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【願望は、時として他者にとっては悪夢となる】
願望は、時として他者にとっては悪夢となる③
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「…… 居ないわ、今回はどこよ!」
秘書課の白鳥が、そう言って口惜しげに床を蹴った。ヒールの高い靴を履いているのでちょっと転びそうになったりはしたが、すぐに持ち直して失敗を誤魔化すみたいに咳払いをする。
気を取り直しつつ、彼女は憎き泥棒猫・椿原圭探しを再開した。仕事と仕事の隙間時間を見つけては、青鬼の件で釘を刺しておこうと探し続け、もうかれこれ一週間が経つ。
今は四月だ。新入社員として湯川製薬に入社したてである圭は新人研修の真っ只中にあり、かなり忙しい。日によってはあっちだこっちだと研修先も移動していて、それこそ会う為にはきっちりと相手のスケジュールを把握し、終わるまで待ち伏せるくらいはしないと無理な状態にある。でも時間通りに向こうが終わるはずもなく、白鳥だって秘書課の仕事がびっしりと入っており、そこまではどうしたって出来なかった。
そもそも青鬼の件を圭に言う事自体が間違っているのでこの労力は完全に無駄なのだが、弟の圭を女性と、しかも姉の奏を“兄”だと白鳥も思い込んでいる為、その事には全く気が付いていない。
「仕方ないわね、こうなったらお兄さんの方に一言言ってやろうかしら。貴方の妹をどうにかしてくれって」
イライラから白鳥がカリッと爪を噛む。普段なら綺麗に整えられているマニキュアを塗った爪が、一本だけガタガタになっている。この一週間何度も入れ違えになり、苛立ちから噛んでしまった結果だ。
「…… でもお兄さんも研究棟に居て私じゃ奥までは入れないし。全く、兄妹揃って面倒な人達ね」
研究棟はセキュリテーの問題で、秘書課の者では奥まで入れない。研究員以外で許されているのは一部の者だけで、同じ部署では社長秘書の青鬼と寺島の二人くらいだ。このままでは兄と会うのすらも厳しそうなので、『ただ釘を刺したいだけなのに困ったわ』と白鳥が頭を抱えた。
◇
それから更に三日後。
白鳥が総務課に寄った帰り道、秘書課へ戻る途中の廊下で一人の小柄な人物とすれ違った。私服の上に白衣を着ており、手には分厚いファイルを何冊も抱えている。髪はサラサラとしたショートヘアで、瞳は大きくって窓から差し込む日光が当たって綺麗な色をしている。肌は白く、おちょぼ口をした唇は赤くってプルプルとした採れたての果実のようだ。
“美少年”
そう形容するのがもっとも正しいその人は、まさに目の保養だった。
(イイモノを見たわ。格好的にどうやら研究棟の人みたいだし、レアポップな存在に偶然遭遇出来るだなんて運が良いわね。これだっら今日こそは椿原兄妹にも会えるのでは?——…… ん?研究員?あれ?椿原主任のお子さんも、確か研究員よね。というか、さっきの顔、よくよく考えたら見た事があるわ。どこだったかしら…… あ!人事のー!)
