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○番外編・2○ 先生のお気に入り【八島莉緒エピソード】
家庭科教師がお気に入り③(狸小路透・談)
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森を追われ、人里で暮らすと決めたその日に、遊び半分の子ども達に追いかけられるという、小動物あるあるな定番被害に遭遇した経験が、僕の中でトラウマとして残っている。
同じ日に、清明学園で当時理事長をしていたラウ・カミーリャさんに保護してもらえたのはラッキーだったが、まだちょっと人は怖い。無駄に元気過ぎる人間の子どもとかは、特に。
それなのに僕の勤め先は、子どもだらけの高校だ。事務員なので関わる機会が少なめではあるが、皆無では無いのが難点である。なので僕は『学校で働かないか』と誘われた時点で、無駄に寄りつく人を避ける為、本来の姿から容姿を変えた。高い身長は色々と便利なのでそのままに、肌を皆と同じ色合いにし、狸柄の濃淡と耳や尻尾は当然消す。脂肪を鎧代わりにこの身に纏い、真面目に仕事をして不必要な関心を寄せられないように努めた。そのおかげで勤続十七年、日々穏やかな毎日をすごせている。
——そう言って、実はこっそりひっそりと、一人の人間の女性に恋をし続けていたことは僕だけの秘密だ。
◇
清明学園の噂は、昔から小耳に挟んでいた。『何か困った事があれば、あそこへ行け』と。
この学校は、僕らみたいな存在の駆け込み寺みたいなものだ。平安時代の陰陽師の名を校名として掲げているのだ、そんな場所だろうが不思議はあるまい。
実際多くの人間達に混じって、色々な人外達が生活している。ウチの学校で特化した能力を発揮している者達は大概人外だ。魔物、鬼、精霊と——僕のような妖怪だって揃っているが、それを知るものはごく僅かなので、互いが互いを補佐し合っている。僕は学校関係者という立場から人外達をサポートしつつ、特化した帳簿管理能力を買われて、理事長の金銭管理を数字上だけ任されている身だ。
『能力さえあれば人外だろうが人だろうが、僕は積極的に使いまくるよー。じゃないと、この仕事量をこなしつつ、愛しい妹を追い回すとか無理だからね!』
現在高校を管理する、拗れシスコン理事長はそんな事を言いながら僕を採用し続けてくれているが、実際には全く別の子をじっと監視し続けているのは何故だろうか?人とは不思議なものだ、言ってることとやっている事が見事に違うのだから。
僕は僕で、一目惚れをした相手をずっと目だけで追う毎日を過ごしている。
ラウさんに保護されたあの日。僕が逃げ込んだ裏路地に、時間差で飛び込んできた小さな女の子のが一人いた。将来的に僕の番となった八島莉緒さんだ。
友人達の喧嘩に巻き込まれ、通報によりやって来た警察から逃げて、同じ場所に迷い込んだみたいだったが、あまりにもテンプレ的ヤンキーっ子な格好がラウさんのツボだったらしく、僕と一緒に保護された。形から入る子なのだろう、見た目も行動も、グレ方が古いドラマみたいで実に面白かったのだが、そう思った事は墓場までの秘密にするつもりでいる。
『…… 可愛い』
ラウさんの腕に抱えられながら僕が呟くと、彼は優しく微笑みながら軽く首を横に振った。
『ダメだよ、彼女はまだまだ子どもだからね。大人になるのを待とうか』
そうか、子どもか。
確かに小さいもんな、残念だけど仕方が無い。僕もまだ成獣じゃないし、お互いに大人になってからアプローチをしよう。
そう心に決めてずっと待つ。
学生の間の七年を、同じ学校へ就職して来てくれてからの十年も。
おかしいなぁ、いつになったら大きくなるんだろうか?小さいままだぞ?
人間って育つのに時間がかかるんだろうか。
いつになったら番になってって、言ってもいいんだろう?
最初のうちは待つのが楽しくって、いつか彼女と番になれる日を夢見ていたが、段々と自分の選んだ容姿では一部のコアな方々にしかウケが悪い事に気が付き、それからは番を夢見る事をやめた。八島さんが、大きくなるのを待つことも…… 。
ただ遠くから見ているだけで幸せだった。
『片想いは最高の愛の形』だなんて、現在の理事長であるロイさんの言葉を最近まで本気で信じていたせいもある。
小さいけど、可愛いなぁ。
差し入れてくれる料理も美味しいし、いつも笑顔で元気な子どもだけど、五月蝿くないから怖くない。
容姿に対しても揶揄しないでくれ、バレンタインデーには毎年大きなチョコまで贈ってくれる。
…… でもダメだ、期待なんかしちゃいけない。いつかあの子が大人になって、僕の事を番として受け入れてくれるなんて、思う事すら彼女に失礼だ。
——なのに、どうしてだ。
何故僕は、八島さんを腕に抱きかかえて保健室まで行ったんだ?
