義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

文字の大きさ
上 下
32 / 79
【幕間の物語(短話詰め合わせ)・その二】

人事課からの確認作業

しおりを挟む
「椿原さん、丁度いい所に!今呼び出してもらおうと思っていたとこだったんですよ」
 奏が別の研究グループの一人にレポートを渡して来た帰り道、廊下で突然人事課に勤務する渡辺が声をかけてきた。
「あ、突然すみません。私は人事課の渡辺といいます。今お時間少しよろしいですか?」
「特に急いでもいないので、大丈夫ですよ。何かありましたか?」
 人事課からの声かけで、少しだけ奏がそわっとした。そんな部署の人が自分へ用があるなど一体なんだろうか。まさか左遷?もしかして陽さんの機嫌を損ねた?部署変更とかでも嫌だなぁ——と、短時間の間でつい色々考えてしまう。
「…… えっとですね、ちょっと答え難い事かもしれないんですけど、どうしても確認しないといけなくなってしまった事柄がありまして…… 」
 腕に持つファイルを抱きしめつつ、渡辺が周囲を見渡し、他に人がいないかどうかを確認する。そんなに話難い内容なのですか?と思うと、一気に奏の緊張度が上がったのだが、やはり表情には出ず、渡辺はそんな彼女を見て『いつ見ても冷静そうで素敵!』と、少しときめいてしまった。

 頰を染め、キャッキャと喜んでしまう気持ちを表には出すまいとしている渡辺を、じっと無言で見詰めて話の続きを奏が待つ。その滲み出る圧にハッと渡辺が気が付き、彼女の顔が少し強張ると、またそれが奏へと伝わって圧が増し——完全に悪循環が起こり始めた。。

(…… そ、そんなに言い辛い話って何ですか?やっぱり…… さ、左遷!)

 真面目に仕事をして、結果も出しているので思い当たる事は何も無いのに、そんな考えで奏の頭がいっぱいになりそうになった時、やっと渡辺が話の続きを切り出してくれた。
「あ、あ、あの、あのですね。時代的にはLGBTを広く受け入れる流れがあり、もちろんウチの会社もそういった方々への偏見をなくすべく活動しておりまして、人事課は広報課とも連携して——」と、早口で長々と話し続けられる中、奏はそれを中断させる事なくそのまま聞く。

 この人は間違い無く人事課よりも広報課向けのタイプなのでは?
 もしくは人事課に移動になった広報課だった方か、広報課に行きたい人事課の人か…… 。だがまぁそんな事はどうでもいい、今一番奏が気になってしょうがないのは『何故この人は自分にこんな話をしてくるのだろうか…… 』だった。

「——それとそれと、広報課の七尾さんって知っていますか?」
 渡辺の話が突然飛んだ。一体何の流れで七尾の名前が出てきたのかわからず、奏が少し戸惑う。
「え?あ、はい。もちろんですよ、たまに社員食堂で一緒になると、必ず声をかけてくれるので」
 今話題に上がった広報課所属の七尾翔ななおしょうは、湯川製薬の正社員でありつつ、オネエ系タレントとしてテレビなどにも出ている人物だ。華がある為社内でも人気があり、話した事は無くとも知らぬ者はいないだろうという、話題の中心になりがちな人でもある。
 奏よりも一・二歳程年上で、彼女が入社した時にはまだ男性の格好だったのが、気が付いたら女性の格好をするようになっていた。だが奏は彼の変化のきっかけを知らない。『なんかいつの間にかカッコイイ先輩が綺麗な先輩になっていた』くらいにしか思っていない。
「七尾さんは元々ですね、ご自分の内面がオネエ系である事を隠して生活をしていたらしいのです。でもですね、ここへ就職して、周囲の目を気にする事なく、ご自分を貫いているに出逢い、『自分も、自分に嘘をつかずに生きていこう』と決意し、今のスタイルに落ち着いたそうですよ!」
「…… そ、そうなんですか」

(七尾さんの生き方にまで影響を与えた人が社内に居るのはわかったが、だからなぜ、この流れでその話に?)