今まさにすれ違った相手が、ここ三日間探していた奏だと気が付き、白鳥が慌てて振り返って「椿原さん!」と声をかけた。
奏が振り返るまでの数秒間の隙に、白鳥は首から下げている社員証をサッとスーツのジャケットの中に隠す。名前や所属を堂々と晒して、今はまだ未定な予定の為に大嘘をつける程には肝が座っていないからだ。
「はい。何か?」
知らない相手に突然声をかけられて少し驚いた奏ではあったが、きっと彼女はウチの社員に違いないだろうと思い、警戒心皆無のまま立ち止まる。
「椿原奏さん、ですよね」
ヒールの高い靴を履いているせいもあってか、お互いが向かい合って立つと圧倒的に奏が小さく見える。いくら美形でもチビは論外な白鳥は最速で奏を恋心の射程外に置いた。
「そうですが、貴女は?」
「私ですか?私は、青鬼陽さんとお付き合いをさせて頂いている者です」
にっこりと微笑み、白鳥が愛想を振りまく。射程外であろうが、イケメンにはよく思われたいのが女心というものだろう。
「…… お付き合い、ですか?」
突然そんな話をされ、奏がきょとん顔になった。
初耳だ…… 。でも、陽とはそういった話題になった事すらないのだから当然だと言えば当然だろう。
「あ、周囲には秘密にしておいて下さいね。彼ってほら実質社長みたいな立ち位置の方でしょう?そんな人が私とお付き合いしているとなると、周囲から嫉妬されて虐められちゃうかもしれないって心配してくれて、『誰にも付き合っているって言っちゃダメだよ。秘密にね』って約束しているんで」
「そうなんですか」
(秘密の恋人、というわけですね。なるほど…… )
でも、そんな話を何故自分にしてくるのだろうか。奏は不思議でならなかったが、彼女の話を遮る事なく本題を待った。
「青鬼さんと椿原さんの妹さんが結婚されると聞いたんですが、それって本当ですか?」
白鳥から愛想の良さが消え、スッと冷たい表情になる。気に入らない気持ちが前面に出ていて、素が美人ゆえに圧がすごいのだが、奏には全く通用していない。彼女には圧をかけられるような理由が全く思い当たらないから、それらを感じ取れすらしていないみたいだ。
(それにしても、何故結婚の件を彼女が知っているのだろか)
まだ両家の挨拶はしておらず、会ったのはお互いの兄姉達にだけだ。それなのに彼女がその話を知っているという事は、陽から直接聞いたに違いない。ということは『あぁ、本当にお二人はお付き合いしているんだな』と奏は胸に深く刻んだ。
「えぇ。その通りです」と奏が答えた途端、白鳥の眉間に深いシワが入った。
「…… 別れるように、貴方から言ってもらえません?」
「何故です?」
圭と明は、この人に迷惑はかけていないはずだ。なのにこの人がどうしてこんな事を言うのか思い当たらず、奏が困惑する。
「私と青鬼さんはもう長年お付き合いしてきているんです」
嘘は言っていない。あくまでも職場の同僚としてではあるが、付き合いはあるのだから。
「それが急に、どこの泥棒猫かも知らない相手にいきなり掻っ攫われて、納得できると思いますか?誰だろうが無理ですよね⁉︎」
気迫溢れる顔で白鳥に言われたが、奏の頭の中は疑問符が飛んでいる。
「あの、ちょっと誤解がある気がするのですが」
恐る恐る、奏が口を挟む。
「どこにあるっているんですか!」
興奮気味に白鳥が声を荒げた。
「結婚するのはお互いの弟妹であって、陽さんご本人では無いですよ?」
「…… え?」
今度は白鳥がきょとんとする番だった。
「…… 弟妹が、ですか?」
「はい。そうです」
(…… 弟妹同士が、結婚。確か青鬼さんには弟さんと妹さんがいる。と言うことは、この場を誤魔化したいが為だけの嘘では無いわね。でも待って?青鬼さんは確かに『好き』『椿原主任の子ども』だって言っていたわよ?)
これで彼女さん安心出来たでしょうか?と気にしている奏を顔を、壊れた玩具みたいなゆっくりとした動きをしながら白鳥はじっと見た。
(そういえば、この人も椿原主任の子どもだわ——)
目がクワッと見開かれ、何とも形容し難い複雑な表情を白鳥にされてしまい、奏が一歩引いた。誤解は解けたはずなのに、一体どうしたのだろうか?何故彼女は黙ったままなのだろうと不思議でならない。
(え、待って。青鬼さん『——とえっちな事がしたい。肉欲に溺れ、互いのいろんな汁でグッチョングッチョンになっちゃうような激しいやつを、ねっとりしっぽりとして…… 』って、まさかこの彼と、したいの?という事は、青鬼さんって…… ゲイなの?)
大きな瞳の少年っぽい人が不思議そうな顔でこちらを見上げている、と白鳥は思っている。
確かに可愛い。女の目から見ても、納得の可愛さだ。というかそもそも奏は女性なので、可愛くてもなんら可笑しな事は何も無いのだが、白鳥は彼女を男性だと思っている為、そっと額を押さえ、これでもかと言わんばかりの深いため息を吐き始めた。
(コレには勝てないわー、無理無理無理。そもそもゲイの男をこっちに振り向かせるとか、そこからして無理があるわ。しかもその彼が惚れてる相手が、コレとか!)
