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最終章
【第四話】“魔女の呪い”①(華・談)
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とぼとぼとした足取りで図書館から出て、帰路につく。念願であった“魔女の呪い”の解除の方法を見付けはしたが、正直あまりテンションは上がっていない。クリスマス・イブだなんて大イベントのタイミングでの発見だったので『すごいわ!コレがクリスマスの奇跡ってやつね?』だなんて思った気持ちは、ものの数行で打ち砕かれた。
“魔女の呪いの解除は出来ない”
——というオチではなかった事だけが救いだが、カシュにとっては、それに等しいのではないだろうか。そう思うと……この方法を伝えるべきか否か、どうしても迷ってしまう。
でも、言わないと。
解除する為に必要な条件を、彼が知らぬうちに失ってしまっては困るわよね。
『方法を知った身』としてはそう考えるが、『受け止める側』としてはどう思うのだろうか?
……“淫魔”にとっては無理難題に等しい方法だった。なら、むしろ知らぬまま終った方が幸せなのか、そもそも彼らは“呪い”を解除したいのか、それ以前にそもそも“前提”となる条件はちゃんと満たせているのだろうか?——など、色々と考えがぐるぐると頭の中で回ってしまう。
このタイミングで知った事が、果たして『クリスマスの奇跡』と言えるのか、『サンタクロースの悪戯』か。
たとえカシュがどんなにいい子にしていようとも、悪魔には優しく無さそうな日なだけに、気分は複雑だ。
「まぁ……とにかく、今は帰りましょうか」
仕事用の鞄と共に、赤ワインの入った袋を持って歩みを早める。早く帰って会いたいような、考えがまとまるまでは会いたくないような……本当に困ったわ。
◇
「おかえりなさい、華さん」
バタバタと足音を鳴らしながら、玄関までカシュが私を出迎えに来てくれた。鍵を開ける音を聞きつけて来たのだろうが、エプロンを着けたままの姿から、慌てて玄関まで来たのを窺い知ることが出来る。
「ただいま。いい匂いね、ご飯を作ってくれていたの?」
『学生寮が空いたらそちらに引っ越す』と、そんな話を何となくしていたような気がするのに、いつの間にかすっかりなあなあになっている。だが、今の生活があまりにラクで、楽しくて、『あれはどうなったの?』と突っ込む気にもなれない。
「だって、今日はクリスマス・イブでしょう?きっと華さんはお祝いをしたいんじゃないかな?と思ったんで」
「あら、優しいのね。貴方にとっても“特別な日”だったり、家族と“お祝い”したい日だったりするの?」
私の手から鞄と荷物を抜き取り、先に玄関から部屋に戻ろうとするカシュの背に声を掛けた。
「いいえ、全然。まぁ……この国の場合は、淫夢探しが捗る日なので嫌いではないですけどね」
「……そ、そうなの。まぁ、“聖なる日”じゃなくって、“性なる日”だなんて、からかわれる事まであるくらいですもんね」と、書かないと伝わらない変な話までしてしまう。普段しないような下ネタ絡みの話をしてしまったせいで、今更後悔してきた。
「あはは!そうですね。おかげで、この二日間がボクはそれなりには楽しみでしたよ。多分、妹のウルカも」
(……話が通じちゃったわ)
そのせいで余計に恥ずかしくなってしまい、俯いてしまう。しかも彼は何だかとても楽しそうにしているので、どうやら私が自分の発言に対して照れている事まで、カシュにはお見通しのようだ。
「ご飯とお風呂、どちらを先にしますか?——それとも……だなんて、夫婦っぽい質問、今日ならしても許されたりします?」
「食事を先に、と答えてはおくけど、“夫婦っぽい行為”は、当然、私相手には期待しないでね」
「ははっ。こんな日でも、やっぱり華さんは鉄壁だなぁ」
当然だ。
だってそうしないと、彼は絶対に呪いを解けなくなってしまうんだから。
「……だって、私達はそもそも“夫婦”でも何でもないでしょう?」
「手厳しいなぁ。全くもってその通りだから、何にも言い返せなくなるじゃないですか」
