インキュバスのお気に入り

月咲やまな

文字の大きさ
15 / 83
第一章

【第十四話】理事長室へ・後編(華・談)

しおりを挟む
「仕事中に突然呼んでしまってすまないね。どうしても君に話しておかないといけない事があって」
「あ、いえ。問題ありません」
 不覚にも両面開きをしてしまったドアをそっと閉め、理事長室の中へ入る。大学を卒業してすぐこの学校に採用されてかれこれ勤続六年目になるのだが、この部屋には始めて入った。
 何というか……貴族の私室?執務室ってこんな感じなのかしら、と思う程に豪奢な内装をしている。金色がやけに多く、差し込む夕陽で無駄に輝きを放っている。真っ赤なベルベット風のカーテンは重厚感があり過ぎてなんだか凄く重たそうだ。なのに成金っぽくないのはきっと、全てが本物の高級品だからなのだろう。
 大きな窓を背にし、廊下側を向く形で大きな机が置かれ、机と廊下の間には応接セットが一式置かれている。そこには一人、ウチの学校の制服を着た金髪の少年が座っており、私は反射的に『生徒からの苦情か!』と眉間にシワを寄せてしまった。
「まずは君も、そこに座ってくれるかい?」
「は、はい!」
 背筋を正し、応接用のソファーに座る。緊張してしまうせいで心臓がうるさく、怖くて対面に座る少年の顔が見られない。
「……緊張しているのかな?」
「い、いえ。平気です。どんな話でもしっかりと受け止めますので、お聞かせ頂けますか?」
 真面目な顔をし、カミーリャ理事長へ視線をやった。背筋を正し、二の句を待つ。だが理事長はちょっと不思議そうな顔をしてから、すぐにくしゃりと顔を崩して笑い出した。
「あははは!華先生は何か勘違いをしているね?大丈夫、生徒からの苦情とかでは無いよ。ね?黒鳥くろどり君」

「えぇ、“華さん”に苦情なんか微塵も無いですよ」

「……え?」
 知ってる声が不意に聞こえ、私は顔をあげて正面に座る少年に視線をやった。
「……カ、カシュ?」
 今朝家で留守を頼んだはずのカシュが何故か目の前に座っている。ウチの学校の詰襟タイプの制服を着ており、履いている靴もちゃんと指定の上靴だ。
「彼が今週中にはウチの学校に入学する事になってね。君のクラスに入ってもらおうと思うんだ。知っている者同士の方が、何かといいだろう?」
「はい、そうですね。とても助かります。ロイさん」
「んー可愛いねぇ、カシュ君は」
 金髪の二人が楽しそうに微笑み合うが、ついていけない。

(カシュが……生徒?私の?)

「実は、早速“戸籍”を手に入れて来たんです。これで華さんと結婚できますね。今夜にでもどうですか?この後即でも、ボク的にはありなのですが」
 ポッと頰を染め、カシュが自分の頰を手で隠した。

「え、あ……はい?」

 素っ頓狂な声しか出ない。“戸籍”って、後付けで手に入る物では無いでしょうに、何を言っているの?この子は。しかもソレを理事長の前で話すとか、阿保なの?あ、馬鹿なのね?
「あ、ちなみに僕はこの子の正体を知っているから、何も心配いらないよ。そのうえでウチに入ってもらう手続きをしたから、問題が起きた際は全面的にサポートしてあげるね」
 ニコニコと笑う理事長の笑顔が眩しい。

 なんて理解のある方なのかしら。
 ってか……何故こうもアッサリ人外を、しかも悪魔を受け入れているの?
 あ、いや、その辺は私も人の事は言えないわね……。
 ——というか、まさか既にウチの学校、他にも“何か”がいたりするんですか?
 それって誰ですか⁈しょ、正直怖いんですけど!

「好きですよ、華さん。二人で幸せになりましょうね」
「ひゃっ!」
 いつの間にか隣に移動してきていたカシュに両手を包むように握られ、顔を見上げられた。シトリンのような目が輝き、先程の理事長の瞳以上の眩しさだ。
「あ、あのね……カシュ」
「はい、何ですか?華さん」
 愛らしい顔をカシュが私に向ける。もう色々期待に溢れていて、黒くて長い尻尾が制服からはみ出しているのだが……それは見えないものとした。
「私のクラスに……入るのよね?」
「そうらしいですね」
「……私の担当はね、今は一学年なの」
「らしいですね、先程ロイさんが教えてくれました」
「……一年生って事は、は、十五歳くらいって事よね?」
「はい。そうしておいたと言われています。見た目的にも適正だと」

(困ったわ。この子……何も知らないのね)

 一呼吸置き、「——あのね、カシュ。よく聞いてね?」と改まった顔で言う。
「はい、一言一句聞き逃しませんよ」

「十五歳の子は、結婚出来ないのよ」

「……はい?」
 え?という顔をし、カシュがフリーズした。
 本当に、今の今まで知らず、知らないが故に、『戸籍ゲット=結婚出来る!』と思い込んでいたっぽい。

「戸籍があったら結婚してくれるんじゃ無いんですか⁈」

 カシュが大声でそう言いながら、私の服に掴みかかってきた。
 まるで私が嘘をついたみたいに思っているふうに見える。だが待って欲しい、私は一度も『戸籍を手に入れたら結婚しましょう』とは言っていないわ!
「十八歳にならないと結婚出来ないんだよ。それに今は、“それ以前の問題”も発生しているしねー」
「それ以前の問題……?」
 理事長の言葉を聞き、きょとんとするカシュの顔が可愛い。

 こうしていると、本当に幼く見える。
 これで一五〇歳とか信じられないわ。

「生徒と教師の恋愛は御法度だよ。カシュ君の在学中は、絶対に、華先生とは恋愛関係にならないでね。——あ、こっそりひっそり僕の知らないところで隠れてなら、まぁ……大目に見なくもないけど、立場的には僕が知っちゃったら、華さんを処罰しないといけないからさ」
「そ……そんな——」
 ガクッと項垂れ、カシュが私の膝に突っ伏してきた。かと思ったら、今度は両手を腰に回し、ギューと離さない。
「あ、あの。カシュ、言われた側から、ちょ、離れて!」
「生徒になるの、やめ——」
 カシュの言葉を途中で遮り「在校していたら、長い時間一緒に居られるよ。生徒と先生としての三年間。君の種族ではなかなかない焦れったい期間を、両片想いで楽しむのもなかなかオツじゃないかな?」と理事長が言った。

「……あの、理事長?私は別にカシュとは間には別に何もないですよ?」
「長い時間……一緒……。どうせ十八まで結婚出来ないなら、そっちの方が得なのか⁈」
「いいねぇいいねぇ。片想いはね、最高の恋愛だと僕は思うよ!」
 三人が三人とも別の事に気を取られ、違う事を口にする。

 前途多難……。
 私達のこれからには、その言葉が最も相応しい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...