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【幕間の物語(短話詰め合わせ)・その三】
成長(七尾翔・談)
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「お疲れ様です、七尾さん」
複数の企画書に目を通し、目が疲れてきたのでちょっと休憩でもと立ち寄った休憩スペースで、ワタシは運良く己の愛し子ちゃんである、奏ちゃんに逢う事が出来た。
あぁ、今日はなんていい日なのかしら!
この後まだ残っている大量の仕事に対してのやる気まで俄然湧いてきた。相変わらずの無表情で可愛いわ、ホント可愛い。心の中で二度も同じ事を思い、火照る頰をそっと手で押さえる。
『彼女達の今後を見守っていましょう』と思ってはいても、この顔と、ちょっとズレた性格が好きだわって気持ちはそうそう動かせない。厄介よねぇ恋心って。ソレを正直に表に出せる歳でも無いおかげか、この子が極度に鈍感だからか。ワタシが奏ちゃんをどう思っているのかなんか、彼女には全く気が付かれていない。
でもいいわ。最近のワタシ達、実はちょっと仲が良いのよ!もうワタシ的には親友って感じ?以前は数ヶ月に一回ワタシから話しかけられればマシだったのに、今はこうやって偶然会えれば向こうから声をかけてくれるし、SNSで連絡だって取り合っていたりもする。その事を青鬼さんは知らないっていうのがもう、優越感でどうにかなってしまいそうだわ。
「お疲れさまぁ、奏ちゃん。元気にしていた?」
「はい、おかげさまで。七尾さんもお元気そうですね」
「えぇ、そりゃもう!この前奏ちゃんがおすすめしてくれたサプリがとっても合っているみたいでね、お肌の調子なんか過去最高なのよ、ホントありがとねぇ」
「それは良かったです。美容成分関係は疎くって、色々調べた甲斐がありました」
「あら。でも奏ちゃん、お化粧とかファッションなんかもいつも綺麗よね?てっきり詳しいんだと思っていたわ」
二人でそんな話をしながら、近くにあった椅子に座る。
まだ話していても大丈夫みたいで正直嬉しい。いくらネットでは仲良く話せていても、直接顔を見て話せるというのは段違いで喜ばしい気持ちになり、否応なしに心が躍る。相手がこの子だからか、初恋の時のような浮かれ具合になれてしまうのが不思議だわ。
「ウチは母がそういった類にうるさいので、最低限の化粧などは自然と覚えた感じですね。もし色や服の組み合わせに困っても、弟も詳しい子なので相談したりとか出来るんです」
「そっかぁ、環境に恵まれたのね」
「高校生くらいの時。母に『似合う物を着るんじゃない。着たいものを着こなしなさい』と言われた時は、何をどうしたらいいのかサッパリでしたけどね」
あー…… 似合う服となると、奏ちゃんはボーイッシュなモノばかりになっちゃうからかしらね、そう言われたのは。でも着たい服は女性ぽいモノ、と。…… なるほどねぇ。
うんうんと頷きながら、「まぁ言いたい事はわかるけど、それって難しいわよねぇ」と答える。天才からのアドバイスみたいでざっくりし過ぎているのに、そこから必死にコレだけの着こなしを身に付け、少年ぽい容姿をしつつも女性らしい服を違和感なく着こなせるようになったのだと知ると、また惚れ直しちゃうわね。
「ところでぇ、そっちの調子は…… あら、もしかして結構順調なんじゃないの?」
「わ、わかりますか⁉︎」と言って、奏ちゃんが背筋をより一層伸ばす。白衣を羽織っているのでわかりにくいが、前よりもちょっと、ちょーっとだけ胸元に膨らみがあるような気がしなくも、ない。
「七尾さんにおすすめしていただいた成分を中心に、ちょっとパターンや配合を変えた薬を何種類も作ってみたんです。マッサージも並行してやっているおかげか、まな板だった胸がAカップになったんですよ」
照れているのか、無表情なままの奏ちゃんの頬が赤い。
文字だけでこの話題をやり取りしていた時よりも、直接彼女の可愛らしい声で胸の話を聞くと…… マズイわね、ちょっとアレが勃ちそうだわ。
「こう、胸の周囲のリンパの流れを良くしたりとか、胸骨から剥がすみたいに上下左右に振ってみるとか、ネットで調べて毎日色々試してみているんです」
なんて言いながら、奏ちゃんが自分の胸を小さな両手で包み、実際にやって見せてくれる。
…… 見せてくれるんだけど、え?
