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○番外編○
『抜け道・こぼれ話』
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カシュが華に鮮血を捧げる為に腕を切った様子を、瀬田が真剣な顔で見ている。そして彼は思った——
『そこまでザックリと切る必要はあるのか?』と。
解呪する為、純潔の証として血を捧げるまでは理解出来る。ならばソレは口元に少し垂らすだけでいいのではなかろうか。黒い棺の中を覗いて見てはいないが、少し離れた位置から様子を伺っている限りだと、どう考えても顔面が全て血塗れになっている血量だとしか思えない。そのくらいカシュの腕には深く短剣が突き刺さり、血が流れ出ている。
「今、インキュバスであるボクの純潔を、貴女に捧げます!」
即席でカシュがそれっぽい台詞を叫ぶ。そんな彼を少し離れた位置から見守っていた瀬田は彼の腕が気になって気になってしょうがない。
「…… おい、お前の兄のアレは平気なのか?」
息子の葵を肩に乗せたまま、瀬田は自分の隣に立って儀式の流れをじっと見届けようとしているウルカに声を掛けた。
「大丈夫ですよ。切断しない限りはすぐに塞がりますから。まぁ…… かなり痛いとは思いますけど」
「まさかアレは、慌て過ぎて加減を見失っているのか?今のアイツの顔…… 血塗れでちょっとしたホラーショー状態だと思うぞ?」
「…… 否定は出来ませんね」
ははは、とウルカが空笑いをする。彼女もまったくもって同じ事を感じていたみたいで、弁護も出来ずにいた時、急にカシュが膝から崩れ落ち、ウルカと葵を含めた三人が咳き込み始めた。
「まさか、失敗したのか⁈」
瀬田が焦り、声をあげる。葵が落ちぬように支えたまま彼がしゃがみ、ウルカの背中を必死に撫でる。何度も咳をし、力無く父にしがみつく葵の様子も気遣いつつ二人の様子を窺っていると、彼等が口から真っ黒いヒルみたいなモノを吐き出した。
「…… なんだ?コレは」
「気持ち悪い!」と葵が無遠慮に叫ぶ。だが得体の知れぬモノを吐き出せたおかげで、何度も咳き込んでいた三人はスッカリ落ち着いたみたいだ。
「大丈夫か?ウルカ」
瀬田がウルカを気遣い、声を掛ける。
「だ、大丈夫…… ありがとう。でも…… 咳をした勢いで何か出たわ。何これ…… ヒル?みたいでちょっと気持ち悪いっ」
「大丈夫?母さん」
「うん、大丈夫よ。ありがとう、葵。でも…… 貴方も平気?」
「もう平気!でもボクの口からも何かばっちいの出てきたのに、どっかいっちゃった」
床にべちゃりと落ちたものは数秒も経たぬうちに塵となって空気中に消えていく。誰からの説明も無かったが、多分さっきの黒い物体が体内から淫魔達を蝕んでいた呪いの象徴的なものだったのだろうと受け止めた。
消えるのを見届けた後からはもう、ウルカも葵もスッキリしたみたいな顔をして、スクッと立ち上がった。
「…… 大丈夫か?体調は?何か…… 変化はあったか?」
「大丈夫です。むしろいつもより何というか…… こう、燃費の悪さを感じないというか、強迫観念に追われる感じが無いというか。サッパリしました!」
「その様子だと、成功したと受け止めて良さそうだな」
「そうですね、そんな気がします」
「…… 何というかこう、“魔女の呪い”を解くって聞いていたから、もっと派手なモノなのかと思っていたんだが、案外地味だな」
「現在進行形で向こうはちょっと大変そうですけどね」
咳き込み過ぎて体力を失い、瀬田の頭に項垂れる葵の頭をヨシヨシと撫でながら、彼が「そうだな」と同意しつつ、本多の指示の元“ホムンクルス”へ華の魂を移し替えている作業を見守る。
この先はどこかちょっと他人事のように感じながら、瀬田はふと胸に疑問を感じた。
「…… 呪いが無くなったって事は、ウルカは…… 普通のサキュバスに戻ったって事だよな」
「はい。そうなりますね」と、ウルカが頷く。瀬田が何を心配しているのかすぐに悟り、彼女は言葉を続けた。
「でもワタシはワタシのままですよ。他に目移りする気も当然ありませんし、浩二さんを愛おしいと想う気持ちにも揺らぎは無いです」
「信じていいのか?」
こっそりと寄り添い、二人が手を繋いで指を絡める。
「もちろんですよ」
お互いに顔を見合い、クスッと微笑み合う。葵はそんな両親に挟まれながら『ボクの存在忘れてるよねぇこの人達は』と思った。
