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第四章
【第八話】流されやすい自分が残念過ぎる(ウルカ談)
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日曜日の早朝。
暁の空の下に人の生活の気配はまだあまりなく、眼下に広がる街はとても静かだ。
浩二さんもまだ目を覚ます様子もなく、暇を持て余したワタシは、ベランダに出て空を見上げている。本心としては朝ご飯の一つでも用意しておきたい所なのだが、何故か『何もするな』と釘を刺されているのでそれも出来ない。双子の兄であるカシュとは違い、ワタシは高校生でもないので、兄のように『暇だし勉強でも』って必要もないし、興味の持てる本や雑誌もこの家には置いていなくって、何もする事が思い付かないという、無い無いだらけ状態だ。
顔立ちが抜群にいい旦那様の寝顔を見ながら過ごす一晩はとても有意義なものだったが、それも『流石に見過ぎだろ。このままでは視線で起きるかもしれない』と思い、あまり続けるわけにもいかず、ベランダで空でも見るかと言う結論に至った。
昨日の玄関先での行為の後。浩二さんはワタシが運んでソファーに休ませた時点で気を失い、そのまま眠ってしまったので、今度はすぐさまベッドへと運び直すことになった。
人間にはやはり、淫魔との行為というのはそれなりに負担が大きいのかもしれない。
街並をぼんやりと見ながら、そんな事を改めて思った。三度とも、行為後の彼は、死んだように眠りについて朝まで起きないからだ。
一度目の時から何となく感じていた事なのだが、何せ相談する相手がワタシには兄のカシュくらいしかいないので確認出来ない。こういった時、同種族の知り合いが身の回りには居ないのは困りものだが、探そうとまでは思わなかった。
「……ライバルが増えたら困るもの。浩二さんほど素敵な人なら、みんな好きになっちゃわ」
手すりに腕を預け、ぼそっと呟く。
水谷の一件もあるので、とてもじゃないが、これ以上心配の原因になりそうな存在には増えて欲しくはなかった。
ふと、視界の隅に馴染み深い生き物が見えた気がして顔を向けると、小さな蝙蝠が一匹、こちらの方へと向かって飛んでいることに気が付いた。首には青いリボンが可愛く巻かれており、明らかに飼い主がいる風貌だ。
「あれは——“リトゥーシャ”!」
蝙蝠に向かい、名前を呼ぶ。
すると、声を聴きつけたリトゥーシャは嬉しそうに羽をバタつかせ、一直線にこちらに向かって速度を上げたみたいだ。
『ウルカさまぁー、今行きますよぉー!』
人には理解不能な声で叫びながら必死に飛ぶ姿が可愛くてしょがない。キティブタバナコウモリという十五センチ程度のサイズしかない最小品種なので尚更だ。彼の顔はまぁ……名前の通りちょっと豚っぽい鼻をしていて、左右の目がちょっと離れており、そのせいでより一層のブサ可愛いタイプにまっしぐらといった感じの子である。
ワタシにも使役してくれている蝙蝠がいる。彼と同一品種の子で、名前を“リリアック”という。彼女とリトゥーシャは番の関係ではあるが、どちらも主人を持つ身なのでなかなか逢えないと二匹が嘆いてる事は公認の秘密である。気が付いていないフリをしておかないと、お互いに気を遣ってギクシャクしてまうからだ。
「急がなくていいよー」
そう声をかけたが、リトゥーシャの速度は加速するばかりだ。この仕事が終われば妻と久しぶりに一緒に居られるのだと思うと、それだけで気が逸るのだろう。
『お、お、お待たせしてし、まい、ましたぁ』
ゼェハァゼェハァと乱れた呼吸のままリトゥーシャがワタシの手にとまる。お仕事を早く終えてしまいたい意図が見え見えで、ワタシはくすっと笑ってしまった。
「お疲れ様。こんな短期間で会えるのは初めてだからかな?そんなにそわそわしちゃって、もう」