苦笑いを交わしながら居間に入り、私だけ、スーツから室内着に着替えるべく用意を始めた。カシュは私の鞄を部屋の隅に置いて、テーブルに料理を並べてくれる。すっかり主夫っぽさが板についてしまっているが……
(こんなによくしてもらってるのに、“主夫”どころか、“彼氏”ですらないのよね)
楽な格好に着替えを済ませて居間に戻ると、テーブルにはクリスマスっぽいメニューが並んでいた。存在に気が付いてくれていたみたいで、帰りがけに買ってきた赤ワインも出してある。生花で作った小さなブーケが飾ってあったり、丸い形をしたキャンドルが灯されていたりもして、普段とは違う、とても良い雰囲気の室内になっていた。
こんな日なのに、ただのパジャマに近い格好になってしまった事を悔いるレベルだ。
せめて外出着に着替えるべきだったかと私が悩んでいると、カシュに座るよう促される。『今からまた着替えるのも不自然よね』と割り切って、私は定位置に座った。
「ありがとう。ワインの存在に気が付いてくれたのね」
グラスを並べながら「もちろんですよ」とカシュが言う。言わなくても気が付いてくれるとか、楽過ぎてホント、『苗字を変えるための婚活』を再開する意思をまた大幅に削がれてしまった。
「お疲れっぽいけど、お酒は飲めます?——あ、乾杯とかよりも先に、何か摘んでしまえば平気かな?」
「そうね、確かにちょっと疲れてはいるけれど、このサラダを先に食べればお酒もいけるかも」
「じゃあもう早速食事を頂きましょうか」
「あぁでも、乾杯だけでもしましょうか。じゃないとカシュが飲みにくいでしょう?」
「ふふっ……ボクを酔わせて、どうする気ですか?」
綺麗なシトリン色の瞳が、すっと細くなる。その表情がとても蠱惑的で、ボタンを二つ三つと開けた状態で着ているワイシャツから、チラリと覗く胸元にまで視線を嫌でも落としてしまう。
(コレだから……“淫魔”って奴は厄介ね)
一つ一つの所作が一々いやらしく見えてしまうのは、きっと彼自身がそう思わせるように意識して行動しているからなのだろう。
『今日こそは射止めたい』
そんな彼の気持ちが見え隠れしていて、反応に困ってしまった。
「サラダを取り分けましょうか」
「あ、ボクがやりますよ。おもてなし、させて下さい」
「じゃあ……甘えさせてもらおうかしらね」
微笑みを交わすだけで、変な気分になってくる。何か魔法でも使ってきているんじゃないかってくらいに、胸の奥がざわついてしまう。
何だかマズイわね、このままは。
もう早々に“呪い”について知った事をカシュに話た方が良いんじゃないかしら。
だけど……せっかくのお祝いムードをぶち壊してしまうかもしれないわよね。
——そうは思うも、明らかにじわじわと好意をぶつけてくる彼が、このままちゃんと『見ているだけ』では済む気がしない。私が“魔女の子孫”であろうが、そうだと知っていても、それでも『好きだ』と言う“淫魔”が、『クリスマス・イブ』という日の勢いに乗って、本気を出してこちらを魅了する気なのだとしたら、鍛錬を積んだ『生粋の魔女』ではない自分では太刀打ち出来るとも思えない。
「あのね……カシュ」
サラダを小皿に取り分けてくれ、それを彼が私の前に置く。グラスにはもう買ってきた赤ワインが注がれていて、食事を始める準備が完璧に整っていた。
「どうしました?そんな改まった顔をして」
「食事の前に、少し話をしない?」
「……」
真顔で言ったからか、カシュの顔付きが途端に険しいものになった。
きっと今この子の頭の中では、『出て行って欲しい』だとか『想いには答えられない』だとか、悪い言葉でいっぱいなのだろうなと、嫌でも理解出来てしまった。
安心して、全然違うから。
そう言ってあげられたらどんなに良いか……。
とが思いながらも私は、意を決して、彼に“魔女の呪い”について知った事を話すと決めた。
“魔女の呪いの解除は出来ない”
——というオチではなかった事だけが救いだが、カシュにとっては、それに等しいのではないだろうか。そう思うと……この方法を伝えるべきか否か、どうしても迷ってしまう。
でも、言わないと。
解除する為に必要な条件を、彼が知らぬうちに失ってしまっては困るわよね。
『方法を知った身』としてはそう考えるが、『受け止める側』としてはどう思うのだろうか?
