義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【初デートは蜜の味(の予定である)】

前夜の確認②——青鬼陽視点

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 部屋の居間で一人。陽が優雅に紅茶を飲みながらソファーで本を読んでいると、部屋のチャイムが鳴った。明日はやっと奏と二人きりで映画を観に行ける日なので今夜の予定は何も入れておらず、来客の連絡も無かったので誰が来たのか検討もつかない。ネットでの買い物もしていないし、セールスだろうか?

 ピンポーン…… ピンポーン…… 。

 一度目は放置したのだが、二度、三度と続けてチャイムが鳴る。
「このままじゃ五月蝿いし、放置するわけにもいかないか」
 重い腰を上げ、面倒くさいなと思いながら玄関へ向かう。何かの勧誘かもしれないという考えが捨てきれず、知らない顔なら居留守を使おうと考えながら彼は念の為ドアスコープを覗いてみた。

「…………」

 円形のレンズの向こうに見えた存在が頭で処理出来ず、陽はガンッと玄関扉に頭を打ち付けた。そこには、絶対にこの時間ではポップしないはずの激レアな存在が居たからだ。
 何かのバグか?とうとう、好きがいき過ぎて幻しが見える様にまでなったのだろうか。

 早く奏に逢いたい気持ちが積もりに積もり、チャイム音の幻聴から始まって、今はドアの向こうに幻覚が現れた。

 きっとそうだ、それ以外にあるはずがない。陽はそう決めつけ、ドアの前から居間へと引き返そうとした。すると扉の向こうから「今すごい音が聞こましたけど、大丈夫ですか?」と、くぐもった声が確かに聞こえ、陽はバッと勢いよく振り返り即座に解錠して扉を開いた。

「…… えっと、『来ちゃった♡』」

 泊まりか?泊なのか⁉︎——と、期待したくなる大きさの鞄を腕に抱える奏が目に入り、陽は無言のままその場で膝をつくようにして崩れ落ちたのだった。


       ◇


「先程は、失礼しました」
 ソファーに腰掛け、荷物を腕に抱いたまま、奏が陽に向かって頭を下げる。
 さっきの行為は流石に巫山戯過ぎたかもしれない。きっとそのせいで陽は驚いたのだろうと思うと、彼女は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。『これは、参考にしたサイトが悪かったのかもしれないな』と奏は後悔している。

「いやいやいや、生音声でねえさんの素晴らしい『来ちゃった♡』を頂けて、もう最高だったよ!録音して毎夜寝る前に聴き続けたいレベルで嬉し過ぎて、ちょっと体から力が抜けただけだから気にしないで」

 すこぶる機嫌の良い陽が、意気揚々と対面式のキッチンスペースでお茶の用意を始める。
 いつかまた奏が来た時におもてなし出来る様にと多種多様なお茶を用意しておいたのだが、まさかこんなに早く出番があるとは思っていなかったので、どれを出そうかとちょっと悩んでしまう。時間も遅めなので珈琲よりは紅茶だろうか?緑茶もいいが、残念ながら陽は一人だとおやつを食べないのでお茶受けがない。これからはいつでも兄さんをお迎え出来る様に何かしらのお菓子も用意しておこうかと陽が考えていると、「手伝いますね」と奏が彼に声をかけた。

「いいんだよ、ねえさんは座っていても。あ、でも…… こうやって一緒に台所に立つのって、新婚さんみたいでいいね」

 えへへ、と陽が嬉しそうに笑う。だが、奏はもっと他の事が気になるみたいで全然聞いていなかった。
「食器類、随分増えたんですね」
 備え付けの食器棚からカップを二つ出しながら奏が言った。
 彼女の言う通り、前回の訪問からは随分とこのキッチンは様変わりしている。試験管やビーカーなどの実験道具ばかりが並んでいたのに今は各種調味料が多く並び、食器も鍋類も随分と増えていて、その大半は奏が贈った物だった。
「二セットずつ、ですね」と、奏が食器棚の中身をじっと見詰める。
「あぁ、ねえさんの分だよ。また一緒にご飯を食べるつもりでいたからね。ねぇ、飲み物は紅茶でいいかな。それともハーブティーとかの方がいい?」
「私の分…… ?ふむ…… 」
 奏は後半を全く聞いておらず、腕を組んで何か考え事をしているみたいだ。
「…… ねえさん?聞いてる?」
 ポンッと奏の両肩に手を置いて、耳の側で声を掛ける。すると奏が驚き、「あひゅんっ!」と変な声で鳴いた。ゆっくりとした動きで、奏が自分の耳を塞ぐ。脳髄を直接撫でられたみたいな感覚が体に走り、相当びっくりした様子だ。
「もしかして…… 耳、弱いの?」と、吐息まじりに陽が追い討ちをかける。陽の声が普段よりも低く、奏は耳を塞いでいてもその声の魔力に抗えず、背中を反らしながら「あひゃんっ!」と、また変な声をあげた。

