義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【初デートは蜜の味(の予定である)】

当日〜お昼ご飯〜

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 買い物が一通り終わり、映画の時間になる前にお昼ご飯を先に済ませようという話になった二人が、ランチを食べる事の出来るホテルまでやって来た。開店直後だったおかげで予約は無くてもすぐに案内してもらえ、奏達が隣り合って座る。
 陽的には高級なコース料理でもご馳走したいくらいなのだが、奏が金額を気にしてしまっては気軽に楽しめないのではと思い、バイキング形式をやっている場所を選んだ。このホテルのオーナーは陽の古くからの友人なので味は保証されているし、きっと喜んで沢山食べてくれるだろうと思ったのに——

「…… すみません、結局全て出させてしまって」

 テーブルに突っ伏すに近い状態になりながら、奏が陽に向かって謝罪している。
 おごられたり、プレゼントされたりといった行為に慣れておらず、可愛く『ありがとう、嬉しいわ』とお礼が言えない。義弟相手となると余計に『年下に出させてしまった!』という気持ちが強くなってしまう。普段は缶コーヒー程度ならご馳走になってはいるが、今回は金額が金額なのでなかなか簡単には割り切れなかった。
「運動服だとかはそれこそ、私の我儘に付き合わせる為の物だから気にしないで。それにさ、好きな人に服を贈るのってゾクゾクして気持ちいいんだよね」
 たとえそれが運動服だろうが、奏を脱がせるシーンを想像するだけで陽の体が歓喜に震えてしまう。

(汗に濡れる肌が段々と晒されいく光景が、私の瞼の奥にはっきりと見える。奏ねえさんの後ろから、彼の着る速乾性の高いシャツの中に手を入れて、胸の尖りを優しくいじ…… ん?胸、胸?あれ、そういえば、胸…… )

ねえさん、今日はいつもとちょっと雰囲気が違うね」

 真隣に座っている奏の方へ改めてきちんと体を向け、陽の視線が奏の胸に集中する。いつもはペタンとしている奏の胸元が、体のラインがしっかりわかるタイプの服を着ている効果もあってか、妙に膨らんでいる様な気がした。

「わ、わかりますか?…… やった」

 伏せっていた顔を上げ、奏の顔がちょっとだけ綻ぶ。寄せて上げて、少ーしだけパットで盛った胸に気が付いてもらえた事がちょっと嬉しい。コレがきっかけにでもなって、“兄”では無く“姉”であると認識してもらえればと思った辺りで『…… あれ?何で此処まで必死に、女性であるとアピールしたいんだろう?私は』と奏は我に返った。

(胸まで作るとか、今日はいつもより“オトコの娘”っぷりに磨きがかかってるなぁ。デートだから、かな?気合を入れてきてくれたんだったら、嬉しいや)

「いいね、うん」
 短いコメントながらも嬉しそうに頷いてもらえ、奏がその笑顔に釘付けになる。この笑顔一つで『何故?』と思った気持ちが一気に消し飛び、妙に心臓が騒がしい気がするが、自分の心境が理解出来ずに奏は心の中で首を傾げてしまった。

(…… かっこいい顔立ちの人が目の前で笑えば、まぁドキッともしますよね、誰だって)

 無理に言い訳をし、話を逸らす為に「お料理を取りに行きましょうか」と奏が陽に声を掛けた。
「うん、そうだね。荷物は私が持つから、ねえさんはゆっくり選んで」
 にこやかに微笑まれ、『何なんですか、このイケメンは。気遣いとかナチュラル過ぎてもう』と改めて思う。こんな人が義弟になるのかと、改めてちょっと自慢気な気持ちになってきた。
「ありがとうございます」
 素直に礼を言いつつも、内心なんだかちょっとくすぐったい。こんなふうに感じるのは初めての事で、何だか不思議な気分だ。コレがデートをするって事なのかな?でもまぁ相手は義弟(仮)だ。擬似的な経験だとはいえ、貴重なモノとして今日という日をしっかり味わっておこう、と奏はこっそり決めたのだった。