『うぅ、すみません。バレバレですよね。子供達にも会えるもので、楽しみで楽しみで』
リトゥーシャが、恥ずかしそうに小さな手で顔を隠す。
そんな愛らしい姿のおかげでほんわかとした気持ちになっていると、彼は背筋を伸ばして『——カシュ様からの伝言です。本日十三時に前回会ったカフェにて待つ。お知らせあり』と叫んだ。
「そう、いつもありがとう」
簡素でわかりやすいな伝達に礼を言い、リトゥーシャの鼻先を指で撫でてやる。すると彼は気持ち良さそうに目を細め、うっとりとした顔になった。
『いえいえ。こうでもないと妻にも逢えませんし、いつでもウルカ様宛のお仕事くださいって感じですので』
「使役している身だと寿命が伸びるメリットはあれども、自由度は低いもんねぇ」
『えぇ。ですが、カシュ様に使役しているおかげで、あんなに美人なリリアックをゆっくり射止める時間が持てたと思えば、逢えない時間も愛を育むスパイスみたいなものですよ』
(……そうか、ウチの子は美人さんなのか。彼らの言葉は理解出来ても、蝙蝠の美的基準は流石にわからないから知らなかったわ)
リトゥーシャは妻の容姿を思い出しながらニマニマと笑い、『では!リリアックに逢いに行ってもよろしいですか?』と嬉しさを隠し切れない顔で興奮気味に訊いてきた。
「えぇ、もちろんよ。あの子は此処の屋上に新しく巣を作りたいそうだから、位置を決めるためにと、子供達と一緒にそこにいると思うわ」
『ありがとうございます、では!』
「お疲れ様」とウルカは彼に声を掛けたが、リトゥーシャはその言葉を聞く事なく飛んで行ってしまった。
「仲良がいいって、いいねぇ」
ニコニコと笑いながら彼の小さな姿を見送る。
ワタシ達もあんな仲良しさんになりたいものだと思っていると、後ろから窓の開く音が聞こえてきた。
「こんな所に居たのか。部屋の中に居ないから、どこへ行ったのかと焦ったよ」
べランダに置いたままになっているサンダルを履き、浩二さんワタシの隣に並んで空を見上げる。ただそれだけの事が嬉しくって、ワタシはニヤけてしまうのを誤魔化すように、深く息を吸い込んだ。朝の空気はまだ少し冷くって、息を吸い込むとスッキリとしてちょっと気持ちがいい。
「随分早起きなんだな。まだ四時半にもなっていないだろ」
休日に彼がこんな早起きをしたのは久しぶりなのかもしれない。まだ明るくなり切っていない空を見上げる眼差しが柔らかくて、ちょっと嬉しそうだ。
「……流石に、腹が減ったな」
浩二さんは空腹で目が覚めてしまったのだろうか。昨日は結局朝ご飯しか食べずに終わったので無理もない。やはりワタシが朝食を作っておくべきだったのだろうか。
「ベーコンのブロックがあるんだ。厚切りにでもして、チーズとピーマン、玉ねぎをパンで挟んで、朝飯はホットサンドでもどうだ?」
「美味しそうですね。作るのワタシも手伝いますよ」
「いやいい。お前は好きな事でもして過ごしていてくれ」
またキッパリと拒否されてしまった。好きな事をと言われても正直困るが、こうもはっきりと断られてしまうと、意地になって『いいから手伝わせろ』とは言い辛い。
「……分かりました」
素直に頷いて返したが、表情までは上手く繕えなかったのか、浩二さんが少し心配そうな顔をしながらワタシの頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「あ、そうだ。午後から少し外へ出掛けて来ますね」
「どこへだ?誰かに会うつもりなのか?……まさか、男か?」
不信感たっぷりな眼差しを向けられ、背中にそら寒いものを感じる。だが『もしかして嫉妬してくれている、とか?』と自惚れたい気持ちも同時に湧いた。
「はい。あ、でも相手は兄です、双子の。何か話があるらしくって、この近所のカフェで待ち合わせしたいと連絡があって——」まで言った所で、浩二さんが「——ちょっと待て」と言って、ワタシの言葉を遮った。
