近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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カフェにて

担当者だって物申す・③【烏丸視点】(烏丸・談)

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 目覚まし時計の音で起きて、一番最初に考える事はいつも同じだ。

『眠い』『まだ起きたくない』『あと五分…… 』
 ——などではなく、『綾瀬に逢いたい』のただ一つ。

 目を開けたら隣で安らかに眠っていて欲しい。そんな彼女をベッドに休ませたまま俺は朝食の用意をし、『朝から美味しいご飯をありがとう』と笑顔で言う綾瀬からのお礼のキスから一日を始めるんだ。二人揃って在宅勤務の仕事なので四六時中だって一緒の空間に居られるし、昼も夜も共に過ごして、出来ればお風呂も一緒に入りたい。痴態を俺に見られて恥じらう彼女をベッドまで引き摺り込み、何時間もじっくりと愛し合って一日を終えるんだ。

 …… なんて妄想を起きて五分程度し、のっそりと上半身を起こす。睡眠時に見た夢や妄想のせいで毎朝元気な下半身のアレはシャワーでも浴びながら宥めるとして、ひとまずは着替えの用意を…… あぁ、そうだ。今日は担当さんと外で打ち合わせの約束をしているんだったな。

「めんどくさ…… 」

 ため息を吐きつつ、今更そんな約束をしてしまった事を後悔した。綾瀬にこれ以上変な誤解を与えたくないので出来れば担当さんと直接会う事は避けたいのだが、何度も何度も何度もお願いされ続け、『出版記念のお祝いも兼ねて!』とダメ押しするみたいに言われると、流石にこれ以上は断り続ける事が出来なかったのだ。


       ◇


「——いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」

 待ち合わせをしているカフェに入ると、即座に店員が声を掛けてきた。待ち合わせである事を告げ、担当者である椎名千穂しいなちほさんを探し、すぐに見付けてテーブルを挟んだ向かい側に座った。
「すみません。待たせてしまったみたいですね」と椎名さんに詫びを入れ、通りかかった店員さんにアイスコーヒーを頼んで鞄を隣の椅子に下ろす。
「いえいえ。私が勝手に少し早めに着いてしまっただけですから。本日のオススメケーキがもう少しで売り切れそうだったので先に頼んでしまったんですけど、甘いものは平気でしたっけ?」
「あ、はい。お菓子は結構自分でも作るんで。モンブランですか、確かに美味しそうですね」
「…… お菓子まで作れるんですか?すごいですね」
「えぇ、まぁ」

 いつか食べてみたいと言われたら断らねば。

 そこまでするのは面倒臭いという気持ちも当然あるが、何よりも、自分の手作りのものを愛おしい綾瀬以外が咀嚼して飲み込む事を想像するだけで吐き気がする。許容範囲にいるのは自分の親と味見をよく頼んでいた馴染みの家政婦さんくらいなもので、それ以外の人間に食わせるなんて死んでもお断りだ。

「早速ですけど、次の作品のネーム持って来たんで見てもらっていいですか?あぁ、あとこっちの原稿も見て感想もらえると嬉しいんですが、頼めます?」

 そう言って、普通紙に描いたネームと、何ページにも及ぶ完成原稿っぽいものを椎名さんに差し出しす。さっさと用件を済ませてとっとと綾瀬の部屋の真上にある自室に帰りたい。そんなふうに考えている気持ちはバッチリ相手にも伝わっている気がするが、好かれたいとも思わんのでそのままにした。

「相変わらずお仕事が早いですねー。つい先日、続きのネームを見せてもらったばかりなのに」
 不快そうな顔一つせず、短期連載中の作品のネームを手に取り、椎名さんが原稿に目を通す。仕事柄面倒な人間の対応には慣れているのか、こちらの態度なんか全く気にしていない様子だ。
「これからはもう、早め早めに原稿を進めておきたいんですよ」
 そうしておいて、いつでも綾瀬からの突然のお誘いに応じたい。最近では自分からも積極的に交流を持つようにしているので、進めておける作業はどんどん済ませるに限るからな。

 椎名さんがネームの確認をしている間に、祝いのケーキだと思われるモンブランに手を付け、一口づつフォークで切り分けながら食べていく。数量限定のおすすめケーキなだけあってかなり美味しい。見た目も可愛かったので、今後の参考資料として写真を撮っておけばよかったか?と一人で後悔していると、ネームの確認を終えた綾瀬さんがこちらを向いた。
「うん、いいですね。もっと良く出来る気もしますが…… まぁそこはおいおいって事で。あ、でも何か思い付いたら訂正お願いするかもです。えっと、いつまでなら間に合いますか?」
「そうですねぇ…… 明後日くらいまでなら」
「了解です。えっと、次はこちらですねー。おっと——」
 ページをめくり、導入部分から十八禁全開だった事に驚いた椎名さんが、すぐさま振り返って自身の背後を確認した。真昼間から堂々と、しかも異性の前でそんな内容の漫画を読むのは仕事だとはいえ躊躇したのだろう。これが仕事上の関係でなければとんだセクハラ行為だが、彼女の口元はちょっとニヤついていてちょっと嬉しそうだった。
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