脚に触れ、持ち上げて包帯を巻き、至近距離で芳醇な香りが鼻腔を擽る距離まで近寄っているなんて、有り得ない。
落ち着け、落ち着け、普通に話せ。
穏やかに、ゆっくりと。
好きだという気持ちは絶対に隠せ。
笑顔に惹かれるな、小さなこの子はまだ子どもだ、子どもなんだから!
必死にそう言い聞かせていたのに、唇に温かくて柔らかな感触が触れた瞬間、僕の中で色々な感情が膨らみ、割れた。
何故?何で?わからない、子どもじゃないんですか?君は。
あぁ無理だ。理解を越え過ぎて、姿を保っていられない。
どうしよう、どうしたらいい?
次の瞬間僕は、一番やっちゃいけない事をしていた。逃げたのだ、彼女から、全力で。
言い訳もせず、理由も説明せず、八島さんへの募る想いも告げぬまま、脱げた服をそのままに扉を頭突きで破壊し、巣まで一目散に。
それなのに今、僕の腕の中で八島さ——莉央さんが眠っている。穏やかな寝息をたて、服も一切着ていない。この幸せは、全ては全て彼女が行動を起こしてくれたおかげだ。
僕からは一生無理だった。
愛してもらえるなんて有り得ないという、愛しているくせに傷つきたくない思いが強く、憶病な自分の心を守る為の言葉の鎧は恐ろしいまでに頑丈で強固で、そんなモノを破壊するキッカケなんか、この身の中には微塵も存在していなかったのだから。
目の前にある大きな胸はどう見たって大人のモノなのに、彼女を『まだ子どもだ』と思い込んでいた三日前の僕は頭がどうかしていたな。
僕の胸の中に居る彼女をそっと抱きしめ、汗でくしゃくしゃにさせてしまった髪に頰を寄せる。やっと手に入れた番を一生大事にしようと心に決め、僕は瞼をゆっくりと閉じた。
番を向かい入れる巣の用意と、子育ての心構えも必要だ。親代わりになってくれているカミーリャ家へも報告しないと…… 。
そうだ、不要な虫が八島さんに寄り付かないよう、僕の容姿も彼女に見合うようにしないと。
あぁ…… 明日から忙しくなりそうだ——
【終わり】
同じ日に、清明学園で当時理事長をしていたラウ・カミーリャさんに保護してもらえたのはラッキーだったが、まだちょっと人は怖い。無駄に元気過ぎる人間の子どもとかは、特に。
それなのに僕の勤め先は、子どもだらけの高校だ。事務員なので関わる機会が少なめではあるが、皆無では無いのが難点である。なので僕は『学校で働かないか』と誘われた時点で、無駄に寄りつく人を避ける為、本来の姿から容姿を変えた。高い身長は色々と便利なのでそのままに、肌を皆と同じ色合いにし、狸柄の濃淡と耳や尻尾は当然消す。脂肪を鎧代わりにこの身に纏い、真面目に仕事をして不必要な関心を寄せられないように努めた。そのおかげで勤続十七年、日々穏やかな毎日をすごせている。
——そう言って、実はこっそりひっそりと、一人の人間の女性に恋をし続けていたことは僕だけの秘密だ。
◇
清明学園の噂は、昔から小耳に挟んでいた。『何か困った事があれば、あそこへ行け』と。
この学校は、僕らみたいな存在の駆け込み寺みたいなものだ。平安時代の陰陽師の名を校名として掲げているのだ、そんな場所だろうが不思議はあるまい。
実際多くの人間達に混じって、色々な人外達が生活している。ウチの学校で特化した能力を発揮している者達は大概人外だ。魔物、鬼、精霊と——僕のような妖怪だって揃っているが、それを知るものはごく僅かなので、互いが互いを補佐し合っている。僕は学校関係者という立場から人外達をサポートしつつ、特化した帳簿管理能力を買われて、理事長の金銭管理を数字上だけ任されている身だ。
『能力さえあれば人外だろうが人だろうが、僕は積極的に使いまくるよー。じゃないと、この仕事量をこなしつつ、愛しい妹を追い回すとか無理だからね!』
現在高校を管理する、拗れシスコン理事長はそんな事を言いながら僕を採用し続けてくれているが、実際には全く別の子をじっと監視し続けているのは何故だろうか?人とは不思議なものだ、言ってることとやっている事が見事に違うのだから。
僕は僕で、一目惚れをした相手をずっと目だけで追う毎日を過ごしている。
ラウさんに保護されたあの日。僕が逃げ込んだ裏路地に、時間差で飛び込んできた小さな女の子のが一人いた。将来的に僕の番となった八島莉緒さんだ。
友人達の喧嘩に巻き込まれ、通報によりやって来た警察から逃げて、同じ場所に迷い込んだみたいだったが、あまりにもテンプレ的ヤンキーっ子な格好がラウさんのツボだったらしく、僕と一緒に保護された。形から入る子なのだろう、見た目も行動も、グレ方が古いドラマみたいで実に面白かったのだが、そう思った事は墓場までの秘密にするつもりでいる。
『…… 可愛い』
ラウさんの腕に抱えられながら僕が呟くと、彼は優しく微笑みながら軽く首を横に振った。
『ダメだよ、彼女はまだまだ子どもだからね。大人になるのを待とうか』
そうか、子どもか。
確かに小さいもんな、残念だけど仕方が無い。僕もまだ成獣じゃないし、お互いに大人になってからアプローチをしよう。
そう心に決めてずっと待つ。
学生の間の七年を、同じ学校へ就職して来てくれてからの十年も。
おかしいなぁ、いつになったら大きくなるんだろうか?小さいままだぞ?
