45 / 79
【幕間の物語(短話詰め合わせ)・その三】
気が付いた事は知らせるべきか?(寺島•談)
しおりを挟む
「…… ども」
一階のロビーから一番近いトイレを出てすぐの所。俺はバッタリと出くわした、見知った顔の人物に短く挨拶をした。
「お疲れ様です」
向こうも挨拶を返してくれたが、猫みたいに大きな瞳の奥には『誰だろうか?』と思う気持ちが滲み出ている。当然だ、話した事もない奴から用件もなく挨拶をされれば、社内だろうがそう思うだろう。しかも場所も場所だしな、トイレの前で、というのはお互いにちょっと気恥ずかしくもなるってもんだ。
…… あれ?
俺はふと大事な事に気が付き、己の居る位置と、彼が出て来た場所がどこかを確認しようと思い、ゆっくり顔を上げた。俺は今男子トイレから出て来た。目を覚まそうと、出先で飲んだ珈琲の量があまりに多かったからだ。いや違う、そんな事今はどうでもいい。待て待て待て、さっきの椿原さん——
女子トイレから、出て来なかったか?
男子トイレの入り口横に貼っている案内のピクトグラムは確かに男を指すものである。隣の入り口には、間違いなく女子トイレを表現するものが描かれていた。何度も確認し、己の見間違いではなかったかを確かめたが、どうなら間違い無さそうだ。
女性かよ!あの見た目で!
一瞬叫びそうになったが、寸前で堪えた。
この間こっそり見た人事課の記録も思い出し、あの性別欄は間違い無かったのかと反省する。『間違ってるぞ』と人事課にメールまで出して指摘した事が今更恥ずかしくなってきた。
マジかよ、青鬼は一体何をもってして椿原さんがお兄さんだと勘違いしたんだ?やっぱりあの容姿か?いや。アイツ『自分はゲイだ』とか言っていたし、“そんな自分が惚れる”=“男”だと思い込んでいるだけなんじゃないのか?
監視カメラを終始覗いてはニヤニヤしたり、スマホで撮ったであろう盗撮めいたアングルの写真を指でなぞったり、作業の進行度ガン無視で毎日休憩をきっちり取るようになったりしたのは、絶対に椿原さんに惚れている事からの行動だ。
だけどそれって、“兄さん”だと思っているからなんだよな?
実は“姉さん”だと知ったら、アイツはどうなるんだ?
女性に興味はないと、今更一蹴するのか?
でもせっかく、『歪んでんなぁ』とは感じつつも、やっと青鬼が本当に自分の為になる行為にハマッてくれている状態なのに。
献身的に盲目的に。湯川社長の為にと尽くす事が悪いとは思わない。俺だって、仕事仕事であまりプライベートの無い身なのだからどっこいだ。人の事は言えん。
慣れない仕事と勉強内容で日々疲弊し、溜まるストレスを発散する術も無く、ただただ彼の為にと過ごしてきた日々と比べると、最近の青鬼は格段に人間らしくなった。…… 変態的にもなったが、まぁ逮捕されなければ良しと黙認出来る範囲だ。…… 今なら、まだ。
遠回しに確認するか。んで、そこから教えてやるか否かを判断しよう。
女性であるという事でテンションが下がる様ならば、秘密にする。仕事の効率にまで影響が出かねないからな。
だがしかし、上がるようなら教えてやるか。異性だとわかれば、もっと堂々と正面からアプローチしてお付き合いする事だって出来るはずだ。両家内で、兄姉と弟妹とが結婚とかも面白いじゃないか。
◇
秘書課に戻り、席に着く。俺よりも先に戻っていた青鬼は自分の席に座っており、書類を広げながら真面目に仕事をしていて、ちょっと安心した。時折パソコンの画面をチラ見してはいるが、あれは参考資料を見ているというよりは、椿原さんの行動を確認しているといった所か。
「お疲れ様。これ、戻る途中で買って来たんだけど飲むか?」
そう言って、最近青鬼がお気に入りの缶コーヒーを差し出す。
「あぁ。ありがとう、助かるよ。丁度喉が渇いてきたところだったのに、兄さんの方は休憩を取ってはくれなさそうだったからさ」
「一人でも行けばいいのに」
