31 / 79
【幕間の物語(短話詰め合わせ)・その二】
とある休憩時間・再び
しおりを挟む
とある日の休憩時間。
また奏は陽と休憩所の一角で一緒になった。自動販売機が数機と丸テーブルが四つ、それぞれに簡易的な椅子が四脚ずつ備わったものが並び、隅っこには大きな観葉植物が飾られただけのシンプルなスペースだ。
「青鬼さ…… 陽さん。お疲れ様です」
名前を言えと懇願され、それ以来呼ぶ様にと努力はしているが、上役が相手だとなると、どうしたってたまに間違ってしまう。だがそれを陽が咎める事はなく、『よく頑張りました』と言いそうな笑顔を奏へ向けると、彼は側にある自動販売機の方へ体を向けた。
「お疲れ様ー。これから休憩だよね、缶コーヒーでよければ御馳走させて欲しいな」
「いいんですか?ありがとうございます。あ、でも次は自分が出しますね」
「…… うん、ありがとう兄さん」
次の約束が当たり前に出てくる事が嬉しくって、陽のテンションがギュンッと上がる。ただでさえ今日は朝から機嫌が良いのに、それをたった一言でもっと上げてくるとか、奏は天使か?いや、神か!と、購入ボタンを押しながら陽は思った。
「はいどうぞ。いつものでよかったよね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
礼を言い、奏は陽から温かな缶を一本受け取った。
(あれ?…… お気に入りの缶コーヒーがどれとか、話しましたっけ?)
不思議に思うも、どうでもいい会話の中できっと話したんだろうなぁと勝手に結論付けた。
一番近くにある椅子に座ろうと近寄る。すると陽は椅子を後ろへ引き、奏が座るのを補助してくれた。
「え?あ、あり、がとう、ございます」
素直に腰掛けはしたが、何が起きたのか一瞬わからず、奏はどもってしまった。
「いいんだよ」と答え、奏の背後に立ったままの陽が、彼女の頭部にそっと頬を寄せる。不快にさせない程度に髪の香りを嗅ぐと、うっとりとした面持ちをしながら離れ、すぐ隣に彼も腰掛けた。
何をされたのかわからないが、随分と距離が近かった気がする。
寝癖でもあっただろうか?それともゴミでもついていた?考えてもわからず、『どうかしましたか?』と訊こうとしたのだが、口をついて出たのは別の言葉だった。
「今日はとても機嫌が良さそうですね。何か良い事でもあったんですか?」
「わかる⁈わかっちゃうか、兄さんだもんね、流石だよ」
陽のお尻付近でパッタンパッタンと揺れる尻尾の幻覚が、奏には見えた。
「いつもより笑顔が眩しいというか、こう…… オーラ的な物が凄いというか」
手に持った未開封の缶コーヒーをくるくると回し、上がったテンションのまま陽が手遊びをする。気が付いてもらえた事が嬉しくって堪らない。もうこの喜びを糧にするだけで、今から三徹くらいしても平気な気がしてきた。
「あのね、今朝は夢見がよかったんだ」
「…… 夢見、ですか」
「うん。私は結構しっかり夢の内容を覚えたまま起きる事が多いんだけどね、今回のはとびっきり最高の内容だったもんだからもう、嬉しくって楽しくって興奮しちゃって」
そう言いながら、陽の脳内で夢の内容が映画並みの表現力で再現される。中身はもちろん、奏の夢だった——
◇
奏の小さな体には白衣の一枚しか纏っておらず、ぶかぶかなもんだから袖からはチラッとしか手が見えない。大きな瞳は猫の様にくりくりとしていて、うっすらと紅色に染まる小さな唇はプルプルと果実の様に瑞々しい。男性化された体は胸がぺったんこだが、残念ながら現実と大差なかった。
そんな格好で奏が陽の家の中をウロウロとし、彼を見付けた瞬間、満面の笑みを浮かべながら『お帰りなさい。ずっとココで待っていたんですよ。もう…… 仕事ばかりしていないで、もっとかまって欲しいです』なんて言いながら抱きついてきたもんだから、その後は当然即ベッドに直行だった。
体のサイズに似合った奏のイチモツはもう元気に滾っていて、先走りがちょろっと垂れ出している。そんな姿を陽に見られ、恥ずかしさに頬を染めながらも彼は『口でとか…… お願いしたら引きますか?』と言い、奏は自ら細い脚を開いた。そんなお願いをされて引く男がどこにいようか。いる訳が無い。いや、兄さんは私だけの愛しい人なだから、居たらすぐに排除してやる。
