義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【椿原家の人々】

転属理由

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「全く…… 。まぁ、もういいや。今更そんな事で争っても意味ないしね」
「そうだねぇ。私もそう思うよ」
 圭の一言に、父が賛同する。
「でも、母さんは父さんと同じで、一生研究職のままだと思っていたよ。それが二年も前から人事課だなんて、どういう風の吹き回しなの?」
「私もそう思っていたのだけど、ある日ふと満足しちゃったの。会社の為に行う実験よりも、個人的な調薬行為に興味を持ったというのもあるわね。でも、一番の理由は」とまで言って少し間を置き、静は三人に真剣な眼差しを配る。そして——

「アナタ達の結婚相手探しよ!」

 眼鏡を輝かせて、母が自慢気に言った。
「待って、人事記録はボク達のお見合いシートじゃないぞ!」
 今日の母の発言はいつも以上にツッコミ所満載だ。これではもう、コントでもしているみたいな気分に圭はなってきた。
「そうだねぇ。でも私的には、さっき圭君がしていた“婚約者”がどうこうって発言が、とても気になるなぁ」
 そう言う父は笑顔のままだし口調はスローテンポなのだが、眼鏡の奥に見える瞳に力があり、圭の体がビクッと跳ねた。

「何の事なんだい?婚約者って。私達にはいつ会わせてくれるのかな?」
「そうね、私も会いたいわ。どこの誰なの?」

 両親からの威圧感が半端無い。別にウチは青鬼家側とは違って名家とかって訳でもないのに、何でこんなに圧が凄いの⁉︎と圭が焦る。興味を持たれる事も無く、もっとサラッと済むだろうと予想していたのに段々と怖くなってきた。
 そんな弟の背をポンポンと叩き、「安心して、圭君」と奏が穏やかな声で宥める。
「お姉ちゃんに任せて下さいください!」
 珍しく胸を張り、奏がニヤッと笑った。

「父さん、母さん」
「何だい?何か知っているのかい?奏」
「そうなの?早く教えなさい。勿体ぶるといい事ないわよ」

「圭君の婚約者さんは、母さんに似た、とっても綺麗な方ですよ!」

「いいね!」
 父はもうその一言だけでコロッと落ちた。
『チョロすぎだろ、父さん…… 』と、圭が逆に不安になる。だが母の方は、『だから?』と眉間にシワを寄せ、まだ不満そうだ。
 だがしかし、奏は全く表情を変える事なく、話を続ける。

「ちなみにお名前は、青い鬼と書く青鬼家の長女である、明さんです。彼女の兄は、お二人もご存知の青鬼陽さんですよ」

「採用よ!」
 あっさり母も落ちた。

(何なんだこいつら……)

 圭がそう思っても無理はないだろう。父の方は母にベタ惚れなので分からなくもないのだが、母の方まで続いて許してくれた理由がよくわからない。だが圭は、会社を実質的に動かしていると噂の青鬼陽さんの妹だからだろうか?と推測した。というか、もうそれしか思い当たらない。
「兄の青鬼君はよく知っているわ。湯川家への忠信っぷりは疑いようがない程のものだし、きっと妹さんも湯川家の為なら命だって惜しくないタイプなのでしょうね」
 胸に手を当て、ちょっと嬉しそうに母が瞼を閉じる。
「いや、そんな事は無いかな。確かに古風な人だけど、割とそういう部分は普通の子だよ」
「何ですって⁉︎忠義心はどこに置いてきたっていうの?」
「まぁまぁ。青鬼家の子というだけでもありがたいお話じゃないか。ね?静さん」
「…… そ、そうね」
 父に膝をポンポンとされて宥められ、母の静はちょっと落ち着きを取り戻した。
「あの…… ずっと不思議に思っていたんですけど、ちょっと訊いてもいいですか?」
 おずおずと奏が手を挙げる。