「どうやって連絡を取っているんだ?携帯でも持っているのか?持っているなら、何故俺に教えておかない」
浩二さんの眉間にシワがより、不信感どころではない表情を前にして、流石に自惚れたい気持ちなど見事に吹っ飛んだ。綺麗な顔立ちなせいで余計に怖い。
「持っていません!ワタシにはそんな物を維持出来るお金も無いし、使い方すら見当もつかないし、もしそれでも持っていたのなら、初めて逢ったあの時、真っ先に浩二さんに連絡先を書いた紙を押し付けてますよ!兄との連絡は、使役してくれている子が伝達係としてワタシ達の間で動いてくれているだけなんです。その子がさっき来てくれて、『話があるから会おう』って兄が言っているって教えてくれただけなんです。多分婚約者の方との話がまとまりそうだとか、そういった類の話じゃないかと。兄はとっても賢いですから、きっともう彼女を射止められたんじゃないかと思うんですよね。あ、使役してくれている子達の存在が信じられないなら、今すぐ此処の屋上に行って確認して下さい。イチャイチャしている最中かもですけど!」
両の手で拳を握り、浩二さんの方へ前のめりになって、捲したてながら必死に早口で説明する。意味が通じようがいまいがお構いなしに。変な勘違いなどされたくはないし、嫌われたくもない気持ちで頭が一杯だ。
「……わかって、頂けましたか?」
恐る恐る浩二さんの様子を伺う。すると彼はきょとんとした顔をしてワタシをしばらく見詰めたかと思ったら、急に破顔しながらぎゅーっと強く抱きしめてくれた。
「こ、浩二さん?どうしたんですか、急に」
抱擁は心から嬉しいが、一転した反応に驚きが隠せない。
「悪い悪い、お前がそんなに喋る子なんだと思ったら、急に抱き締めたくなったんだ」
彼から感じる体温と言葉のおかげで、ワタシの中から不安も恐怖も、“負”の全てが飛散していく。
(良かった、『うるさい奴は嫌いだ』とか言われなくって)
ホッとした気持ちで浩二さんにしがみつく。すると彼は嬉しそうな顔をしたまま、啄む様な口付けをワタシの顔や耳にし始めてくれた。
「角や尻尾は隠したままの方が楽なのか?二人きりの時は出したままでも、俺は可愛いと思うんだが」
「角とかを隠す事に関しては、人間界で生活していくためにと、もうすっかり慣れたので平気です。消費される魔力もかなり少ないですしね。まぁ……興奮したり、驚いたりしちゃうと、隠し切れなくって出て来ちゃいますけど」
「興奮したり、ねぇ。それはいい事を聞いたな」と言い、浩二さんがニヤリと笑う。付き合いはまだかなり短いが、こういう顔をした彼は悪巧みをしている時のものであると流石にわかった。
「じゃあ角の出た姿を見たい時は——こうすればいい訳だな?」
言うが同時に浩二さんがワタシの耳を甘噛みし、首筋をそっと指先で撫でてきた。体には何やら硬いモノが当たり、そのせいで一気に全身が熱を帯びる。
「え、あ、でも。こんなすぐにスルのは体に負担では?」
「いいや、そんな事はないが、何故そう思うんだ?」
「えっとそれは、その……抱き合った後は、浩二さん……長く寝てしまう事が多いので、なんとなくそうなんじゃないかなと」
「あぁそれでか。あれはすまん、俺はどうやらヤルと眠くなるタイプだったみたいなんだ。だがまぁ体調はすこぶるいいから、それを気にしているんだったら気遣いは不要だぞ。したくないのなら話は別だが」
「そんなことは!」
もちろん嫌ではない。嫌ではないのだが、でもちょっと待って欲しい。
一度目は風呂場で、二度目三度目とが玄関で行為におよび、次はベランダでなど、流石にどうなんだろうか。朝一からまた抱き合うのは大歓迎だが、せめてベッドかソファーに。百歩譲って室内へ戻るくらいはしたいのだが、服の中に温かな手が忍び込んできてしまい、ワタシは咄嗟に口を手で塞いだ。
「良い子だな。そのまま声は我慢するんだぞ?」
