近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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第2話(烏丸透・談)

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 珈琲のおかわりを持って机の前に戻ると、早速投稿した文章に感想コメントがついていた。昨日発売だった本の話題だから綾瀬のファンの一人が餌に食いついたんだろう。
 どれどれ?と、カーソルを動かしていく。コメントを読んでみると、『新刊の感想、とても楽しみにしていました。今回も作品への愛情たっぷりっすね!グラスさんはガチ恋勢かってくらいですわw』と書かれている。ちなみに“グラス”は俺のハンドルネームだ。このブログでしか使わない名前なので、綾瀬は当然コレが俺だとは知らない。そもそもこんなブログの存在だって知らんだろう。

「確かに。俺の文章を読めば、ガチ恋勢だってバレるよなぁ。もっとも俺の場合は、作家の“杜代あかり”にでは無くて、中身の“綾瀬奈々美”本人を、なのが問題なんだが」

 幼馴染なんていう身近な立場でありながら、叶わぬ思いを抱え続けるのは正直辛い。せめて綾瀬が架空の人物だったり、見知らぬ作家の一人だったのなら作品のみを純粋に応援出来ただろうに。自分の中で綾瀬への想いが大きくなり過ぎていて、この感情を切り捨てる事も出来ない。もういっその事告白してフラれでもしたら諦められるのかもしれないが、その後はお互いの性格的に気不味くなって傍には居られなくなるなと考えるだけで体が震え、一歩も前に進めないでいる。
 ヘタをしたら拒絶された悲しみから綾瀬を刺し殺してその身を喰らい、死肉を啜って永遠に己だけの者にしようとまでしかねない自分が腹の奥に眠っている実感もあるせいで、余計にだ。

「我ながら拗らせてんなぁ…… これじゃ、叔父の雁夜忍を笑えないぞ」

 座っている椅子の背もたれに寄り掛かり、天井を見上げる。楽しかったはずの気持ちが段々と落ちていき、いっそ無理心中でもしてみるか?なんて気分になってきた。完全にさっきまで読んでいた綾瀬の作品に気持ちが引っ張られて闇落ちしかけているが、元々素養があるせいでなかなか浮上出来ない。
「…… 気分転換に、とにかく描くか」
 こんな心境では病んだ絵しか描けないかもしれないが、仕事の原稿じゃないから問題は無いだろう。
 仕事、仕事もせんとなぁ…… でも今回の話はめっちゃラブラブなやつなんだよなぁ、参った。


 ——描き始めて数時間が経過した。
 抱えた闇を絵にすれば多少は発散出来るかと思ったんだが、より一層凹むだけだった。ラフ画に近い絵柄で、だたひらすらに綾瀬を監禁して犯し続けている内容を、漫画にまでして描いてしまっている。この内容だったら男性誌でも掲載してもらえたかもしれない。何で最初からコレを描けなかったんだ、俺は。
 ムスッとした顔で持っているペンをクルッと回すと、ソファーの隣にあるサイドテーブルの上に放置したままになっていたスマホから着信音が鳴り響いた。着信音を個別設定出来ないメッセージアプリのものだったせいで、どこから着たものなのか音だけではわからない。だがどうせ広告系の通知だろう。んなもんはさらっと放置して絵を描き進めた。
 白くて細い首に漆黒の首輪を着けさせ、両手首は背後でひとまとめにし、冷たい床にペタンと座っている綾瀬の胸の先をじっくりとねぶっているシーンだ。生の胸を見たワケではないが、前回会った時に至近距離で伸びをしてくれたおかげで、大きさやラインが把握出来たから前よりも本物に近く描けている気がする。裸体はどうしたってネットや漫画くらいしか参考に出来なかったせいでモデル体型になりがちだったが、少しだけリアルな綾瀬のスタイルを描けてちょっと楽しくなってきた。
 何枚も何枚も何枚も、ひたすら凌辱し続けるシーンを描いていく。紙の上でだったら、俺を恋愛対象としては見てくれていない綾瀬でも好きに抱ける。その事実が嬉しくもあり、今回は何故か虚しい気持ちにもなってきてしまった。