「…… か、か、可愛いぃ…… 」

 陽が肩を震わせながら奏のふわりとした髪の中に顔を埋める。いい香りもするし、サラッとしつつもふわふわな髪が頰や額に当たって気持ちいいしで、心臓が否応無しに高鳴ってきてしまう。
「えっと、えっと…… 紅茶を、頂いてもいいですか?」
 顔を真っ赤にしながら奏が話を逸そうとする。勢いに任せてこのまま首にでも喰いつきたい衝動を無理矢理押さえ込み、陽は「紅茶だね?いいよ」と穏やかに答えた。

 お湯を沸かしている間にティーポットの用意をする。三種類ほどある茶葉の中から、どれにしようか陽が悩んでいると、奏が彼の服の裾を背後からくいくいっと引っ張った。
「んー?どうしたの、ねえさん」
 彼が振り返ると、陽の顔を見上げる奏の猫みたいな瞳と目が合う。身長差があるせいで、彼は少しだけ『甥っ子に服を引かれるのってこんな感じなのかな?』と思った。
「すみません、お手洗いを借りてもいいですか?」
「もちろん。場所、わかるかな。玄関の方に戻ったらあるんだけど」
「大丈夫です、何となくわかると思うので」
 そう答え、奏がキッチンから移動して行く。
「じゃあ私は紅茶の用意が終わったら、居間にあるテーブルにでも出しておくね」
「ありがとうございます。でも…… 結局手伝えずにすみませんでした」
 奏が振り返り、深々と頭を下げる。まだちょっと顔が赤く、耳に感じたぞくっとした感覚が抜けきっていないみたいだ。
「いえいえ。そもそも手伝って貰わないといけない程の事も無かったしね。あ、でもカップを出してくれてありがとう」
 おかげで返事を聞くよりにも先に奏がどんな物を飲みたいのか絞り込めたので、本当に助かった。

 紅茶を淹れ終わりテーブルの上にカップを並べる。陽は悩み、結局無難にアールグレイを用意した。他のものはまた別の機会か、これを飲み終わった後にでもまた淹れればいいだろう。
 …… それにしても、奏の戻りが遅い。お手洗い程度ならもう戻っていてもおかしくない時間だ。
 もしかして、体調でも悪いのだろうか?
 気になった陽は立ち上がり、お手洗いに向かった。


 コンコン。扉をノックし「ねえさん?大丈夫?お腹痛いとか?」と声を掛ける。だが、奏の返事が無い。よくよく見てみると扉には鍵もされておらず、恐る恐る開けて中を確認するも、そこには誰もいなかった。
「…… あれ?」
 不思議に思いながら、洗面所に行く。手でも洗っているのかもと思ったが、そこにも奏は居ない。
「どこに行ったんだ?」
 玄関に目をやるも、靴はあるので外に出た訳ではなさそうだ。
 そうなると、他に可能性があるのは二部屋。部屋の間取り的に仕事部屋は居間からでなければ入れない。となると残りの可能性は寝室だけなのだが…… そんな場所に、真面目な奏が勝手に入るだろうか?いや、無いだろ、そんなご褒美的展開は。
 そうは思ったが、念の為にと陽は寝室に足を向けたのだった。


 自分の部屋なので、彼はノックをせずにドアノブを回した。でも念の為、そっと音がならない様気を付けながら開けてみる事に。ゆっくり、ゆっくりと…… 部屋の電気は消えたままだが、消してあったはずのベッドサイドランプが燈っている。奏が居るのは、この部屋で正解だったみたいだ。

(だが、何故寝室なのだ?こんな場所に兄さんは用など無いはずなのに)