ワタシの背後に回り、浩二さんの手が胸の方へと近づいてくる。興奮した様子の彼の姿が愛おしい過ぎて、結局ワタシはこのまま流されてしまったのだった。
暁の空の下に人の生活の気配はまだあまりなく、眼下に広がる街はとても静かだ。
浩二さんもまだ目を覚ます様子もなく、暇を持て余したワタシは、ベランダに出て空を見上げている。本心としては朝ご飯の一つでも用意しておきたい所なのだが、何故か『何もするな』と釘を刺されているのでそれも出来ない。双子の兄であるカシュとは違い、ワタシは高校生でもないので、兄のように『暇だし勉強でも』って必要もないし、興味の持てる本や雑誌もこの家には置いていなくって、何もする事が思い付かないという、無い無いだらけ状態だ。
顔立ちが抜群にいい旦那様の寝顔を見ながら過ごす一晩はとても有意義なものだったが、それも『流石に見過ぎだろ。このままでは視線で起きるかもしれない』と思い、あまり続けるわけにもいかず、ベランダで空でも見るかと言う結論に至った。
昨日の玄関先での行為の後。浩二さんはワタシが運んでソファーに休ませた時点で気を失い、そのまま眠ってしまったので、今度はすぐさまベッドへと運び直すことになった。
人間にはやはり、淫魔との行為というのはそれなりに負担が大きいのかもしれない。
街並をぼんやりと見ながら、そんな事を改めて思った。三度とも、行為後の彼は、死んだように眠りについて朝まで起きないからだ。
一度目の時から何となく感じていた事なのだが、何せ相談する相手がワタシには兄のカシュくらいしかいないので確認出来ない。こういった時、同種族の知り合いが身の回りには居ないのは困りものだが、探そうとまでは思わなかった。
「……ライバルが増えたら困るもの。浩二さんほど素敵な人なら、みんな好きになっちゃわ」
手すりに腕を預け、ぼそっと呟く。
水谷の一件もあるので、とてもじゃないが、これ以上心配の原因になりそうな存在には増えて欲しくはなかった。
ふと、視界の隅に馴染み深い生き物が見えた気がして顔を向けると、小さな蝙蝠が一匹、こちらの方へと向かって飛んでいることに気が付いた。首には青いリボンが可愛く巻かれており、明らかに飼い主がいる風貌だ。
「あれは——“リトゥーシャ”!」
蝙蝠に向かい、名前を呼ぶ。
すると、声を聴きつけたリトゥーシャは嬉しそうに羽をバタつかせ、一直線にこちらに向かって速度を上げたみたいだ。
『ウルカさまぁー、今行きますよぉー!』
人には理解不能な声で叫びながら必死に飛ぶ姿が可愛くてしょがない。キティブタバナコウモリという十五センチ程度のサイズしかない最小品種なので尚更だ。彼の顔はまぁ……名前の通りちょっと豚っぽい鼻をしていて、左右の目がちょっと離れており、そのせいでより一層のブサ可愛いタイプにまっしぐらといった感じの子である。
ワタシにも使役してくれている蝙蝠がいる。彼と同一品種の子で、名前を“リリアック”という。彼女とリトゥーシャは番の関係ではあるが、どちらも主人を持つ身なのでなかなか逢えないと二匹が嘆いてる事は公認の秘密である。気が付いていないフリをしておかないと、お互いに気を遣ってギクシャクしてまうからだ。
「急がなくていいよー」
そう声をかけたが、リトゥーシャの速度は加速するばかりだ。この仕事が終われば妻と久しぶりに一緒に居られるのだと思うと、それだけで気が逸るのだろう。
『お、お、お待たせしてし、まい、ましたぁ』
ゼェハァゼェハァと乱れた呼吸のままリトゥーシャがワタシの手にとまる。お仕事を早く終えてしまいたい意図が見え見えで、ワタシはくすっと笑ってしまった。
「お疲れ様。こんな短期間で会えるのは初めてだからかな?そんなにそわそわしちゃって、もう」
『うぅ、すみません。バレバレですよね。子供達にも会えるもので、楽しみで楽しみで』
リトゥーシャが、恥ずかしそうに小さな手で顔を隠す。
