義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【監禁されちゃう覚悟ありで、このまま押し掛け旦那になってもいいんですよ】

ご褒美(青鬼陽・談)

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 食事が終わり、料理の入っていた容器を、調理には無関係の品ばかりの台所で洗う。兄さんが『私が洗います』と言ってくれたのだが、それは流石に断った。朝早くから慣れない料理をさせ、そのうえで洗い物までやらせるわけにはいかないだろう。兄さんは先程私がした料理のアドバイスを書き留めるのに忙しそうだし、役割分担が出来て丁度いいとも思う。

 職業病なのかな?ああやって、しっかりきっちりまとめないと気が済まないのは。

 薬剤師の資格を持ってはいても、私はそれを活かした仕事を出来ていないのでちょっと羨ましく思う。実家の調香だって同じだ。長男だというのに家を継がず、湯川さんに尽くしたいと好き勝手をさせてもらっているせいで、最近は趣味で少し香袋を作ったり、好きな香りの組み合わせで香油を調合するくらいなものだから。

 真面目な顔をする兄さんの姿をチラッと見て私が微かに笑うと、兄さんが「あ!」と言いながら顔を上げた。
「すみません、陽さん。じぶ、…… 私、すっかり本題を忘れていました」
 “自分”と言いそうになって、“私”と言い直す姿がちょっと可愛い。でも本題とはなんだろうか?お弁当を持って来てくれたコレがそうなのでは?
 不思議に思いながらすすぎの為の水を止め、事前に用意してあった飲み物を持って、兄さんの元に戻る。ロクなものが無くってすまない気持ちになりながら、「コレ、ペットボトルのアイスコーヒーで申し訳ないんだけど、よかったらどうぞ」と彼の前に差し出す。
 次はもっと高級な物を沢山用意しておこう。私がそう心に決めていると、兄さんはメモをし終えたのか、それら一式を鞄にしまい、別の大きな箱を引っ張り出した。

 え?その鞄って四次元ポケットか何か?

 確かに大きめの鞄ではあるが、その中に大きな箱とあれらのお弁当を詰め込んで来たと思うと驚きしかない。綺麗に整頓して詰め込めばいけるもの…… なんだろうか。

「コレ、うちの弟からの差し入れです。なんでも『陽さんがいい子にしていたら渡して』と頼まれたんですが、いい子にしていましたか?」

 よく意味もわからぬまま訊いている感がものすごいが、無表情のまま首を傾げる姿が可愛いから全力で許す!

「してますよ!」

 テーブルになんとなくのせていた手で拳を作り、はっきりと断言した。
 上げ膳かもと襲ったりもせず、恥ずかしい欲求は風呂場とお手洗いできちんと済ませ、我慢出来なくなってしまいそうなので兄さんにはこちらから触れないよう努めている。弟妹達が見張っているかもという恐怖があるせいではあるものの、それにしたってここまで我慢している私はもう、“いい子”の体現者と言っても過言ではないはずだ!
「じゃあコレ、どうぞ」
 テーブルの上に置き、すっと端を押して私の方へそれを差し出す。見た目はいたって普通の箱だ。装飾は何もないので贈り物という感じではない。

 何かを借りる約束でもしていただろうか?

 そう思いながら箱を受け取り、膝の上に乗せて中をそっと開ける。兄さんの弟さんは私と同類タイプなので、もしかして何か面白い玩具的なモノが入っているのかもしれない。兄を虎穴に差し出す様な真似はしないかもしれないが、可能性がゼロとも言えず、私は兄さんには見えなよう気を付けながらゆっくりと箱の蓋を開けて、中身を確認した。
 冊子かファイル、もしくはアルバム的なものが数冊見える。そしてその上には一枚の手紙が。

『そろそろ飴と鞭の飴が欲しい頃かと思いまして。これらの写真を糧に、また自分の欲求に鞭打って、ボクの家族の貞操を守ってあげて下さいね。続きがまだ沢山あるので、いつかまた。——追伸。明ちゃんのデータも心待ちにしております』

 襲わなくて良かったぁぁぁぁ!

