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○番外編・2○ 先生のお気に入り【八島莉緒エピソード】

家庭科教師だって恋をしたい⑤(八島莉央・談)

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 そわそわとした面持ちで、狸小路さんが床に敷いた座布団の上で正座をしている。
 ワンルームなうえにベットや棚が室内にそこそこ置いてあるせいで、座れる場所など限られているので、失礼ながら私はベットの上に。彼はそのすぐ側に、巨体を小さくさせながら座っているのだが、部屋が狭くて居心地が悪そうだ。背中はカーテンにぶつかり、棚とベットに挟まれていて脚も伸ばせない。一番広いのはベットの上だが、そんな場所を譲ったとしても、真面目なタイプである狸小路さんは決してそんな場所には座らないだろう。
「すみません、ウチ狭くって。次の機会には引っ越しておきますんで…… 」
 申し訳ない気持ちいっぱいに、ベットの上で私も彼に習って正座をする。軽く頭を下げて謝罪をすると、狸小路さんはひどく驚いた顔に。
「へ?あ、や、わざわざそんな!」
 手を横に振って『いやいやいや!君何言ってんの!』と言いたげに焦られてしまった。コレは告白のお断りに来た、と取るべきか。

 あーやっぱ無理かぁ。でも…… 諦めたく何か無いなぁ、実って欲しいなんていうワガママは言わないから、せめて諦められるようになるまでは想うことだけでも許して欲しいものだ。

 諦めの境地が見える気がする。だけど、今までの十年間に対して後悔は無いし返して欲しいとも思わない。楽しい時間をありがとう、そして出来ればこれからも——
 一人で勝手にそんな事を思っていたのに、狸小路さんが持ち出してきた話題はちょっと予想とは違っていた。
「…… バッチリ見ちゃいました、よね。その…… 僕の逃走シーン…… 」

 はい。そりゃもうバッチリしっかりと。

 だが、はっきりそう言ってしまっていいものか少し悩ましい。
 見たと言っていっそ脅したい気持ちがあるが、相手は化け狸っぽいので、私がサクッと始末される可能性だって捨て切れない。愛しい人にされるのならばソレもアリかもしれないが、記憶だけ消されては堪ったもんじゃない。

 ならば見ていないと答えるか?

 明らかにそれは嘘で不誠実な気がする。関係性を失いたく無いが故の答えだと、きちんと読み取ってもらえるかも心配だ。

 さて、君ならどうする?——と、ゲームの選択肢でも提示されたような気分になってきた。

「何も八島さんが嫌いで逃げたんじゃ無いんです…… ただ、その、驚いちゃって」
 顔を赤く染め上げ、狸小路さんがバッと両手で顔を覆った。照れる姿が熊っぽくて可愛らしいとか思ったが、照れる熊など見た事も無かった。
「怖かったでしょう?今もきっと…… 黙ったままなのは、そのせいですよね」
 両手で顔を覆ったまま、彼が項垂れていく。見えなくても顔色が悪い事が安易に読み取れた。
「いえ、始末されちゃうのかな?とか、記憶取られちゃう?って不安はありますけど、狸小路さんが怖いとは思っていないですよ」
 可愛らしい彼を少しでも間近で見たくって、ベットの上に手をつき、前のめりになった狸小路さんにそっと近寄った。

「僕、そんな能力ありませんよ⁈」

 慌てて顔を上げ、彼が叫ぶ。そのせいですぐ目の前で視線が合い、お互いに固まってしまった。近寄りすぎた…… だが、視界いっぱいに広がる狸小路さんの顔は、やっぱり可愛い。
「ご、ごめんなさい。こんなに、近い、とは思わずに…… 」
 あと数センチ。頭をちょっとでも動かせばキスだって出来ちゃうかもしれなかった距離だったのに、狸小路さんがゆっくりと後ろへと下がっていってしまった。
 心の中だけで舌打ちをし、「いえ、こちらこそすみません」と形だけの謝罪をする。置き土産として、最後にもう一度キスが欲しかったのだが、残念だ。
「無いなら、安心してはっきりお伝えしておきますね。バッチリ見ちゃいましたよ、狸姿で尻尾を揺らしながら逃走する姿。あの後少し大変だったんですよ?保健医の矢吹やぶき先生に扉が壊れてる理由を訊かれても、上手い言い訳が浮かばなくって。結局理事長に泣きついたんですから」
「理事長は僕の正体を知っているんで、それで正解ですね」
「そうなんですか?なるほど、だから『狸小路さんが壊しちゃって』としか言わなかったのに、その後はあっさりと処置してくれた訳だ」
 納得し、ぽんっと手を叩く。
 理事長を保健室までスマホで呼び出し、簡単に耳打ちをして説明をしたら、『彼かー。なら、しょうがないねぇ。可愛い先生に迫られて、色々驚いちゃったのかな?あはは!』何て言われた時は『どこまで知ってるんだコイツは!』と、こちらが焦ったが、正体を承知済みであるからの発言だったのか。