「それにしても、よくまぁこの二年と数ヶ月間。インキュバスなのに華先生に手出ししないで乗り切ったな」
現時点で、ウルカに軽く触れた事で少しムラッとした瀬田が素直な疑問を口にした。
「あはは。本当にそうですね。でも…… 何だかんだで、ちゃっかり抜け道を探して色々やっていたみたいですよぉあの二人も」
ニヤリと笑い、ウルカが瀬田の顔を見上げる。
「ワタシ達って淫夢を見せたり、淫夢に潜り込んだりとかが出来るんですよ。なのでぇ、兄さんに対して心のガードが相当緩くなった華さんの夢に忍び込んで、あんな事やこんな事、たっくさんやらかしていたそうですよ、ふふっ」
教室で高校教師な華と学生なカシュのシチュエーションでのプレイや、保健室でのイチャイチャ、校庭での青姦プレイなどなど——を、たっぷり楽しんでいたそうだ。『…… お前ら、双子の兄妹で何を話しているんだ』とツッコミを入れたくなるような情報交換をしていたようだが、その辺はまぁ『こいつらは淫魔だしな』と瀬田は受け止める事にした。
「…… 現実でも手出ししたくなりそうなもんだな、ソレをやると」
「その点は華さんのガード力の高さが完璧に作動したみたいですね。良かったですよ、ホント」
華が夢の内容をほとんど覚えていないおかげで、どうやら事なきを得たようだ。もしきちんと覚えていたのなら、きっと夢にすら入らせないように対処したであろうなと瀬田は思った。
「ところで…… 浩二さん」
「ん?」と間の抜けた声で返事をする瀬田の手をウルカがギューッと強めに握る。一つの大きな問題がたった今解決したが、もう一つ大事な問題が未解決なままだ。
「あの二人の事がとってもとっても気になっている所申し訳ないのですが、水谷さんの件…… 解決しましたか?」
「あー…… 」
瀬田がサッとウルカから視線を逸らした。
その様子から、まだ何も行動をしていないとウルカが察する。でもちょっと待て、二年以上もコイツは彼の件をなあなあに放置し続けてきたのかと思うと、呆れるよりも水谷に対して同情の念を禁じ得なかった。
「浩二さん…… 」
「ぃや!だって、ちょっと改めて考えてもみろ。相手は同性だぞ?やっぱソレは無いだろ」
「あれだけ説明したのに、未だにそこで引っかかっている浩二さんの頭の固さの方が、ワタシ的には『ソレは無いだろ』ですよ」
額を手で押さえ、ウルカがはぁと溜息をこぼす。
「それにだ、二年以上も何も無いのに、改めて何か言うのも酷じゃないか?むしろもう向こうだって色々気が付いてるだろ。それ以前に、やっぱりアレは友人としての『好き』だったんじゃないのか⁉︎」
(まだ言うんですかー!アンタって子は!)
「いいですか、浩二さん。何度も言うように、恋する人はいくらでも『待て』が出来るんです!学生時代からずっと好きで、絶対に無理だと諦めていた人が相手なら、尚更ってもんですよ。向こうも二年以上ハッキリ要点に触れぬまま何となく流してきたのはきっと、真実を知るのが怖いからです。キッパリとフラれるくらいなら、あやふやなまま夢を見ていたんですよ!」
「…… そう、なのか?」
「そうなんですぅ!…… コレ、前にも言った気がするんですけど、ワタシ」
強気な態度のウルカを前にして、瀬田が参ったなぁと思いながら視線を二つの棺が並ぶ場所へやると、華の魂の依代への転移が無事に上手くいったのか、二人が強く抱き合いながら喜んでいる。全てが予定通りに終わり、ひとまずこの件に関しては、瀬田が胸を撫で下ろした。
◇
「ねぇ母さん」
椅子に座り、葵が小さな足をぶらぶらと揺らす。
「んー?喉でも乾いたのかな?」
「ボクが水谷さんの件、どうにかしてあげようか?」
「…… はい?」と、ウルカが間の抜けた声を返した。
聴こえなかったのかな?と思った葵が、「ボクが、水谷さんの件——」と同じ言葉をもう一度言おうとすると、「や、聴こえてたよ、大丈夫」とウルカが遮った。
「…… 出来るの?葵」
子供特有の屈託のない笑顔で「うん!」と葵が断言する。
「参考までに…… どうやるのか、お母さんに教えてくれる?」
「母さんは、水谷さんがお父さんを好きなのが嫌なんでしょう?なら、その恋心を無かった事にしちゃえばいいんじゃない?だから、ソレを消しちゃうの」
「消すって…… 何で出来るの?」
「華叔母さんにね、先週遊んでもらった時に本を色々貸してもらったんだ。その中に言霊の扱い方とか、たくさん魔力の使い道が書かれていたものがあったんだよ。それで覚えたのー」
(見た目はコレでもまだ赤ん坊の葵に、なんちゅう本を差し入れたんですか、華さん!)
