インキュバスのお気に入り

月咲やまな

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第三章

【第四話】先生達の井戸端会議④

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「わ、私は……私が、結婚したい理由は——」
 華が言葉を詰まらせた。『結婚したい理由』を、誰に対しても、今まで頑なに言わずに避けてきたせいか、いざ胸の奥に抱え続けている『願い』を言の葉にのせようと思っても、そうなかなか上手くはいかない。
「みょ、みょう……」
「みょう?」と言い、八島が首を傾げた。『みょう』から始まる、婚活理由が瀬田も八島も思い浮かばない。

「自分の、苗字が、嫌いなのよ……」
「…… 苗字」

(ん?あれ?苗字?華先生の、苗字……何だっけ)

 八島が口元に手を当てて、唸りながら悩む。
「すまない、華先生の苗字を思い出せないんだが……」
 瀬田も天井を見上げながら思い出そうと試みたのだが、彼も華の苗字が頭に浮かばない。自己紹介を聞いた記憶はあるのだが、何度振り返ってみても彼女が苗字を口にしたシーンにだけ雑音が入る。
 生徒も先生も、それどころか保護者達まで華の事は『華先生』と呼んでいるため、誰かの口からも彼女の苗字を聞いたことすらない事に、彼らは年単位で気が付かないでいた事にも、今更とても驚いた。

「……————よ」

 目の前ではっきりと言われたのにやっぱり聞き取れない。声が小さかった訳でもなければ、口ごもっていた訳でもないのにだ。
「ごめんね、もう一度言ってもらってもいいかな。どうしてか聞き取れないの」
 瀬田だけでなく、八島も聞き取れなかったみたいだ。
「俺も頼む」
 二人に頼まれ、華が観念した。を必死に押さえ込み、だけどとは思いながら、彼女は口を開いた。

「あ、徒結あだむすっていうの……。徒花あだばなの“徒”に、“結ぶ”と書いて、“徒結”よ」

「……えっと、それは、かなり個性的な苗字だから、嫌だとかなのかな?」
「えぇ、そう。だって私は生まれも育ちもこの街の、生粋の日本人よ?なのに外国の名前みたいな苗字なうえに、苗字から名前までの流れも酷く聞こえも悪いとか、許せないわ。変よ、似合わない、可笑しいわ!」

(徒結華……まぁ確かに、語感はかなり悪いな。“ハナ・アダムス”ならまだしも)

 瀬田は、華が苗字が嫌いな理由を聞き、ちょっと納得してしまった。
 自分は違うが、風変わりな名前や苗字というのは、案外厄介なものなのだろう。『読めない』とか『変な苗字だ』とか、今までに色々言われてきたのかもしれない。華は国語の教師でもあるし、音の流れの悪さが人一倍許せないタチだったので余計に苗字への嫌悪が強かった。
「ご先祖がヨーロッパの方から来たそうで、ウチはこの苗字らしいわ。それはいいの、仕方ないわ。——でも好きじゃないのよ。コレばっかりはもう、好みの問題なので妥協も出来ないわ。そうなるともう、せっかく女性として生まれたのだし『結婚して違う苗字にならねば』と考えたの。コレが、私が結婚したい理由よ。一秒でも早く、この苗字を捨ててしまいたいわ……」
「な、なんていうか、結婚したい理由って、ホント人それぞれなんだねぇ」

(はーびっくりだよ。なんつうか、どっちも一風変わった理由だねぇ)

 ほえぇと変な声をこぼしながら、八島の口が開けっ放しになった。

 “自分の苗字が嫌いだ”という理由で、結婚したい華。
 “幼妻が好きだ”という、瀬田。

 こりゃどっちも大変そうだなぁ……と、八島は思った。
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