「嫌だよ、一緒に居られる数少ない機会を逃したくない。こっちだって割ける時間には限度があるんだしね。次のスケジュールとの兼ね合いとかもあるし。あー、いっつも頭使いっぱなしだからか最近甘いコーヒーばっか飲んでる気がする」
「そういやそうだな、前はブラックだったのに。って、お前、前より今の方が頭使ってるって、おい」
「だってそうだろう?仕事だ勉強だはこっちのペースで全て出来たんだから、ただ淡々と決まった事をこなすだけでいいんだ。でも今は違う。相手が常にどう行動するかを把握出来ないから、こっちが合わせられる様に事務処理の手順、量、ペースを組んでいかないといけないんだ。外に出る事も多いから、本社に居られる時間は有効に使わないとね」
「そこまでするかよ。終業後とか、休みの日とかで会えばいいんじゃないのか?」
話が思いの外長くなりそうなので、席を立って青鬼の机の側にしゃがみ込む。幸い今は他には誰も居ない。電話番の人も含め、俺達以外は出払っているみたいだ。
「無理なんだよね、断られる。“何か”、もしくは“誰か”に気を遣っている感じがするんだよなぁ。夜に出かけてくれたのなんて、食事をした一回きりだよ。休みの日に一度来てくれた事もあったにはあったけど、朝ご飯を食べたら即帰ったしね。長くは…… 側に、居ない」
切な気に言い、青鬼が手元の紙をくしゃっと掴む。慌ててそれを伸ばしたが、再度印刷をした方が良さそうだ。
「俺が後で印刷しておくから、それだけ後回しにしておけよ」
「あぁ、ありがとう」
「…… なぁ、青鬼」
「ん?」
「もし、もしだぞ?もし…… 」
「電話かよ、もしもししつこいぞ」
「ちょっと念押ししたかっただけだ!」
「——で?何だい?一人でサボっていてごめんねーって話か?」
クスクスと笑いながらも、青鬼の手元はずっと動いている。きちんと仕事をしている奴からそう言われると耳が痛い。
「すまん。ただちょっと、な?もし、椿原さんが…… 」
「兄さんが、何?何かあったの?どこかで会った?ずるい、どうして私の居ない時に!」
バッと顔を上げ、悔しそうに青鬼が顔を顰める。
「そういえば、さっきどこかから丁度戻って来た所だったもんな。どこで会ったんだ?兄さんはどこに行っていたの?」
「トイレでバッタリ会っただけで、別に——」
「み、見たのか⁉︎」
「覗くわけねぇだろ!」
そもそも向こうは女子トイレに入っていたんだ、覗ける訳がない。もっとも、もし椿原さんが同性で、偶然男子トイレでバッタリ出くわしたとしたって、男のモノを覗くワケが無いだろうが。あ、いや…… コイツは、覗く気なんだな、この反応的に。
「…… ちっ!」
盛大に舌打ちをされた。もし俺が偶然でもアレを見ていたとしたら、それはそれで色々知りたかったのか?この変態め。
「じゃなくだ、そんな話をしたいんじゃない。ただちょっとな、椿原さんがもし、女性だったら、お前はどうするのかなーと思ってさ。嫌いになったり、するのか?興味が無くなるとか、ただの姉と弟の、正しき姿になるとかすんのかなぁと、ちょっと気になってな」
「兄さんが姉さんだったら、監禁婚も厭わないかな」
カンキンコン?何だそれは、ベルの音色みたいな響きなのに、何でか物騒な言葉にしか聞こえない。
「兄さんと家族になるには今のままじっとお互いの弟妹達が結婚するのを待つのが手っ取り早いかなぁと思っているけど、異性だったら部屋に閉じ込めて、たっぷり愛して先に既成事実を作ってしまってから、後で心も手に入れるって方法もあるからね」
「無い無い!犯罪じゃねぇか!」
そんな状況から愛してもらえるわけが無いだろうが。それで上手くいくのは、元々両想いだって事に気が付かぬまま、片方が暴走した時だけだ。
「え、みんなやってるよ?」
「どこの世界の“みんな”だよ、お前の周囲は犯罪者集団しかいねぇのかよ」
流石にドン引きだ。
勝手にコイツを親友だと思っていたが、ちょっとその考えを改めた方がいいかもしれん。それとも逆に、そこまで話せる相手だと青鬼も思ってくれていると思えばいいのか?