良いの?服の上からだとはいえ、ワタシがこの光景見ていても。
何?このご褒美。
なんだか少しだけ自慰みたいで美味し過ぎるんですけど。
ワタシ、今日の帰りとかに刺されて死ぬんじゃないかしら。
ちなみに、もちろん犯人は青鬼さんよ。
「ワタシも胸筋付近のリンパの流れをよくしてみちゃおうかしら。せっかく実演してくれたんだしね、うふふ」
テーブルに頬杖をつき、前傾姿勢気味になる。…… 少しお元気になりつつあるアレ、誤魔化さないとマズいわ。タイトスカートを穿いているので下手をすると気付かれてしまう。
「良いと思いますよ。柔らかい筋肉を作る為にもオススメします」
ニコニコと微妙に微笑まれ、眩しさにそっと目蓋を閉じる。他意が無さ過ぎてちょっと辛いわ。
「えっと…… 目標は、どのくらいなの?」
「やっぱり最後は商品化ですね。実際に効果が実証できれば売れ筋になるのではないかと!毎日データもとってあるんです。写真までは無理ですけど、サイズを測ったりとか。どのくらいの期間この配合の物をどのくらい飲んだとか」
珍しくちょっとだけ興奮気味に話してくれる。ただ淡々と接してくれていた頃と比べ、ワタシに懐いてくれているのが実感出来て気持ちいい。
「違うわよー、カップ数の話。でもまぁ、そうなったら素敵ね、とは確かにワタシも思うけども」
主語が無かったとはいえ、そっちに取るなんて。そんなところも可愛いわねぇ。普段常に仕事で製品化出来るお薬を作っている子だから、どうしたってそっちの発想にいっちゃうのかしら。
「あ、すみません。えっと、そうですね…… 欲を言えば、服を着ていてもわかるくらいのサイズなので、Cカップくらいでしょうか」
「まぁそうね。そのくらいは無いと、脱がないと分からないかも」
今のままじゃ白衣を羽織ったり、服を着ているとほとんど分からない。…… 全く、とも言えるけど、言わないであげたい。気付いて欲しそうに背筋を正し、ちょっと胸を張って見せてくれているおかげで『何かあったのね』と思えたから振れた話題だっただなんて説明する必要は無いはずよ。
「…… それなのに気が付いてくれるだなんて、七尾さんの観察眼はすごいですね」
感心気味に言われてしまい、心苦しい。こんな純粋な瞳を向けられては、『胸の大きさで気が付いたわけでは無いのよ』とは、絶対に言わない方がいいと確信した。
「でしょう?うふふ」と返答して優しい嘘をつく。
きっと脱いだらちゃんとわかるレベルなのだろうし、他の人とはこんな話をしないだろうから、このくらいはいいだろう。『んー、ぶっちゃけわかんない!』だなんて言ったら、今後のやる気にも影響しちゃうものね。
「成果を見せてはもらえないのが残念だわぁ」
ホント、残念。美容にいいから実はマッサージって得意なのよねぇ。自分の手でこの子の胸を育ててあげたいくらいだわ。
「見せるのは…… む、無理ですね。七尾さんは綺麗ですけど、どうしたって男性ですし」
「あら、奏ちゃんはワタシを男と思ってくれているのね。嬉しいわ」
胸の話を平気でしてくれるから、同性として扱われているのだと思っていた。青鬼さんへの感情がもっと育つ前にワタシがアプローチしたら、振り向いてなんて——…… こんな考えは未練がましいかしら。でも、告白すらしていないんだから、ワタシはまだフラれたワケでも無いのよねぇ。あまりに二人のやり取りが可愛らしくって、つい見守っていてあげたくなっちゃっているだけで。
「でも、そんな嬉しい事言われちゃうと、頭からパクッと喰べちゃいたくなる男が沢山湧き出てきちゃうから、ワタシ以外の前では気を付けてね?」
美少年っぽかろうが、奏ちゃんが美人さんには変わりないんだから。
「私を食べる?…… カ二バリズムの方って、あちこちにいるものなんですか?」
そうきたか、愛い奴め。
「いたら怖いわね。勝てる気がしないわぁ。相手がハンニバル・レクター博士とかだったら、もう『貴方にならいいわ、食べて』って気持ちになっちゃいそうだけど」
カニバリズムという単語から、ついワタシの好きな映画の主人公の話を振ってしまった。奏ちゃんは分からないかもしれないのに、失敗だ。
「…… その気持ち、わかる気がします。好きです、創作物の犯罪者だってわかっていても、魅力的ですよね。怖いを通り越して、ちょっと綺麗かもと思わせてしまう世界観がありますし」
「あら!貴女も好きだった?嬉しいわぁ、好みが合うわね。よかったら今度一緒に映画でも観に行かない?映画のリバイバル上映をやっている場所で、今度彼のシリーズを再上映するらしいのよ」
つい嬉しくなり、デートのお誘いをしてしまう。でも彼女がワタシをデート相手だとは受け止め無いのは残念ながら確実だし、“お友達”の役得って事でちょっとくらいいいわよね?
