上 下
75 / 83
○番外編・2○ 先生のお気に入り【八島莉緒エピソード】

家庭科教師だって恋をしたい③(八島莉央・談)

しおりを挟む
 階段から舞うように落ち、片思いの相手である狸小路さんに抱きとめてもらえたあの日から、三日が経過した金曜日。
 私は今、家庭科室で黙々とボウルに入る卵をミキサーを使って混ぜ続けている。側には仲良しの華先生がナイフを片手にフルーツを綺麗にカットしてくれていて、芸術品に近い細工を施してくれているのだが、いつものようには止める気になれずに好きにさせる。
 林檎だったはずの物は今にも羽ばたきそうなスワンに、複数の蜜柑は先程見事な噴水へと姿を変えた。まだお菓子が出来上がらなくって暇なのだろうが、ここまでやる意味がわからない。
「すごいね。でも何に使うんだい?」と訊く事はかろうじて出来た。
「そうねぇ、写真にでも撮ろうかしら。クラスの生徒に見せたら喜んでくれると思わない?」
「うん、かなり高評価もらえると思うよー」
 普通に受け答えはするが、実のところ頭の中は三日前の出来事でいっぱいだ。

 ——最初は夢かと思った。
 人が動物になどなるはずが無いのだから。
 だけど、目の前には壊れた扉が転がり、それを見た保健室の先生に何事かと問われ、翌日には目が合っただけで気不味そうに私を避ける狸小路さんの様子を見て『アレは現実だ』と悟ってしまった。

 狸小路さんって…… 狸だったんだぁ。

 人に化け、この学校で勤務する理由など私には思い付きもしないが、ど直球な名前がちょっと可愛く思えてしまう。

 マジで存在してたんだねぇ、人外って。

 何アレ怖いという気持ちより、無知だった自分を恥じた。きっと彼の人柄を知っているからだろう。少なくとも、他者に害をなす為に人里で暮らしている訳では無いと想像がつく。
 だが、狸小路さんの正体を知ってしまった今、自分がどうするべきなのかが見えない。
 誰かに相談でも出来れば答えを探せるような気がするが、事が事なだけに話す相手がいない。同じように人外はこの世にも居ると知っている人ならば話せるだろうが、そんな人が世の中にどれ程いるんだろうか?

「んー…… 」
 かき混ぜながら、何度も唸り声をこぼす。するとミキサーの音に掻き消されたものと思っていたのに、華先生に「どうかしましたか?」と訊かれてしまった。
 ここは『何でもないよ』と誤魔化してしまうのが正解だろう。そうわかっているのに、毎夜悩んで寝付きが悪くなっているせいか、上手く言葉が出てこない。
 今日は瀬田先生も居ないし、彼女ならばどんな話をしようが、女同士の恋バナレベルで流してくれるのでは?という気がしてくる。
 だが『コレはね、友人から聞いた話なんだけどぉ』という出だしは失敗しそうだ。そういう始まりの話は大概本人の相談だとバレるのが世の常だ。ならばどう話を誤魔化しつつ持ちだろうか?

 あ、そうだ——

「いやさぁ、この間変にリアルな夢見ちゃったんだよ」
「夢、ですか。たまにありますよねぇそういった夢って」
 華先生の反応を見て安堵する。良かった、導入としては正解っぽい。コレならば、どんなにオカシな話をしようが『夢だしね』で済むはずだ。
「…… 狸小路さんがさぁ狸に変身して、私の前から走って逃げてくって内容だったんだけど、いやーすごくリアルで忘れらんないのなんのってもう」
 華先生は私が狸小路さんに相手に片想いをし続けている事を知っている為、何処の誰とわざわざ説明する必要が無いのがありがたい。信楽焼かよってくらいに太っている彼を初めて見た時も、『アレが好きとかあり得ないっしょ』なんて、私を馬鹿にもしないでくれたのも嬉しかった。
「それはインパクトありますね。しかも狸って、名前の通り過ぎて正夢だったりして!」
「んな訳ないっしょー。あはははは、は、はは…… 」

 そう言った私の様子を見て、一瞬だけ華先生の動きが止まり、目が少し見開かれた気がしたが…… き、気のせいだよね?

