義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【願望は、時として他者にとっては悪夢となる】

願望は、時として他者にとっては悪夢となる①

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「はぁ…… 。兄さんとえっちな事がしたい。肉欲に溺れ、互いのいろんな汁でグッチョングッチョンになっちゃうような激しいやつを、ねっとりしっぽりとしてみたーい」
 自分の机に突っ伏し、半泣き状態になりながら、陽が言ったとんでもない発言は、彼の腕と机に遮られ、後半のみが同僚である寺島てらしまの耳に届いた。

「…… は⁉︎おま、巫山戯んな、今は仕事中だぞ?」

 寺島が慌てて席から立ち上がり、周囲を軽く見渡しながら陽の後頭部を掴み、既に突っ伏していた机へ更に押し付ける。そのせいで「うぐお!」と陽が情けない声をあげたが、寺島はその手を離さなかった。
「いだだだだだだっ!潰れる!離せって!」
「しー!ただでさえ女性が多い職場だぞ?セクハラだって追い出されたらどうする気だよ!」
「いない、いないって。この時間はもうみんな出払ってるから」
「…… そうだったか?」と言いながら、寺島が周囲を再び見渡す。確かに人は出払っており、人は居なさ…… いや、居た。二人から見たら最奥に、正確には出入り口から入ってすぐの席に一人、同じく秘書課に所属する、白鳥しらとりが自分の席に座り、担当の上役宛に届いたメールの確認作業に追われていた。

「…… 白鳥さん」と、恐る恐る寺島が遠くから声をかける。
「はい、何か?」
「青鬼の独り言って、聞こえてた?」
「独り言、ですか?いいえ。さっきから寺島さんの声くらいしか聞こえていませんよ?」
「そっか、ならいいんだ。仕事中にごめんね?」
「いいえ、いいんですよ。でも、お二人も仕事、ちゃんとして下さいね」
 笑顔でそう言うと、白鳥が視線をパソコンの画面に戻し、作業を再開する。
「はい」
 陽と寺島は揃って返事をすると、押さえ込んでいた手を寺島が離し、突っ伏していた体を陽が正して、目の前の書類に目を通し始めた。


 ——十分後。
 欲求不満の爆発しそうな陽が、自らの席にあるパソコンの画面を覗き込む。何をどう細工したのか寺島は訊く気もないが、最近やたらと陽が社内の監視カメラにアクセスして誰かの姿をじっと見ている事には気が付いていた。
 そっと席を立って、寺島が陽の席に音もなく近づく。ちょっとだけ忍者やアサシンにでもなった気分だ。

「お前、最近ずっと何見てんだ?」

 急に斜め下から小声が聞こえ、陽の体が一瞬びくっと跳ねた。
 声のする方へゆっくり顔を向けると、寺島が机に隠れるみたいにしゃがんでいる。きっと彼は、白鳥にバレない様隠れているのだろう。
「…… 兄さんの様子だよ、今はどうしてるのかなって思って」
「兄さん?青鬼って長男だよな。妹と弟しかいないだろ」
「妹の明が今度結婚するんだ。そうなると、相手側の兄弟は私の兄弟にもなるわけだ。なのでこの人は私のお兄さんだよ。大好きなんだよねー彼の事」
「へぇ」と言いながら、寺島もしゃがんだままパソコンの画面を覗き込む。最新式の監視カメラの画像にはバッチリと仕事中の奏の姿が映し出されており、今は試薬の確認作業真っ最中の様だった。
「…… 知った顔だぞ、この人」
「あぁ。椿原さんのお子さんだからね」
「へぇ、椿原主任の」
 少しの間の後、「マジか」と寺島が呟いた。

(椿原主任のトコって、お子さん二人だったよな。『ウチの子は女と男の二人だよ』って随分前に聞いた記憶はあるけど…… )

 寺島は早々に疑問を解消すべく、彼はしゃがんだまま自分の席へ戻り、書類作業そっちのけで、無言のまま人事データにアクセスし始めた。
 それにより検索にヒットした椿原家の四名が画面に映し出される。主任夫婦の履歴書は即座に閉じ、残った二人分の情報に目を通したのだが、寺島の頭の中は益々疑問符が増えるばかりだった。

(椿原奏、女性、二十九歳。椿原圭、男性…… 女性?男性?あれ?これ二人とも性別欄、間違ってね?)

 少年の様な容姿をした奏の写真。
 落ち着いた雰囲気の女性の様な容姿をした圭の写真。

 どっちを何度見ても、記載されている性別が一致しない。
 こりゃミスだな。
 本人達に会ったであろう青鬼が『彼は兄だ』と言うのだから、年齢的に奏という人は“兄”なのだろう。そして新入社員の方が“妹”なんだ。それならば証明写真の見た目とも、椿原主任から聞いた話とも一致する。
 勝手にそう納得し、寺島が見ていた人事データを閉じる。そしてまた、こそこそとしゃがみながら陽の側に戻ると、改めて「よかったな、家族が増えて」と男らしい笑顔で伝えた。
「ありがとう、寺島」
「式には呼べよって、今から明ちゃんにも言っておいてくれな」
「お前まで呼ぶとなると対象範囲が広がって、人が増えて大変な事になりそうだな」
 はははは、と短くこっそり笑い合う。
 二人の間に少しの時間が流れた後、寺島がハッとした顔になった。

「あれ?お前って、ゲイなん?」

 今更な事に話が戻り、陽が「今頃ソコをつっこむか」と言いながら、寺島の後頭部をベシッと叩いたのだった。
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