自分よりも遥かに優秀な息子を前にして、ウルカが額を押さえて俯いた。
だけど、名案よねぇ…… それ、と強く思う。
(浩二さんから真実を告げられ、心を傷つけてしまうくらいなら、いっそ恋心なんか無かった事になった方が水谷さんの為なんじゃないかしら。どうせ失う虚無の愛情だ。ならば、そんなモノは最初から無かった事にしても、結果は同じじゃないか——)
「ふふふっ」
口元をニタリと歪ませ、ウルカが短い笑い声をこぼす。
「いい子ねぇ、葵は」
クスクスと笑う母親に優しく頭を撫でられ、葵が嬉しそうに「でしょ!ボクえらいよねっ」と誇らしげに言う。
「じゃあ今夜にでもやっちゃいましょうか。彼のお家までは、母さんが連れて行ってあげるわね」
「わぁーい!ありがとうー」
手を上げて万歳っと葵がはしゃぐ。
「あぁでも、お父さんには内緒にしましょうね。出来る?」
ウルカがしゃがみ、視線を葵と同じ高さにする。
「もちろん!ボクと母さんの、二人だけの秘密だね」
小声でそう言い、葵は口元に指を立てた。額を重ね合わせて笑い合う二人の様子を、彼らから少し離れて本多さん達と雑談をしていた瀬田が遠くから見守る。
(随分と楽しそうにしているなぁ、何かいい事でもあったのか?)
良くも悪くも所詮は悪魔である二人が、こっそり都合よく事実を改ざんする計画を立てているなどとは露ほどにも思わぬ瀬田は、微笑ましい気持ちで愛する家族の元に戻って行ったのだった。
【終わり】
『そこまでザックリと切る必要はあるのか?』と。
解呪する為、純潔の証として血を捧げるまでは理解出来る。ならばソレは口元に少し垂らすだけでいいのではなかろうか。黒い棺の中を覗いて見てはいないが、少し離れた位置から様子を伺っている限りだと、どう考えても顔面が全て血塗れになっている血量だとしか思えない。そのくらいカシュの腕には深く短剣が突き刺さり、血が流れ出ている。
「今、インキュバスであるボクの純潔を、貴女に捧げます!」
即席でカシュがそれっぽい台詞を叫ぶ。そんな彼を少し離れた位置から見守っていた瀬田は彼の腕が気になって気になってしょうがない。
「…… おい、お前の兄のアレは平気なのか?」
息子の葵を肩に乗せたまま、瀬田は自分の隣に立って儀式の流れをじっと見届けようとしているウルカに声を掛けた。
「大丈夫ですよ。切断しない限りはすぐに塞がりますから。まぁ…… かなり痛いとは思いますけど」
「まさかアレは、慌て過ぎて加減を見失っているのか?今のアイツの顔…… 血塗れでちょっとしたホラーショー状態だと思うぞ?」
「…… 否定は出来ませんね」
ははは、とウルカが空笑いをする。彼女もまったくもって同じ事を感じていたみたいで、弁護も出来ずにいた時、急にカシュが膝から崩れ落ち、ウルカと葵を含めた三人が咳き込み始めた。
「まさか、失敗したのか⁈」
瀬田が焦り、声をあげる。葵が落ちぬように支えたまま彼がしゃがみ、ウルカの背中を必死に撫でる。何度も咳をし、力無く父にしがみつく葵の様子も気遣いつつ二人の様子を窺っていると、彼等が口から真っ黒いヒルみたいなモノを吐き出した。
「…… なんだ?コレは」
「気持ち悪い!」と葵が無遠慮に叫ぶ。だが得体の知れぬモノを吐き出せたおかげで、何度も咳き込んでいた三人はスッカリ落ち着いたみたいだ。
「大丈夫か?ウルカ」
瀬田がウルカを気遣い、声を掛ける。
「だ、大丈夫…… ありがとう。でも…… 咳をした勢いで何か出たわ。何これ…… ヒル?みたいでちょっと気持ち悪いっ」
「大丈夫?母さん」
「うん、大丈夫よ。ありがとう、葵。でも…… 貴方も平気?」
「もう平気!でもボクの口からも何かばっちいの出てきたのに、どっかいっちゃった」
床にべちゃりと落ちたものは数秒も経たぬうちに塵となって空気中に消えていく。誰からの説明も無かったが、多分さっきの黒い物体が体内から淫魔達を蝕んでいた呪いの象徴的なものだったのだろうと受け止めた。
消えるのを見届けた後からはもう、ウルカも葵もスッキリしたみたいな顔をして、スクッと立ち上がった。
「…… 大丈夫か?体調は?何か…… 変化はあったか?」