「もし、それが正夢だったらなんて、考えたりしましたか?」
「…… え。えっと、それは…… マジで狸小路さんが、化け狸だったらどうするの?って事かい?」
「えぇ、そうです。ちなみに私は、アリだと思いますよ。だって、可愛いじゃないですか、好きな相手が狸さんだったーなんて」
 ニコニコと笑う華先生の顔が少し子どもっぽい。本心から言ってくれているのが伝わってくる。
「華先生は、妖怪とか妖精とか、そういったもの好きなのかい?」
「えぇ、大好きです!ファンタジーの本もよく読みますしね」
 すごい勢いで話に喰いついてきた。
「なので、もし狸小路さんが狸だろうが、生徒の中に妖怪が居ようが鬼が居ようが、そんな学校も面白いかもって思ってます。まぁ校則違反だけは勘弁して欲しいですけどね」
「あははーわっかるー。先生って立場としては、そこすごく大事だよねぇ」
 ハンドミキサーの動きを止めて、ボウルの中に小麦粉を混ぜていく。五月蝿い音が消えてくれて、少し話し易くなった。
「…… 八島先生は、狸な狸小路さんはお嫌いですか?」
 不安そうな顔で問われ、ちょっと手元の動きが止まってしまった。まさか、リアルの話だと気付かれてなんていないよね?と不安になるが、ここから話を逸らす方が不自然だろう。
「んーそうだなぁ、例え彼が人じゃなくっても、先に中身を好きになっちゃってるから、あのままの性格なんだったら、やっぱりこの人が好きだなぁって思う気がするよ。あ、この場合は狸が好きって言うべきなのかな?」
「いいんじゃないですか?そんな細かい事は」
「よかった、ありがと。…… まぁ、私は元々デブ専って訳じゃ無かったのに、そんな私をそっちの道に引き釣り込んだような人だからね。もし正体は狸でしたーとか言われても、今度は人外スキーになって終わるかもね!」
「それはそれで、面白くっていいんじゃないですか」
「そう思う?ありがとー」
「…… まぁ結局は、相手を自分がどう思っているかが問題ですからね。『それでも』って思えるなら、種族がどうとかは関係無いと思いますよ」
 達観したような眼差して語る言葉が、妙に胸に響く。まるで体験者の意見みたいだ。
「そっかぁ。そうだね、うん」
 私の言葉に対し、華先生が微笑みだけを返してくれる。
 コレ絶対に実際にあった話だなとバレてるなぁとは思ったが、互いに深く追求をしたり、語ったりもこの後にしたりはしなかった。

 スポンジケーキを焼き上げ、生クリームでデコレーションをする。大きめで存在感のあり過ぎるフルーツ細工のスワンだけを上にのせると、二人で一緒に完成したケーキの写真を撮って、違う話題に花を咲かせながら放課後をすごした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

下品な男に下品に調教される清楚だった図書委員の話

神谷 愛
恋愛
クラスで目立つこともない彼女。半ば押し付けれられる形でなった図書委員の仕事のなかで出会った体育教師に堕とされる話。 つまらない学校、つまらない日常の中の唯一のスパイスである体育教師に身も心も墜ちていくハートフルストーリー。ある時は図書室で、ある時は職員室で、様々な場所で繰り広げられる終わりのない蜜月の軌跡。 歪んだ愛と実らぬ恋の衝突 ノクターンノベルズにもある ☆とブックマークをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

うちの娘と(Rー18)

量産型774
恋愛
完全に冷え切った夫婦関係。 だが、そんな関係とは反比例するように娘との関係が・・・ ・・・そして蠢くあのお方。 R18 近親相姦有 ファンタジー要素有

処理中です...