義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【監禁されちゃう覚悟ありで、このまま押し掛け旦那になってもいいんですよ】

訪れた理由

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 プルルルル——
 通話の呼び出し音が奏の耳元で鳴っている。二回、三回…… 五回目でも出なければ切ろう。あまり鳴らし続ける程の用でもないのだし。そう彼女が思っていると、四度目の呼び出し音で相手が出てくれた。

『もしもし⁉︎姉ちゃん、無事だったんだね!』

 大きな第一声のせいで奏の耳奥がキーンッとなった。
「…… 無事に決まっているじゃないですか。陽さんのお家に行っただけですよ?」
 電話に出た弟の圭が何を心配していたのか分からず、スマホを耳に当てたまま、奏が軽く首を傾げる。
 あんなスタートだったのに、義弟に一目惚れされていると露ほどにも思っていないうえ、奏を“オトコの娘”だと言い張り、姉を兄だと思っている相手なので無理もない…… のかもしれないが、陽の距離感と行動に対しては危機感を抱けと、不思議がる姉の言葉を聞いた弟妹達は電話の向こうで思った。
『あまり陽さんの理性に頼らないであげて…… 。彼の理性ライフは、きっともうほぼゼロだよ』
 圭が何を言っているのか奏にはわからない。なのに彼女は「わかりました。陽さんを頼らないようにしますね」と、明後日の方向で了承してしまった。

『…… その、どうだった?兄さんの部屋は。殺風景だったろう?』
 義妹になる予定の明に問われ、「そう、ですねぇ…… 」と答えながら、奏が彼の部屋の様子を想起する。

 ソファーとテーブルくらいしか置いてない部屋は過剰に簡素で、生活感が全く無い。寝室と仕事部屋が他にあるそうだがそちらは見ていないのでなんとも言えないが、借りた台所は一風変わっていて、その様子を思い出した奏はほっこりした気持ちになった。

「落ち着く台所でした。試験管やらビーカー、それら以外にも実験器具が多々置いてあり、スポイトが大量に鉛筆立てみたいな入れ物に入っていたりもして、どんな料理をこれらで作れるのかとは思いましたけど、どれもこれも馴染み深い物ばかりだったんで」
『待ってくれ、奏さん。それは調香やら薬品を取り扱う時に使用する物を並べているだけで、調理の為じゃない』
『そうだよ、姉ちゃん。流石にそれで何を作れってさ。ビーカーで飲むスープとか、ボクはごめんだよ』
 向こうはスピーカー状態にしてあるみたいで、弟妹達が同じ距離感でツッコミを入れた。
「そうなんですか?でも、洗ってあれば別に入れ物は何でもいいのでは?」
『やめて、姉ちゃん。貴女はビーカーで飲み物とか出しちゃう女性にならないで!』
「…… わ、わかりました。『ビーカーで飲み物はダメ』ですね」
『計量カップとしても使わないでね。料理用のやつ、ちゃんと買うんだよ』
「…… はい」
 何故バレた、と思いながら、奏が渋々頷いた。

『ところで、目的は達成出来たのか?せめて足掛かりくらいは掴めたりはしたんだろうか』
「…… いいえ、残念ながらどっちも」
 明に訊かれた問いに対し、奏が落ち込み気味の声で答える。
『義弟からの信用はどうしたら得られるのか、だっけ?…… 何を今更って感じだけど。何か、陽さんを失望させる事でもあったの?』
 奏にベタ惚れにしか見えぬ相手の信頼を、義姉として得ようとか、随分と無茶な事を言い出したものだと思いながら圭が訊く。
 今の兄ならば、奏から『お前は死ね』と言われれば喜んで笑いながらでも死にそうだと感じている為、明も不思議でならない。奏側からは一切努力せずとも、ただ側にいるだけで信用度など勝手に上がるだろうに、とも思う。
「いいえ、陽さんとは何も。ただ…… 大事な事を秘密にされているので、距離を感じて残念だなと。普段あんなに甘えてくるのに、肝心の部分では壁を感じるというか」

『兄さんが、秘密を?』
『陽さんが、姉ちゃんに秘密?』

 明と圭が同時に似たような疑問を口にする。だが、何も思い当たらない。
 強いて無理矢理何かをあげるとしたら、形だけの代表取締役である湯川大和を好きだった点だろうか。いや、兄はまだ彼を好きに違いない。だがしかし、実妹の目からはどう見たってアレは恋愛感情なんかじゃない。二人の関係性に言葉を持たせるとしたら、“主従関係”だ。王に仕える騎士みたいなものであり、命も捧げる事が出来る程に想いを寄せてはいても、そこに劣情などは皆無だ。だけど肝心の当人がその事に気が付いておらず、最も兄弟の中で信用度の高い弟の『湯川さんの事が好きなんじゃないの?』発言をただ鵜呑みにしているだけだ。
 そんな思い込みを兄は別に後ろめたさも無く弟妹には晒しているので、奏にもそうだと二人は思っていたのだが、もしかしてその事を隠しているのだろうか。

 同時に似たような事を考えていた明と圭が、顔を見合わせた。
『姉ちゃんは、陽さんに秘密を持たれるのがそんなに嫌なの?』
「まぁ、そうですね。だって普段あれだけ、ねえさんねえさんと懐いてくるのに、肝心の部分には立ち入らせないとか。義姉としての距離感を持てと言われればそれまでなんですが、でも何か…… モヤッとしてしまって」
『…… 陽さんがどんだけ姉ちゃんにベタベタなのか、ボク等は知らんけどね。でもまぁ思うに、恋人みたいに甘えてるんじゃないかなーとは想像出来る』
「…… 確かに。それに、ち、近いかも、です」
 交際経験など無いので本当にそうなのかは分からないが、言われてみればそうかもしれない。実弟はこんな甘え方をしてこないぞ?と思う点も多いし、確かに“恋人みたい”だと言われた方が納得が出来た。