……“淫魔”にとっては無理難題に等しい方法だった。なら、むしろ知らぬまま終った方が幸せなのか、そもそも彼らは“呪い”を解除したいのか、それ以前にそもそも“前提”となる条件はちゃんと満たせているのだろうか?——など、色々と考えがぐるぐると頭の中で回ってしまう。
このタイミングで知った事が、果たして『クリスマスの奇跡』と言えるのか、『サンタクロースの悪戯』か。
たとえカシュがどんなにいい子にしていようとも、悪魔には優しく無さそうな日なだけに、気分は複雑だ。
「まぁ……とにかく、今は帰りましょうか」
仕事用の鞄と共に、赤ワインの入った袋を持って歩みを早める。早く帰って会いたいような、考えがまとまるまでは会いたくないような……本当に困ったわ。
◇
「おかえりなさい、華さん」
バタバタと足音を鳴らしながら、玄関までカシュが私を出迎えに来てくれた。鍵を開ける音を聞きつけて来たのだろうが、エプロンを着けたままの姿から、慌てて玄関まで来たのを窺い知ることが出来る。
「ただいま。いい匂いね、ご飯を作ってくれていたの?」
『学生寮が空いたらそちらに引っ越す』と、そんな話を何となくしていたような気がするのに、いつの間にかすっかりなあなあになっている。だが、今の生活があまりにラクで、楽しくて、『あれはどうなったの?』と突っ込む気にもなれない。
「だって、今日はクリスマス・イブでしょう?きっと華さんはお祝いをしたいんじゃないかな?と思ったんで」
「あら、優しいのね。貴方にとっても“特別な日”だったり、家族と“お祝い”したい日だったりするの?」
私の手から鞄と荷物を抜き取り、先に玄関から部屋に戻ろうとするカシュの背に声を掛けた。
「いいえ、全然。まぁ……この国の場合は、淫夢探しが捗る日なので嫌いではないですけどね」
「……そ、そうなの。まぁ、“聖なる日”じゃなくって、“性なる日”だなんて、からかわれる事まであるくらいですもんね」と、書かないと伝わらない変な話までしてしまう。普段しないような下ネタ絡みの話をしてしまったせいで、今更後悔してきた。
「あはは!そうですね。おかげで、この二日間がボクはそれなりには楽しみでしたよ。多分、妹のウルカも」
(……話が通じちゃったわ)
そのせいで余計に恥ずかしくなってしまい、俯いてしまう。しかも彼は何だかとても楽しそうにしているので、どうやら私が自分の発言に対して照れている事まで、カシュにはお見通しのようだ。
「ご飯とお風呂、どちらを先にしますか?——それとも……だなんて、夫婦っぽい質問、今日ならしても許されたりします?」
「食事を先に、と答えてはおくけど、“夫婦っぽい行為”は、当然、私相手には期待しないでね」
「ははっ。こんな日でも、やっぱり華さんは鉄壁だなぁ」
当然だ。
だってそうしないと、彼は絶対に呪いを解けなくなってしまうんだから。
「……だって、私達はそもそも“夫婦”でも何でもないでしょう?」
「手厳しいなぁ。全くもってその通りだから、何にも言い返せなくなるじゃないですか」
苦笑いを交わしながら居間に入り、私だけ、スーツから室内着に着替えるべく用意を始めた。カシュは私の鞄を部屋の隅に置いて、テーブルに料理を並べてくれる。すっかり主夫っぽさが板についてしまっているが……
(こんなによくしてもらってるのに、“主夫”どころか、“彼氏”ですらないのよね)
