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第五章

【第八話】言の葉②(ウルカ・談)

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「待たせたか?」

 勝手に流れ落ちる涙を誤魔化すみたいにテーブルへ突っ伏したままになっていると、上から瀬田さんの優しい声が聴こえ、それと同時に温かな手がそっとワタシの髪を撫でてくれた。さっきまで、嫁視点から見ても友人以上恋人未満な相手に塩対応をしつつ『好きだ』なんて言葉をかけていたとは到底思えぬ甘ったるい顔をして、ワタシの座る四人掛けの席の対面に彼が腰掛ける。
 水を運んできてくれた店員さんに「珈琲を一つ。豆は…… そうだな、何か適当にオススメなやつを」と浩二さんが簡単に注文をした。
「ウルカはどうする?何かおかわりでもするか?」
 頭を撫でながら、ワタシにもちゃんと訊いてくれる。最初に頼んだリンゴジュースはほぼ飲み干していて、氷くらいしかグラスに残っていなかったからだろう。
「じゃあ、同じ物を飲もうかと。リンゴジュースを追加でお願いします」
 軽く頭を上げて、店員さんに自分で告げる。その時ちょっとだけ浩二さんの眉間にシワが寄った気がするのは気のせいだろうか。

「リンゴジュースが好きなのか?」
「そうですね、美味しいと思います。これまでに色々試したワケではないですけど、比較的甘い物が好きな方かもしれません」
「…… そうか。覚えておくよ」
 片肘をつき、浩二さんがワタシの方をじっと見てくる。ちょっと顔をあげてはいるものの、テーブルに突っ伏したこの姿が滑稽なのだろうか?
「何か、ありましたか?」

「ん?あぁ、いや。ただ…… 嫁の好きなモノも、俺はまだ全然知らないんだなぁと思ってな」

「仕方ないですよ、逢ってまだ私達は日が浅いですし」
 そうは思っても、全くもってその通りだとワタシも思う。
『もっと話し合え』とカシュ兄さんにまで言われてしまうくらい、ワタシ達はお互いの事をまだ何も知らない。住居などの個人情報は所得済みではあれども、浩二さんの好きな物、嫌いな物、今までどんな経験をしてきたのかだとか、知りたい事が山積みだ。

 彼を知りたい、もっともっともっと——

「あ、あの!」
「ん?どうした、そんな顔をして」と、勢いよく顔を上げたワタシの頬を浩二さんがそっと両手で包んでくれる。彼の瞳に映る自分の顔はちょっと焦った様な表情をしていたので、浩二さんにそう訊かれるのも当然だと思った。
「…… 目元が少し赤いな。まさか泣いていたのか?」
「え…… あ、いえ…… えっと、す、少し、だけ」
「どうした?何かあったのか?」
 泣かせたのは貴方ですよ、とは言えず、そっと視線だけを下に落とす。すると浩二さんは指先で涙の跡を拭い、ちょっと切なそうな顔をした。

「…… ワタシも、その…… 言われてみたいなと思って…… 」

 落ち込んでいるせいか、おどおどとした話し方になってしまう。今は接客モードの十代半ばくらいな姿だとはいえ、限りなく素の自分に近いからか自信を持って対応出来ない。
「何をだ?」
 不思議そうに訊かれたが当然だ。浩二さんは、まさかさっきのやり取りをワタシが聴いていただなんて微塵も思っていないのだろうから。
「す、すす、すすす、す…… 」
 いざ言おうと思っても、吃ってまともに言葉が紡げない。
「落ち着け、それじゃわからん」
 クスッと笑いながら、そう言われてしまった。

 あーもう!どうして自分はこうも自信が皆無な性格をしているのだろうか。このまま死んでお詫びをしたくなるくらい、情けなくって悲しくって申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。
 それでも、自分は、ワタシの望みは——

「ワ、ワタシも、浩二さんから…… す、す、すすきって言われたいですぅ」

 目蓋をぎゅーっと瞑り、顔を真っ赤にしながらも言ってやったわ!
「…… ススキ?」
 それなのに、『そんな事言われて嬉しいのか?何故?』と浩二さんの顔にバッチリ書いてあるのが、ワタシにですら見て取れる。
「ちがっ!」
 いいや違わない。吃ったせいで『すすき』って口走っていた。だが浩二さんは可愛いモノでも愛でるみたいな瞳をワタシへと向けてくれている。そんな視線を贈ってくれるだけでもう、嬉しくって口元がわなわなと震えてしまった。それでもなんとかなけなしの勇気を振り絞り、言葉を紡ぐ努力をしてみる。緊張してしまって手が震え、今にも吐きそうだ。

 あぁ、結婚してくれと迫った時の様に、大人な女性に変化してしまいたい!そうしたら、仮初のものだとしても、多少は自信に溢れた自分になれるのに。

 そうは思うも今から中座は無理だし、人目のある場所で当然変化などは出来ないせいで気持ちだけが焦ってしまう。
 だが、浩二さんはじっとワタシの言葉を待ってくれていて、その視線だけで優しく勇気を分けてくれている気がする。
 よーし落ち着け、言ってしまえ、頑張れワタシッ。

「ワタシも…… 浩二さんに、好きって、言われてみたいです…… 」

 再び目蓋をギュッと閉じ、震える手を握りながら懇願してみる。わざわざこんな事を言わないと『好き』とも言って貰えない自分が情けなく、恥ずかしいと思う気持ちもが相待って、今にも顔から火が出そうだ。

「…… 俺が、言ってもいいのか?」

 きょとんとした声で、そんな一言が浩二さんから返ってきた。
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