 更に扉を開け、陽が一歩中に入る。さっと室内を見渡しても奏が立っている様子は無かったが、ベッドの上から何やらガサゴソと音がしていた。
「…… 何も無い、ですね。ここはシロか」
 ベッドの上にうつ伏せで寝転がり、寝台と壁の隙間を覗き込んでいる奏の姿を確認し、陽は反応に困った。

(これは…… 今度こそ据え膳か?私のベッドに兄さんが寝てるとか。しかもちょっとお尻が上がり気味で、もう『後ろから獣の様にブッ込んで下さい』とおねだりしている体勢にしか見えないんだが…… )

 膝丈まであるはずのスカートがちょっと捲れ上がり、綺麗な白い脚が仄暗い中にスッと伸びていてとても美しく、それを見た陽がゴクリと唾を飲み込んだ。

 陽の存在に気が付かぬままサービスタイムが終わり、奏が顔を上げてペタンと座る。
「だけど枕は、二つ。これはクロですね」と呟き、ポフポフと枕を叩く。この瞬間、今後の彼の夜のオカズは確定した。もう陽がその枕を買い替える事は生涯無いだろう。
 引き続き、可愛い可愛い奏が陽の部屋で何をしたいのか見守りたい気持ちはありつつも、このままでは手出しをしていいのかもわからずモヤモヤする。なので陽は、断腸の思いで「何してるの?」と問い掛けた。
 その事で、奏の体が当然の様に面白いくらいにビクンッと跳ねた。まるで悪戯のバレた子猫の様な反応だ。
 ギ、ギギギッと、音でも鳴りそうな動きで首を動かし、奏が陽を見上げる。表情の乏しい彼女の瞳が激しく動揺に染まり、返答に困っていると陽は感じ取った。

「ま…… 『間違っちゃった♡』」

 何をどう間違ったら寝室のベッドに座る流れになるのか全く陽にはわからなかったが、「いいよ、全然問題ない!」と、満面の笑みを浮かべて全力で全てを許した。彼には後ろめたい事など微塵も無いので、“自分のベッドの上に兄さんが座った”という事実が手に入っただけでもう充分で、奏の真意などはどうでもよくなってしまったのだった。


 居間に二人が戻り、並びあってソファーに座る。
 カップに入る紅茶は少し冷め始めていて、陽は「淹れ直すね」と立ち上がった。だが奏が即座に彼の袖を引き、首を横に振る。
「平気ですよ、むしろ飲みやすい温度で嬉しいです。美味しい紅茶ですね。あまり飲む機会はないですけど、いい香りでホッとします」
 ほっこりとした気持ちになりながら、奏が息を吐く。そんな彼女の姿に対して陽はうっすら笑みを浮かべると、またソファーに座り直した。
「よかった、私も好きな香りなんだ。お菓子でもあったらもっとよかったんだけど、ごめんね」
「いえ。…… すみません、私が手土産を買って来るべきでした」
「そんな、気にしないで。ねえさんが来てくれた事実だけでもう、私はお腹いっぱいだから」
 嬉しそうにそう言う陽の横で、奏の視線はゴミ箱に釘付けになっていた。半透明のプラスチック製の物で、遠目で見る分には中身は空っぽだ。こまめに処分しているみたいで、奏が知りたい情報はそこには無いと一眼でわかる。なので彼女は次のチェック項目へと移った。

「特に物は増えていないんですね」
 奏は居間の中をキョロキョロと見回している。相変わらず物も棚も少なく、殺風景のままだった。
「まぁそんな急には、ね。でも本を買ったんだ。童話の本なんだけどね、久しぶりに読むとこれがまた結構面白くって、もうほとんど読み終わっちゃったよ」
「これですか?」と訊きながら、テーブルの上に置かれたままになっていた一冊の本を奏が手に取った。表紙には『大人になってから読みたい童話の真相』と書かれている。
「面白そうですね」
「だろう?結構すごいよ、サイコホラー仕立てだったり、ちょっとエッチな話なんかもあったしね」
「え、えっ…… わぁ」
 動揺し、奏が顔を赤くする。どの程度か読んでいないのでわからないが、そういった内容の本を陽が今さっきまで読んでいたのかもしれないと思うだけで反応に困ってしまう。