まぁとにかく、そりゃもう当然、陽は彼のイチモツを軽く掴み、扱きながらも口で——
◇
「…… 陽、さん?どうかしましたか?大丈夫ですか」
細部までしっかりバッチリ思い出してしまい、途中から丸テーブルに突っ伏してしまった陽へ、奏が必死に声をかける。
具合でも悪いんだろうか?働き過ぎでは?医療室の人を呼ぶべきか、秘書課へ連絡する?と、彼女は軽くパニック状態だ。
そんな現実側の奏も可愛いなぁ、と横目に見ながら思いつつも、実はちょっとアレが勃ってしまって体を起こせない。すぐ隣に座ったのは失敗だった。正面であれば背筋を正しても、テーブルに隠れて誤魔化せたのに、と陽は今更後悔した。
「大丈夫だよ、兄さん。ちょっとえっと…… 」
(何て言って誤魔化そうか。素直に『勃った』とは、男同士でも職場の休憩所では言い辛いしなぁ)
「ちょ、ちょっと眠いだけだから!」
何と答えるのが最適か思い付かず、半分ヤケになった言い方になった。
「…… そう、でしたか。じゃあ、ちょっとそのまま仮眠でもしましょうか。十五分程度したら起こしてあげますよ」
そう言って、奏がそっと優しく陽の背中を撫で始めた。小さいが、とても温かな手の温もりを背中に感じ、滾っていたモノがちょっと落ち着く。母や姉から受ける様な優しさの前では、流石に本能的な部分も勝てないみたいだ。
「頭も、撫でて欲しいなぁ…… 兄さん」
「姉ですよ」
奏は即座に返したが、その言葉は流された。
「…… 夢って、正夢とか予知夢とか、色々な種類がありますよね」
もう既に陽は寝ているかもしれないのに、奏がぼそっと小声で呟いた。聞かせたい言葉ではなく、ただちょっと思った事を口にしただけだったのだが、本当に眠くて突っ伏したわけではない彼は、少しだけ顔を上げて「うん、そうだね」と返事をした。
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」と言い、頭を撫でていた手を引こうとする。すると陽は「撫でて」と甘えた声をあげ、再度頭を撫でてもらい続ける事に見事成功した。
「気持ちいいぃ…… 癒されるぅ、もうずっと撫でていて欲しい…… 」
とろんと溶けた声で喜ぶもんだから、奏は完全に大型犬をあやしている様な気分になってきた。自分よりも遥かに大きくって、普段はとてもしっかりとした人が甘える姿はちょっと心を擽られる。彼が一体どんな夢を見てここまで嬉しそうにしているのか全く見当も付かないが、それにちょっとだけでも自分が関わっていたのだとしたら、少し、ほんの少しだけ嬉しいんだけどなぁ…… と考えてしまい、途中から『いやいやいや、ないないない』と、誤魔化すように撫でる手に変な力が入った。
「夢といえばね…… 願望夢って、知ってる?」
「いえ、初めて聞きました」
「心の中で、常々こうなったらいいなぁって思っている事が、夢の中で再現されるものの事らしいよ。すごく、すごくそうなったらいいな、幸せだなぁって思っている事がさ、夢の中だけでも叶ったら正直ちょっと嬉しいものだよね。だから、今朝私が見たのはソレだと思うんだ」
やたらと溶けたままの声でそう言うもんだから、奏までちょっと眠たくなってきた。
「正夢になったらいいな、と思う程の夢だったんですね。その様子だと」
「うん。そうだね、いつか絶対に叶えるよ。だからね…… 兄さんにも協力して欲しいなぁ。私だけじゃ、無理だからさ」
そう言われ、奏の顔がカッと一気に赤くなった。何となく、もしかしてちょっと考えた事がバレたのだろうかという焦りと、彼の願望夢に自分が出てきた事を察したせいだ。
「…… 無茶な内容なら、無理ですよ?」
顔を赤くしたまま、でも表情は普段通りに硬い奏が丸テーブルに向かい倒れ、陽の隣に突っ伏した。手は陽の頭を撫でたままなので、表情がバッチリ丸みえだ。
「無茶を言わなければ、手伝ってくれるって事?」
テーブルに投げ出していた腕をそっと除け、陽も端正な顔を奏に晒す。眼鏡がちょっと天板に当たってずれてしまい邪魔だったが、そこは愛嬌だろうと割り切る。
「まぁ…… それもやぶさかではない、くらいな程度で受け止めていただけるのなら」
少し眠そうな瞳をし、顔を赤く染めた奏がすぐ隣に居る。そんな状況なせいで、陽の心臓がバクンバクンと激しく高鳴り始めた。
