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第五章

【第四話】カフェでの対面

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 …… 誰だ?あの男は。

 図書館の側にあるカフェでアイスコーヒーでも買いつつ、店で働く嫁のウルカの様子を見に来た瀬田は、扉を開けた瞬間、険しい表情をしながらそんな事を思った。

 店に入るなり、店内の一番隅にある席で、休憩中っぽいウルカが楽しそうに金色の髪をした青年とおしゃべりをしている姿が目に入ったからだ。彼女の対面に座る男の姿は背中しか見えないが、ダークトーンのスーツを着ていて、百八十センチある瀬田と同じくらいの背格好の様だ。
 男に向けるウルカの笑顔はとっても気さくなもので、二人はとても親しい関係みたいに感じられる。瀬田に対して向ける事の多い、機嫌を伺う様な眼差しをする気配はまるで無く、瀬田の眉間のシワが一層深くなった。

「やぁ、どうも。今は休憩中かな?」

 出来る限り顔に笑顔を貼り付け、瀬田がウルカに声を掛ける。
 店内に客はまばらで、居るのは自習中の生徒ばかりだ。だが、そんな生徒達が一同にちょっと驚いた顔になった。

 何なんだ、あの無駄に眼福な空間は!——と。

 カフェ店員である金髪の美少女と、同じく金髪の端正な顔をした青年の組み合わせに、モデル並みにスタイルと顔だけはズバ抜けて整っている瀬田が加わった事で、周囲の注意が三人の元へ一気に集まってしまったのは当然の結果と言えよう。

「浩二さん!お疲れ様です、もうお仕事は終わったんですか?」

 パッと明るい笑顔をし、ウルカが瀬田へ親しげな雰囲気で返事をする。ロリコン疑惑の付き纏う瀬田が相手だった事で、生徒達に『とうとう未成年者に手を出したんですか⁉︎先生!』と緊張が走った。
「いや、まだ仕事中だ。だが、作業の前にアイスコーヒーでも飲もうかと思ってな。…… えっとこちらの方は?」
 そう答えながら男を一瞥すると、彼は探る様な眼差しを瀬田へと向けた。値踏みする様な眼差しでもあり、ちょっと居心地が悪くなる。
「彼はワタシの兄のカシュです。此処で待ち合わせをしているらしく、ちょっとお話をしていたんですよ」
「あぁ、彼が——」とまで言って、『双子の兄さんか』という言葉はぐっと飲み込んだ。
 兄とは双子だと聞いていたはずだが、どう見ても今のカシュの姿は成人した青年で、高校生くらいの少女の姿をしたウルカとは背格好が似ても似つかない。周囲に人が誰も居ないのなら言っても平気な言葉だろうが、一応控えておいたおいた方がいいと思っての行為だった。

「はじめまして、ウルカの兄のカシュといいます」

 席を立ち、カシュが瀬田に向かい手を差し出す。金髪にシトリン色をした瞳をしたカシュの容姿はウルカに男装をさせればこんな感じなのかと思う程に中性的でありながらも、きちんと男性を思わせる空気感があり、ちょっと神秘的だった。
「ご丁寧にどうも。瀬田浩二です、どうぞよろしく」と答えながらその手を掴んで握手をすると、カシュは瀬田の耳元にそっと顔を寄せ「妹がお世話になっています。その節は大変お世話になった様ですね。でも、セックス以外であの子を今後泣かせたら…… 承知しないので、そのおつもりで」と小さく囁いた。
 初対面の時の対応に対してご立腹なのだなと瞬時に悟り、瀬田がカシュの肩をぽんぽんと軽く叩く。
「もちろんですよ、お兄さん。彼女の涙はもう、可愛く喘ぐ時にしか流させませんからご安心を」と、瀬田は小声で言葉を返した。
 カシュが彼から少し離れ、瀬田に向かいニコッと微笑む。『義兄が相手だろうとこんな返しをする様な奴となら上手くやっていけそうだな』と思うと、カシュはちょっと嬉しい気持ちになった。
「今度是非一緒に食事でもしませんか?一度ゆっくりお話をしてみたいので」
「えぇ、もちろんです。嫁の兄とあっては他人ではありませんしね」
 小声のまま続けているカシュと瀬田の会話を側で聞いていたウルカの顔が真っ赤に染まる。自分の事を『嫁』と言ってもらえた事が嬉しくって堪らず、歓喜の声をあげてしまわぬ様、彼女はそっと口元を手で押さえて俯いたのだった。


