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【初デートは蜜の味(の予定である)】

当日〜陽の部屋にて③〜

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「………… 」
 洗面台の前に立ち、陽が出しっ放しになっている水をじっと見詰めている。頭の中は真っ白で、情報の整理がなかなか出来無い。

(…… まさか精通前とか?って、んなワケあるか!兄さんは二十九歳で立派な大人だ。私よりも年上でそれは無いだろう。じゃあ興奮すらしていない?いやいや、あの反応で?だとしたら、それはそれでビックリだ。それとも、勃ってるけど目立た無いのか?…… そこまでは流石に小さくは無いだろ、大人だし。あれ?…… 大人、だよな?そこから情報が間違っているとか?いやいやいや、待て、いくら兄さんの体は小さくてもウチの社員なんだから確実に大人だ。慌てるな、焦るな、いいから落ちつけ——)

 色々グダグダと考え、気持ちを落ち着けようと、陽が顔を水で洗った。
「…… よし」
 もう平気だ、と鏡に映る自分の顔に言い聞かせる。さっきはちょっと動揺してしまったが、もう大丈夫だ。あまり兄さんを待たせるのも悪いだろうと考え、陽はタオルで顔を拭くと、そのタオルを持ったまま足早に寝室へと戻って行った。


       ◇


 一方その頃。奏はベッドの上で怠い体を無理矢理起こし、先程まで枕代わりにしていたタオルを手に取り、体中についたマッサージオイルを覚束ぬ手付きで拭い始めた。

「はぁはぁはぁ…… 。は、早くしない、と」

(体が…… 怠い。頭がぼぉっとして上手く何かを考えられない。肌にタオルが触れるだけでも変な感じがするし、手に力も入らないし…… 一体どうしたんだろうか。ただマッサージをしてもらっただけなのに。あぁ…… 本当に今日は、判断力が低過ぎだ。陽さんにマッサージをしてもらえる機会なんて、後にも先にもきっと今回しか無いだろうと甘い餌に飛びつかなければよかった。好きな相手に触れられるだけで、こうも体が誤作動を起こすだなんて。あぁーもう、彼に不審に思われてしまう前に帰らないと。変に思われたら、自分が女性だとバレたら、もう甘えてすらもらえなくなってしまう——)

 そうは思うも、力の入らぬ手ではオイルを上手く拭き取れそうに無い。もういい、とにかく着替えて、陽が戻る前に帰らないと。
 拭き取りもそこそこに、着ているTシャツを脱ぎ捨て、畳んで置いてあった私服を着る。まだ肌がベタついていて、残るマッサージオイルのせいで服にシミが出来そうではあったが、今の奏はそこまで気遣える状況では無い。
 ショートパンツを脱ぎ、紙パンツから自分のショーツに穿き替えて、後はスカートだけだという段階まできた辺りで、不意に「…… 何してるの?」と言う陽の声が聞こえ、奏の体がびくっと跳ねた。

「何してるの?兄さん!」

 手に持っていたタオルを床に投げ捨て、陽が奏に慌てながら近づき肩を掴む。声にも表情にも動揺が見て取れて、奏の顔付きが固くなった。
「あ、あの…… ちょっと怠いので、もう帰ろうかと」
「帰る?何で!怠いなら寝ているべきだし、その怠さは——」とまで言って、陽が口を噤んだ。
 中途半端にしか着替え終えていない奏の姿があまりに色めかしく、口内に溜まる唾を飲み込んだせいで喉が鳴る。ショートパンツ姿ですら魅惑的だったのに、今はショーツ一枚しか穿いていないとか、このまま押し倒してしまいそうなくらいに気分が高揚してしまう。
 眼鏡の奥の瞳をゆっくり閉じ、陽が深呼吸を繰り返す。

(あぁ…… でも見間違えじゃ無い。やっぱり兄さんは勃っていない…… 。くそ!何で媚薬が効かないんだ?…… あ、でもやっぱり男性用のショーツか、レースがあしらってあってやっぱり可愛いなぁ。今ものすごくイヤラシイ格好だって、きっと気が付いてないんだと思うと余計に興奮してくる!)

 心底悔しかったみたいだが、魅惑的な姿のせいで途中から陽の思考がズレた。
「えっと、私…… 帰って寝るので、その、肩から手を離して、もらっても…… いぃ、です、か?」
 奏の呼吸が荒く、話すのも辛そうだ。触れられた肩がブルブルと震え、上気した肌からは汗が伝っている。そのうえ蕩けた瞳で振り向かれ、陽は目眩で倒れそうになった。
「帰るのは駄目。今日は泊まっていって。着替えの心配も無いし、ね?」
「と、と、泊まるだなんて、無理れふ。こんな…… 体調では、迷惑に…… 」
 舌も上手く回っていない。下っ腹も気持ちが悪く、奏の体がくたりとベッドに倒れていった。

 ここまで力が抜け始めたのなら自力で帰るのはもう無理だと陽が確信する。『まぁ当然帰さないけどね』と思いながら陽はスッと目を細めた。

「…… 今言う事じゃ無いかもだけどさ、明ちゃん達、今日入籍して来たらしいよ」
「そう、なんれふか?おめでとう、ございまふ…… ふふふっ」
 奏はそう言って嬉しそうに微笑んだ。いつもの硬い表情とは違って、とても柔らかな笑顔なのは媚薬の効果だろうか。
「だからさ——」と声を掛け、ベッドに体の崩れている奏の上に陽が腕をついて覆いかぶさった。
「私達も、ちゃんとした家族になろうか」
「あぁ、そうですね…… 」
「家族なら、お泊まりなんて普通でしょう?だから、兄さんはもう帰っちゃ駄目だよ」
「そ、それは…… 無理です」
 ゆるゆると奏が首を横に振るが、陽はニコッと笑うだけで上から除ける気配が無い。
「駄目?何が、駄目?私達は男同士なんだし、何の問題があるの?」
 そう問われ、奏の顔が強張った。
 違うと否定するのも嫌だが、そうだねと嘘を言うのはもっと嫌だ。
「ねぇ、何で?具合が悪いからってのは却下だよ」
 奏は完全に退路を塞がれた。頭が動くタイミングならば、まだ色々と言い訳も浮かぶかもしれないが、今はそれすらも出来やしない。
「じゃ、じゃあ…… 泊まりますから、もうこのまま寝ても?」
 近過ぎて視線を合わせる事が出来ず、横を向きながら仕方なく返事をする。
「それも駄目。オイルを落とさないとね。お風呂の用意はもう終わっているから、今から一緒に入ろう?」
「む、む、無理れすよ。私は今朝入ったから、もういいれす」
「オイルで全身ベットリなのに?それこそ駄目でしょ」
「タオルで拭きますから、平気れす」
「駄目。もぉ…… そんなに照れないでよ。こんなの普通だろう?」
「本当に、無理なんれす。ごめんらさい、もう許して…… 」
 必死に首を横に振って奏が抵抗をみせるが、陽は素知らぬフリだ。
「あーあぁ。兄さんの服、オイルが染みて黄色いシミが出来ちゃってるよ?コレ、早く洗濯しないと落ちなくなるんじゃないかな」
「いいんです、それでも平気れす!」
「だぁーめ。脱がすね、ほら!」と言って、陽が無理矢理奏の着る服を引っ張り、頭から脱がせてしまった。力が入れば服を掴んで死守するか、体重もそれなりにあれば重さで防げたのだろうが、どちらも無い彼女から脱がすのは人形のお着替えにも等しかった。
「ひゃああ」
 声をあげ、慌てて奏が体を丸めて前を隠す。急いで着替えたのでブラはしておらず、白いレースのついたショーツ一枚だけの姿になってしまった。

「…… えっろ。——あ、ごめん言っちゃった」

 本音が溢れ、時既に遅くても陽が口を塞ぐ。
 赤く染まる肌、荒い呼吸音、回らぬ舌。恥ずかしさからベッドの上で丸まる姿のどれを取っても興奮要素しかなく、陽の欲求は暴走の一途をたどった。
「…… ねぇ、兄さん。具合悪いんだよね?解消しない?ソレ」
「れき、るんれすか?」
 薬でもあるのかな?と思い、奏がゆっくりと陽の方へ顔を向ける。
 羞恥に満ち、今にも泣き出しそうな瞳と目が合い、一気に頭の中が沸騰したみたいになってしまった陽が、次の瞬間には奏の唇に噛み付く様なキスをしてしまった。
「んっ…… ふぐっ、うっ」

 無理矢理に舌を口内に押し込み、絡ませて奏の唾液を啜る。キスなんか初めての行為だったが、本能のままにむさぼり、止まれない。

「甘い気がする、兄さんの舌。…… んあ、んっ…… おいし、いい」
「らめれす、離し——」と言いながら、奏が陽の胸を押すが全くの無駄だった。抵抗された事が気に入らず、陽はより一層奏との距離を詰め、上から完全に体を重ねる。
「にぃさ…… 好き、大好き…… ね、だから逃げないで」
 “兄さん”と言う言葉が、奏の胸に深く刺さる。

(ち、違う。“兄”じゃ無い。“兄”じゃないってバレたら、気持ち悪い事をしているんだって気が付かれてしまう!どうしようどうしようどうしよう——)
 
 必死に考えようとしても何も浮かばず、ただ翻弄されるがまま奏は舌を貪られ続けてしまう。

(恋ってもっと綺麗で、甘ったるいものだと思っていたのに。何故こんなにも罪悪感を感じないといけないんだろうか)

 あまりに苦しくて奏の心が悲鳴をあげる。そのせいで強く閉じた瞼から涙が溢れ落ち、奏の白い頬を伝った。
「…… 泣いてるの?あはは、嬉しいんだ?そうだよね、キスしちゃったんだもん」
 嬉しそうに言われ、『違う』と言えない。彼の喜びを、今にも砕いてしまう体を自分がしているのだという事実が、奏の胸に重くのしかかった。

「…… ねぇ、何でさっきからずっと黙ってるの?好きだよね?兄さんも、私が好きだよね?あんなに良くしてくれたんだもん、こんなに触らせてくれて、今だってすごくいい匂いがしているし。って、あれ…… 知らない、匂いもする…… し。え?…… 待って、コレ、本当に何の匂い?」

 陽が体を起こし、奏の下腹部を見た。
「こっちからするけど、微か過ぎてわからないな」
「か、勘違い…… れすよ。あの、じゃあ私はお風呂に。臭いみらいだし、一人で、ね?」
「勘違い?馬鹿にしないで欲しいな、兄さん相手でも怒るよ」
 不快そうな顔を向けられ、奏が『また失敗してしまった』と唇を強く噛む。舌も上手く動かないままだし、散々だ。
「私は本来調香師だって、知ってるよね?兄さんは全然臭く無いし、むしろ…… 何だろう?頭がクラクラする匂いだ…… 」
 ふらふらと、花に誘われる蜂みたいに陽が奏の下腹部に顔を寄せる。
「いや、あの、らめれふ、本当に、無理なんれ…… お風呂行ってもいいれすよね?」
 そう言う奏の顔は真っ青で、オイルによる媚薬効果よりも恐怖心の方が上回っている。ベッドの上で腕を這わせ、うつ伏せになりながら、少しでも陽から逃げようともがいた。
「んー…… それって、まさか逃げてるつもり、なのかな?でもぉ、この方が匂いが嗅ぎやすい状態になってるんだよねぇ」
「へ?」とこぼしながら奏が振り返ると、それと同時に陽の顔がショーツに隠された彼女のお尻の双丘にぽすんっと落ちてきた。
「ひゃああああああ!」

「いい匂いだ…… 。ちょっと汗っぽくって、なんかわかんない匂いがちょっと強いな。やっぱりココからしてたんだ…… あぁ、さっきからすごくクラクラするけど、ずっと嗅いでいたくなるな。何でだろう?」

「や、やめ、あぁぁぁ」
 目の前にあったタオルにしがみつき、奏が脚をバタつかせる。
「あたっ。痛いって、蹴らないで兄さん。拘束されたい?まだ足枷までは使う気無かったのに」
 片方の足首を掴まれ、ピタッと奏の動きが止まる。『拘束』と聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。しかも『まだ』という事はいつかは使う気なのか?と思うと、どう行動するべきなのか、より一層わからなくなってきた。
「よし、いい子だね。見せてねー、兄さんの可愛い所、ふふっ」

(——終わった。あ、でも逆に考えましょう!…… 帰れますね、コレで)

 色々と諦め、すんっと冷めた頭で奏がそんな事を考えていると、ゴロンッと体を回転されられ、仰向けにさせられる。完全にもう陸の上のマグロだ。異性に隠部を見られる事への羞恥なども感じぬ程に奏は達観した状態にまでなっていた。

(週が明けたら仕事クビになったりだけはしないといいな。女だったからって、そこまで避けられたら流石にショックです……。でも、こんな事まで女相手にしちゃったら、避けたくなりそうですよね。『何でもっとハッキリ、自分は女だって言わなかったんだ』って、怒られちゃうかもしれませんけど) 

 陽が『奏さんがもし女性だったら、監禁婚だって厭わない』などと考えている事を露程も知らない奏は、動きの悪い脳みそでそんな事ばかりを考えていた。
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