近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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第5話(綾瀬・談)

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 数時間後。
 帰宅した私の部屋には今、ケーキの箱が置いてある。チョコ系には苦い思い出があって食べられないので、この箱の中身はシンプルなチーズケーキだ。上にはちょこんとブルーベリーとミントが飾ってあってちょっと可愛い。
 自分で買っておいてなんだが、私は甘い物が得意じゃない。なのにこの白い箱にはケーキが二人分入ってる。
「やっちまった…… 」
 ソファーに座り、私は前屈みになって燃え尽きたボクサーばりに項垂れた。

 散歩中にたまたま通りかかったケーキ屋さんの入り口に『オススメ卵・販売中』の張り紙があって興味を持った。どうやらこのお店でも実際に使っている卵だそうな。ちょっとお値段は高いけど、手作りケーキに使う以外の用途も当然オススメであり、卵かけご飯にしても美味しいらしい。

 “美味しい卵かけご飯”

 一人暮らしの朝食候補として魅力的なフレーズに惹かれ、そのオススメ卵を一パック買おうと店内に入った。なのに、店員さんに『ご注文はお決まりですか?』と眩しい笑顔で訊かれ、自然と当然の様にショーケースに並んだケーキを二人分頼んでしまった。
 ケーキ屋=ケーキを買う場所という脳内の図式が悪さをしたのだろう。二個も買ってしまったのは完全に無意識だった。
 ウィンドウショッピングの間も、紳士服を見ては『烏丸に似合いそうだ』とか『成人式の時みたいなスーツ姿をもう一度見たい』だなんて考えていたし、私の頭の中の半分は烏丸で占めているのだと実感する散歩となった。

「これって、烏丸成分が足りないんだわ…… 」

 当然だ、もう何ヶ月も会っていないのだから。
 自分もそれなりには忙しかったが、定期的にちゃんと休みは取っていた。だけど、『あんな事をした後だったせいで恥ずかしい』などの理由から気軽に彼を呼び出せずにいるうちに、『お前からもたまには私を誘ってこいや』なんて逆ギレ気味になった期間があったり、『締め切り前だったらまた困らせちゃうか?』と気遣っているうちに段々と時が流れてしまい、ついついこんな事に。
 今までだってそれなりに会わない日々があったりはしたが、一ヶ月以上も会わなかった事は無かったはずなので、今回程の期間は初めての経験だ。

「初体験?…… 響きはいいな、響きは」
 腐った脳みそではつい変な方向に思考が行ってしまう。

 私達を繋いでいるのは“友情”だけど、いや…… “友情”だろうがこのまま自然消滅は避けたいし、このままただ待っているだけだったら現状を何も改善出来ない。一足先に社会人になった私の予定を気にしている彼は、これまでだって、よっぽどじゃないと遊びに誘ってくれた事も無かったし。そのせいで今までずっと私から誘う事の方が多かったのだ、やっぱり今回もこちらから声を掛けるべきか。

「ケーキって日持ちしないんだよね、なので早い食べないと。だから私から、ね。あーあぁ…… あっちは今頃、締め切り前じゃないといいけど」

 言い訳をしつつ、少し躊躇もしてしまう。
 私の部屋で二人きり、何とも大胆な構図の参考写真を大量に撮っていた時の烏丸の真剣な雰囲気をふと思い出してしまったせいかもしれない。そのせいで頬が軽く熱を持ち、口元に少し力が入った。

「まずは、向こうが今日は暇かの確認だな。うん、そうしよう」

 メールだと烏丸は確認が遅いので、メッセージアプリの方を開き、暇かと問い掛ける雰囲気のスタンプをペタンと送る。五分、十分と待ったが、残念な事に、返答どころか既読も付かない。
「忙しいのかなぁ」
 烏丸不足なせいで、ほんのちょっと返事が遅いだけで寂しい気持ちになってくる。

「…… そうだ、『珈琲が飲みたい』だったら反応くれないかな。向こうから淹れてくれるって言ってたんだし」

 そう言葉を送ると、今度はちゃんと既読がついて、『準備してすぐに向かう』と返してくれた。
「や、やった…… 」
 沈んでいた気持ちが一気に浮上し、ソワソワとしだす。今度は『お待ちしています』と、可愛い絵と共に描かれたスタンプで返事をしてスマホを机の上にポンと置いた。

「そだ、部屋片付けよう。あ、掃除機もかけておこうかな」

 普段から部屋の中はどこもキッチリ片付けているけれど、少しでも烏丸によく思われたい一心でバタバタと用意を始めた。
「…… さっき買った服も、着ちゃおうかな。ま、また構図のモデルをとか言われたら困るし」
 一人で無意味な言い訳をして、着替えを始める。いつもラフな格好でばかりで出迎えているので変に思われないといいけど。『さっきまで出かけていた』と言えば平気か。
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