「どうかされましたか?」
自分をガン見してきたと思ったら、急に深いため息を吐かれてしまい、奏から白鳥に声をかけた。
「いえ、すみません。何でもないです」
額を押さえたまま、白鳥が首を横振る。もうなんか全てがどうでもよくなってくる。この数日間の苦労は一体何だったのだろうかと思うと、疲労感がドッと彼女を襲った。
「あ、でも最後に一つ訊いてもいいですか?」
顔を上げる事なく、白鳥が声をかけた。もうすっかり気持ちが萎えているが、疑問点は解消しておきたい。
「はい」
「椿原さんと、青鬼さんはどういった御関係で?」
「いずれ家族になる人、でしょうか」
「いずれ家族になる人⁉︎」
同性婚がこの国では認められていない為、同性愛者の方々は事実婚をするか、もしくは養子縁組をして関係を結ぶ事もあると聞いた事がある。『つまりこの二人はもう、結婚の約束をしているのか』と、白鳥は早とちりをした。
今さっき『弟妹同士が結婚する』のだと聞いたばかりなのだ。冷静な時であれば、『あ、義理の兄弟になるって意味ね、ハイハイ』と納得出来たのに、今の彼女は自分が思っているよりもずっと頭の中がぐちゃぐちゃになっているみたいだ。青鬼に初めて会ってからのかれこれ五年近く。一方的な妄想に溢れた片想いを拗らせていたのだから無理も無い。
(何よ、既に相思相愛なんじゃないのよ!)
もうとっくにこの二人には付け入る隙など無いのだと勝手に勘違いをし、白鳥の陽に対する気持ちがスッと、驚く程早い速度で冷めていく。
(私を幸せにしてくれない男なんか、もうどうでもいいわ)
「そうでしたか。お幸せにどうぞ」
男と男を取り合う気は無いわ。だって、もし万が一にでもこの私が男に負けたら、それこそ一生の傷になっちゃじゃない!と心の中で叫びながら、「では失礼します」と奏に告げて秘書課へと白鳥が戻って行く。
「…… お、お疲れ様でした」
嵐のような人だったな、と思いながら、奏が彼女の背中を見送った。
奏の中に『陽さんには秘密の彼女さんがいる』という誤報だけを残し、白鳥は職場に戻る頃にはもうすっかり気持ちを切り替え『これからの時代はもうちょっと男臭い人がいいわね!』と、同じ秘書課の寺島に標的を乗り換えたのだった。
秘書課の白鳥が、そう言って口惜しげに床を蹴った。ヒールの高い靴を履いているのでちょっと転びそうになったりはしたが、すぐに持ち直して失敗を誤魔化すみたいに咳払いをする。
気を取り直しつつ、彼女は憎き泥棒猫・椿原圭探しを再開した。仕事と仕事の隙間時間を見つけては、青鬼の件で釘を刺しておこうと探し続け、もうかれこれ一週間が経つ。
今は四月だ。新入社員として湯川製薬に入社したてである圭は新人研修の真っ只中にあり、かなり忙しい。日によってはあっちだこっちだと研修先も移動していて、それこそ会う為にはきっちりと相手のスケジュールを把握し、終わるまで待ち伏せるくらいはしないと無理な状態にある。でも時間通りに向こうが終わるはずもなく、白鳥だって秘書課の仕事がびっしりと入っており、そこまではどうしたって出来なかった。
そもそも青鬼の件を圭に言う事自体が間違っているのでこの労力は完全に無駄なのだが、弟の圭を女性と、しかも姉の奏を“兄”だと白鳥も思い込んでいる為、その事には全く気が付いていない。
「仕方ないわね、こうなったらお兄さんの方に一言言ってやろうかしら。貴方の妹をどうにかしてくれって」
イライラから白鳥がカリッと爪を噛む。普段なら綺麗に整えられているマニキュアを塗った爪が、一本だけガタガタになっている。この一週間何度も入れ違えになり、苛立ちから噛んでしまった結果だ。
「…… でもお兄さんも研究棟に居て私じゃ奥までは入れないし。全く、兄妹揃って面倒な人達ね」
研究棟はセキュリテーの問題で、秘書課の者では奥まで入れない。研究員以外で許されているのは一部の者だけで、同じ部署では社長秘書の青鬼と寺島の二人くらいだ。このままでは兄と会うのすらも厳しそうなので、『ただ釘を刺したいだけなのに困ったわ』と白鳥が頭を抱えた。
◇
それから更に三日後。
白鳥が総務課に寄った帰り道、秘書課へ戻る途中の廊下で一人の小柄な人物とすれ違った。私服の上に白衣を着ており、手には分厚いファイルを何冊も抱えている。髪はサラサラとしたショートヘアで、瞳は大きくって窓から差し込む日光が当たって綺麗な色をしている。肌は白く、おちょぼ口をした唇は赤くってプルプルとした採れたての果実のようだ。
“美少年”
そう形容するのがもっとも正しいその人は、まさに目の保養だった。
(イイモノを見たわ。格好的にどうやら研究棟の人みたいだし、レアポップな存在に偶然遭遇出来るだなんて運が良いわね。これだっら今日こそは椿原兄妹にも会えるのでは?——…… ん?研究員?あれ?椿原主任のお子さんも、確か研究員よね。というか、さっきの顔、よくよく考えたら見た事があるわ。どこだったかしら…… あ!人事のー!)