「大丈夫です。むしろいつもより何というか…… こう、燃費の悪さを感じないというか、強迫観念に追われる感じが無いというか。サッパリしました!」
「その様子だと、成功したと受け止めて良さそうだな」
「そうですね、そんな気がします」
「…… 何というかこう、“魔女の呪い”を解くって聞いていたから、もっと派手なモノなのかと思っていたんだが、案外地味だな」
「現在進行形で向こうはちょっと大変そうですけどね」
咳き込み過ぎて体力を失い、瀬田の頭に項垂れる葵の頭をヨシヨシと撫でながら、彼が「そうだな」と同意しつつ、本多の指示の元“ホムンクルス”へ華の魂を移し替えている作業を見守る。
この先はどこかちょっと他人事のように感じながら、瀬田はふと胸に疑問を感じた。
「…… 呪いが無くなったって事は、ウルカは…… 普通のサキュバスに戻ったって事だよな」
「はい。そうなりますね」と、ウルカが頷く。瀬田が何を心配しているのかすぐに悟り、彼女は言葉を続けた。
「でもワタシはワタシのままですよ。他に目移りする気も当然ありませんし、浩二さんを愛おしいと想う気持ちにも揺らぎは無いです」
「信じていいのか?」
こっそりと寄り添い、二人が手を繋いで指を絡める。
「もちろんですよ」
お互いに顔を見合い、クスッと微笑み合う。葵はそんな両親に挟まれながら『ボクの存在忘れてるよねぇこの人達は』と思った。
「それにしても、よくまぁこの二年と数ヶ月間。インキュバスなのに華先生に手出ししないで乗り切ったな」
現時点で、ウルカに軽く触れた事で少しムラッとした瀬田が素直な疑問を口にした。
「あはは。本当にそうですね。でも…… 何だかんだで、ちゃっかり抜け道を探して色々やっていたみたいですよぉあの二人も」
ニヤリと笑い、ウルカが瀬田の顔を見上げる。
「ワタシ達って淫夢を見せたり、淫夢に潜り込んだりとかが出来るんですよ。なのでぇ、兄さんに対して心のガードが相当緩くなった華さんの夢に忍び込んで、あんな事やこんな事、たっくさんやらかしていたそうですよ、ふふっ」
教室で高校教師な華と学生なカシュのシチュエーションでのプレイや、保健室でのイチャイチャ、校庭での青姦プレイなどなど——を、たっぷり楽しんでいたそうだ。『…… お前ら、双子の兄妹で何を話しているんだ』とツッコミを入れたくなるような情報交換をしていたようだが、その辺はまぁ『こいつらは淫魔だしな』と瀬田は受け止める事にした。
「…… 現実でも手出ししたくなりそうなもんだな、ソレをやると」
「その点は華さんのガード力の高さが完璧に作動したみたいですね。良かったですよ、ホント」
華が夢の内容をほとんど覚えていないおかげで、どうやら事なきを得たようだ。もしきちんと覚えていたのなら、きっと夢にすら入らせないように対処したであろうなと瀬田は思った。
「ところで…… 浩二さん」
「ん?」と間の抜けた声で返事をする瀬田の手をウルカがギューッと強めに握る。一つの大きな問題がたった今解決したが、もう一つ大事な問題が未解決なままだ。
「あの二人の事がとってもとっても気になっている所申し訳ないのですが、水谷さんの件…… 解決しましたか?」
「あー…… 」
瀬田がサッとウルカから視線を逸らした。
その様子から、まだ何も行動をしていないとウルカが察する。でもちょっと待て、二年以上もコイツは彼の件をなあなあに放置し続けてきたのかと思うと、呆れるよりも水谷に対して同情の念を禁じ得なかった。
「浩二さん…… 」
「ぃや!だって、ちょっと改めて考えてもみろ。相手は同性だぞ?やっぱソレは無いだろ」
「あれだけ説明したのに、未だにそこで引っかかっている浩二さんの頭の固さの方が、ワタシ的には『ソレは無いだろ』ですよ」
額を手で押さえ、ウルカがはぁと溜息をこぼす。
「それにだ、二年以上も何も無いのに、改めて何か言うのも酷じゃないか?むしろもう向こうだって色々気が付いてるだろ。それ以前に、やっぱりアレは友人としての『好き』だったんじゃないのか⁉︎」
(まだ言うんですかー!アンタって子は!)