「弟妹同士が結婚する事で私達も家族になるから、イコールで結婚しているみたいなものだよねとは思うけど、正直それじゃ全然足りないからさ」
持っていたペンを机に置き、青鬼が椅子の背もたれに寄りかかって大きく伸びをする。その後もしばらく天井を見詰めたまま、「“姉さん”…… 何だとしたら…… 今すぐにでも、全部が欲しいなぁ」と呟いた。
立ち上がるのが怖い。今の奴の表情を知りたくない。深海の奥深く、闇しか存在しない場所を覗く前みたいなそら寒さを背中に感じる。
「…… でもまぁ、こんな妄想はしても仕方がないよね。兄さんは、どんなに可愛かろうが兄さんなんだしさ」
気を取り直したのか、明るい顔で椅子に座り直し、陽がまたペンを手に取る。
いや、姉さんだったぞ?
人事記録くらいお前はとっくに見てるよな?
何故気が付かない。自制してるのか?本能的に恋しい者を傷付けまいと、気が付くきっかけからわざと目を逸らしているのか?
だとしたら俺は、どっちの心を優先してやればいいんだ。
他人の幸せばかりを願ってきた青鬼を満たしてやりたいが、椿原さんの事も気にかかる。研究主任の娘だ、何かあってはマズイ。それは本人だってよくわかっているはずだ。これでも青鬼は、妄執する想いを必死に制御しているのだから。
じゃあ俺は、どうしてやったらいいんだ——
「…… どうした?寺島。流石に仕事しないとまずいぞ。あと二時間もしたらまた取引先に挨拶に行くんだろう?」
ペンで頭を軽く叩かれて、やっと我に返った。
「そ、そうだな、ワルイワルイ」
スクッと立ち上がり、背筋を伸ばして席に戻る。パソコンの電源を入れつつ、鞄を膝に置いて中からファイルを数冊取り出していると、机に頬杖をつきながらこちらをじっと見ている青鬼と目が合った。
「何だ?心配しなくても、ちゃんと仕事するぞ?」
「あ、いや。それは心配していない。ただ…… 何で兄さんが、姉さんだったら何て話をし出したのかなと思ってさ」
ギクッと内心焦ったが、どうにか俺は表情一つ変える事なく「あんな美人とすれ違えば、『もしかして女性じゃね?』って期待も膨らむってもんだろ?まぁ俺的には、人事課の主任の方が断然好みなんで、『兄さんに手を出すな』とか、馬鹿な文句は止めてくれよ?お前と何かを取り合うとか絶対にごめんだからさ」と返した。
「あぁそうだな、知ってる。んな心配は微塵もしていないよ」
ニッと笑いながらそう言われ、青鬼に対して『この人たらしめ!』と思った。『お前が男じゃなかったら、絶対に惚れてた』とかまで考えてしまい、慌ててファイルに目を落とす。
椿原さんが女性であったと教えてやるか否か…… 。すぐには答えを出せそうにないから、しばらくは様子見ってことにしておこう。
一階のロビーから一番近いトイレを出てすぐの所。俺はバッタリと出くわした、見知った顔の人物に短く挨拶をした。
「お疲れ様です」
向こうも挨拶を返してくれたが、猫みたいに大きな瞳の奥には『誰だろうか?』と思う気持ちが滲み出ている。当然だ、話した事もない奴から用件もなく挨拶をされれば、社内だろうがそう思うだろう。しかも場所も場所だしな、トイレの前で、というのはお互いにちょっと気恥ずかしくもなるってもんだ。
…… あれ?