 当然の疑問を奏が持つ。
「その、ある人というのが、どうやら椿原さんの事なのではないかと、もっぱら噂になっていましてね」

(何故⁉︎)

 社内には現在椿原が四人居る。だがしかし、この話を奏にしてきたという事は、奏の事を指していると思って間違い無いだろう。でも彼女は自己認識的に“自分を貫いた生き方”をしてもいなければ、影響を与える程七尾とは接点も無い。それなのに、何故己を隠した生き方をしてきた男性をオネエに脱皮させたのが自分だと噂されているのか、皆目見当がつかなかった。

 それと同時に思うのはやっぱり、『この話の流れは一体⁉︎』だ。

「なのでなので…… 」とまで言い、渡辺の視線が少し奏から逸れる。
「…… 椿原さんの、性別をですね…… 教えてなんて頂けませんか?」
 長い長い前振りや噂話の必要性はー⁉︎と思いつつ、奏ははっきりキッパリと——

「女です!」

 と、言い切った。
 当然だ。生まれてこの方一度も、心も体も男だった事など無い。ぶっちゃければ似合うだろう事は自覚してはいても、男装は頑なにしてこなかった。着る服だってスカートが中心で、大人可愛いものを極力チョイスしてきたというのに…… どうして自分は、過去から現在に至るまで必ず『あの人は男かも?』と周囲に思われてしまうんだろうか。

 ガクッと膝をついて落ち込む自分が、奏の脳内にいる。でも相変わらず表情には出ず、当然の如く渡辺に彼女の落胆っぷりは伝わっていない。
「ですよね、そうですよね!もちろん人事部では把握しているんです。しているんですが、実はですね、毎年数件、必ず『椿原さんの人事記録の一部が間違っている』と報告があがってきていまして。いつもはまたかと無視してきたんですけど、今年度は四月に入ったばかりなのに三件。弟さん側にも早速二件の『ミスじゃ無いか』との連絡がありまして。流石に確認しないといけなくなってしまって。あ、でもマイノリティへの配慮の事を考えると男だ女だとかは個人の自由なのですが、会社的には健康診断の問題があってどうしてもですね…… あぁぁ、ご、ごめんなさい。ホント失礼な質問をぉぉ」
 落胆は伝わってはいなくとも、落ち着いているすらも通りこした無表情というのは、それはそれで怖いのか、渡辺の早口が加速し、上手いこと話せてはいなかった。

(待って、三件?一件はどう考えたって陽さんだ。間違いない、絶対に陽さんだ。でも他の二件は?しかも入社したての圭君までとは…… )

 一件は大正解。そして他の二件は、秘書課の寺島と白鳥からなのだが、そんな事を奏がわかるはずなどなく、落胆は更に増す。
 知らない存在が勘違いしたままというのは、直接訂正が出来ない分何だか気持ちが悪い。面と向かって『兄さん』『オトコの娘だ!』と言ってくる分、陽がマシな存在に思えてきた。

「とにかくですね!椿原さんは人の人生感まで変えちゃったかもしれないくらい素敵な方なんで、あまりこの件で悩まないで下さいぃぃぃ」
 涙目になりながら渡辺が訴える。表情が、虐められてしまっている子が見逃してくれと懇願する顔そのものだ。
「…… あ、はい…… 」と、仕方なく、奏が答える。

 デリケートな質問なだけに訊き辛かったのはわかるが、前置きの長過ぎる気遣いや慰めはかえって傷が深くなるので、出来ればやめて欲しかった奏なのであった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎
恋愛
晶は高校3年生。小柄で見た目が地味な晶の義理の弟は、長身で西洋風の顔立ちのイケメンだった。身内の欲目か弟は晶に近づく男に厳しい。過保護で小言の多い弟を『シスコン』だと呆れながらも、すっかり大人のように成長してしまった弟の、子供っぽい執着に『ブラコン』の晶はホッとするのだった――― ※2016.6.29本編完結済。後日談も掲載しております。 ※2017.6.10おまけ追加に伴いR15指定とします。なお★指定回はなろう版と一部内容が異なります。 ※2018.4.26前日譚姉視点『おとうとが私にかまい過ぎる』及び番外編『お兄ちゃんは過保護』をこちらに纏めました。 ※2018.5.6非掲載としていた番外編『仮初めの恋人』をこちらに追加しました。

処理中です...