「ホントですか?行ってみたいです」
表情筋は硬いままだけど、それでも喜んでくれているのがワタシでもわかる。たったそれだけでも、なんか嬉しいわ。好きな子の感情を読める——それだけで、ホント。
「そういえば、彼とはどうなったの?」
「彼?」と言って、奏ちゃんが小首を傾げる。
「青鬼さんよ。あの日から、何か進展はあった?」
もう休憩時間もあまりないし、最後に敵勢調査くらいしておかないとね。
「普通に仲良くやらせてもらっていますよ。お仕事の合間合間でちょっとお話をする程度ですけどね、忙しい人ですから」
「あら、お付き合いまではいってないの?」
あれだけ好き好きアピールしていてまだとか、青鬼さんって意外と奥手なのね。“義弟”っていう立場になるから多少は尻込みでもしてる?…… いや、そういう子でもないか。
「お、お付き合い⁉︎あり得ません!私は、そういう対象とは違いますよ」
あり得ないときたか。ん?でも、『彼は、そういう対象じゃない』では無い辺り、シャクに触るわ。
「無いですよ、本当に。だって——」とまで言って、奏ちゃんが言葉を詰まらせる。
そう思う何かがあったと察する事が出来るが、問い詰める気は無い。でもそんな切なそうな顔を無意識でされちゃうと…… あーもう、悔しいわ。何で青鬼さんなんだろ。ワタシが相手だったなら、そう思わせる隙すらも与えないのに。
「そっか、ごめんね?仲が良さそうだったから、そういう流れもあるのかなー?と思っただけなの」
ワタシがニコッと笑いかけると、奏ちゃんがちょっと困った笑みを返してくれた。
無意識のまま、奏ちゃんが青鬼さんに好意を抱いているのは、どうやら確定ね。口惜しい気持ちはあるけど、彼等を見守ろうと思っているのは事実なのだし、当たり障りのない返答をしておく。
ワタシ、見守るとは思っていても応援までする気は無いのよ。
なので、『青鬼さんも、奏ちゃんの事好きよ。告白でもしちゃったら?絶対に上手くいくってワタシが保証してあげる』なんて、一生教えてあげないんだから。
複数の企画書に目を通し、目が疲れてきたのでちょっと休憩でもと立ち寄った休憩スペースで、ワタシは運良く己の愛し子ちゃんである、奏ちゃんに逢う事が出来た。
あぁ、今日はなんていい日なのかしら!
この後まだ残っている大量の仕事に対してのやる気まで俄然湧いてきた。相変わらずの無表情で可愛いわ、ホント可愛い。心の中で二度も同じ事を思い、火照る頰をそっと手で押さえる。
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でもいいわ。最近のワタシ達、実はちょっと仲が良いのよ!もうワタシ的には親友って感じ?以前は数ヶ月に一回ワタシから話しかけられればマシだったのに、今はこうやって偶然会えれば向こうから声をかけてくれるし、SNSで連絡だって取り合っていたりもする。その事を青鬼さんは知らないっていうのがもう、優越感でどうにかなってしまいそうだわ。
「お疲れさまぁ、奏ちゃん。元気にしていた?」
「はい、おかげさまで。七尾さんもお元気そうですね」
「えぇ、そりゃもう!この前奏ちゃんがおすすめしてくれたサプリがとっても合っているみたいでね、お肌の調子なんか過去最高なのよ、ホントありがとねぇ」
「それは良かったです。美容成分関係は疎くって、色々調べた甲斐がありました」
「あら。でも奏ちゃん、お化粧とかファッションなんかもいつも綺麗よね?てっきり詳しいんだと思っていたわ」
二人でそんな話をしながら、近くにあった椅子に座る。
まだ話していても大丈夫みたいで正直嬉しい。いくらネットでは仲良く話せていても、直接顔を見て話せるというのは段違いで喜ばしい気持ちになり、否応なしに心が躍る。相手がこの子だからか、初恋の時のような浮かれ具合になれてしまうのが不思議だわ。
「ウチは母がそういった類にうるさいので、最低限の化粧などは自然と覚えた感じですね。もし色や服の組み合わせに困っても、弟も詳しい子なので相談したりとか出来るんです」
「そっかぁ、環境に恵まれたのね」
「高校生くらいの時。母に『似合う物を着るんじゃない。着たいものを着こなしなさい』と言われた時は、何をどうしたらいいのかサッパリでしたけどね」
