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【幕間の物語(短話詰め合わせ)・その二】
人事課からの確認作業
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「椿原さん、丁度いい所に!今呼び出してもらおうと思っていたとこだったんですよ」
奏が別の研究グループの一人にレポートを渡して来た帰り道、廊下で突然人事課に勤務する渡辺が声をかけてきた。
「あ、突然すみません。私は人事課の渡辺といいます。今お時間少しよろしいですか?」
「特に急いでもいないので、大丈夫ですよ。何かありましたか?」
人事課からの声かけで、少しだけ奏がそわっとした。そんな部署の人が自分へ用があるなど一体なんだろうか。まさか左遷?もしかして陽さんの機嫌を損ねた?部署変更とかでも嫌だなぁ——と、短時間の間でつい色々考えてしまう。
「…… えっとですね、ちょっと答え難い事かもしれないんですけど、どうしても確認しないといけなくなってしまった事柄がありまして…… 」
腕に持つファイルを抱きしめつつ、渡辺が周囲を見渡し、他に人がいないかどうかを確認する。そんなに話難い内容なのですか?と思うと、一気に奏の緊張度が上がったのだが、やはり表情には出ず、渡辺はそんな彼女を見て『いつ見ても冷静そうで素敵!』と、少しときめいてしまった。
頰を染め、キャッキャと喜んでしまう気持ちを表には出すまいとしている渡辺を、じっと無言で見詰めて話の続きを奏が待つ。その滲み出る圧にハッと渡辺が気が付き、彼女の顔が少し強張ると、またそれが奏へと伝わって圧が増し——完全に悪循環が起こり始めた。。
(…… そ、そんなに言い辛い話って何ですか?やっぱり…… さ、左遷!)
真面目に仕事をして、結果も出しているので思い当たる事は何も無いのに、そんな考えで奏の頭がいっぱいになりそうになった時、やっと渡辺が話の続きを切り出してくれた。
「あ、あ、あの、あのですね。時代的にはLGBTを広く受け入れる流れがあり、もちろんウチの会社もそういった方々への偏見をなくすべく活動しておりまして、人事課は広報課とも連携して——」と、早口で長々と話し続けられる中、奏はそれを中断させる事なくそのまま聞く。
この人は間違い無く人事課よりも広報課向けのタイプなのでは?
もしくは人事課に移動になった広報課だった方か、広報課に行きたい人事課の人か…… 。だがまぁそんな事はどうでもいい、今一番奏が気になってしょうがないのは『何故この人は自分にこんな話をしてくるのだろうか…… 』だった。
「——それとそれと、広報課の七尾さんって知っていますか?」
渡辺の話が突然飛んだ。一体何の流れで七尾の名前が出てきたのかわからず、奏が少し戸惑う。
「え?あ、はい。もちろんですよ、たまに社員食堂で一緒になると、必ず声をかけてくれるので」
今話題に上がった広報課所属の七尾翔は、湯川製薬の正社員でありつつ、オネエ系タレントとしてテレビなどにも出ている人物だ。華がある為社内でも人気があり、話した事は無くとも知らぬ者はいないだろうという、話題の中心になりがちな人でもある。
奏よりも一・二歳程年上で、彼女が入社した時にはまだ男性の格好だったのが、気が付いたら女性の格好をするようになっていた。だが奏は彼の変化のきっかけを知らない。『なんかいつの間にかカッコイイ先輩が綺麗な先輩になっていた』くらいにしか思っていない。
「七尾さんは元々ですね、ご自分の内面がオネエ系である事を隠して生活をしていたらしいのです。でもですね、ここへ就職して、周囲の目を気にする事なく、ご自分を貫いているある人に出逢い、『自分も、自分に嘘をつかずに生きていこう』と決意し、今のスタイルに落ち着いたそうですよ!」
「…… そ、そうなんですか」
(七尾さんの生き方にまで影響を与えた人が社内に居るのはわかったが、だからなぜ、この流れでその話に?)
