近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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二人での旅行

待ち合わせ①(綾瀬・談)

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 青い空、薄らと棚引く白い雲。車窓からはどこまでも続くであろう透き通った海が丘の向こうに時折垣間見れ、旅人の心を弾ませる素晴らしい情景が広がっている…… と、思う。何故断言しないかって?そりゃ当然そんなものはただの想像で、実際には全然見ていないからだ。

 し、仕方ないでしょう?だってそんな余裕なんか今の私には微塵も無いんだから!

「——で、でね、理系男子モノとかも、どうかな?って思ってるの。大学で出会ったノンケの二人が様々なトラブルを乗り越えていくうちに、いつしか互いが必要不可欠な存在であると気が付くって王道パターンのやつ。それか、異世界転生モノはまだ手出ししていないからそっちも悪くないかもね。小説やゲームキャラに憑依とかも好きだなぁ。もうどれも確固たる地位を確立したジャンルだし、とっくに旬じゃないって一蹴される心配も無いと思わない?そ、そういえば俺様最強系もそうだよね、あれも一定の人気を得ているから使わせてもらうのもアリだと思うわ。もしくは、ざまぁ系や悪役令嬢系の男性版とか!あ、でもそれだったら執事のお話も捨てがたいよね。タキシード風の衣装とか手袋ってカッコイイから、イン子先生の挿絵が楽しみ過ぎてテンション上がりそうだし。いっその事ラブコメに挑戦してみてもいいかも?二次創作以外では書いた事無いジャンルだけど、散々読んではきてるからお仕事の方ででも別に無理難題ではないと思うんだよね」

 …… などと、私はもうかれこれ二時間程心底どーでもいい内容をほぼ一人で話している気がする。

 たまに相槌があっても『そうだな』とか『悪くないかもね』くらいの短いものだ。
 や、別にね、交際相手でも何でもない私との旅行を後悔していて烏丸が不機嫌になってしまい、私が喋らないと間が持たないとかじゃないんですよ。言い訳とかじゃなくって、本当に。だって烏丸の口元は終始笑顔なんですもん。頬もほんのりと桜色って感じだし。そんな彼を隣にしていて、虫の居所が悪いのかもと不安になる訳がないでしょう?
 だけど今は口でも開いていないと間が持たないというか、この状況は居たたまれないというか、申し訳ないというか、身に余る光栄過ぎてもう萌え死ぬ寸前というか。とにかく、すぐにでも尊死しかねない状況なのです。

 つまり私が何を言いたいかっていうとですね、烏丸さん。
 そろそろ、私の手を離してもらえませんか⁉︎


       ◇


 事の始まりは二時間と少し前に遡る。
 いや、待って…… 前兆らしきものはすでに前々からあった気がしてきたぞ⁉︎

 幼馴染でしかない私達が、その場の勢いだけで二人っきりの旅行に行く事となった。そうなるとまずは当然『どこに行こうか』と話し合わねばならなくなるわけだ。旅行雑誌みたいなリア充な読み物なんて我が家にはあるはずがなく、結局はネットで色々見てみようって事に。
 仕事以外の調べ物はほぼタブレットで済ませてしまう事が多い。烏丸だってここでも仕事が出来る様に毎回プロ向けの巨大な物を持って来ているのを知っているし、同時に二台使ってそれぞれが行きたい場所を調べ、最終的に希望をすり合わせていけば良いだろうと思っていた。

 ——なのに、だ。

 烏丸は一向に自分の鞄からタブレットを出す気配も無く、さっきからずっと私の使っているタブレットを横から覗き込んできている。画面がそこそこ大きいので二人でも余裕を持って見られるが、問題は…… 