楽な格好に着替えを済ませて居間に戻ると、テーブルにはクリスマスっぽいメニューが並んでいた。存在に気が付いてくれていたみたいで、帰りがけに買ってきた赤ワインも出してある。生花で作った小さなブーケが飾ってあったり、丸い形をしたキャンドルが灯されていたりもして、普段とは違う、とても良い雰囲気の室内になっていた。
こんな日なのに、ただのパジャマに近い格好になってしまった事を悔いるレベルだ。
せめて外出着に着替えるべきだったかと私が悩んでいると、カシュに座るよう促される。『今からまた着替えるのも不自然よね』と割り切って、私は定位置に座った。
「ありがとう。ワインの存在に気が付いてくれたのね」
グラスを並べながら「もちろんですよ」とカシュが言う。言わなくても気が付いてくれるとか、楽過ぎてホント、『苗字を変えるための婚活』を再開する意思をまた大幅に削がれてしまった。
「お疲れっぽいけど、お酒は飲めます?——あ、乾杯とかよりも先に、何か摘んでしまえば平気かな?」
「そうね、確かにちょっと疲れてはいるけれど、このサラダを先に食べればお酒もいけるかも」
「じゃあもう早速食事を頂きましょうか」
「あぁでも、乾杯だけでもしましょうか。じゃないとカシュが飲みにくいでしょう?」
「ふふっ……ボクを酔わせて、どうする気ですか?」
綺麗なシトリン色の瞳が、すっと細くなる。その表情がとても蠱惑的で、ボタンを二つ三つと開けた状態で着ているワイシャツから、チラリと覗く胸元にまで視線を嫌でも落としてしまう。
(コレだから……“淫魔”って奴は厄介ね)
一つ一つの所作が一々いやらしく見えてしまうのは、きっと彼自身がそう思わせるように意識して行動しているからなのだろう。
『今日こそは射止めたい』
そんな彼の気持ちが見え隠れしていて、反応に困ってしまった。
「サラダを取り分けましょうか」
「あ、ボクがやりますよ。おもてなし、させて下さい」
「じゃあ……甘えさせてもらおうかしらね」
微笑みを交わすだけで、変な気分になってくる。何か魔法でも使ってきているんじゃないかってくらいに、胸の奥がざわついてしまう。
何だかマズイわね、このままは。
もう早々に“呪い”について知った事をカシュに話た方が良いんじゃないかしら。
だけど……せっかくのお祝いムードをぶち壊してしまうかもしれないわよね。
——そうは思うも、明らかにじわじわと好意をぶつけてくる彼が、このままちゃんと『見ているだけ』では済む気がしない。私が“魔女の子孫”であろうが、そうだと知っていても、それでも『好きだ』と言う“淫魔”が、『クリスマス・イブ』という日の勢いに乗って、本気を出してこちらを魅了する気なのだとしたら、鍛錬を積んだ『生粋の魔女』ではない自分では太刀打ち出来るとも思えない。
「あのね……カシュ」
サラダを小皿に取り分けてくれ、それを彼が私の前に置く。グラスにはもう買ってきた赤ワインが注がれていて、食事を始める準備が完璧に整っていた。
「どうしました?そんな改まった顔をして」
「食事の前に、少し話をしない?」
「……」
真顔で言ったからか、カシュの顔付きが途端に険しいものになった。
きっと今この子の頭の中では、『出て行って欲しい』だとか『想いには答えられない』だとか、悪い言葉でいっぱいなのだろうなと、嫌でも理解出来てしまった。
安心して、全然違うから。
そう言ってあげられたらどんなに良いか……。
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