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第3話(綾瀬・談)
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枕元に置いてあったスマホのアラーム音で目が覚めた。ブラインドの隙間からは陽の光が室内に容赦無く差し込み、眠気まなこを無理矢理開かせようとしてくる。窓の向こうからは通勤の為に車を発進させる音や、隣の空き地によく集まっている雀達の楽しそうな鳴き声が聞こえてきた。
「朝から元気だねぇ…… 」
まだ開きたがらない目蓋を頑張ってこじ開けてスマホを手に取り、アラームを止める。
画面に表示されている時間は朝の六時。長い事不規則だった自分の生活を改善しようと『リズムを見直し、早寝早起きをする!』と決め込んだ私はどうにかこうにか無事に、ここ数ヶ月間早起きに成功し続けている。なのに体質はなかなか簡単には変えられず、すっきりとした目覚めを体験する日が来るにはまだまだ時間が必要な様だ。
「起きます、起きますよー。…… はい、さん、にぃ、いちぃ、ぜろっと」
気合を入れて上半身を起こしたが、寝相が悪いのか、ボサボサになっている長い髪が顔の前に落ちてきてすごく邪魔だ。さっさと熱いシャワーでも浴びて頭の中も外もセットでスッキリさせよう。
そうと決めたらすぐにベッドから足を下ろし、ぐぐぐっと全身で伸びをする。欠伸をこぼしながらクローゼットから着替え一式を取り出し、私はその足で真っ直ぐ洗面所の方へと向かった。
シャワーを浴び、洗濯機を回している間に朝ご飯を食べる。今日の天気ならば外に洗濯物を干せそうだが、風はどうだろうか?あまり強いと洗濯物がくっついてしまって乾きにくいので、ベランダに続く大きな窓を開けて外の様子を確認した。
外に置きっぱなしにしてあるサンダルを履いて、外に出る。職業柄外出する機会が少ないからか、朝の少しひんやりとした空気がやたらと心地良い。外の空気をたっぷりと胸に吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。それから私は、昼間とはちょっと違う優しい色をした空を見上げ、今日の予定を組み立て始めた。
気分転換も兼ねて久しぶりに散歩にでも行こうか。
日頃買い物はネットショッピングで何でも済ませている私だが、たまにはぶらりと目的も無く街の中を歩くのもいいかもしれない。
ネタ探しにもなるし、大きな本屋にも寄って資料になりそうな本を探すのも楽しそうだ。
「——って、あれ?今回もいつもと同じルートを歩いて終わりそうだぞ?」
ははっと空笑いをして、『そろそろ部屋の中に戻ろうかな』と考えていると、ご近所からベーコンや卵を焼く様な匂いがふわりと漂ってきた。それに混じって珈琲の心地よい匂いもうっすらと上の階から香ってくる。
「…… そう言えば、烏丸の珈琲、結局飲む機会を逸してるままだったなぁ」
前回会った時彼は、『今度珈琲を淹れようか?』と話してくれていたのに、担当さんとの仲の良さを突きつけられてしまったせいで慌ててしまい、『飲みたい』と返事をし損ねてしまった。だが無理もないと思ってもらいたい…… だって、担当さんにモデルを頼んで写真まで撮っているとかあり得ないでしょ!そんな話を聞き、つい下手な言い訳をしつつあんな提案をしてはしまったが、結果的には自分の仕事にも活かす事が出来たので、アレはアレで良かったのかもと今は思っている。
だが、多分烏丸の中で『珈琲を淹れる』という話は無かった事になっているだろう。メールなどで連絡は取り合いつつも、何ヶ月も私に暇な日が無いかと訊いてこないのがその証拠だ。
だけど私の方からも彼に遊びのお誘いを出来ないままでいるのだから、彼の事ばかりは責められない。知らぬ間に彼が漫画家としてデビューしていた事を教えてもらえていなかった件が、地味に響いている。
“仲の良い幼馴染”
私は烏丸にとって一番身近な存在だと思っていたのに話してくれなかっただなんて、どんな理由があったというのだ。
彼の本の内容がエロかったからか?
