがするから、嬉しかったんじゃないかな。君も素直に『当然だろ、俺様が淹れてやってんだから』くらい言ってもいいのに。

「飲んでみて、もし気に入ったんならまたいつでも淹れてやるよ。なんだったら今日持ってきたこの道具を全部こっちに置いておいてもいいしな」
「でも、それだと烏丸が困るでしょ」
「別のタイプで欲しいやつあるから、そっちを買うよ」
「凝り性だもんねぇ、君は」
「好きになったらとことんやらんと気が済まないからな」
 ペーパーフィルターの中に入れたコーヒー粉の上にゆっくりとお湯をかけながら、烏丸が口元を綻ばせた。
「烏丸は執着タイプなんだね」
「んだな。お前んとこの雁夜さんくらいには」
「“くらい”って、ソレ相当ヤバイ部類だよ?変態だし、犯罪っすよ?」

 好きな相手を監禁してレイプした挙句、快楽漬けにして二人だけの世界に引き篭もったキャラクターを引き合いに出すとは驚きだ。だけど…… そっか、そのくらいのめり込んじゃうタイプなのですね、君は。

 妄想の通りなのは嬉しいけども、その相手となる人が現れたらもう、私とは会ってもらえなくなりそうだな。
「んじゃ、犯罪にはならん範囲で済ませるように我慢するか」
「お願いしますよ、お兄さん。幼馴染が捕まる姿をニュースで見るとか嫌だからね?」
「わかったよ。…… 我慢、するから」


「——わぁ。本物の珈琲だ」
「お前が普段飲んでるのは偽物なのか」
「や、違う。違う?んー…… 小分けのスティックから出して粉を溶かすだけのとか、なんかちょっとこれとは違うかな?と思って」
「確かに全然違うな。でもじゃあ小分けのやつが偽物かってーと、それもなんか違わね?」
 んーと同時に唸り、「まいっか」の一言で同時に終わる。
「あ、そうそう。今日さ、散歩のついでにケーキ屋寄って来たんだ。んで、卵と一緒にチーズケーキ買ったんだけど、珈琲と一緒にどうかな」
「ケーキ屋で卵?そっちの方が気になるんだけど」
「帰りに半分あげるよ。卵かけご飯にしても、美味しいそうだぞ」
 私がにやっと笑うと、烏丸が「マジか」と言いながらヨダレでも垂らしそうな顔になる。

 んんーっ!この可愛い奴め。

「んだけど、俺もマフィン作って持って来たんだよな。どうする?両方は流石に多いよな」
「え?食べる!食べるよ!」
 挙手しながらそう答えると、烏丸が鞄の中から透明な袋の中に入れ、小分けにしたマフィンを四個取り出した。だがそれは、よりにもよって、私の苦手なチョコレート味のマフィンだった。

 …… どうしよう、食べるって言っちゃった。

「わーい」と言いはしたが、棒読みだ。
「お皿とケーキ取って来るね!」
「あ、それくらい俺が——」と烏丸が立ち上がろうとしたが、「いえいえ。家主は私よ?座ってて、珈琲淹れる間ずっと立ってたんだしさ」と言い、台所へと早足で向かった。
 中学時代以来チョコ味の物は食べていない。口にいれようとすると吐き気がしてしまって食べられないのだ。ケーキやクッキー、チョコドリンクだろうがなんだろうが一通り全く受け付けないのだが、烏丸はそれを知らない。そうなってしまった理由が理由なだけに、話していない。
 出来れば今回だって食べたく無いのだが、烏丸の手作りとあっては食べないという選択肢を選びたくも無い。前々から家事や料理は出来ると聞いていたが、小学生の頃以来彼の家には行っていないし、手料理を食べる様な機会も無かった。なのでこれはそれこそ“初体験”となるのだ。

 烏丸が材料を混ぜ、烏丸がカップに流し込み、烏丸がオーブンで焼いた物を私が食べて飲み下し、体の一部に出来る!

 もしかしたら料理中にくしゃみとかしちゃって烏丸成分が入ってるかも。袋に移す時に不注意で中身に少し触れてしまったりだって無いとは言えない!食べるでしょ、食べてやりますわよ、例え苦手だろうがなんだろうが知った事か。後で吐き出す事になったとしても絶対に後悔はしないわ。
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