近くて遠い二人の関係

月咲やまな

文字の大きさ
上 下
5 / 61
SNS

第3話(綾瀬・談)

しおりを挟む
 枕元に置いてあったスマホのアラーム音で目が覚めた。ブラインドの隙間からは陽の光が室内に容赦無く差し込み、眠気まなこを無理矢理開かせようとしてくる。窓の向こうからは通勤の為に車を発進させる音や、隣の空き地によく集まっている雀達の楽しそうな鳴き声が聞こえてきた。

「朝から元気だねぇ…… 」

 まだ開きたがらない目蓋を頑張ってこじ開けてスマホを手に取り、アラームを止める。
 画面に表示されている時間は朝の六時。長い事不規則だった自分の生活を改善しようと『リズムを見直し、早寝早起きをする!』と決め込んだ私はどうにかこうにか無事に、ここ数ヶ月間早起きに成功し続けている。なのに体質はなかなか簡単には変えられず、すっきりとした目覚めを体験する日が来るにはまだまだ時間が必要な様だ。

「起きます、起きますよー。…… はい、さん、にぃ、いちぃ、ぜろっと」

 気合を入れて上半身を起こしたが、寝相が悪いのか、ボサボサになっている長い髪が顔の前に落ちてきてすごく邪魔だ。さっさと熱いシャワーでも浴びて頭の中も外もセットでスッキリさせよう。
 そうと決めたらすぐにベッドから足を下ろし、ぐぐぐっと全身で伸びをする。欠伸をこぼしながらクローゼットから着替え一式を取り出し、私はその足で真っ直ぐ洗面所の方へと向かった。


 シャワーを浴び、洗濯機を回している間に朝ご飯を食べる。今日の天気ならば外に洗濯物を干せそうだが、風はどうだろうか?あまり強いと洗濯物がくっついてしまって乾きにくいので、ベランダに続く大きな窓を開けて外の様子を確認した。

 外に置きっぱなしにしてあるサンダルを履いて、外に出る。職業柄外出する機会が少ないからか、朝の少しひんやりとした空気がやたらと心地良い。外の空気をたっぷりと胸に吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。それから私は、昼間とはちょっと違う優しい色をした空を見上げ、今日の予定を組み立て始めた。

 気分転換も兼ねて久しぶりに散歩にでも行こうか。
 日頃買い物はネットショッピングで何でも済ませている私だが、たまにはぶらりと目的も無く街の中を歩くのもいいかもしれない。
 ネタ探しにもなるし、大きな本屋にも寄って資料になりそうな本を探すのも楽しそうだ。

「——って、あれ?今回もいつもと同じルートを歩いて終わりそうだぞ?」

 ははっと空笑いをして、『そろそろ部屋の中に戻ろうかな』と考えていると、ご近所からベーコンや卵を焼く様な匂いがふわりと漂ってきた。それに混じって珈琲の心地よい匂いもうっすらと上の階から香ってくる。

「…… そう言えば、烏丸の珈琲、結局飲む機会を逸してるままだったなぁ」

 前回会った時彼は、『今度珈琲を淹れようか?』と話してくれていたのに、担当さんとの仲の良さを突きつけられてしまったせいで慌ててしまい、『飲みたい』と返事をし損ねてしまった。だが無理もないと思ってもらいたい…… だって、担当さんにモデルを頼んで写真まで撮っているとかあり得ないでしょ!そんな話を聞き、つい下手な言い訳をしつつあんな提案をしてはしまったが、結果的には自分の仕事にも活かす事が出来たので、アレはアレで良かったのかもと今は思っている。
 だが、多分烏丸の中で『珈琲を淹れる』という話は無かった事になっているだろう。メールなどで連絡は取り合いつつも、何ヶ月も私に暇な日が無いかと訊いてこないのがその証拠だ。
 だけど私の方からも彼に遊びのお誘いを出来ないままでいるのだから、彼の事ばかりは責められない。知らぬ間に彼が漫画家としてデビューしていた事を教えてもらえていなかった件が、地味に響いている。

 “仲の良い幼馴染”

 私は烏丸にとって一番身近な存在だと思っていたのに話してくれなかっただなんて、どんな理由があったというのだ。
 彼の本の内容がエロかったからか?
 でもそれはお互い様なワケで、恥ずかしがる事でも…… あるなぁ、うん。

 私が連絡し辛いままでいる理由の二つ目が、まさにソレだしねぇ。

 高校を卒業し、少し経ってから私は小説家として運よくデビューを果たした。もちろんすぐ烏丸にその事を話したが、物語の内容までは言わなかった。もちろんペンネームも。でも趣味嗜好はずっと彼が相手だろうが語り続けてきたので、ジャンルくらいはバレている事を覚悟してはいたが、まさか…… 作品を突き止めていたうえに、読んでもいただなんてなぁ。

「キャラのモデルまでは、バ、バレてないといいけど…… 。あ、でもあっちも人の事を勝手に漫画で使っていたんだからお互い様なのかな?だけど烏丸の場合は参考になる身近な女性が私くらいだっただけだろうし、ヤバさの度合いが全然違うか」

 見た目や口調、性格、設定などはもちろん毎回変えてはいるが、私の書いている小説のモデルはほとんどが“私の中で勝手に形成された烏丸”だ。なのでご本人とは相当かけ離れた事を言い、行動もするが、攻めタチ役の主人公は全部、彼が“中の人”だと思って書いている。受けネコ側は、恥ずかしながら…… 自分のつもりで。
 烏丸としてみたい事、されてみたい事、それら全てを文章にぶつけて小説にしている。そうじゃないと私は、自分の中で燻っている彼への想いを宥めることが出来ないからだ。

「…… んー発散の仕方が完全にド変態だよね」

 彼への想いは募るばかりだが、精神的に幼かった学生の頃と違って、今はたまに会う程度なおかげでなんか気持ちのコントロールが出来ている——と思う。小説を書く事で発散しているおかげもあるだろう。だが最近書くのはマニアックなプレイモノが増えてきたので…… 欲求不満である事は否定できないかもしれない。

「おっし。プロットでも進めておくか」

 気持ちを切り替えようとベランダから室内に戻る。後ろ手で窓を閉めると私は、仕事用の机の前に座り、お昼まで次の話の構想を組み続けたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...