「かーわぃ、耳まで赤いよ?ねえさんは読まないの?」
「よ、読みませんよ⁉︎」

 声を大にして、即座に奏が否定した。
「童話を、だよ?何?もしかして、エッチな本を読まないか訊かれたかと思ったのかな?」
 ニッと笑われ、陽にからかわれたのだと奏は察した。
「あまり巫山戯ないで下さい。そ、そういうからかいには慣れていないからどう返していいのかわからず、きっと場の空気を悪くしてしまいますから」
「あはは!うんうん、いいね。その方が私は嬉しいなぁ」
 陽がソファーに寄りかかり、笑いながらそう言った。
 彼の視線の先には奏のすっと綺麗に伸びた小さな背中があり、そこからつながる首筋はとても細い。こんな些細な話題だけでもそのうなじが赤く染まってしまっている様子がありありとわかり、陽の体がぞくっと震えた。

「ところで、今日は急にどうしたの?」
「あ、すみません。まずはそれを詫びるべきでした。連絡も無しに来てしまって迷惑でしたよね」
 軽く振り返り、奏が詫びる。
「いやいや、ねえさんならいつでも大歓迎だよ。なんだったら泊まっていかない?どうせ明日も一緒に出かけるんだし、問題ないだろ?それに——」
 そう言って、陽が奏の足元に置かれた大きな鞄に目をやった。
ねえさんもそのつもりだったんじゃないの?」

「ちが、ち、違いますよ⁉︎」

 大きな声で全否定されてしまった。チッ!と舌打ちしたくなる気持ちに陽はなってしまったが、寸前で堪える。
「…… あー、どうしましょう。ここまで来たし、まぁまぁ問題は無さそうだし…… 。——よし」
 口元に手を当て、ボソボソと奏が呟く。何かを決意すると、前屈みになって鞄を持ち上げ、それを膝に乗せた。
「よいしょっと。壊れては…… いない、ですね。よかった」
 鞄を開けて中を見て、奏がホッと安堵する。陽は「なんだろう?それ」と興味津々だ。
「贈り物です。こう言ってはなんですが、陽さんのお部屋は殺風景ですからね。何か飾ると雰囲気が少しは変わるのではないかと思いまして」
 テーブルの空いたスペースに、奏が赤い薔薇の入るガラスケースをトンッと置いた。
 ちょっと項垂れた感じに演出されていて、台座には数枚の花びらが散っている。奏がスイッチを入れると花が下からうっすらと照らされ、薔薇そのものが光っているみたいに見えた。
「…… わぁ」
 奏からの贈り物だというだけでもテンションが上がるのに、とても美しい細工が施された品を前にして上手く言葉が出てこない。
「明日見に行く『美女と野獣』に登場する魔法の薔薇をイメージして作ってみたんです。あ、でもあまりまじまじと見ないで下さいね?出来れば遠くから見て頂ければ。かなり頑張って作りはしましたが、所詮は素人細工なので——」
「作ったの⁉︎に、兄さんが?」
 奏が最後まで言い訳を言い終える前に、驚いた陽が言葉を被せた。
「はい。“姉さん”が、作りました」
「あ、ごめん。嬉しくって…… わぁ…… 。ねぇ、触ってもいい?」
「もちろんですよ。で、でも…… 粗探しは、しないで下さいね」
 表情は変わらないが、はにかむ様な雰囲気が奏から漂っている。
「…… 可愛いなぁ」
 陽は奏の顔を横から覗き込み、ぼそっと呟いた。
 自分の為にわざわざ作ってくれた品を、こうやって自分の手で届けてくれた事で胸が打ち震えている。しかも初めて一緒に観に行く予定の映画にちなんだ品となると、尚更だ。奏も初デートを楽しみにしている事が伝わってきて、まるで告白でもされた時の様に嬉しくってたまらなかった。

 手に取って、陽が置物を四方からじっくりと観察する。台座の引き出しに気が付き、それを開けてもみた。
「小物入れもつけてみたんです。香り袋を入れたりとか出来るかなと思いまして」
「いいね!薔薇の香りがする物を近いうちに作って入れておくよ。ねえさんの分も用意しようかな。ねえさんはとても可愛らしいから、薔薇の匂いも似合うと思うんだ」
「え、いいんですか?…… 彼女——」
『さんに悪いのでは?』と続けそうになった言葉を、奏が止めた。八割方、あの女性の話は自分の受け止めミスだったのではないかと思い始めてきているからだ。