今まさにすれ違った相手が、ここ三日間探していた奏だと気が付き、白鳥が慌てて振り返って「椿原さん!」と声をかけた。
奏が振り返るまでの数秒間の隙に、白鳥は首から下げている社員証をサッとスーツのジャケットの中に隠す。名前や所属を堂々と晒して、今はまだ未定な予定の為に大嘘をつける程には肝が座っていないからだ。
「はい。何か?」
知らない相手に突然声をかけられて少し驚いた奏ではあったが、きっと彼女はウチの社員に違いないだろうと思い、警戒心皆無のまま立ち止まる。
「椿原奏さん、ですよね」
ヒールの高い靴を履いているせいもあってか、お互いが向かい合って立つと圧倒的に奏が小さく見える。いくら美形でもチビは論外な白鳥は最速で奏を恋心の射程外に置いた。
「そうですが、貴女は?」
「私ですか?私は、青鬼陽さんとお付き合いをさせて頂いている者です」
にっこりと微笑み、白鳥が愛想を振りまく。射程外であろうが、イケメンにはよく思われたいのが女心というものだろう。
「…… お付き合い、ですか?」
突然そんな話をされ、奏がきょとん顔になった。
初耳だ…… 。でも、陽とはそういった話題になった事すらないのだから当然だと言えば当然だろう。
「あ、周囲には秘密にしておいて下さいね。彼ってほら実質社長みたいな立ち位置の方でしょう?そんな人が私とお付き合いしているとなると、周囲から嫉妬されて虐められちゃうかもしれないって心配してくれて、『誰にも付き合っているって言っちゃダメだよ。秘密にね』って約束しているんで」
「そうなんですか」
(秘密の恋人、というわけですね。なるほど…… )
でも、そんな話を何故自分にしてくるのだろうか。奏は不思議でならなかったが、彼女の話を遮る事なく本題を待った。
「青鬼さんと椿原さんの妹さんが結婚されると聞いたんですが、それって本当ですか?」
白鳥から愛想の良さが消え、スッと冷たい表情になる。気に入らない気持ちが前面に出ていて、素が美人ゆえに圧がすごいのだが、奏には全く通用していない。彼女には圧をかけられるような理由が全く思い当たらないから、それらを感じ取れすらしていないみたいだ。
(それにしても、何故結婚の件を彼女が知っているのだろか)
まだ両家の挨拶はしておらず、会ったのはお互いの兄姉達にだけだ。それなのに彼女がその話を知っているという事は、陽から直接聞いたに違いない。ということは『あぁ、本当にお二人はお付き合いしているんだな』と奏は胸に深く刻んだ。
「えぇ。その通りです」と奏が答えた途端、白鳥の眉間に深いシワが入った。
「…… 別れるように、貴方から言ってもらえません?」
「何故です?」
圭と明は、この人に迷惑はかけていないはずだ。なのにこの人がどうしてこんな事を言うのか思い当たらず、奏が困惑する。
「私と青鬼さんはもう長年お付き合いしてきているんです」
嘘は言っていない。あくまでも職場の同僚としてではあるが、付き合いはあるのだから。
「それが急に、どこの泥棒猫かも知らない相手にいきなり掻っ攫われて、納得できると思いますか?誰だろうが無理ですよね⁉︎」
気迫溢れる顔で白鳥に言われたが、奏の頭の中は疑問符が飛んでいる。
「あの、ちょっと誤解がある気がするのですが」
恐る恐る、奏が口を挟む。
「どこにあるっているんですか!」
興奮気味に白鳥が声を荒げた。
「結婚するのはお互いの弟妹であって、陽さんご本人では無いですよ?」
「…… え?」
今度は白鳥がきょとんとする番だった。
「…… 弟妹が、ですか?」
「はい。そうです」
(…… 弟妹同士が、結婚。確か青鬼さんには弟さんと妹さんがいる。と言うことは、この場を誤魔化したいが為だけの嘘では無いわね。でも待って?青鬼さんは確かに『好き』『椿原主任の子ども』だって言っていたわよ?)