俺はふと大事な事に気が付き、己の居る位置と、彼が出て来た場所がどこかを確認しようと思い、ゆっくり顔を上げた。俺は今男子トイレから出て来た。目を覚まそうと、出先で飲んだ珈琲の量があまりに多かったからだ。いや違う、そんな事今はどうでもいい。待て待て待て、さっきの椿原さん——
女子トイレから、出て来なかったか?
男子トイレの入り口横に貼っている案内のピクトグラムは確かに男を指すものである。隣の入り口には、間違いなく女子トイレを表現するものが描かれていた。何度も確認し、己の見間違いではなかったかを確かめたが、どうなら間違い無さそうだ。
女性かよ!あの見た目で!
一瞬叫びそうになったが、寸前で堪えた。
この間こっそり見た人事課の記録も思い出し、あの性別欄は間違い無かったのかと反省する。『間違ってるぞ』と人事課にメールまで出して指摘した事が今更恥ずかしくなってきた。
マジかよ、青鬼は一体何をもってして椿原さんがお兄さんだと勘違いしたんだ?やっぱりあの容姿か?いや。アイツ『自分はゲイだ』とか言っていたし、“そんな自分が惚れる”=“男”だと思い込んでいるだけなんじゃないのか?
監視カメラを終始覗いてはニヤニヤしたり、スマホで撮ったであろう盗撮めいたアングルの写真を指でなぞったり、作業の進行度ガン無視で毎日休憩をきっちり取るようになったりしたのは、絶対に椿原さんに惚れている事からの行動だ。
だけどそれって、“兄さん”だと思っているからなんだよな?
実は“姉さん”だと知ったら、アイツはどうなるんだ?
女性に興味はないと、今更一蹴するのか?
でもせっかく、『歪んでんなぁ』とは感じつつも、やっと青鬼が本当に自分の為になる行為にハマッてくれている状態なのに。
献身的に盲目的に。湯川社長の為にと尽くす事が悪いとは思わない。俺だって、仕事仕事であまりプライベートの無い身なのだからどっこいだ。人の事は言えん。
慣れない仕事と勉強内容で日々疲弊し、溜まるストレスを発散する術も無く、ただただ彼の為にと過ごしてきた日々と比べると、最近の青鬼は格段に人間らしくなった。…… 変態的にもなったが、まぁ逮捕されなければ良しと黙認出来る範囲だ。…… 今なら、まだ。
遠回しに確認するか。んで、そこから教えてやるか否かを判断しよう。
女性であるという事でテンションが下がる様ならば、秘密にする。仕事の効率にまで影響が出かねないからな。
だがしかし、上がるようなら教えてやるか。異性だとわかれば、もっと堂々と正面からアプローチしてお付き合いする事だって出来るはずだ。両家内で、兄姉と弟妹とが結婚とかも面白いじゃないか。
◇
秘書課に戻り、席に着く。俺よりも先に戻っていた青鬼は自分の席に座っており、書類を広げながら真面目に仕事をしていて、ちょっと安心した。時折パソコンの画面をチラ見してはいるが、あれは参考資料を見ているというよりは、椿原さんの行動を確認しているといった所か。
「お疲れ様。これ、戻る途中で買って来たんだけど飲むか?」
そう言って、最近青鬼がお気に入りの缶コーヒーを差し出す。
「あぁ。ありがとう、助かるよ。丁度喉が渇いてきたところだったのに、兄さんの方は休憩を取ってはくれなさそうだったからさ」
「一人でも行けばいいのに」
「嫌だよ、一緒に居られる数少ない機会を逃したくない。こっちだって割ける時間には限度があるんだしね。次のスケジュールとの兼ね合いとかもあるし。あー、いっつも頭使いっぱなしだからか最近甘いコーヒーばっか飲んでる気がする」
「そういやそうだな、前はブラックだったのに。って、お前、前より今の方が頭使ってるって、おい」