人間って育つのに時間がかかるんだろうか。
いつになったら番になってって、言ってもいいんだろう?
最初のうちは待つのが楽しくって、いつか彼女と番になれる日を夢見ていたが、段々と自分の選んだ容姿では一部のコアな方々にしかウケが悪い事に気が付き、それからは番を夢見る事をやめた。八島さんが、大きくなるのを待つことも…… 。
ただ遠くから見ているだけで幸せだった。
『片想いは最高の愛の形』だなんて、現在の理事長であるロイさんの言葉を最近まで本気で信じていたせいもある。
小さいけど、可愛いなぁ。
差し入れてくれる料理も美味しいし、いつも笑顔で元気な子どもだけど、五月蝿くないから怖くない。
容姿に対しても揶揄しないでくれ、バレンタインデーには毎年大きなチョコまで贈ってくれる。
…… でもダメだ、期待なんかしちゃいけない。いつかあの子が大人になって、僕の事を番として受け入れてくれるなんて、思う事すら彼女に失礼だ。
——なのに、どうしてだ。
何故僕は、八島さんを腕に抱きかかえて保健室まで行ったんだ?
脚に触れ、持ち上げて包帯を巻き、至近距離で芳醇な香りが鼻腔を擽る距離まで近寄っているなんて、有り得ない。
落ち着け、落ち着け、普通に話せ。
穏やかに、ゆっくりと。
好きだという気持ちは絶対に隠せ。
笑顔に惹かれるな、小さなこの子はまだ子どもだ、子どもなんだから!
必死にそう言い聞かせていたのに、唇に温かくて柔らかな感触が触れた瞬間、僕の中で色々な感情が膨らみ、割れた。
何故?何で?わからない、子どもじゃないんですか?君は。
あぁ無理だ。理解を越え過ぎて、姿を保っていられない。
どうしよう、どうしたらいい?
次の瞬間僕は、一番やっちゃいけない事をしていた。逃げたのだ、彼女から、全力で。
言い訳もせず、理由も説明せず、八島さんへの募る想いも告げぬまま、脱げた服をそのままに扉を頭突きで破壊し、巣まで一目散に。
それなのに今、僕の腕の中で八島さ——莉央さんが眠っている。穏やかな寝息をたて、服も一切着ていない。この幸せは、全ては全て彼女が行動を起こしてくれたおかげだ。
僕からは一生無理だった。
愛してもらえるなんて有り得ないという、愛しているくせに傷つきたくない思いが強く、憶病な自分の心を守る為の言葉の鎧は恐ろしいまでに頑丈で強固で、そんなモノを破壊するキッカケなんか、この身の中には微塵も存在していなかったのだから。
目の前にある大きな胸はどう見たって大人のモノなのに、彼女を『まだ子どもだ』と思い込んでいた三日前の僕は頭がどうかしていたな。
僕の胸の中に居る彼女をそっと抱きしめ、汗でくしゃくしゃにさせてしまった髪に頰を寄せる。やっと手に入れた番を一生大事にしようと心に決め、僕は瞼をゆっくりと閉じた。
番を向かい入れる巣の用意と、子育ての心構えも必要だ。親代わりになってくれているカミーリャ家へも報告しないと…… 。
そうだ、不要な虫が八島さんに寄り付かないよう、僕の容姿も彼女に見合うようにしないと。
あぁ…… 明日から忙しくなりそうだ——
【終わり】
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