あー…… 似合う服となると、奏ちゃんはボーイッシュなモノばかりになっちゃうからかしらね、そう言われたのは。でも着たい服は女性ぽいモノ、と。…… なるほどねぇ。
うんうんと頷きながら、「まぁ言いたい事はわかるけど、それって難しいわよねぇ」と答える。天才からのアドバイスみたいでざっくりし過ぎているのに、そこから必死にコレだけの着こなしを身に付け、少年ぽい容姿をしつつも女性らしい服を違和感なく着こなせるようになったのだと知ると、また惚れ直しちゃうわね。
「ところでぇ、そっちの調子は…… あら、もしかして結構順調なんじゃないの?」
「わ、わかりますか⁉︎」と言って、奏ちゃんが背筋をより一層伸ばす。白衣を羽織っているのでわかりにくいが、前よりもちょっと、ちょーっとだけ胸元に膨らみがあるような気がしなくも、ない。
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文字だけでこの話題をやり取りしていた時よりも、直接彼女の可愛らしい声で胸の話を聞くと…… マズイわね、ちょっとアレが勃ちそうだわ。
「こう、胸の周囲のリンパの流れを良くしたりとか、胸骨から剥がすみたいに上下左右に振ってみるとか、ネットで調べて毎日色々試してみているんです」
なんて言いながら、奏ちゃんが自分の胸を小さな両手で包み、実際にやって見せてくれる。
…… 見せてくれるんだけど、え?
良いの?服の上からだとはいえ、ワタシがこの光景見ていても。
何?このご褒美。
なんだか少しだけ自慰みたいで美味し過ぎるんですけど。
ワタシ、今日の帰りとかに刺されて死ぬんじゃないかしら。
ちなみに、もちろん犯人は青鬼さんよ。
「ワタシも胸筋付近のリンパの流れをよくしてみちゃおうかしら。せっかく実演してくれたんだしね、うふふ」
テーブルに頬杖をつき、前傾姿勢気味になる。…… 少しお元気になりつつあるアレ、誤魔化さないとマズいわ。タイトスカートを穿いているので下手をすると気付かれてしまう。
「良いと思いますよ。柔らかい筋肉を作る為にもオススメします」
ニコニコと微妙に微笑まれ、眩しさにそっと目蓋を閉じる。他意が無さ過ぎてちょっと辛いわ。
「えっと…… 目標は、どのくらいなの?」
「やっぱり最後は商品化ですね。実際に効果が実証できれば売れ筋になるのではないかと!毎日データもとってあるんです。写真までは無理ですけど、サイズを測ったりとか。どのくらいの期間この配合の物をどのくらい飲んだとか」
珍しくちょっとだけ興奮気味に話してくれる。ただ淡々と接してくれていた頃と比べ、ワタシに懐いてくれているのが実感出来て気持ちいい。
「違うわよー、カップ数の話。でもまぁ、そうなったら素敵ね、とは確かにワタシも思うけども」
主語が無かったとはいえ、そっちに取るなんて。そんなところも可愛いわねぇ。普段常に仕事で製品化出来るお薬を作っている子だから、どうしたってそっちの発想にいっちゃうのかしら。
「あ、すみません。えっと、そうですね…… 欲を言えば、服を着ていてもわかるくらいのサイズなので、Cカップくらいでしょうか」
「まぁそうね。そのくらいは無いと、脱がないと分からないかも」
今のままじゃ白衣を羽織ったり、服を着ているとほとんど分からない。…… 全く、とも言えるけど、言わないであげたい。気付いて欲しそうに背筋を正し、ちょっと胸を張って見せてくれているおかげで『何かあったのね』と思えたから振れた話題だっただなんて説明する必要は無いはずよ。
「…… それなのに気が付いてくれるだなんて、七尾さんの観察眼はすごいですね」
感心気味に言われてしまい、心苦しい。こんな純粋な瞳を向けられては、『胸の大きさで気が付いたわけでは無いのよ』とは、絶対に言わない方がいいと確信した。
「でしょう?うふふ」と返答して優しい嘘をつく。
きっと脱いだらちゃんとわかるレベルなのだろうし、他の人とはこんな話をしないだろうから、このくらいはいいだろう。『んー、ぶっちゃけわかんない!』だなんて言ったら、今後のやる気にも影響しちゃうものね。
「成果を見せてはもらえないのが残念だわぁ」