 どうしてさっきから君は、私の肩を抱いているのかな⁉︎

 近い!近いぞ、距離が!お兄さん完全にバグってますよ⁉︎これってアレ?サービスタイムってヤツですか?髪を乾かしてあげたから?下僕へのご褒美的な?『これからも精進しろよ』とくれる、飴と鞭の飴みたいな!だとしたらやり過ぎっすわ。死ぬ、死んじゃう。何度も言ってるけど、あ、いや、直接は言ってないけど、耐性が無いんですよ、私は。彼氏いない歴イコール年齢なんだから、アンタのせいで。『嫌いじゃないと思えれば別の人と付き合っても良いか』なんて妥協が、こんな事されてはいつまで経っても出来ませんよ、んなに近いと!それにね、推しからの愛ある供給があまりにも多いと、下僕ファンはその尊さにやられて死んでしまうのよ?まさか、コイツは我々の生態を知らないのか⁉︎近過ぎるせいでなんか良い匂いがずっとするし。でも自分のお気に入りの柔軟剤の香りも相待っていて、『自分とも同じ匂いがするぅぅぅっ』と思うと呼吸が苦しい。息をしただけで死にそう。しなくても死ぬけど。

 いつか烏丸に着せたい。でも無理!だけど、きっと似合うわと思って衝動的につい買ってしまった、推しキャラの普段着シリーズ・男性向けバージョンが役立つ日が来るなんて夢にも思わなかった。いつか余裕が出来たらマネキンでも買って着せて飾っておこうかとか思っていたが、まさかの最推し ご本人に着て頂けるとは。下着も好きな作品との限定コラボ品だ。パンツなので飾っておく事も出来ず、そっとしまっていた品がまさか日の目を見るなんて!

 似合ってるんだろうなぁ…… 穿いている姿は一生見られないけど、ある程度は想像で補えるわ。

 ボクサーパンツのデザイン、当然知ってるし!
 水泳の授業でほぼ裸体は見てるし!中学の時の、だけど。

 …… アッチのサイズは知らないので、どういうラインになっているのかは流石に無理だけども。
 でも良いねぇ、良いよぉ!もっと買っちゃおうかな?最近って、結構普段使い出来るグッズも多いから、それもアリかもしれん!どうせまたの機会なんか二度と無いけど、今みたいに妄想の素材には使えるんだし!

『——人の話、聞いてるか?』

 不意に訊かれ、授業中みたいな焦り具合で反射的に『聞いてるよ!』と答えたが、半分くらい抜けている。
 えっと…… そうだ、旅行の話だ。何か返事をせねば、そう思うのに返答が頭に浮かばない。そりゃそうだ、半分どころじゃなくて、実際には全部聞いていなかったのだから。
『ごめん。…… 何だっけ?』
『だから、目的地への移動は車がいいか、列車がいいかって話だよ。バスって手もあるけど、どうする?』
『車は無理じゃない?どっちも免許無いし』
『んー…… 出発日を二ヶ月後くらいにしてくれるなら、暇みて免許取ってくるけど』
『や、待って。そこまでしなくていいです』

 何故にそこまで。その労力は全身全霊で彼氏さんにだけ向けてあげて欲しいわ。無駄な期待を私に抱かせないでくれ。

 キッパリお断りすると、『んじゃ列車で行くか』と烏丸が言う。
『長距離バスって、全部が全部じゃないけど、一人用の椅子が交互に配置してあって会話し難いやつもあるらしいから避けたいし』
『せっかくの旅行だから隣り合って座りたいよねぇ』
『んじゃ、今回の移動は列車で決まりだな。行き先の希望が無いなら俺にアテがあるんだけど、どうする?』
 そう言って、横から私のタブレットに入っている検索アプリを使って烏丸がとある温泉街のホームページを表示させた。有名所では無かったけど、落ち着いた雰囲気の温泉街のメイン通りや、観光地の写真、特産品や周囲の景色などを見て、此処なら充分今後の資料としても申し分無さそうな雰囲気だ。まぁ今回のメインの目的は取材では無いので、もう行き先なんて何処でもいいってのが正直な答えなんだけども。
『いいね。特に何も考えてなかったから、ここにしよう』
『…… んじゃ宿の手配はやるから、綾瀬は列車の席の予約は頼む』
『了解!』
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