でもそれはお互い様なワケで、恥ずかしがる事でも…… あるなぁ、うん。
私が連絡し辛いままでいる理由の二つ目が、まさにソレだしねぇ。
高校を卒業し、少し経ってから私は小説家として運よくデビューを果たした。もちろんすぐ烏丸にその事を話したが、物語の内容までは言わなかった。もちろんペンネームも。でも趣味嗜好はずっと彼が相手だろうが語り続けてきたので、ジャンルくらいはバレている事を覚悟してはいたが、まさか…… 作品を突き止めていたうえに、読んでもいただなんてなぁ。
「キャラのモデルまでは、バ、バレてないといいけど…… 。あ、でもあっちも人の事を勝手に漫画で使っていたんだからお互い様なのかな?だけど烏丸の場合は参考になる身近な女性が私くらいだっただけだろうし、ヤバさの度合いが全然違うか」
見た目や口調、性格、設定などはもちろん毎回変えてはいるが、私の書いている小説のモデルはほとんどが“私の中で勝手に形成された烏丸”だ。なのでご本人とは相当かけ離れた事を言い、行動もするが、攻め役の主人公は全部、彼が“中の人”だと思って書いている。受け側は、恥ずかしながら…… 自分のつもりで。
烏丸としてみたい事、されてみたい事、それら全てを文章にぶつけて小説にしている。そうじゃないと私は、自分の中で燻っている彼への想いを宥めることが出来ないからだ。
「…… んー発散の仕方が完全にド変態だよね」
彼への想いは募るばかりだが、精神的に幼かった学生の頃と違って、今はたまに会う程度なおかげでなんか気持ちのコントロールが出来ている——と思う。小説を書く事で発散しているおかげもあるだろう。だが最近書くのはマニアックなプレイモノが増えてきたので…… 欲求不満である事は否定できないかもしれない。
「おっし。プロットでも進めておくか」
気持ちを切り替えようとベランダから室内に戻る。後ろ手で窓を閉めると私は、仕事用の机の前に座り、お昼まで次の話の構想を組み続けたのだった。
「朝から元気だねぇ…… 」
まだ開きたがらない目蓋を頑張ってこじ開けてスマホを手に取り、アラームを止める。
画面に表示されている時間は朝の六時。長い事不規則だった自分の生活を改善しようと『リズムを見直し、早寝早起きをする!』と決め込んだ私はどうにかこうにか無事に、ここ数ヶ月間早起きに成功し続けている。なのに体質はなかなか簡単には変えられず、すっきりとした目覚めを体験する日が来るにはまだまだ時間が必要な様だ。
「起きます、起きますよー。…… はい、さん、にぃ、いちぃ、ぜろっと」
気合を入れて上半身を起こしたが、寝相が悪いのか、ボサボサになっている長い髪が顔の前に落ちてきてすごく邪魔だ。さっさと熱いシャワーでも浴びて頭の中も外もセットでスッキリさせよう。
そうと決めたらすぐにベッドから足を下ろし、ぐぐぐっと全身で伸びをする。欠伸をこぼしながらクローゼットから着替え一式を取り出し、私はその足で真っ直ぐ洗面所の方へと向かった。
シャワーを浴び、洗濯機を回している間に朝ご飯を食べる。今日の天気ならば外に洗濯物を干せそうだが、風はどうだろうか?あまり強いと洗濯物がくっついてしまって乾きにくいので、ベランダに続く大きな窓を開けて外の様子を確認した。
外に置きっぱなしにしてあるサンダルを履いて、外に出る。職業柄外出する機会が少ないからか、朝の少しひんやりとした空気がやたらと心地良い。外の空気をたっぷりと胸に吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。それから私は、昼間とはちょっと違う優しい色をした空を見上げ、今日の予定を組み立て始めた。
気分転換も兼ねて久しぶりに散歩にでも行こうか。
日頃買い物はネットショッピングで何でも済ませている私だが、たまにはぶらりと目的も無く街の中を歩くのもいいかもしれない。
