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第二章

【第六話】『瀬田浩二』という名の災難⑥ (ウルカ・談)

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「初めまして、俺の女王様…… 」
 キュッと抱きしめてくれる手が、腕が、背中がとても温かい。気持ちいい…… コレが抱き合うって事なのか。いつも夢を覗き見して喰べるだけだったから、抱擁など所詮夢物語でしかなかったので、こんなに幸せな気持ちになるものだとは想像もつかなかった。

 何これ…… すごい。すごいって!ホントすごいんですけど!
 あぁぁぁ、物凄いスピードで私の語彙力低下するっ。

 好きな相手に後ろから抱き締めてもらえる幸せを噛み締め、喜びに打ち震えながら彼の腕に手を添える。

 魅了が効いたのかな?時間差で?
 でも…… そんな事、あり得るの?
 魅了効果が強いからなのかな、姿をしたワタシでも抱き締めてくれるなんて。
 でもどうしよう…… こんな姿じゃ何も出来ないわ。
 何より…… 瀬田さんが楽しくないだろう。

 腕が当たる自分のまな板胸を見て、最高潮まで上がっていたテンションがガクンと下がる。腰は寸胴だし、細い脚は痩せ細っていて色々挟めない程にスカスカだ。兄のカシュみたいにもっと本体の成長に魔力を配るべきだったわと今更激しく後悔した。
 愛しい人に逢った時の為、魔力を貯めに貯めてきたワタシの本体はとても痩せていて、背も低く、子供にしか見えない。自慢出来るのなんて腰まである金色のロングヘアくらいなものだ。

 どうにかして魔力を手にし、さっきの姿に戻らないと——

「あ、あの…… 瀬田さ、ん」
「なんだ?」と訊く声が優しい。同僚や生徒相手にだって、こんなふうでは無かった。

 …… は、初めて聞く声だ。

 そう思うだけで嬉しくなる。
「ワタシを…… だ、抱いてなんて…… くれ、くれませんか?」
 口元を震わせ、眉間にしわを寄せながら、小声ながらも懇願してみた。
 こんな姿で頼むような内容じゃないせいで、言っていてすごく恥ずかしい。

 もうヤダ、ほんとに死にたい。
 人生の最高潮の今、湯船に沈んで溺死しちゃうとか案外イイかもしれないわ。

「…… そうか、それは意外だな。むしろ『触るな、やめてくれ』と言われるかと思ったんだが」
 うっとりとした声色で、瀬田さんがワタシの髪の毛を一房持ち、優しくキスをしてくれる。たったそれだけの事でも胸がキュンッとして、心がくすぐったい。

 魅了万歳!
 素の姿のままでもこうやって優しくしてもらえるんだもの。
 呪われていようが、サキュバスって案外最高ねっ!

 下がってた気分が難なくまた上がる。彼の行動一つでこうも気分が上下するなんて、恋とはなんと恐ろしいモノなのだ。
「俺のことは浩二と呼んでくれないか、ウルカ。お前は俺と、夫婦になりたいんだろう?」
 そう言って瀬…… こ、浩二さんは、ワタシの微塵も存在感の無い胸をそっと手で包んだ。
「あ…… 」
 触れてもらえて嬉しい反面、申し訳ない気持ちにもなり、顔色が沈む。だけど頭の上から感じる浩二さんの吐息は熱く、雑になってる。魅了の効果がかなり効いているみたいだ。
 指先が尖りを摘み、くいっと弄り始め、ワタシの呼吸も荒くなってきた。
「薄い色をしているな…… 桜みたいで綺麗だ」
「…… や、は…… はずか…… し」
「ウルカはとてもいい匂いだな…… この香りは、林檎か?」
「何も…… つけて、無いですぅ」
「そうか、コレは…… ウルカ自身の香りか。こんなに素晴らしい芳香を天然で纏うとは、流石は『女王様』だな」
 こちらの反応を見つつ、余裕たっぷりに彼が呟く。
 これでは一方的過ぎて淫魔としてな情けな過ぎるわ。『抱いて』と言いはしたが、淫魔は淫魔らしく、もっと攻撃的に相手を堕としていかねば名折れとなってしまう。だが、元来の性格が災いして、される一方のままだ。指で捏ねられ続け、胸の尖りがすっかりピンと立ってしまっている。肌は汗ばみ、体が歓喜に震え、全然主導権を握るチャンスすら見えない。
「こんなに小さくっても、ウルカはちゃんと女なんだな」
 耳朶を噛みつつ、浩二さんが囁いた。
「うあぁぁ!」

 耳弱いんです!許して下さいぃぃ。

 思うも言葉にならず、代わりに耳の少し上から大きな黒い角が、尾骨辺りからは細長い尻尾がにょきりとあられもなく飛び出してしまった。…… コレらを隠す微々たる魔力すらも、とうとう枯渇したみたいだ。
「あ…… あぁ…… 」

 ど、どうしようどうしようどうしよう——

 本体を見せてしまっただけじゃ済まず、角と尻尾アリな完全体まで晒してしまった。もう駄目だ、終わった、死ぬ。社会的に抹殺される!
 お願いです、許して!と訴える眼差しをしたまま振り返る。すると彼はちょっとビックリした顔をしてはいたが、ワタシを咄嗟に罵倒したり、突き放したりはしないでくれた。
「あの…… こ、浩二さ…… 」
 恐る恐る声をかける。
 すると、浩二さんが「あぁ」と一度頷きワタシの角に優しく触れてきた。
「行動といい、角や尻尾の形状、美しい容姿…… お前はサキュバスか?」
「わ、わかるんですか⁈」
「コレだけヒントがあれば推測など容易いからな。そうか、やっと見付けた俺の嫁はサキュバスか。実にいいな、面白い」
 うんうんと何度も頷き、浩二さんはワタシの角を撫でながら、チュッとキスをしてくれた。
「…… 怖くは無いんですか?だって…… あ、悪魔ですよ?下級だけど」
「お前は、この身だけじゃなく魂も喰らうのか?だったら、流石にちょっと遠慮したいが」
「い、いえ…… 魂とかは別に。ワタシ達は種族柄、人の色欲とか性欲が好物なので」

「つまり、俺を抱きたいと」

 ニッと笑われ、もうワタシの心は完全に堕ちた。
 絶対に今上を見たら全裸の小さな天使がニヤニヤと笑いながら、ワタシの心臓をハートの矢で撃ち抜いているところが見れる!——気がする。

「は、はい!サキュバスですけど、わ…… 私が悪魔でも…… 結婚してもらえますか?」
「あぁ、喜んで」

 浩二さんは考え悩む事なく、さらっと二つ返事をプレゼントしてくれた。
 …… 長生きってするものですね。
 ホント今まで生きる事を放棄しないできて良かったと、こんなに思える日が来るとは!
 たとえこの先き、この人と同じ寿命になろうとも…… ワタシは後悔しないだろう。
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