「父さんも母さんも、お仕事が好きなまでは理解出来るんですけど、どうしてそんなに湯川家に恩義を感じているんですか?」

 奏の質問を聞くが同時に、両親の顔がボンッと真っ赤になった。
「え、い、言うのかい?ここで?会社のロビーだよ?」
「わ、私はわざわざ子供達に言う程の事では、無いと思うのだけど…… み、帝さんは?」
 もじもじと、照れ臭そうに二人が寄り添う。
「じゃ、じゃあ私が話そうか。勿体ぶる事でも無いしねえ」
「まぁ…… 貴方がそう言うなら」
 頰を押さえ、女史系母な静がすっかり少女のようだ。
「えっとね。借金を肩代わりしてもらったとか、古くからの付き合いがあってとか、そう言う御大層な話では無いんであまり言う気は無かったんだけど…… 」とまで言って、父が一度言葉を切る。
 視線を逸らし、頰を指先でかくと、「…… えっと、両片想いだった私達の仲をね、先代の湯川社長が取り持ってくれたんだよ。あのままだともう五年も十年も二人揃って立ち止ったままにだってなりかねない状況だったから、ホント助かったよ。ははは」と、気恥ずかしそうに教えてくれた。
 そんな理由なの?と圭は思ったが、ちょっと嬉しくもある。小難しい理由じゃない分、共感もし易かった。
「よかったですね、それは恩返ししないとですね」
 恋の『こ』の字すらも知らぬ奏が嬉しそうに微笑む。両親に持っていた疑問点が解消出来た事がとても嬉しかった。

「とにかくまぁ、そんな訳だからさ。ボクのお嫁さんを探すつもりで人事の記録覗いたりとかは、もう絶対にしないでね」
 少し呆れ顔をしながら圭が後頭部をかき、ソファーに寄りかかる。
「姉ちゃんも言っちゃいなよ、迷惑だって」
「わ、私、ですか?あー…… 。な、悩みますね。そうでもしないと絶対に無理だけど、そもそもする気が無いし、仕事も大事だから放っておいて欲しい。だけど形だけの愛のない結婚はもっと嫌だし…… 」
 ぶつぶつと呟き、長々と悩み出した奏を放置して父が圭に話しかける。
「そう言えば、青鬼さんのご両親には挨拶に行ったのかい?」
「あ、いや。新人研究が思ったより大変なうえに長くって、全然機会が無かったんだよねぇ。向こうの家も忙しい人達だし」
「そうかそうか、ならそっちは私がどうにかしてあげるよ」
「本当?父さん」
「あぁ、青鬼さんこそが湯川家に一番大恩ある身だからね。湯川製薬からの用件だと言って呼び出せば尻尾を振って出て来るよー」
 ニコニコと笑顔のままなのに、表情に少し影があるのは気のせいだろうか。

「ウチの息子が青鬼家の愛娘を掻っ攫うだなんて全く思いもせずにやって来るんだと思うと、今から楽しみだねぇ。あはははは」

「…… ねぇ母さん。父さんは青鬼さんと何かあったの?」
 席を立ち、圭がこそっと母に問いかける。
「私もよく知らないわ。ただ、随分前に体格が小さい事をからかわれた事があったわね。結局『男は膨張率が高ければ問題ないって事で落ち着いたよー』とか、意味不明な事を言われたのだけは、覚えているわ」
「…… そ、そっか」


       ◇


 後日、父のセッティングにより青鬼家の両親と明、椿原家の三人とで会食をおこない、結婚の挨拶をまとめて済ませた。明と陽の父親は、帝の事をからかった事などすっかり忘れており、互いの子供達の結婚には『兄弟の中で一番古風な明が、こんなに早く嫁ぐだと⁉︎』と驚きながらも、概ね賛成してくれたそうだ。
 食事中。両家の結びつきが強くなる事でより一層湯川家の繁栄につながればとの話ばかりだったらしく、『兄さん達は来られなくて正解だったぞ。結婚の話題とかは最初の十数分だけで、途中からはもう、何の会食かさっぱりわからない内容だったからな』と、後日明が兄弟達に言っていたそうだ。
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