「はい、コレも美味しいよ」
「………… 」
 とても自然に、当然の様な顔で陽が奏に『あーんして?』を強要してくる。

(確かに、口の側にあるローストビーフはとっても美味しそうではあるが、こんな公衆の面前で堂々とコレを食べていいものなのだろうか?あ、いや…… よくよく考えたら社食でもするべきではなかったのでは?だけど、義弟の我儘は聞いてあげたいし——)

「あ、あーん」
 場所が場所なだけに、いつも以上に気恥ずかしい気持ちになりながらも、奏が陽にローストビーフを食べさせてもらう。舌を見られている間中、陽の息遣いが妙に荒かった様に感じられたのだが、気のせいだろうか?
「…… 美味しいですね。和風な感じがします。コレって醤油とにんにくで味付けされてますよね」
「うん、店でこういった味付けのって案外無いよね。あ、もう一枚食べるかい?」
「あ、いえ。自分で取ってきますよ」
「でも、人気なのかもう無いみたいだよ。だから、ほら。ね?あーんして?」
 そう言われ、料理の並ぶコーナーに奏が目を向けた。確かにローストビーフの看板が飾ってあるスペースには今はもう何も置かれていない。全てもう出払ってしまっていて、次の用意の最中みたいだった。
「くっ…… 」

(何という事でしょう、もっと食べたかったのに!)

「ほら、照れなくてもいいじゃない。今日は二人の初デートなんだし、さ」
 ニコニコと嬉しそう言われ、『デート』という単語が奏の耳にやけに残る。彼女さんがいないかもしれない可能性が濃厚になり、尚且つ昨日の陽が呟いた『好き』の一言が奏の頭をよぎった。
「…… 陽さんって」
「んー?」
「彼女さんとかがいたら、隠しそうに無いですね」
 素直な感想だった。
 自分に対してもコレなのだ、交際相手にはさぞやベタベタに甘え、そして同時に相当甘やかすタイプなのでは?と、どうしたって思ってしまう。そうなるとだ、やっぱり例の“秘密の彼女”さんの存在は、言葉の受け取りミスであったのでは?という考えが益々濃厚になるばかりだ。

「当然、絶対に隠さないよ。だって『この人は私の大事な人だから、手出ししたら社会的に殺すぞ』って牽制しないとだしね」

 この上など無いだろうと思う程に爽やかな笑顔で物騒な事を奏は言われた。何故だろうか、その台詞が他人事に思えないのは。
「…… わぁ。歴代の方々は、さぞや大事にされてきたんでしょうね」
「歴代?私は今までに交際経験なんか一度も無いよ?」
 顔面偏差値の化け物みたいな人にそんな事を言われても奏は納得など出来ず、「いやいや、隠さなくても。別に、数が多いとかあっても、それをからかったりとか、引いたりはしませんよ?」と返した。

「んー。本当に、今まで誰とも付き合ってはいないよ?付き合ったりしたいと思える相手が側に居たら、絶対に手放すはずが無いからね。墓場まで一緒にどころか、もしあるのなら、来世でだって私のモノにしないと気が済まないくらいだし」

「流石に、お、重過ぎでは?」
 当然の疑問だ。もし相手の気持ちが離れたら、お互いに一体どうなってしまうのだろうかと思うと、奏はちょっと引き気味になっている。人の気持ちなど移ろいやすいものだと聞く。そうなってしまった時に、陽の精神が保つのだろうか?と心配にもなってきた。

「え、重いの…… かな。このくらいは普通じゃないの?少なくとも、私の周囲では一般論だけど」

 陽の友人関係は揃いも揃って一途な粘着質の者ばかりだったので、奏の指摘がピンとこない。『どんなに深く相手を好きでいようが、何も問題無いのでは?』と、どうしたって思ってしまう。『好き』という感情の前ではどんな行為だろうが全てが許される、と陽は本気で考えているからだ。

「だから、ねえさん。…… 逃げないでね?」
「…… え?」

 何故ここで自分がそんな事を言われるのか。
 昨日の『好き』って…… まさか——

 奏の顔が、徐々に真っ赤に染まっていく。
「じゃあ、時間制限もあるし、ご飯食べちゃおうか。はい、あーん」
 抵抗は無駄だろうと諦めつつ「あ、あーん」とは答えつつも、口が大きく開けられない。『コレは義弟だからという甘えでは、どうやらなさそうだ』と気が付き、奏は心底対応に困ったのであった。
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