ネタ探しにもなるし、大きな本屋にも寄って資料になりそうな本を探すのも楽しそうだ。
「——って、あれ?今回もいつもと同じルートを歩いて終わりそうだぞ?」
ははっと空笑いをして、『そろそろ部屋の中に戻ろうかな』と考えていると、ご近所からベーコンや卵を焼く様な匂いがふわりと漂ってきた。それに混じって珈琲の心地よい匂いもうっすらと上の階から香ってくる。
「…… そう言えば、烏丸の珈琲、結局飲む機会を逸してるままだったなぁ」
前回会った時彼は、『今度珈琲を淹れようか?』と話してくれていたのに、担当さんとの仲の良さを突きつけられてしまったせいで慌ててしまい、『飲みたい』と返事をし損ねてしまった。だが無理もないと思ってもらいたい…… だって、担当さんにモデルを頼んで写真まで撮っているとかあり得ないでしょ!そんな話を聞き、つい下手な言い訳をしつつあんな提案をしてはしまったが、結果的には自分の仕事にも活かす事が出来たので、アレはアレで良かったのかもと今は思っている。
だが、多分烏丸の中で『珈琲を淹れる』という話は無かった事になっているだろう。メールなどで連絡は取り合いつつも、何ヶ月も私に暇な日が無いかと訊いてこないのがその証拠だ。
だけど私の方からも彼に遊びのお誘いを出来ないままでいるのだから、彼の事ばかりは責められない。知らぬ間に彼が漫画家としてデビューしていた事を教えてもらえていなかった件が、地味に響いている。
“仲の良い幼馴染”
私は烏丸にとって一番身近な存在だと思っていたのに話してくれなかっただなんて、どんな理由があったというのだ。
彼の本の内容がエロかったからか?
でもそれはお互い様なワケで、恥ずかしがる事でも…… あるなぁ、うん。
私が連絡し辛いままでいる理由の二つ目が、まさにソレだしねぇ。
高校を卒業し、少し経ってから私は小説家として運よくデビューを果たした。もちろんすぐ烏丸にその事を話したが、物語の内容までは言わなかった。もちろんペンネームも。でも趣味嗜好はずっと彼が相手だろうが語り続けてきたので、ジャンルくらいはバレている事を覚悟してはいたが、まさか…… 作品を突き止めていたうえに、読んでもいただなんてなぁ。
「キャラのモデルまでは、バ、バレてないといいけど…… 。あ、でもあっちも人の事を勝手に漫画で使っていたんだからお互い様なのかな?だけど烏丸の場合は参考になる身近な女性が私くらいだっただけだろうし、ヤバさの度合いが全然違うか」
見た目や口調、性格、設定などはもちろん毎回変えてはいるが、私の書いている小説のモデルはほとんどが“私の中で勝手に形成された烏丸”だ。なのでご本人とは相当かけ離れた事を言い、行動もするが、攻め役の主人公は全部、彼が“中の人”だと思って書いている。受け側は、恥ずかしながら…… 自分のつもりで。
烏丸としてみたい事、されてみたい事、それら全てを文章にぶつけて小説にしている。そうじゃないと私は、自分の中で燻っている彼への想いを宥めることが出来ないからだ。
「…… んー発散の仕方が完全にド変態だよね」
彼への想いは募るばかりだが、精神的に幼かった学生の頃と違って、今はたまに会う程度なおかげでなんか気持ちのコントロールが出来ている——と思う。小説を書く事で発散しているおかげもあるだろう。だが最近書くのはマニアックなプレイモノが増えてきたので…… 欲求不満である事は否定できないかもしれない。
「おっし。プロットでも進めておくか」
気持ちを切り替えようとベランダから室内に戻る。後ろ手で窓を閉めると私は、仕事用の机の前に座り、お昼まで次の話の構想を組み続けたのだった。
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