「だってそうだろう?仕事だ勉強だはこっちのペースで全て出来たんだから、ただ淡々と決まった事をこなすだけでいいんだ。でも今は違う。相手が常にどう行動するかを把握出来ないから、こっちが合わせられる様に事務処理の手順、量、ペースを組んでいかないといけないんだ。外に出る事も多いから、本社に居られる時間は有効に使わないとね」
「そこまでするかよ。終業後とか、休みの日とかで会えばいいんじゃないのか?」
話が思いの外長くなりそうなので、席を立って青鬼の机の側にしゃがみ込む。幸い今は他には誰も居ない。電話番の人も含め、俺達以外は出払っているみたいだ。
「無理なんだよね、断られる。“何か”、もしくは“誰か”に気を遣っている感じがするんだよなぁ。夜に出かけてくれたのなんて、食事をした一回きりだよ。休みの日に一度来てくれた事もあったにはあったけど、朝ご飯を食べたら即帰ったしね。長くは…… 側に、居ない」
切な気に言い、青鬼が手元の紙をくしゃっと掴む。慌ててそれを伸ばしたが、再度印刷をした方が良さそうだ。
「俺が後で印刷しておくから、それだけ後回しにしておけよ」
「あぁ、ありがとう」
「…… なぁ、青鬼」
「ん?」
「もし、もしだぞ?もし…… 」
「電話かよ、もしもししつこいぞ」
「ちょっと念押ししたかっただけだ!」
「——で?何だい?一人でサボっていてごめんねーって話か?」
クスクスと笑いながらも、青鬼の手元はずっと動いている。きちんと仕事をしている奴からそう言われると耳が痛い。
「すまん。ただちょっと、な?もし、椿原さんが…… 」
「兄さんが、何?何かあったの?どこかで会った?ずるい、どうして私の居ない時に!」
バッと顔を上げ、悔しそうに青鬼が顔を顰める。
「そういえば、さっきどこかから丁度戻って来た所だったもんな。どこで会ったんだ?兄さんはどこに行っていたの?」
「トイレでバッタリ会っただけで、別に——」
「み、見たのか⁉︎」
「覗くわけねぇだろ!」
そもそも向こうは女子トイレに入っていたんだ、覗ける訳がない。もっとも、もし椿原さんが同性で、偶然男子トイレでバッタリ出くわしたとしたって、男のモノを覗くワケが無いだろうが。あ、いや…… コイツは、覗く気なんだな、この反応的に。
「…… ちっ!」
盛大に舌打ちをされた。もし俺が偶然でもアレを見ていたとしたら、それはそれで色々知りたかったのか?この変態め。
「じゃなくだ、そんな話をしたいんじゃない。ただちょっとな、椿原さんがもし、女性だったら、お前はどうするのかなーと思ってさ。嫌いになったり、するのか?興味が無くなるとか、ただの姉と弟の、正しき姿になるとかすんのかなぁと、ちょっと気になってな」
「兄さんが姉さんだったら、監禁婚も厭わないかな」
カンキンコン?何だそれは、ベルの音色みたいな響きなのに、何でか物騒な言葉にしか聞こえない。
「兄さんと家族になるには今のままじっとお互いの弟妹達が結婚するのを待つのが手っ取り早いかなぁと思っているけど、異性だったら部屋に閉じ込めて、たっぷり愛して先に既成事実を作ってしまってから、後で心も手に入れるって方法もあるからね」
「無い無い!犯罪じゃねぇか!」
そんな状況から愛してもらえるわけが無いだろうが。それで上手くいくのは、元々両想いだって事に気が付かぬまま、片方が暴走した時だけだ。
「え、みんなやってるよ?」
「どこの世界の“みんな”だよ、お前の周囲は犯罪者集団しかいねぇのかよ」
流石にドン引きだ。
勝手にコイツを親友だと思っていたが、ちょっとその考えを改めた方がいいかもしれん。それとも逆に、そこまで話せる相手だと青鬼も思ってくれていると思えばいいのか?