 上げ膳側に賭けて襲っていたら、この写真が入手出来なかったかもしれないと思うと、そう叫びたい気持ちでいっぱいになった。
「中身はなんだったんですか?」
「前にくれる約束をしていた物だったよ。ごめんね、重かったんじゃない?」
「いいえ、大丈夫でしたよ」と言い、軽くなった鞄を片手に「さて」とこぼしながら兄さんがソファーから立ち上がる。
「どうしたの?」
「用が済んだので私は帰ります。容器はそちらで好きに使って下さい。今後も何かとああいった類の容器は必要でしょうから」
「…… え、何で?来たばかりだよね?用事でもあるの?」
「用事は無いです。強いて言えば、職場に立ち寄ろうかなくらいで。来たばかりとは言っても、もう二時間近くになりますし、これ以上長居をして迷惑をかけたくはないので」
ねえさんを迷惑とか、私がそう思うかもと思われる方が嫌なんだけど」
 立ち上がった兄さんの手首を掴んで、ちょっと強めの語気で言ってしまった。
「明日も休みだし、ウチはねえさんの実家よりは会社まで近いから、いっそ泊まってよ。ね?着替えとかは貸せるし、私のが嫌なら一緒に買いに行ったっていいし」
 自分も立ち上がって兄さんとの距離を詰め、両腕を掴む。最後まで“いい子”でいたかったのにいられそうにない。もっと側に、いっそもうずっとここに居て欲しいくらいなんだ。監禁は出来ない以上、せめてこんな早く帰っては欲しく無い。
「でも、お休みなので他に用事もあるでしょう?お誘いとかきますよ、大丈夫です」
「そんなものはきたって断るよ。ねえさんと一緒に居る方が楽しいもん」
「何を言って…… ダメですよ?家族よりも大事なものがあるでしょう?私とは、少しずつでいいじゃないですか。これから先、長い付き合いになるんですから」
「だけど——」
 初めて会ってからの数ヶ月間の間で似たような押し問答を兄さんとしてきたが、こうなっては彼の意思を変えるのは不可能だと経験的にわかってしまい、私は言葉を詰まらせた。『それでも』と言って押し倒すのは簡単だが、せっかくのご褒美や圭くんからの信頼は勢いで失っていい程度の軽いモノでは無い。だがこのままでは感情任せに兄さんを傷付けてしまいそうで、私はまた一歩引く事を選んだ。

 こんないい子、どこを探したって私くらいだ!

「…… わ、わかったよ。引き止めてごめんね?だけど、わかって。本当に私には、ねえさん以上に優先したい事なんて、それこそ仕事くらいしか今は無いんだからね?休みの日だろうが、終業後だろうが、時間があれば一緒に過ごしたいな」
「それは流石に…… 」
 反応に困っているのか、兄さんが私から視線を逸らす。そんな彼に対して言いたいことは星の数ほどにあるけれど、追い詰めてはいけないと思い、苦虫を噛み潰すような気持ちになりながらそっと手を離した。
「じゃあさ、ねぇ、明日も同じ時間に来て欲しいな。一緒にご飯を食べようよ」
「だ、ダメですよ。それこそ日曜の朝は…… あ、いえ。すみません私が口出しする話ではないですよね」
 何に気を遣っているのだろうか。私はその理由が気になりつつも放置したまま、話を続けた。
「じゃあ外でお昼を一緒に食べようよ。そのついでに調理器具とか選んで欲しいな」
「…… 寝坊しません?」
「早く寝ます」
「あ、いや…… 中断しろと責めている訳ではないので、そこまでは…… 。って何を私は…… 」
 口元を押さえ、何やら複雑そうな顔をする。一体兄さんは何を考えているんだ?だけど今はこの交渉に集中しないと。他に手出しをしては、欲しいものなど手に入らないのだから。
「一人暮らしをしている弟の調理器具をあねと買い、お礼に食事をする。何も不自然なことなど無いでしょう?」
「わ、わかりました。じゃあ…… 家は、マズイな。待ち合わせにしましょう、外で。場所だとかは後で連絡しますから」
「ありがとう、ねえさん」
 良かった。ひとまず明日の約束を手に入れた。次は毎週の約束を、いずれは毎日だって会えるようにじわじわ言質を取っていけばいい。私達はもうすぐ本当の義兄弟になるのだから、時間はたっぷりあるしね。


