近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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第4話(綾瀬・談)

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 お昼ご飯として野菜のたっぷり入ったサンドイッチを作った。お皿にそれを盛り付けて、ガラスのコップに注いだグレープフルーツジュースも一緒に運ぶ。サイドテーブルの上にそれらを乗せ、マナー違反だと知りながらもサンドイッチを口に咥えたまま近くにあったタブレットを手に取った。インターネットに接続し、『どうせ凹むだけなんだからダメだダメだ』と思いながらもエゴサーチを始めてしまう。昨日自分の本の新刊が出たばかりなので、反応や感想が気になってしょうがないのだ。
 私は烏丸と違って、残念ながら特集を組んでもらえる程の作家では無い。アニメ化やコミカライズ化なんか一度も経験無いし、ドラマCD化も夢のまた夢っていう中堅層の中でも下に位置する作家である。挿絵を描いてくれている絵師の“サザナミイン子”先生はゲームのキャラデザも手掛ける売れっ子なので、この結果は完全に私の力不足によるものだ。

『あかり先生の作品はマニアックだしねぇ。それに、ここ最近ずっと闇堕ち系ばっかだしなぁ、あははは』
 イン子先生がよくそんな事を言うが、全くもってその通りっす。反論の隙もありません。

 そんな私だが、幸いにしてデビュー当時から応援してくれているファンがいる。その人は私の作品の感想を書く為だけのブログを作ってくれていて、市販されている本だけじゃなく、二次創作本まで網羅してくれている徹底っぷりだ。
 コミケも含めて一度もお会いした事は無いが、文章的に多分男性だと思う。男性であると仮定して、彼の名前はハンドルネーム・“グラス”さん。ブログを読んでいる感じだと、絵は得意では無いのかファンアートを描けない事をいつも嘆いている。だけど『その分思いの丈を言葉で綴りますね』と、愛情たっぷりな感想を毎回書いてくれるのだ。

「——おぉ、早速更新されてる!」

 私だとわかる形で読んだ痕跡を残した事は無いのでグラスさんは著者本人がこの感想を毎回楽しみにしている事は知らない。コメントをつけちゃったり、ダイレクトメールを送って絡みたくなった事が正直何度もあったけど、私が読んでいると知ったら素直な感想はもらえなくなる気がして何もしていない。『いつもありがとう』とコメントしたらきっとすごく喜んでくれるだろうけど、本人に読まれている前提で書く感想って、媚を売ったみたいなモノになっちゃいそうなのでそれは避けたかった。

「…… 『性癖のど真ん中に今回も刺さりました』か。そうですか、そうですか、やったね。んーっ!でもなんかむず痒いっ」

 グラスさんの感想を読みつつ、ニヤニヤとしてしまう。
 ネタバレ注意と最初に書きつつも、出来ればバラして欲しくない肝心な点を綺麗に避けて書いてくれていて、嬉しくもなった。いつも私の意図を汲んでくれている繊細さが随所にあって、本当にすごい人だなと思う。ここまで出来る彼はきっと、営業系のお仕事の人なんじゃないかな。もしくはクリエーター系か。このブログだけでしかこの人を知らないけど、どんな人なのか想像するのがちょっと楽しい。

 私のファンを自称してはいるが、グラスさんはちゃんと挿絵を描いているイン子先生の絵についても語っていて、それを読んだ彼女に『グラスさんは心の栄養ドリンクだわ。描くのに疲れた時にあの感想読むと、もうちょっと頑張ろうって思えるんだよねぇ』とまで言わせちゃっている。絵の細部までしっかり見て感想を述べているらしく、『イラストを見る視点が絵心のある人っぽいんだけどなぁ』とイン子先生は話していた。だが、描けるのと良し悪しがわかるのとではきっとスキルが違うのだろう。

 文章を読みつつ下の方へ画面を移動させていくと、もう既に、彼に向けてのコメントが書いてあった。このブログでたまに見かける名前なので、グラスさんと同じく、私かイン子先生のファンの人…… なのかな?だったら嬉しいな。

「なになに?『新刊への感想、とても楽しみにしていました。今回も作品への愛情たっぷりっすね!ガチ恋勢かってくらいですわw』だって」

 …… ガチ恋勢。
 その言葉で胸の奥がちりっと焼けたような気がした。
 コメントへのレスは『そっすね。マジで!』と書かれている。

 それを読んで、パッとタブレットの画面から指先を離した。
 危なかった。無意識のうちに私は、グラスさんへダイレクトメールを送るボタンを押すところだったのだ。

「作品を好きなだけ。私自身を、じゃないんだってば…… 何考えてんだろ」

 前髪をくしゃっと摘み、震える声でぽつりと呟く。
 烏丸からの愛情に飢えているからって、顔も知らず、住んでいる場所も年齢も何もかもわからない相手に縋るとかどうかしている。だけど『愛しちゃってますから』の一言が、正直胸に沁みた。その言葉を心から贈って欲しい人からは一生もらえない言葉だから、余計に。

「よし、他いってみようか」

 空元気を出しながら、グラスさんのブログのページを閉じる。他に感想を書いてくれているものがあるかはわからないが、このまま彼のブログを見ていたら惹かれていってしまいそうで怖い。それはそれで悪い事ではないのかもしれないが、烏丸に想いを募らせる以上に不毛な恋はしたくなかった。


 タブレットをソファーの上に置き、空になった食器を台所へと運ぶ。
「グラスさん以外にはあんまり感想無かったなぁ…… 」
 ため息を吐きながら食器を洗い、今作もエゴサーチしてしまった事を後悔した。生活に支障が出ない程度には売れていても、買ってくれた皆が皆感想をくれるわけでもないので反応が弱いのは仕方無いと分かっていても、やっぱ切ない。だけどまぁグラスさんみたいな人がいてくれる分、まだ私はマシな方だろう。
「烏丸も読んでる言うてたけど、感想って柄じゃないしねぇ。…… それに、こっちから直で訊くのも、ちょっとなぁ。そもそも今作も読んでいるとは限らないし、今は暇じゃないだろうし」
 特に今作は近親姦だったうえに監禁モノだ。壁ドンはこちらからの注文だったので別としても、視姦されているシーンや両脚を開いて絵のモデルにさせられているエピソードや何やらと、『綾瀬、お前この間の事ネタにしたな?』と間違いなくつっこまれる確信があるので余計に訊きづらい。だがあのメカクレ顔で『お前って、写真撮られながらあんな話考えてんだ。…… へぇ』だなんて呆れ声で言われるかもと思うと、マゾっ子の素質のある私は全身がゾクッと跳ねてしまった。髪の隙間からうっすらと見える鋭い瞳に見られながらかと考えるともう、悶絶しそうになってくる。

『あんなポーズで俺に撮影されて、内心は気持ちよかったのか?この変態』
『脚をそんなに開いて…… 玩具でも挿れてやろうか。それとも、もっと別のモノがいいか?』

 壁ドンをされた時に初めて聴いた低めの声で、勝手に妄想ボイスが耳奥で再生されてしまう。そんな台詞を彼が言うはずなんか無いのに、言ってくれるはずなんか一生無いのに、完璧に想像出来る自分が恐ろしいわ。

「…… 散歩すっか」

 こんな脳みそのままでは、またとんでもないお話を書いてしまう気がする。世間の需要にマッチしている内容ならそれもアリだろうが、やり過ぎるとただの独りよがりだ。まずは一旦頭をリセットしようと決め、私は着替えをして街まで出掛けて行った。
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