これで彼女さん安心出来たでしょうか?と気にしている奏を顔を、壊れた玩具みたいなゆっくりとした動きをしながら白鳥はじっと見た。
(そういえば、この人も椿原主任の子どもだわ——)
目がクワッと見開かれ、何とも形容し難い複雑な表情を白鳥にされてしまい、奏が一歩引いた。誤解は解けたはずなのに、一体どうしたのだろうか?何故彼女は黙ったままなのだろうと不思議でならない。
(え、待って。青鬼さん『——とえっちな事がしたい。肉欲に溺れ、互いのいろんな汁でグッチョングッチョンになっちゃうような激しいやつを、ねっとりしっぽりとして…… 』って、まさかこの彼と、したいの?という事は、青鬼さんって…… ゲイなの?)
大きな瞳の少年っぽい人が不思議そうな顔でこちらを見上げている、と白鳥は思っている。
確かに可愛い。女の目から見ても、納得の可愛さだ。というかそもそも奏は女性なので、可愛くてもなんら可笑しな事は何も無いのだが、白鳥は彼女を男性だと思っている為、そっと額を押さえ、これでもかと言わんばかりの深いため息を吐き始めた。
(コレには勝てないわー、無理無理無理。そもそもゲイの男をこっちに振り向かせるとか、そこからして無理があるわ。しかもその彼が惚れてる相手が、コレとか!)
「どうかされましたか?」
自分をガン見してきたと思ったら、急に深いため息を吐かれてしまい、奏から白鳥に声をかけた。
「いえ、すみません。何でもないです」
額を押さえたまま、白鳥が首を横振る。もうなんか全てがどうでもよくなってくる。この数日間の苦労は一体何だったのだろうかと思うと、疲労感がドッと彼女を襲った。
「あ、でも最後に一つ訊いてもいいですか?」
顔を上げる事なく、白鳥が声をかけた。もうすっかり気持ちが萎えているが、疑問点は解消しておきたい。
「はい」
「椿原さんと、青鬼さんはどういった御関係で?」
「いずれ家族になる人、でしょうか」
「いずれ家族になる人⁉︎」
同性婚がこの国では認められていない為、同性愛者の方々は事実婚をするか、もしくは養子縁組をして関係を結ぶ事もあると聞いた事がある。『つまりこの二人はもう、結婚の約束をしているのか』と、白鳥は早とちりをした。
今さっき『弟妹同士が結婚する』のだと聞いたばかりなのだ。冷静な時であれば、『あ、義理の兄弟になるって意味ね、ハイハイ』と納得出来たのに、今の彼女は自分が思っているよりもずっと頭の中がぐちゃぐちゃになっているみたいだ。青鬼に初めて会ってからのかれこれ五年近く。一方的な妄想に溢れた片想いを拗らせていたのだから無理も無い。
(何よ、既に相思相愛なんじゃないのよ!)
もうとっくにこの二人には付け入る隙など無いのだと勝手に勘違いをし、白鳥の陽に対する気持ちがスッと、驚く程早い速度で冷めていく。
(私を幸せにしてくれない男なんか、もうどうでもいいわ)
「そうでしたか。お幸せにどうぞ」
男と男を取り合う気は無いわ。だって、もし万が一にでもこの私が男に負けたら、それこそ一生の傷になっちゃじゃない!と心の中で叫びながら、「では失礼します」と奏に告げて秘書課へと白鳥が戻って行く。
「…… お、お疲れ様でした」
嵐のような人だったな、と思いながら、奏が彼女の背中を見送った。
奏の中に『陽さんには秘密の彼女さんがいる』という誤報だけを残し、白鳥は職場に戻る頃にはもうすっかり気持ちを切り替え『これからの時代はもうちょっと男臭い人がいいわね!』と、同じ秘書課の寺島に標的を乗り換えたのだった。
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