 上着を着た兄さんを玄関まで送り、開けた扉を押さえておく。
「じゃあ、後で絶対に連絡してよ?私はいつでも出られるから、ねえさんの好きな時間で決めてね」
「わかりました」
 靴を履き、顔をあげた兄さんが首肯する。私に背を見せて、一歩廊下へ出た辺りで不意に振り返り、兄さんが「そうだ」と声をこぼした。
「眼鏡はどうしたんですか?壊れたりとかしたんですか?」
 朝からずっと眼鏡をかけていなかった事を今更指摘された。
「あぁ、あれはね伊達眼鏡なんだよ。湯川さんをリスペクトして真似っ子していただけなんだ」
「そうだったんですか。残念です…… 似合っているのに」
「じゃあ、明日からずっとかけるね。なんだったら一緒にお洒落眼鏡も選んで欲しいな!」
 似合ってるの一言が嬉しくって、食い気味に話に乗る。
「今みたいにラフな格好も似合っていますよ。淡いモノだとしてもモスグリーン系の色合いってなかなか着こなしが難しいのに、素敵です。あ、でも正直部屋は殺風景だったから、今度来る時は花でも贈りますよ、花瓶付きで。持っていないでしょう?花でも飾れば、きっと…… 喜ばれますよ」

 誰が、喜ぶのだろうか。
 兄さん…… かな?

 それにしては随分と他人事だ。じゃあ明ちゃんの事だろうか。でも、花を贈ってもらえるというのはとっても嬉しい。この後早速プリザーブドフラワーの技術習得法と薬剤の注文をしないと。兄さんがくれる花を枯らしてたまるか。

「ありがとう。ねえさんは優しいね。なんだったらあの部屋、好きに飾ってもいいよ」
 兄さん色に染まる部屋…… 悪くない。それどころか天国かよ。仕事を放置してでも帰る頻度が多くなりそうだ。しかも服まで褒めてくれた。この服はもう着ない。傷ませないよう保管しておかないと、一生。
「それは私よりも——…… すみません、もう帰りますね」
 何かを言いかけた事が気にはなったが、追及はしなかった。
「うん。朝食本当にありがとう。あと、宅配便役お疲れ様でした」
「いいんですよ。でも突然来てしまって本当にすみませんでした。私は連絡すると言ったんですが、『サプライズが台無しになる』と圭君達に言われてしまって。…… 成功、しましたか?」
「あぁ、大成功だったよ」
 いろんな意味で、ホント驚いた。会いに来てくれたのは死ぬほど嬉しかったので、今度から自慰は朝にはしない事にします。いつ兄さんが来てもいいように。
「じゃあ、お邪魔しました」
「うん、またね」
 そう言って、兄さんの小さな背中がどんどん遠ざかって行く様子を見送る。エレベーターに乗り、姿が全く見えなくなるまでずっと見ていた。駅まで送る事が出来れば良かったのだが、兄さんは頑固だからなぁ、押し問答をした後は特に。明日の約束を取れただけでもラッキーだったのだからと諦め、『送るよ』とは敢えて言わなかった。

「…… さて、と。この部屋の匂いを再現して、すぐに閉じ込めておかないとな」

 居間に戻った時にそう思った私は、プリザーブドフラワーについて調べるのはまた後日とし、今日という一日を兄さんとの思い出の香りの再現に費やした。もちろん、写真を堪能した後で。
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