当然の疑問を奏が持つ。
「その、ある人というのが、どうやら椿原さんの事なのではないかと、もっぱら噂になっていましてね」
(何故⁉︎)
社内には現在椿原が四人居る。だがしかし、この話を奏にしてきたという事は、奏の事を指していると思って間違い無いだろう。でも彼女は自己認識的に“自分を貫いた生き方”をしてもいなければ、影響を与える程七尾とは接点も無い。それなのに、何故己を隠した生き方をしてきた男性をオネエに脱皮させたのが自分だと噂されているのか、皆目見当がつかなかった。
それと同時に思うのはやっぱり、『この話の流れは一体⁉︎』だ。
「なのでなので…… 」とまで言い、渡辺の視線が少し奏から逸れる。
「…… 椿原さんの、性別をですね…… 教えてなんて頂けませんか?」
長い長い前振りや噂話の必要性はー⁉︎と思いつつ、奏ははっきりキッパリと——
「女です!」
と、言い切った。
当然だ。生まれてこの方一度も、心も体も男だった事など無い。ぶっちゃければ似合うだろう事は自覚してはいても、男装は頑なにしてこなかった。着る服だってスカートが中心で、大人可愛いものを極力チョイスしてきたというのに…… どうして自分は、過去から現在に至るまで必ず『あの人は男かも?』と周囲に思われてしまうんだろうか。
ガクッと膝をついて落ち込む自分が、奏の脳内にいる。でも相変わらず表情には出ず、当然の如く渡辺に彼女の落胆っぷりは伝わっていない。
「ですよね、そうですよね!もちろん人事部では把握しているんです。しているんですが、実はですね、毎年数件、必ず『椿原さんの人事記録の一部が間違っている』と報告があがってきていまして。いつもはまたかと無視してきたんですけど、今年度は四月に入ったばかりなのに三件。弟さん側にも早速二件の『ミスじゃ無いか』との連絡がありまして。流石に確認しないといけなくなってしまって。あ、でもマイノリティへの配慮の事を考えると男だ女だとかは個人の自由なのですが、会社的には健康診断の問題があってどうしてもですね…… あぁぁ、ご、ごめんなさい。ホント失礼な質問をぉぉ」
落胆は伝わってはいなくとも、落ち着いているすらも通りこした無表情というのは、それはそれで怖いのか、渡辺の早口が加速し、上手いこと話せてはいなかった。
(待って、三件?一件はどう考えたって陽さんだ。間違いない、絶対に陽さんだ。でも他の二件は?しかも入社したての圭君までとは…… )
一件は大正解。そして他の二件は、秘書課の寺島と白鳥からなのだが、そんな事を奏がわかるはずなどなく、落胆は更に増す。
知らない存在が勘違いしたままというのは、直接訂正が出来ない分何だか気持ちが悪い。面と向かって『兄さん』『オトコの娘だ!』と言ってくる分、陽がマシな存在に思えてきた。
「とにかくですね!椿原さんは人の人生感まで変えちゃったかもしれないくらい素敵な方なんで、あまりこの件で悩まないで下さいぃぃぃ」
涙目になりながら渡辺が訴える。表情が、虐められてしまっている子が見逃してくれと懇願する顔そのものだ。
「…… あ、はい…… 」と、仕方なく、奏が答える。
デリケートな質問なだけに訊き辛かったのはわかるが、前置きの長過ぎる気遣いや慰めはかえって傷が深くなるので、出来ればやめて欲しかった奏なのであった。
奏が別の研究グループの一人にレポートを渡して来た帰り道、廊下で突然人事課に勤務する渡辺が声をかけてきた。
「あ、突然すみません。私は人事課の渡辺といいます。今お時間少しよろしいですか?」
「特に急いでもいないので、大丈夫ですよ。何かありましたか?」
人事課からの声かけで、少しだけ奏がそわっとした。そんな部署の人が自分へ用があるなど一体なんだろうか。まさか左遷?もしかして陽さんの機嫌を損ねた?部署変更とかでも嫌だなぁ——と、短時間の間でつい色々考えてしまう。
「…… えっとですね、ちょっと答え難い事かもしれないんですけど、どうしても確認しないといけなくなってしまった事柄がありまして…… 」
腕に持つファイルを抱きしめつつ、渡辺が周囲を見渡し、他に人がいないかどうかを確認する。そんなに話難い内容なのですか?と思うと、一気に奏の緊張度が上がったのだが、やはり表情には出ず、渡辺はそんな彼女を見て『いつ見ても冷静そうで素敵!』と、少しときめいてしまった。
頰を染め、キャッキャと喜んでしまう気持ちを表には出すまいとしている渡辺を、じっと無言で見詰めて話の続きを奏が待つ。その滲み出る圧にハッと渡辺が気が付き、彼女の顔が少し強張ると、またそれが奏へと伝わって圧が増し——完全に悪循環が起こり始めた。。
(…… そ、そんなに言い辛い話って何ですか?やっぱり…… さ、左遷!)
真面目に仕事をして、結果も出しているので思い当たる事は何も無いのに、そんな考えで奏の頭がいっぱいになりそうになった時、やっと渡辺が話の続きを切り出してくれた。
「あ、あ、あの、あのですね。時代的にはLGBTを広く受け入れる流れがあり、もちろんウチの会社もそういった方々への偏見をなくすべく活動しておりまして、人事課は広報課とも連携して——」と、早口で長々と話し続けられる中、奏はそれを中断させる事なくそのまま聞く。
この人は間違い無く人事課よりも広報課向けのタイプなのでは?