「あ、えっと、アイスコーヒーはお持ち帰りでよかったですか?」
 高揚する気分をどうにか胸の奥に押し込み、ウルカが瀬田に問い掛ける。気持ち的にはもうバックヤードにでも引きづり込んで押し倒したいくらいテンションが上がっているのだが、サキュバスとしての本能よりも、今は互いの仕事を優先した。
「あぁ、持ち帰りで頼む。職員室で飲みたいからな。でも今は休憩中なんだろう?いいのか?」
「はい。お客様の注文が無さそうな間だけ、ちょっと兄と話していてもいいよ程度の休憩だったので」
「まぁ学生じゃこの値段でも次々に追加で注文もしないだろうし、水のおかわりは個人で自由にしろって感じなら、それもありなのか」

(随分と緩いバイトなんだな。人外を店で働かせるとなると、このくらいじゃないと扱いが面倒なのかもしれないのか)

 ウルカのウエイトレス姿にちょっと顔を綻ばせながら、彼女の頭を優しく撫でる。普段の幼女姿の方がもちろん断然格段に可愛いし好みのど真ん中なのだが、本来はあの姿なのだと思うと、高校生くらいの見た目をしてバージョンでさえも今では愛おしく思えてきた。…… だが、初めて会った時の淫猥な大人の姿だけは、思い出すだけでも吐き気がする。とことんアレとは、壊滅的に好みが合わない様だ。
「ど、どうしました?浩二さん」
 膝にのった猫でも撫でるみたいに黙々と頭を撫でられ、ウルカがちょっと照れ臭い気持ちになった。撫でてもらえるのはとても嬉しいが、カフェの中なので店員でもある身としては人目がどうしても気になってしまう。
「あ、すまん。可愛いなと思って、つい」

(せ、瀬田先生がデレたぁぁぁぁぁ!)

 店内に点在している生徒達の自習をする手が止まり、目が点になる。指導熱心で授業も丁寧ではあるものの、口が悪くて普段あまり優しくない先生のレアな姿を見てしまい、一同驚きを隠せない様だ。

「あ、ありがとうございます」
 もじもじとしながら、ウルカが礼を言う。こうやって素直に真っ直ぐ褒められる事に慣れておらず、とても嬉しかった。
 どうやら瀬田はとても機嫌がいいみたいだ。これならばもしかしたら——と思い、ウルカが「あ、あの!」と改まった顔を彼に向けた。

「一緒に、帰りませんか?その…… 色々話をしたいなと」

 生徒達には聞こえない様に気を付けて、ウルカが小声でお願いをする。幼さのある顔立ちに頬を染め、視線を彷徨わせながらされた“嫁のお願い”を瀬田が断れるわけが無かった。
「もちろんだ」と瀬田が力強く頷く。
「だが、今日はテストの採点が残っていてまだ結構かかるんだが…… 大丈夫か?」
「こちらが先に終わるのは確実なので、そうですねぇ…… あ!職員室近くにある木の上で待ってます」
 初めて瀬田の事をじっくりねっとりと観察した木を思い出し、ウルカが祈る様に手を組んで、良案だわと瞳を輝かせた。
「いや、普通に学校の側のコンビニか喫茶店で待っていてくれないか?」
 そんな事をされていたとは露程も知らぬ瀬田が間髪入れずに別案を口にする。ウルカは仕事中の瀬田を見られず仕舞いになった事に対し、ちょっと残念な気持ちにはなった。
 結局学校近くにある商店街の一角にある喫茶店で待ち合わせる事に。あの店の店長は女性だったはず。ウルカを他の男と接する事なく待たせるには丁度良い店だ、と瀬田は満足そうに微笑んだ。

 レジの周囲で長々と内緒話をする二人の様子を、本体を露わにしているカシュが、少し離れた席からジッと見ている。

(何だかんだと言いながら、ちゃんと仲がいいみたいで良かったよ)

 唯一の肉親であり、双子の兄として、とても嬉しく思いながらカシュは、ブラックのコーヒーを少し苦いなと思いながら一口飲み込んだ。
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