「…… お察しの通り、僕は…… 狸です。古来から続く化け狸の一族で、土地開発で住処を失い、仕方なく人里で暮らす事になったパターンの一匹です」
「お話なんかでもよく聞くやつですね。ガチで存在するとは思ってませんでしたが、居るんですねぇ流石にビックリですよ」
「僕は運良く仕事も手に入り、人里での暮らしにも馴染んでかれこれ十五年くらい経つのですが…… 今まで一度もあんな失敗しなかったのに…… うぅっ!」
 せっかく見えていたお顔が、また両手に覆われてしまった。
「私がキスなんかしたせいですよね、すみません」
「あ、謝らないで下さい!後悔しているなら、別ですが、そうじゃないなら…… その…… 僕的には、嬉しかったんで…… 」
 ゆっくりと顔から手を離し、恥ずかしそうにそう言ってもらえたが、視線は横に逸らされたままだった。
「じゃあ、もしかして…… 私とのお付き合いはOKって感じだったりします?」

「そ、そ、それは無理でしょぉぉぉ!田舎狸な僕何かじゃ、八島先生みたいに素敵な女性とつがいになんか、とてもじゃないですけど不釣り合いです!」

 もげて飛んでしまいそうなくらい、狸小路さんが首を横に振る。
 拒否はされたが、この感じだと好意は持ってもらえている気がするので良しとしよう。

 だって、コレはちょっと押せばいけるでしょ。うん、そんな気がする。

「私は、かれこれもう十年近く狸小路さんの事を好きで、それとなーく細々とアピールもしてきたりしたんですが、それでもダメですか?」
「…… や、でも…… 僕もまぁ…… でしたけど、だけど——だし、でも…… 」
 もごもごと何かを言っている感があるが、ちょっと上手く聞き取れない。
「…… ほ、本気で言っていますか?だって——」と言って、狸小路さんが自分の手に視線をやったかと思うと、脚やら腹やらを見渡して「僕、コレですよ⁈」と言い、不信感たっぷりの顔になった。
「まぁ、確かにぽっちゃりはしてますけど、それも個性かなぁと。むしろ、今だったら私がもっと育ててあげたい的な?お腹とかもふもふしたいなーとか」
「…… し、信じられない。人から距離を取ろうとこの姿だったのに…… それでも興味を持つ人がいるなんて」
 がくりと狸小路さんの体が崩れ、床に手をついてその身を支える。
 そこまでショックか?と不思議に思っていると、への字口をしながら急に私の方へ顔を向けてきた。
「八島先生は僕の、この姿が好き、なんですか?それとも中身的な一面だったりします?」

 僕のどこが好き?だなんて、ちょっとカップルの問答みたいで照れてしまう。

「も、もちろん中身ですけど。見た目も別に…… 悪いとは思いませんよ。どこもかしこも柔らかそうで、存在自体がもうぬいぐるみ的癒しに近い方だなぁと」

「——この姿を見てもまだ、そんな事が言えますか?」

 困り顔をしながら、狸小路さんが首を軽く横に振る。
 すると、保健室で見た時みたいに頭から愛らしい丸い獣耳がにょきりと髪の中から出てきて、大きくて太い尻尾がずるりと背後に現れた。
 肌の色は段々と褐色へと変わり、目の付近から鼻の横辺りや手などは他の箇所よりも少し色が濃い。髪は黒から焦げ茶色へと変わり、獣耳の裏側だけが黒っぽいままで、狸の柄をそのまま人の形にぺたりと貼り付けたみたいな感じがちょっと素敵だ。

 前みたいに狸の姿をまた見せてくれるものだと思ってじっとしていたのだが、肌が毛だらけに変わりる気配は無く、身に纏う大量の脂肪だけがどんどん消えて細くなっていく。身長はそのままなのに体や顔周りだけがシュッと細くなり、『アレ?…… 前と何か違う』と私が気が付いた時には、ちょっと風変わりなイケメンが目の前に現れた。
 先程までは丁度良かった服が今はブカブカで、首回りから胸筋が覗いて見えるが、ソレがやけに逞しい。全てを脱がずとも、その奥には筋肉質な体が隠れているのが見て取れる。

「…… マジかよぉ…… 」

 長い時間をかけてジワジワと、愛しい貴方のせいで私はデブ専になったというのに、その時間を返してくれと叫びたい気持ちになってしまった。
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