「…… 何度も言うけどね、そんな相手はいないよ?私はねえさんが好きなのに、他に目移りとかするわけがないじゃないか」

 手に持った細工に目を奪われながら、陽がさらっと奏に告白した。
「ありがとうございます」
 軽く受け流されてしまったが、陽は気にもしない。こういう扱いに慣れてきているからだ。

 置き物をうっとりとした瞳で見詰め、陽がニタリと笑う。言葉には塩対応であっても、ここまでの事をしてくれる人が自分を何とも思っていないなんて、あるはずがないと確信する。どのタイミングで手出しをしていいのかだけは判断がつかないままだが、ひとまずはジワジワと外堀を先に埋めていけば、そのうち兄が手に入るのだと信じて疑っていない。
 いっそこのままココに閉じ込めてしまえればいいのだが、残念ながら何も準備が整っていない。あるのは手枷や多少の玩具くらいな物だし、同性間での行為に対してまだまだ勉強不足である事は否めない。

(昨夜寝落ちした時に見た夢みたいに、“兄さん”が“姉さん”であったのなら…… 話はもっと早いのになぁ)

 わざわざ自分から部屋に来てくれている好機をいかせない事を残念に思いながら陽が周囲をさっと見渡す。奏の口ぶり的にも是非この部屋に飾っておきたいが、何もないに等しい室内では丁度いい場所がどこにも無かった。
「ひとまずテーブルに置いておいて、近いうちにこれを飾る為の棚でも買おうかな」
「とてもいいと思いますよ。気に入ってもらえてよかったです。こういった品を作るのは初めてでしたが、とても楽しかったので、また何か作ろうかなと思うくらいでした」

「欲しい!ねえさんの作った物なら、全部欲しいな」

 パッと花開いた笑顔で言われ、奏がクスッと笑った。
「えぇ、いいですよ。でも…… いつになるかは何とも言えないので、気長に待っていて下さいね?」
「もちろん!」と答え、陽がギュッと置き物を抱きしめる。一生の宝物を手に入れられて幸せいっぱいだ。この先、もっともっとこの部屋が奏の手作りの品に染まっていくかもしれないと思うと、全身がブルッと震えた。

「あぁ…… 好き、好きぃ——」

 うっとりとした顔で何度も何度も何度も言われ、奏が流石に照れてきた。『好き』という言葉の持つ魔力にはどうしたって抗えず、まるで異性として好きだと言われているみたいに聞こえてきてしまう。
 頰を褒め、慌てて陽の方から視線を逸らす奏の姿に、またぞくっとする。どうして奏はこんなにも可愛いのか、もうここまでくると憎たらしくさえ思えてしまう。

「あ、えっと。えっと…… もう遅いので、私は帰りますね!」

 空っぽになった鞄を慌てて掴み、奏が立ち上がる。だが咄嗟に陽が奏の服を引っ張り、くんっと後ろに体が仰反った。
「待って!泊まっていけばいいのに。ほら、枕も二つあるしベッドも大きいし、一緒に寝られるよ?」

「い、い、い、一緒とか、無理に決まってるじゃないですか!」

 そう叫んだ声は裏返っていて、とてもじゃないが奏から出た声だとは思えないレベルだった。
 好きと言われ過ぎた弊害が思いっきり体を支配しているせいで激しく動揺してしまい、それを全く隠せない。

「か、帰ります!絶対に、絶対に帰ります!明日の用意もしないと…… 」

 服を掴まれたままなのに、奏がそれでも玄関に向かおうとする。流石にそれでも引っ張ってしまっては服を破きかねないので、陽はパッと手を離した。
「お邪魔しましたぁ!」
 早足に玄関まで進むと、さっさと靴を履いて奏が嵐の様に去って行く。何度も何度も壁に体をぶつけ、鞄を扉に引っ掛けたりもしながらだった為、玄関ドアを出る頃には随分とボロボロの姿になっていた。

「…… あんなに慌てなくてもいいのに。下心ありだったのバレたのかな。一緒に寝て、無理そうだったら、まだまだ待ったのになぁ」
 残念そうに呟きながら陽がソファーから立ち上がり、鍵をかけに玄関へ向かう。ガチャッと音がなり、施錠の済んだ玄関ドアに両手と額をコツンッとつけ、陽はゆっくり瞼を閉じた。

「大好きだよ、奏にぃさん…… 。早くまた逢いたいなぁ」

 心の奥から溢れ出た一言は、より一層、彼の胸を締め付けたのだった。
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