そんな愛らしい姿のおかげでほんわかとした気持ちになっていると、彼は背筋を伸ばして『——カシュ様からの伝言です。本日十三時に前回会ったカフェにて待つ。お知らせあり』と叫んだ。
「そう、いつもありがとう」
簡素でわかりやすいな伝達に礼を言い、リトゥーシャの鼻先を指で撫でてやる。すると彼は気持ち良さそうに目を細め、うっとりとした顔になった。
『いえいえ。こうでもないと妻にも逢えませんし、いつでもウルカ様宛のお仕事くださいって感じですので』
「使役している身だと寿命が伸びるメリットはあれども、自由度は低いもんねぇ」
『えぇ。ですが、カシュ様に使役しているおかげで、あんなに美人なリリアックをゆっくり射止める時間が持てたと思えば、逢えない時間も愛を育むスパイスみたいなものですよ』
(……そうか、ウチの子は美人さんなのか。彼らの言葉は理解出来ても、蝙蝠の美的基準は流石にわからないから知らなかったわ)
リトゥーシャは妻の容姿を思い出しながらニマニマと笑い、『では!リリアックに逢いに行ってもよろしいですか?』と嬉しさを隠し切れない顔で興奮気味に訊いてきた。
「えぇ、もちろんよ。あの子は此処の屋上に新しく巣を作りたいそうだから、位置を決めるためにと、子供達と一緒にそこにいると思うわ」
『ありがとうございます、では!』
「お疲れ様」とウルカは彼に声を掛けたが、リトゥーシャはその言葉を聞く事なく飛んで行ってしまった。
「仲良がいいって、いいねぇ」
ニコニコと笑いながら彼の小さな姿を見送る。
ワタシ達もあんな仲良しさんになりたいものだと思っていると、後ろから窓の開く音が聞こえてきた。
「こんな所に居たのか。部屋の中に居ないから、どこへ行ったのかと焦ったよ」
べランダに置いたままになっているサンダルを履き、浩二さんワタシの隣に並んで空を見上げる。ただそれだけの事が嬉しくって、ワタシはニヤけてしまうのを誤魔化すように、深く息を吸い込んだ。朝の空気はまだ少し冷くって、息を吸い込むとスッキリとしてちょっと気持ちがいい。
「随分早起きなんだな。まだ四時半にもなっていないだろ」
休日に彼がこんな早起きをしたのは久しぶりなのかもしれない。まだ明るくなり切っていない空を見上げる眼差しが柔らかくて、ちょっと嬉しそうだ。
「……流石に、腹が減ったな」
浩二さんは空腹で目が覚めてしまったのだろうか。昨日は結局朝ご飯しか食べずに終わったので無理もない。やはりワタシが朝食を作っておくべきだったのだろうか。
「ベーコンのブロックがあるんだ。厚切りにでもして、チーズとピーマン、玉ねぎをパンで挟んで、朝飯はホットサンドでもどうだ?」
「美味しそうですね。作るのワタシも手伝いますよ」
「いやいい。お前は好きな事でもして過ごしていてくれ」
またキッパリと拒否されてしまった。好きな事をと言われても正直困るが、こうもはっきりと断られてしまうと、意地になって『いいから手伝わせろ』とは言い辛い。
「……分かりました」
素直に頷いて返したが、表情までは上手く繕えなかったのか、浩二さんが少し心配そうな顔をしながらワタシの頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「あ、そうだ。午後から少し外へ出掛けて来ますね」
「どこへだ?誰かに会うつもりなのか?……まさか、男か?」
不信感たっぷりな眼差しを向けられ、背中にそら寒いものを感じる。だが『もしかして嫉妬してくれている、とか?』と自惚れたい気持ちも同時に湧いた。
「はい。あ、でも相手は兄です、双子の。何か話があるらしくって、この近所のカフェで待ち合わせしたいと連絡があって——」まで言った所で、浩二さんが「——ちょっと待て」と言って、ワタシの言葉を遮った。
「どうやって連絡を取っているんだ?携帯でも持っているのか?持っているなら、何故俺に教えておかない」
浩二さんの眉間にシワがより、不信感どころではない表情を前にして、流石に自惚れたい気持ちなど見事に吹っ飛んだ。綺麗な顔立ちなせいで余計に怖い。