夢の中の甘える奏と、目の前の奏の姿が重なり、キスをしたい衝動が胸の奥を激しく燃やす。頭を優しく撫で続けてくれている温かな手をぎゅっと掴み、奏の首に腕を回して、今すぐにでも今朝の願望夢を正夢に。了承はもう得ているではないか。場所が職場というだけで、そう大差は無い。ほんの数センチのこの距離を、ただ縮めるだけで今すぐ叶うじゃないか——そんな考えが陽を完全に支配し、ちょっとだけ距離を詰めようとしたその時だ。
ぽっぽー。ぽっぽー。ぽっぽー……
間の抜けた音が、奏の眠気と陽の劣情を思いっ切り邪魔してきた。
「あ、すみません。休憩終わりましたね。戻らないと」
「…… アラーム、セットしていたんだね」
私服の上に羽織っている白衣のポケットからスマホを取り出し、奏が慌ててアラームを止める。
「すぐ色々な事に没頭してしまうんで、最近は、何か行動する時はアラームをセットしているんです。あ、コーヒーありがとうございました。後でゆっくり頂きますね。それじゃ!」
珍しく、そそくさと奏が休憩所を立ち去って行く。その背中を残念そうに陽は見送ったのだが、角を曲がる際にちらりと見えた奏の横顔が真っ赤なままだった事で、少しだけ互いの距離が縮まった様な気がしたのだった。
また奏は陽と休憩所の一角で一緒になった。自動販売機が数機と丸テーブルが四つ、それぞれに簡易的な椅子が四脚ずつ備わったものが並び、隅っこには大きな観葉植物が飾られただけのシンプルなスペースだ。
「青鬼さ…… 陽さん。お疲れ様です」
名前を言えと懇願され、それ以来呼ぶ様にと努力はしているが、上役が相手だとなると、どうしたってたまに間違ってしまう。だがそれを陽が咎める事はなく、『よく頑張りました』と言いそうな笑顔を奏へ向けると、彼は側にある自動販売機の方へ体を向けた。
「お疲れ様ー。これから休憩だよね、缶コーヒーでよければ御馳走させて欲しいな」
「いいんですか?ありがとうございます。あ、でも次は自分が出しますね」
「…… うん、ありがとう兄さん」
次の約束が当たり前に出てくる事が嬉しくって、陽のテンションがギュンッと上がる。ただでさえ今日は朝から機嫌が良いのに、それをたった一言でもっと上げてくるとか、奏は天使か?いや、神か!と、購入ボタンを押しながら陽は思った。
「はいどうぞ。いつものでよかったよね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
礼を言い、奏は陽から温かな缶を一本受け取った。
(あれ?…… お気に入りの缶コーヒーがどれとか、話しましたっけ?)
不思議に思うも、どうでもいい会話の中できっと話したんだろうなぁと勝手に結論付けた。
一番近くにある椅子に座ろうと近寄る。すると陽は椅子を後ろへ引き、奏が座るのを補助してくれた。
「え?あ、あり、がとう、ございます」
素直に腰掛けはしたが、何が起きたのか一瞬わからず、奏はどもってしまった。
「いいんだよ」と答え、奏の背後に立ったままの陽が、彼女の頭部にそっと頬を寄せる。不快にさせない程度に髪の香りを嗅ぐと、うっとりとした面持ちをしながら離れ、すぐ隣に彼も腰掛けた。
何をされたのかわからないが、随分と距離が近かった気がする。
寝癖でもあっただろうか?それともゴミでもついていた?考えてもわからず、『どうかしましたか?』と訊こうとしたのだが、口をついて出たのは別の言葉だった。
「今日はとても機嫌が良さそうですね。何か良い事でもあったんですか?」
「わかる⁈わかっちゃうか、兄さんだもんね、流石だよ」
陽のお尻付近でパッタンパッタンと揺れる尻尾の幻覚が、奏には見えた。
「いつもより笑顔が眩しいというか、こう…… オーラ的な物が凄いというか」
手に持った未開封の缶コーヒーをくるくると回し、上がったテンションのまま陽が手遊びをする。気が付いてもらえた事が嬉しくって堪らない。もうこの喜びを糧にするだけで、今から三徹くらいしても平気な気がしてきた。
「あのね、今朝は夢見がよかったんだ」
「…… 夢見、ですか」
「うん。私は結構しっかり夢の内容を覚えたまま起きる事が多いんだけどね、今回のはとびっきり最高の内容だったもんだからもう、嬉しくって楽しくって興奮しちゃって」
そう言いながら、陽の脳内で夢の内容が映画並みの表現力で再現される。中身はもちろん、奏の夢だった——
