義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【幕間の物語(短話詰め合わせ)・その一】

「周囲を意識して話していないだろ、コイツら」とモブは思う

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「待ってねえさん!一人で勝手にイかないでよ!」

 額から軽く汗を流し、息の乱れた陽が廊下を一人で歩いていた奏へ声をかけた。研究室のある棟からセキュリティーロックのある扉の数カ所を経由して、奏は事務系の職場スペースが集まる棟へ来ている。彼女は普段、食事時や休憩時間以外はほぼ研究室に篭っている為、この移動を監視カメラで知った陽は、慌てて秘書課からここまで走って来たみたいだ。

「陽さん?何をしてるんですか、廊下を貴方が走るとか。他の社員へ示しがつかないので、もうしないで下さいね」

 私服の上に白衣を羽織り、首からは社員証をぶら下げた奏が、少し驚いた顔をしながら陽の方へと近づく。珍しく声色も怒りを孕んでおり、新しい一面を見られた陽は不謹慎にもゾクゾクッとした快楽を感じてしまった。
「ごめんね、もうしないよ。でもねえさんだって悪いんだよ?(私の)監視が薄い場所になんかイこうとするから。一人でだなんてダメだよ、どうせなら一緒にイこう?」
 そう言って、陽が奏の手を取り、自らの胸の方へと引っ張る。不安気に揺れる眼差しを前にして、奏は『甘えん坊な人だなぁ』と思った。

「わかりました。すみません、普段とは違う行動をしてしまって。でも、ただ備品の補充に行くだけだし、社内での移動のみですから、陽さんが心配する事は何も無いですよ」
「本当に?」
「はい」と言い、奏が口元だけで笑みを作る。笑顔とは言い難いレベルの笑いでも、陽の心臓を射抜くには十分なものだった。
 奏の手を握る手に力が入り、彼女の骨が軽く軋む。その手を胸に向かい更に引き寄せ、陽は呼吸を荒げながら俯いた。『萌え死にそう』という言葉が的確な程に体も心も打ち震えている。
「じゃあ一緒にイクよ、備品室まで。一人だと大変でしょう?」
「ダメですよ、お仕事に戻らないと」
「大丈夫だよ。今は湯川さん宛に届いたメールや書類の確認もほとんど終わっていて、あとは取引先の人を接待で連れていく店のチョイスをするくらいまでは一段落していた所だったから。最後まではやってないけど、あと少しだったから二人でこれから二、三時間の休憩だって出来るくらいだよ」
「そう、何ですか?」と言いながらも、でもなぁと言いたげな顔を奏がする。
「ねぇお願い、少しだけだから。少しだけでも、一緒にイクのを許してよ」
「でも、少しだけとか最初だけとか言って、最後までしそうですし…… 陽さん」
「そうだね最後までシたいのは本心かな。途中で止めるとかの方が半端でイヤじゃない?どうせなら、最後までシた方がお互いにスッキリしていいと思うけど」
 バレちゃってるか、と表情だけで語り、陽が苦笑する。
「…… もう、仕方ないですねぇ。じゃあ、ここでグダグダしている時間も勿体ないですし、パッと行ってサッと終わらせますか」
「ありがとう!ねえさん。でも、私的にはゆっくりシたいかな。二人で一緒の事が出来る貴重なチャンスだしね」
 苦笑していたはずの顔が一気に笑顔へと変わり、胸に引き抱いていた奏の手を軽く持ち上げ、その手に陽が頬擦りをする。身長差があるせいで彼女の踵が少し浮いたが、そんな事彼はお構いなしだった。


「備品室に二人か…… いいね。実にいい」
 二人で並んで歩きながら、ウンウンと頷きつつ陽がニヤニヤとする。
「暗くて狭くて物が多いだけの場所じゃないですか」
ねえさんにとっては、そうかもね。ふふふ」

(兄さんは発想が健全だなぁ。私だったら兄さんとあんな事やこんな事が出来る絶好のチャンスだなって思うのに。本当に紳士だ。…… 襲ってくれても、襲われてくれても私的にはアリなんだけどなぁ)

 んーと猫口になりながら陽が唸る。
「それなりに多いので、アレが必要なんですが、どこかにありますかね」
 えっと、とこぼしながら、奏が口元に指を当てて名前を思い出そうとする。久しぶりに使う物なせいか名前が思い出せないみたいだ。
「『アレ』?それって、沢山あった方がいいもの?」
「いえ、一つで大丈夫なんですが…… 。それなりに量があるのでアレがないと後々大変かと思うんですけど、えっと…… 」
「あ、台車アレか。わかった。途中で手に入れてからイこうか。ちゃんと用意しないと危ないもんね」
 奏が言いたかった物が台車だと気が付き、二人がそれを回収しに廊下を揃って歩き出す。
「陽さん、無理して腰を痛めたりしないで下さいね。最後まで一人ででもやってしまいそうですし、今から心配です」
「やだな、一緒にってさっきから言ってるじゃないか。イクのも最後までスルのも、ねえさんとがいいしね。腰だってちゃんと労わるから大丈夫だよ。ねえさんこそ気を付けてよ?あんまり無茶したら、お仕置きするからね」
 そう言って、陽が隣を歩く奏の腰に触れ、そっと撫でる。手付きがかなりイヤラシイが、私服と白衣とのおかげでガードが固くなっていた奏は、感じてしまったりなどは無かったみたいだ。
軍手アレもいるかな、ちゃんと覆わないと、ねえさんの柔肌を傷つけそうで心配だよ」
「それは持って来ましたよ。準備は万端とまではいきませんが、問題なく出来そうですね」
 手を軽く握ったり広げたりしているおかげで、陽が何を指してのアレだったのか、奏にはわかったみたいだ。
「流石だね、ねえさん」
「褒めても何も出ませんよ?」
「えー何か出して欲しいなぁ。ねえさんがくれるモノだったら、何でも嬉しいからさ」


 ——と、二人の『備品室』や『補充』という最初の言葉を聞き逃していたらほぼエロ会話にしか聞こえない内容を、廊下を歩きながら普通に話している。陽の方は確実に、楽しみながらそうなるよう意識して会話をしていた。

 わざとなのか、無意識なのか。廊下でたまにすれ違うモブ達では確かめる術など無い為、皆が皆『場所を選べ!もっとエロく無い様意識して話してくれよ!悶々とする原因でしかないから!』と思ったのだった。
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