「いいですか、浩二さん。何度も言うように、恋する人はいくらでも『待て』が出来るんです!学生時代からずっと好きで、絶対に無理だと諦めていた人が相手なら、尚更ってもんですよ。向こうも二年以上ハッキリ要点に触れぬまま何となく流してきたのはきっと、真実を知るのが怖いからです。キッパリとフラれるくらいなら、あやふやなまま夢を見ていたんですよ!」
「…… そう、なのか?」
「そうなんですぅ!…… コレ、前にも言った気がするんですけど、ワタシ」
強気な態度のウルカを前にして、瀬田が参ったなぁと思いながら視線を二つの棺が並ぶ場所へやると、華の魂の依代への転移が無事に上手くいったのか、二人が強く抱き合いながら喜んでいる。全てが予定通りに終わり、ひとまずこの件に関しては、瀬田が胸を撫で下ろした。
◇
「ねぇ母さん」
椅子に座り、葵が小さな足をぶらぶらと揺らす。
「んー?喉でも乾いたのかな?」
「ボクが水谷さんの件、どうにかしてあげようか?」
「…… はい?」と、ウルカが間の抜けた声を返した。
聴こえなかったのかな?と思った葵が、「ボクが、水谷さんの件——」と同じ言葉をもう一度言おうとすると、「や、聴こえてたよ、大丈夫」とウルカが遮った。
「…… 出来るの?葵」
子供特有の屈託のない笑顔で「うん!」と葵が断言する。
「参考までに…… どうやるのか、お母さんに教えてくれる?」
「母さんは、水谷さんがお父さんを好きなのが嫌なんでしょう?なら、その恋心を無かった事にしちゃえばいいんじゃない?だから、ソレを消しちゃうの」
「消すって…… 何で出来るの?」
「華叔母さんにね、先週遊んでもらった時に本を色々貸してもらったんだ。その中に言霊の扱い方とか、たくさん魔力の使い道が書かれていたものがあったんだよ。それで覚えたのー」
(見た目はコレでもまだ赤ん坊の葵に、なんちゅう本を差し入れたんですか、華さん!)
自分よりも遥かに優秀な息子を前にして、ウルカが額を押さえて俯いた。
だけど、名案よねぇ…… それ、と強く思う。
(浩二さんから真実を告げられ、心を傷つけてしまうくらいなら、いっそ恋心なんか無かった事になった方が水谷さんの為なんじゃないかしら。どうせ失う虚無の愛情だ。ならば、そんなモノは最初から無かった事にしても、結果は同じじゃないか——)
「ふふふっ」
口元をニタリと歪ませ、ウルカが短い笑い声をこぼす。
「いい子ねぇ、葵は」
クスクスと笑う母親に優しく頭を撫でられ、葵が嬉しそうに「でしょ!ボクえらいよねっ」と誇らしげに言う。
「じゃあ今夜にでもやっちゃいましょうか。彼のお家までは、母さんが連れて行ってあげるわね」
「わぁーい!ありがとうー」
手を上げて万歳っと葵がはしゃぐ。
「あぁでも、お父さんには内緒にしましょうね。出来る?」
ウルカがしゃがみ、視線を葵と同じ高さにする。
「もちろん!ボクと母さんの、二人だけの秘密だね」
小声でそう言い、葵は口元に指を立てた。額を重ね合わせて笑い合う二人の様子を、彼らから少し離れて本多さん達と雑談をしていた瀬田が遠くから見守る。
(随分と楽しそうにしているなぁ、何かいい事でもあったのか?)
良くも悪くも所詮は悪魔である二人が、こっそり都合よく事実を改ざんする計画を立てているなどとは露ほどにも思わぬ瀬田は、微笑ましい気持ちで愛する家族の元に戻って行ったのだった。
【終わり】
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