『嫌、だった?陽さんの距離感』
「そうですね、困ります」

 キッパリ、はっきりと奏が断言する。あまりの即答で、明達は再び顔を見合わせて少し困った表情をした。
「だって、彼には——」と言い、奏が黙る。
 誰にも言わないと陽が決めている“秘密の彼女”の存在を自分が弟妹に明かしてはならない。隠してまで守りたい相手の存在を打ち明けるのは、本人でなければいけないと思い、「あ、いや…… 。困るなとは思いますけど、嫌では無いかもしれません。正直なところ、義理ではあっても弟達に甘えてもらえるというのはやっぱり嬉しいので」と、呟きに近い声で照れ臭そうにこぼした。
『…… じゃあ、ボクも同じくらい姉ちゃんに甘えちゃおうかな』
『では私も』
「嬉しいです!是非とも。あ、でも…… 仕事仕事でなかなか時間がありませんね」
『そんな事今更だよー。ずっと前からそうじゃない。でもまぁ、ボクは職場も一緒になったし、積極的に姉ちゃんに会いに行っちゃおうかな。まぁ…… 新人研修が終わったら、だけども』
「ウチは研修期間が長いですからね。大変でしょうけど大事な時期なので頑張って。私は気長に待ちますから。あ、もう駅が目の前なので電話を切りますね。ではまた——」
『うん、また…… ね』と返事をしながら、圭がびっくりした顔をした。

「どうかしたのか?そんなに驚いて」
「や、だって、姉ちゃんが自分の事を“自分”って言わずに“私”って…… “私”って言ったから、何かあったのかなって」
 通話の切れたスマートフォンをじっと見詰めながら、圭が驚いた顔をしたままボソッとこぼした。
「ただの心境の変化では?」
「それは無いよ、だって『似合わない』ってたった一回同級生に言われた程度でずっと引きずって、十年以上そのままだったような人だよ?傷をずっと抱え込む悪い癖があるっていうのに、それを克服なんて今更出来ないよ」
「出来てるじゃないか」
「や、そう…… なんだけど、さ」
 きょとん顔をする明に向かい、圭がそうだけどそうじゃ無い!と言いたげな顔を向ける。
「もしかしたら、うちの兄さんと何かあったのかもしれないな」
「だったら嬉しいな。姉ちゃんは平坦な生き方しか選んでこなかった人だから、もっと人生に何かあってもいいと思うんだ。陽さんじゃ…… 刺激が強過ぎるかもだけど」
「そうだな。奏さんに初めて会った瞬間に『これは見合いか?』だ『“オトコの娘”だ!』と言いながらも惚れたりとか、実の兄ながら意味不明な人だし」
「あはは。ホントそうだよね」と笑い合いながら、圭が背後にあるベッドに寄りかかった。

 明の私室で、ベッドを背にして寄り添いながら床に二人は座っている。目の前にあるテーブルの上にスマートフォンを置いて先ほどまで姉と会話をしていたのだが、今日は互いの兄姉達の先行きが気になって、えっちな雰囲気には持っていきづらいなぁと圭は思った。
「私達に甘えられる感じと、兄さんからの甘えは性質が全然違うものだと、いつかは実感してもらえるといいな。それをきっかけに恋愛感情を向けられていると気が付けば尚いいのだが」
 圭の諦めには全く気が付かぬまま明が話を続ける。姉ちゃんの方も大事だけど、ボクの心境にも気が付いて欲しいなぁと思う気持ちは吐露せぬままぐっと飲み込んだ。
「いつかって、明は気長だねぇ。その前に陽さんに我慢の限界がきて、ウチの姉ちゃんを喰べちゃうかもよ?」
「それをさせ無い為の、写真のプレゼントなんだろう?」
「…… あー、うん!」
 君の昔の写真を入手する為の交換条件として差し出しているなどとは言えず、圭が不自然な笑顔で頷いた。
「あの二人ってお似合いだとは思うんだよね。『絶対に自分に惚れる人などいない』『恋とは無縁だ』なんて、寂しい事言わないでくれるようになるといいんだけど」
「世の中恋愛が全てじゃ無いだろう。そんな事をせずとも、充実した人生を楽しんでいる人がごまんといるじゃないか」
「そーうーだーけーど。でもさ、恋愛程本能を刺激するものはそうそう無いと思うんだよね、ボク的には。一度の経験も無しに人生を終えるには惜しいと思うくらいに、楽しかったり恥ずかしかったり、辛かったり…… いろんな感情を体験出来る事を考えると、何も無しにってのはなんかこう、勿体ないなと」
「いけるんじゃ無いか?ウチの兄さんは…… しつこいぞ。アレは絶対に諦めない。もう私達が入籍したと同時に自分達だって結婚した気になって、兄だと思い込みながらも寝込みを襲うか同居を迫るくらい余裕でする!」
「するなー。実は女性だと気が付いたら…… 気が付いたら、マズイけど」
 もし奏が女性だったら、嫌うどころか迷わずこれ幸いとばかりに妊娠するまで部屋に閉じ込めると断言していた事を思い出し、二人の顔がサッと青ざめ、揃って黙る。

「奏さんが恋心を知る前に、お母さんにならない様気遣ってあげないと、だな」
「そうだね、信用してもらおうと、陽さんに近づき過ぎないように姉ちゃんに釘を刺しておくよ」
 陽達の知らぬところで、弟妹達はそう決意したのだった。
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