もしくは人事課に移動になった広報課だった方か、広報課に行きたい人事課の人か…… 。だがまぁそんな事はどうでもいい、今一番奏が気になってしょうがないのは『何故この人は自分にこんな話をしてくるのだろうか…… 』だった。
「——それとそれと、広報課の七尾さんって知っていますか?」
渡辺の話が突然飛んだ。一体何の流れで七尾の名前が出てきたのかわからず、奏が少し戸惑う。
「え?あ、はい。もちろんですよ、たまに社員食堂で一緒になると、必ず声をかけてくれるので」
今話題に上がった広報課所属の七尾翔は、湯川製薬の正社員でありつつ、オネエ系タレントとしてテレビなどにも出ている人物だ。華がある為社内でも人気があり、話した事は無くとも知らぬ者はいないだろうという、話題の中心になりがちな人でもある。
奏よりも一・二歳程年上で、彼女が入社した時にはまだ男性の格好だったのが、気が付いたら女性の格好をするようになっていた。だが奏は彼の変化のきっかけを知らない。『なんかいつの間にかカッコイイ先輩が綺麗な先輩になっていた』くらいにしか思っていない。
「七尾さんは元々ですね、ご自分の内面がオネエ系である事を隠して生活をしていたらしいのです。でもですね、ここへ就職して、周囲の目を気にする事なく、ご自分を貫いているある人に出逢い、『自分も、自分に嘘をつかずに生きていこう』と決意し、今のスタイルに落ち着いたそうですよ!」
「…… そ、そうなんですか」
(七尾さんの生き方にまで影響を与えた人が社内に居るのはわかったが、だからなぜ、この流れでその話に?)
当然の疑問を奏が持つ。
「その、ある人というのが、どうやら椿原さんの事なのではないかと、もっぱら噂になっていましてね」
(何故⁉︎)
社内には現在椿原が四人居る。だがしかし、この話を奏にしてきたという事は、奏の事を指していると思って間違い無いだろう。でも彼女は自己認識的に“自分を貫いた生き方”をしてもいなければ、影響を与える程七尾とは接点も無い。それなのに、何故己を隠した生き方をしてきた男性をオネエに脱皮させたのが自分だと噂されているのか、皆目見当がつかなかった。
それと同時に思うのはやっぱり、『この話の流れは一体⁉︎』だ。
「なのでなので…… 」とまで言い、渡辺の視線が少し奏から逸れる。
「…… 椿原さんの、性別をですね…… 教えてなんて頂けませんか?」
長い長い前振りや噂話の必要性はー⁉︎と思いつつ、奏ははっきりキッパリと——
「女です!」
と、言い切った。
当然だ。生まれてこの方一度も、心も体も男だった事など無い。ぶっちゃければ似合うだろう事は自覚してはいても、男装は頑なにしてこなかった。着る服だってスカートが中心で、大人可愛いものを極力チョイスしてきたというのに…… どうして自分は、過去から現在に至るまで必ず『あの人は男かも?』と周囲に思われてしまうんだろうか。
ガクッと膝をついて落ち込む自分が、奏の脳内にいる。でも相変わらず表情には出ず、当然の如く渡辺に彼女の落胆っぷりは伝わっていない。
「ですよね、そうですよね!もちろん人事部では把握しているんです。しているんですが、実はですね、毎年数件、必ず『椿原さんの人事記録の一部が間違っている』と報告があがってきていまして。いつもはまたかと無視してきたんですけど、今年度は四月に入ったばかりなのに三件。弟さん側にも早速二件の『ミスじゃ無いか』との連絡がありまして。流石に確認しないといけなくなってしまって。あ、でもマイノリティへの配慮の事を考えると男だ女だとかは個人の自由なのですが、会社的には健康診断の問題があってどうしてもですね…… あぁぁ、ご、ごめんなさい。ホント失礼な質問をぉぉ」
落胆は伝わってはいなくとも、落ち着いているすらも通りこした無表情というのは、それはそれで怖いのか、渡辺の早口が加速し、上手いこと話せてはいなかった。
(待って、三件?一件はどう考えたって陽さんだ。間違いない、絶対に陽さんだ。でも他の二件は?しかも入社したての圭君までとは…… )
一件は大正解。そして他の二件は、秘書課の寺島と白鳥からなのだが、そんな事を奏がわかるはずなどなく、落胆は更に増す。
知らない存在が勘違いしたままというのは、直接訂正が出来ない分何だか気持ちが悪い。面と向かって『兄さん』『オトコの娘だ!』と言ってくる分、陽がマシな存在に思えてきた。
「とにかくですね!椿原さんは人の人生感まで変えちゃったかもしれないくらい素敵な方なんで、あまりこの件で悩まないで下さいぃぃぃ」
涙目になりながら渡辺が訴える。表情が、虐められてしまっている子が見逃してくれと懇願する顔そのものだ。
「…… あ、はい…… 」と、仕方なく、奏が答える。
デリケートな質問なだけに訊き辛かったのはわかるが、前置きの長過ぎる気遣いや慰めはかえって傷が深くなるので、出来ればやめて欲しかった奏なのであった。
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