「…… ダメだ、綾瀬成分が足りない」

 普段ならば、嬉しい、楽しいという感情だけで描き進めていけるのに、今日は上手くいかない。多分これは、会えていない期間があまりに長過ぎたせいだ。今までだったら、綾瀬は俺の事をフリーターだと思い込んでいたから気軽に呼び出してくれていたのに、それが無くなるとこんなにも会えないものなのか。切羽詰まっていたとはいえ、うっかり口が滑ってしまった事が心底悔やまれる。今度からはいつ何時呼ばれても対応出来る様に余裕を持って作業をしておこうと決意した時、またスマホから着信音が鳴り響いた。

「何だよ一体。——あ、綾瀬からだ!」

 腕を伸ばしてスマホを手に取り、画面に表示された差出人の名前を見て、俺は叫んでしまった。流石に下の階に住む綾瀬の元までは聞こえはしないだろうが、ちょっと大き過ぎたかもしれないと思うくらいの大声で。
 慌てながら画面をフリックして、送ってくれた内容の全文を確認する。すると、『暇かい?』と話す動物のキャラクターが最初に一個表示された。広告に決まっているとガン無視した着信が、どうやらコレだったみたいだ。

「今度から着信は全部確認しよう」
 決まり事を更に一つ増やしながらもう一つのメッセージを読む。

『珈琲が飲みたい』

 とても簡素なものだったが、前に俺がした話をちゃんと覚えていてくれたんだと思うと、一気に気持ちが舞い上がった。
『準備してすぐに向かう』と俺が送ったら、すぐに既読マークが入り、真っ黒な可愛いオバケのスタンプで『お待ちしています』と返してくれる。たったコレだけの事で闇落ちしていた心が救い上げられ、高揚感で心が満たされた。

 生身の綾瀬に会える、会える会える会えるっ!

 鞄の中に必要な道具を詰め、急いでシャワーを浴びる用意を始めた。
 だが、ふと思った。『このまますぐに部屋を出ては、到着が早過ぎて不審に思われかねないな』と。今まで通り少し間を置いて出発せねば。それに今さっきまで、紙面上とはいえ、綾瀬を強姦し続けていたせいで現実と妄想の切り替えも完了し切っていない。こんな脳みそのまま会ったら同じ事を彼女にしかねないぞ。

「…… まずは一旦落ち着け。シャワーを浴びて頭冷やして…… そうだ、簡単に作れるお菓子でも用意して…… 」

 お菓子、オカシ、犯し…… って違う!
 ダメだ、こんな発想になるうちはまだ出かけられない!

 ブンブンと頭を振って頬を叩く。そのおかげで何とか少しは冷静になったが、これから綾瀬に会えるんだと思うと、万年欲求不満な俺はすぐに冷静さを失ってしまい、また頬を叩くという行為を何度も繰り返した。


       ◇


 家にある材料で作れそうだったのはチョコレートマフィンくらいだったのでそれを焼き、その間にシャワーを浴びてとやっているうちに、結局部屋を出たのは連絡を貰ってから一時間後になってしまった。だが実家から綾瀬の部屋に向かっても、今と同じかそれ以上の時間がかかった事を思えば、丁度いいくらいの塩梅だろう。

「いらっしゃい。元気にしてた?今日は締め切りだとか大丈夫だったのかい?」

 玄関を開け、笑顔で綾瀬が俺を迎え入れてくれる。
 あぁやっぱ好きだな。この顔から笑顔が消えるくらいなら、告白なんかしない方がいい。そんな事を考えながら俺は、「今日はもう一段落ついたから平気だ」と答えつつ、綾瀬の部屋へと入って行く。

 このくらいの距離感でいいんだ。俺が一番近くに居られれば、それで。
 さてと、『綾瀬が好きだ』という気持ちに分厚い蓋をして、今日もまた“幼馴染”としての役割を無事に果たそうか。
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