ホント、残念。美容にいいから実はマッサージって得意なのよねぇ。自分の手でこの子の胸を育ててあげたいくらいだわ。
「見せるのは…… む、無理ですね。七尾さんは綺麗ですけど、どうしたって男性ですし」
「あら、奏ちゃんはワタシを男と思ってくれているのね。嬉しいわ」
胸の話を平気でしてくれるから、同性として扱われているのだと思っていた。青鬼さんへの感情がもっと育つ前にワタシがアプローチしたら、振り向いてなんて——…… こんな考えは未練がましいかしら。でも、告白すらしていないんだから、ワタシはまだフラれたワケでも無いのよねぇ。あまりに二人のやり取りが可愛らしくって、つい見守っていてあげたくなっちゃっているだけで。
「でも、そんな嬉しい事言われちゃうと、頭からパクッと喰べちゃいたくなる男が沢山湧き出てきちゃうから、ワタシ以外の前では気を付けてね?」
美少年っぽかろうが、奏ちゃんが美人さんには変わりないんだから。
「私を食べる?…… カ二バリズムの方って、あちこちにいるものなんですか?」
そうきたか、愛い奴め。
「いたら怖いわね。勝てる気がしないわぁ。相手がハンニバル・レクター博士とかだったら、もう『貴方にならいいわ、食べて』って気持ちになっちゃいそうだけど」
カニバリズムという単語から、ついワタシの好きな映画の主人公の話を振ってしまった。奏ちゃんは分からないかもしれないのに、失敗だ。
「…… その気持ち、わかる気がします。好きです、創作物の犯罪者だってわかっていても、魅力的ですよね。怖いを通り越して、ちょっと綺麗かもと思わせてしまう世界観がありますし」
「あら!貴女も好きだった?嬉しいわぁ、好みが合うわね。よかったら今度一緒に映画でも観に行かない?映画のリバイバル上映をやっている場所で、今度彼のシリーズを再上映するらしいのよ」
つい嬉しくなり、デートのお誘いをしてしまう。でも彼女がワタシをデート相手だとは受け止め無いのは残念ながら確実だし、“お友達”の役得って事でちょっとくらいいいわよね?
「ホントですか?行ってみたいです」
表情筋は硬いままだけど、それでも喜んでくれているのがワタシでもわかる。たったそれだけでも、なんか嬉しいわ。好きな子の感情を読める——それだけで、ホント。
「そういえば、彼とはどうなったの?」
「彼?」と言って、奏ちゃんが小首を傾げる。
「青鬼さんよ。あの日から、何か進展はあった?」
もう休憩時間もあまりないし、最後に敵勢調査くらいしておかないとね。
「普通に仲良くやらせてもらっていますよ。お仕事の合間合間でちょっとお話をする程度ですけどね、忙しい人ですから」
「あら、お付き合いまではいってないの?」
あれだけ好き好きアピールしていてまだとか、青鬼さんって意外と奥手なのね。“義弟”っていう立場になるから多少は尻込みでもしてる?…… いや、そういう子でもないか。
「お、お付き合い⁉︎あり得ません!私は、そういう対象とは違いますよ」
あり得ないときたか。ん?でも、『彼は、そういう対象じゃない』では無い辺り、シャクに触るわ。
「無いですよ、本当に。だって——」とまで言って、奏ちゃんが言葉を詰まらせる。
そう思う何かがあったと察する事が出来るが、問い詰める気は無い。でもそんな切なそうな顔を無意識でされちゃうと…… あーもう、悔しいわ。何で青鬼さんなんだろ。ワタシが相手だったなら、そう思わせる隙すらも与えないのに。
「そっか、ごめんね?仲が良さそうだったから、そういう流れもあるのかなー?と思っただけなの」
ワタシがニコッと笑いかけると、奏ちゃんがちょっと困った笑みを返してくれた。
無意識のまま、奏ちゃんが青鬼さんに好意を抱いているのは、どうやら確定ね。口惜しい気持ちはあるけど、彼等を見守ろうと思っているのは事実なのだし、当たり障りのない返答をしておく。
ワタシ、見守るとは思っていても応援までする気は無いのよ。
なので、『青鬼さんも、奏ちゃんの事好きよ。告白でもしちゃったら?絶対に上手くいくってワタシが保証してあげる』なんて、一生教えてあげないんだから。
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