「持っていません!ワタシにはそんな物を維持出来るお金も無いし、使い方すら見当もつかないし、もしそれでも持っていたのなら、初めて逢ったあの時、真っ先に浩二さんに連絡先を書いた紙を押し付けてますよ!兄との連絡は、使役してくれている子が伝達係としてワタシ達の間で動いてくれているだけなんです。その子がさっき来てくれて、『話があるから会おう』って兄が言っているって教えてくれただけなんです。多分婚約者の方との話がまとまりそうだとか、そういった類の話じゃないかと。兄はとっても賢いですから、きっともう彼女を射止められたんじゃないかと思うんですよね。あ、使役してくれている子達の存在が信じられないなら、今すぐ此処の屋上に行って確認して下さい。イチャイチャしている最中かもですけど!」
両の手で拳を握り、浩二さんの方へ前のめりになって、捲したてながら必死に早口で説明する。意味が通じようがいまいがお構いなしに。変な勘違いなどされたくはないし、嫌われたくもない気持ちで頭が一杯だ。
「……わかって、頂けましたか?」
恐る恐る浩二さんの様子を伺う。すると彼はきょとんとした顔をしてワタシをしばらく見詰めたかと思ったら、急に破顔しながらぎゅーっと強く抱きしめてくれた。
「こ、浩二さん?どうしたんですか、急に」
抱擁は心から嬉しいが、一転した反応に驚きが隠せない。
「悪い悪い、お前がそんなに喋る子なんだと思ったら、急に抱き締めたくなったんだ」
彼から感じる体温と言葉のおかげで、ワタシの中から不安も恐怖も、“負”の全てが飛散していく。
(良かった、『うるさい奴は嫌いだ』とか言われなくって)
ホッとした気持ちで浩二さんにしがみつく。すると彼は嬉しそうな顔をしたまま、啄む様な口付けをワタシの顔や耳にし始めてくれた。
「角や尻尾は隠したままの方が楽なのか?二人きりの時は出したままでも、俺は可愛いと思うんだが」
「角とかを隠す事に関しては、人間界で生活していくためにと、もうすっかり慣れたので平気です。消費される魔力もかなり少ないですしね。まぁ……興奮したり、驚いたりしちゃうと、隠し切れなくって出て来ちゃいますけど」
「興奮したり、ねぇ。それはいい事を聞いたな」と言い、浩二さんがニヤリと笑う。付き合いはまだかなり短いが、こういう顔をした彼は悪巧みをしている時のものであると流石にわかった。
「じゃあ角の出た姿を見たい時は——こうすればいい訳だな?」
言うが同時に浩二さんがワタシの耳を甘噛みし、首筋をそっと指先で撫でてきた。体には何やら硬いモノが当たり、そのせいで一気に全身が熱を帯びる。
「え、あ、でも。こんなすぐにスルのは体に負担では?」
「いいや、そんな事はないが、何故そう思うんだ?」
「えっとそれは、その……抱き合った後は、浩二さん……長く寝てしまう事が多いので、なんとなくそうなんじゃないかなと」
「あぁそれでか。あれはすまん、俺はどうやらヤルと眠くなるタイプだったみたいなんだ。だがまぁ体調はすこぶるいいから、それを気にしているんだったら気遣いは不要だぞ。したくないのなら話は別だが」
「そんなことは!」
もちろん嫌ではない。嫌ではないのだが、でもちょっと待って欲しい。
一度目は風呂場で、二度目三度目とが玄関で行為におよび、次はベランダでなど、流石にどうなんだろうか。朝一からまた抱き合うのは大歓迎だが、せめてベッドかソファーに。百歩譲って室内へ戻るくらいはしたいのだが、服の中に温かな手が忍び込んできてしまい、ワタシは咄嗟に口を手で塞いだ。
「良い子だな。そのまま声は我慢するんだぞ?」
ワタシの背後に回り、浩二さんの手が胸の方へと近づいてくる。興奮した様子の彼の姿が愛おしい過ぎて、結局ワタシはこのまま流されてしまったのだった。
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