「弟妹同士が結婚する事で私達も家族になるから、イコールで結婚しているみたいなものだよねとは思うけど、正直それじゃ全然足りないからさ」
持っていたペンを机に置き、青鬼が椅子の背もたれに寄りかかって大きく伸びをする。その後もしばらく天井を見詰めたまま、「“姉さん”…… 何だとしたら…… 今すぐにでも、全部が欲しいなぁ」と呟いた。
立ち上がるのが怖い。今の奴の表情を知りたくない。深海の奥深く、闇しか存在しない場所を覗く前みたいなそら寒さを背中に感じる。
「…… でもまぁ、こんな妄想はしても仕方がないよね。兄さんは、どんなに可愛かろうが兄さんなんだしさ」
気を取り直したのか、明るい顔で椅子に座り直し、陽がまたペンを手に取る。
いや、姉さんだったぞ?
人事記録くらいお前はとっくに見てるよな?
何故気が付かない。自制してるのか?本能的に恋しい者を傷付けまいと、気が付くきっかけからわざと目を逸らしているのか?
だとしたら俺は、どっちの心を優先してやればいいんだ。
他人の幸せばかりを願ってきた青鬼を満たしてやりたいが、椿原さんの事も気にかかる。研究主任の娘だ、何かあってはマズイ。それは本人だってよくわかっているはずだ。これでも青鬼は、妄執する想いを必死に制御しているのだから。
じゃあ俺は、どうしてやったらいいんだ——
「…… どうした?寺島。流石に仕事しないとまずいぞ。あと二時間もしたらまた取引先に挨拶に行くんだろう?」
ペンで頭を軽く叩かれて、やっと我に返った。
「そ、そうだな、ワルイワルイ」
スクッと立ち上がり、背筋を伸ばして席に戻る。パソコンの電源を入れつつ、鞄を膝に置いて中からファイルを数冊取り出していると、机に頬杖をつきながらこちらをじっと見ている青鬼と目が合った。
「何だ?心配しなくても、ちゃんと仕事するぞ?」
「あ、いや。それは心配していない。ただ…… 何で兄さんが、姉さんだったら何て話をし出したのかなと思ってさ」
ギクッと内心焦ったが、どうにか俺は表情一つ変える事なく「あんな美人とすれ違えば、『もしかして女性じゃね?』って期待も膨らむってもんだろ?まぁ俺的には、人事課の主任の方が断然好みなんで、『兄さんに手を出すな』とか、馬鹿な文句は止めてくれよ?お前と何かを取り合うとか絶対にごめんだからさ」と返した。
「あぁそうだな、知ってる。んな心配は微塵もしていないよ」
ニッと笑いながらそう言われ、青鬼に対して『この人たらしめ!』と思った。『お前が男じゃなかったら、絶対に惚れてた』とかまで考えてしまい、慌ててファイルに目を落とす。
椿原さんが女性であったと教えてやるか否か…… 。すぐには答えを出せそうにないから、しばらくは様子見ってことにしておこう。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

俺のねーちゃんは人見知りがはげしい
ねがえり太郎
恋愛
晶は高校3年生。小柄で見た目が地味な晶の義理の弟は、長身で西洋風の顔立ちのイケメンだった。身内の欲目か弟は晶に近づく男に厳しい。過保護で小言の多い弟を『シスコン』だと呆れながらも、すっかり大人のように成長してしまった弟の、子供っぽい執着に『ブラコン』の晶はホッとするのだった―――
※2016.6.29本編完結済。後日談も掲載しております。
※2017.6.10おまけ追加に伴いR15指定とします。なお★指定回はなろう版と一部内容が異なります。
※2018.4.26前日譚姉視点『おとうとが私にかまい過ぎる』及び番外編『お兄ちゃんは過保護』をこちらに纏めました。
※2018.5.6非掲載としていた番外編『仮初めの恋人』をこちらに追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる