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【初デートは蜜の味(の予定である)】

当日〜陽の部屋にて①〜(青鬼陽・談)

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「よいしょっと」
 タクシーから降り、マンションの自室に戻って兄さんをベッドの上に寝かせる。鍵を開けたり靴を脱いだりが予想以上に大変でかなり悪戦苦闘したが、兄さんが関わっているというだけで楽しくってしょうがなかった。

 しかも今は、私のベッドに、ベッドに!兄さんが寝ているし!

 薄らと口紅の塗ってあるおちょぼ口が軽く開き、近寄ると呼吸音が微かに聞こえる。
 ここまで頑張って運んだんだ、ご褒美くらいはもらってもいいよね?と思った私は、こっそりと兄さんの唇に自らの唇をチュッと重ねてみた。

 …… あぁもう、鼻血出そう。
 柔いし、なんか甘い気がするし、このまま唇だけじゃなくって舌ごと喰べてしまいたい。

 髪をそっと撫でてみたが、兄さんはやっぱり起きない。『起きないならもっと喰べてもいいかな』と考えてもしまうけれど、今はまずちょっと着替えとかしてくるか。お洒落着のままでは何かと不便だし。
「晩ご飯の用意もしておこうかな。あ、外出したからシャワーも浴びたいや。お風呂沸かしたら、一緒に入ったりしてくれないかな」
 クローゼットを開けて室内着を引っ張り出す。そのついでに“兄さんの為に用意した物を詰めた箱”も奥から出して、それをベッドの下にそっと押し込んだ。
「着替えるのはここでいいか」
 兄さんはまだ寝ているし、このままここで着替えてしまおう。
 着ていた外出着を勢いよく脱ぎ捨て、下も穿き替えておくかとベルトを緩める。スラックスと靴下も脱いで、ボクサーパンツ一枚だけの姿になった時、もぞもぞっと何かが布の上で動く音が聞こえた気がし、そちらの方へ私が顔を向けると、アーモンドアイを見開いた兄さんと目が合った。

「あ、おはようねえさん」

「…………」
 返事が無い。というか反応も無い。ただじっと、パンイチ姿になっている私を凝視して、石像並に固まっている。男の体なんて見慣れたものだろうに、一体どうしたんだろうか?
「…… 寝ぼけてるの、かな?」
 パンツ姿のままベッドに近づいて顔を覗き込もうとしたら、「起きてます!」と大声をあげ、兄さんは顔を枕に伏せってしまった。耳まで真っ赤で、首筋にちょっと汗が伝っている。その汗を指先で拭い、「寝汗かいたみたいだね、シャワーでも浴びて来る?お風呂でも沸かそうか?」と声を掛けたのだが、ビクンッと激しく体を跳ねさせただけで返事は無かった。
 困ったな、返事がなくては何も出来ない。こんな格好のままでいるのもちょっと寒いし、まずは服でも着ておくか。


「もしかして、目のやり場に困ってた?」
 洗濯物を脱衣場に持って行き、すぐに寝室に戻って上下共に少しだけラフな格好になってから改めて兄さんに声をかけてみる。すると彼はむくりと体を起こしてペタンと座り、無言のままコクッと首肯した。
 視線は合わぬまま、顔も耳も真っ赤で反応が随分と初々しい。まるで他の男の体なんか初めて見たといった反応だ。
「やだな、こんなもの見慣れたものでしょ?更衣室とかで見えちゃったりとかするでしょ?海とか、プールとかでだって、男なんてあんなものじゃない」
「あ、そっか…… そう、ですよね。でもあの、そんなまじまじとは見ないし…… 陽さんの、は…… その、特別というか、綺麗だなって思ったり、その…… 」
 笑ってしまいそうになるくらい歯切れが悪く、言葉がゆっくりで辿々しい。
「嬉しいな、そう言ってもらえると。もっと見る?触ってもいいけど」
 いつか褒めてもらえたらと、隙間時間で体を作っておいて正解だった。特別だとか綺麗とか、そんな事を言われるなんて予想以上のご褒美も貰えたし。

「…… 無理言わないで下さい。殺す気ですか?」

 無表情のまま、淡々と真顔で言われた。
 そこまでの事は言っていないと思うのだが、まぁそう感じてしまったのなら無理にお勧めはしないでおくか。


「…… ところで、私は何故ここに?」
 キョロキョロと周囲を見渡し、きょとん顔で訊いてくる。どうやら兄さんは、今更ながら全く現状を把握出来ていないみたいだ。
「映画が始まってすぐに寝ちゃったから、家まで運んで来たんだよ——って、ねえさん…… 何してんの?」
 私の言葉を聞いていたはずの兄さんが、ベッドの上で土下座を始めた。
 生で見たのはコレが初めてだが、なんと綺麗な姿勢だろうか。両の手はしっかりと伸ばされ、背中のラインもとても整っている。お手本に出来そうな程の土下座姿だ。
「大変申し訳ありませんでした…… 」と言いながら、兄さんの肩がブルブルと震えだす。寝てしまった事を呆れられやしないかと、怯えているといった雰囲気だ。
「いいんだよ、ねえさん。会った時から相当眠そうだったし、あのままホテルにでも行くべきだったかもね」
 そうしたら、あれだけあっちこっちと運んだのに起きなかった兄さんの体を、好き勝手に出来たのになぁ。

「ホテ…… あ、いや、ダメです。だめ、だめだめ」

 顔を真っ青にしながら顔を上げ、今度はブルブルと顔を横に激しく振る。振り過ぎて頭だけゴロンと落ちてしまいそうだ。何故そこまで嫌がるんだろうか?家族になったのだし、兄さんはもう私のモノなのに。

「眠気はもう平気?」
「あ、はい。おかげさまでスッキリしました。ここまで休めたのは久しぶりです。…… タイミングは、最悪でしたけど。本当にすみませんでした」
 そう言って、兄さんが再び頭を深々と下げてくる。
「いいんだよ、ねえさんがしっかり休めた方が私も嬉しいし。今日の作品は今度DVDでも買っておくから、いつかウチで一緒に観ようね」
「…… はい、ありがとうございます」と、返事をした兄さんの顔色がちょっと悪い気がする。

 んーじゃあちょっと時間も早いけど、妹達も入籍した事だし、提案してみようかな。話にのってくれるといいけど。

「ねぇ、ねえさん」
「はい」
「マッサージでもしてあげようか」
「マ、マッサージ…… ですか?何でそんな、唐突に?」
 兄さんの態度に明らかに動揺が見て取れる。

 まぁ気持ちはわかるかな、確かに脈略もなく提案されたとしか思えないよね。

「顔色も悪いし、疲れも取れるかなって」
「なるほど、なるほど…… 」
 口元に手を当てて、「んー…… 」と兄さんが悩み出す。即座に『無理!』と言わないという事は興味はある、という事か。もっとも『嫌だ』とでも言われない限りは強行させて頂きますけどね。

ねえさん用にね、マッサージオイルを調合してあるんだけど、イヤ?」

「私用に、陽さんが?」
 パァと顔色が明るくなり、興味津々といった眼差しがキラキラと輝き出す。コレはもう一押しかな。

「この日の為に色々と練習もしたりしたんだけど、ダメ?」

 あざといかなとも思ったが、ちょっと小首を傾げてみる。男の私がやっても効果は無いかなー無いよなー兄さんがやってくれたら、私的にはイチコロなんだけどね。

「お、お願いします」

 マジか。
 意外過ぎて、今度は私の方が固まってしまった。
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