◇
奏の小さな体には白衣の一枚しか纏っておらず、ぶかぶかなもんだから袖からはチラッとしか手が見えない。大きな瞳は猫の様にくりくりとしていて、うっすらと紅色に染まる小さな唇はプルプルと果実の様に瑞々しい。男性化された体は胸がぺったんこだが、残念ながら現実と大差なかった。
そんな格好で奏が陽の家の中をウロウロとし、彼を見付けた瞬間、満面の笑みを浮かべながら『お帰りなさい。ずっとココで待っていたんですよ。もう…… 仕事ばかりしていないで、もっとかまって欲しいです』なんて言いながら抱きついてきたもんだから、その後は当然即ベッドに直行だった。
体のサイズに似合った奏のイチモツはもう元気に滾っていて、先走りがちょろっと垂れ出している。そんな姿を陽に見られ、恥ずかしさに頬を染めながらも彼は『口でとか…… お願いしたら引きますか?』と言い、奏は自ら細い脚を開いた。そんなお願いをされて引く男がどこにいようか。いる訳が無い。いや、兄さんは私だけの愛しい人なだから、居たらすぐに排除してやる。
まぁとにかく、そりゃもう当然、陽は彼のイチモツを軽く掴み、扱きながらも口で——
◇
「…… 陽、さん?どうかしましたか?大丈夫ですか」
細部までしっかりバッチリ思い出してしまい、途中から丸テーブルに突っ伏してしまった陽へ、奏が必死に声をかける。
具合でも悪いんだろうか?働き過ぎでは?医療室の人を呼ぶべきか、秘書課へ連絡する?と、彼女は軽くパニック状態だ。
そんな現実側の奏も可愛いなぁ、と横目に見ながら思いつつも、実はちょっとアレが勃ってしまって体を起こせない。すぐ隣に座ったのは失敗だった。正面であれば背筋を正しても、テーブルに隠れて誤魔化せたのに、と陽は今更後悔した。
「大丈夫だよ、兄さん。ちょっとえっと…… 」
(何て言って誤魔化そうか。素直に『勃った』とは、男同士でも職場の休憩所では言い辛いしなぁ)
「ちょ、ちょっと眠いだけだから!」
何と答えるのが最適か思い付かず、半分ヤケになった言い方になった。
「…… そう、でしたか。じゃあ、ちょっとそのまま仮眠でもしましょうか。十五分程度したら起こしてあげますよ」
そう言って、奏がそっと優しく陽の背中を撫で始めた。小さいが、とても温かな手の温もりを背中に感じ、滾っていたモノがちょっと落ち着く。母や姉から受ける様な優しさの前では、流石に本能的な部分も勝てないみたいだ。
「頭も、撫でて欲しいなぁ…… 兄さん」
「姉ですよ」
奏は即座に返したが、その言葉は流された。
「…… 夢って、正夢とか予知夢とか、色々な種類がありますよね」
もう既に陽は寝ているかもしれないのに、奏がぼそっと小声で呟いた。聞かせたい言葉ではなく、ただちょっと思った事を口にしただけだったのだが、本当に眠くて突っ伏したわけではない彼は、少しだけ顔を上げて「うん、そうだね」と返事をした。
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」と言い、頭を撫でていた手を引こうとする。すると陽は「撫でて」と甘えた声をあげ、再度頭を撫でてもらい続ける事に見事成功した。
「気持ちいいぃ…… 癒されるぅ、もうずっと撫でていて欲しい…… 」
とろんと溶けた声で喜ぶもんだから、奏は完全に大型犬をあやしている様な気分になってきた。自分よりも遥かに大きくって、普段はとてもしっかりとした人が甘える姿はちょっと心を擽られる。彼が一体どんな夢を見てここまで嬉しそうにしているのか全く見当も付かないが、それにちょっとだけでも自分が関わっていたのだとしたら、少し、ほんの少しだけ嬉しいんだけどなぁ…… と考えてしまい、途中から『いやいやいや、ないないない』と、誤魔化すように撫でる手に変な力が入った。
「夢といえばね…… 願望夢って、知ってる?」
「いえ、初めて聞きました」
「心の中で、常々こうなったらいいなぁって思っている事が、夢の中で再現されるものの事らしいよ。すごく、すごくそうなったらいいな、幸せだなぁって思っている事がさ、夢の中だけでも叶ったら正直ちょっと嬉しいものだよね。だから、今朝私が見たのはソレだと思うんだ」
やたらと溶けたままの声でそう言うもんだから、奏までちょっと眠たくなってきた。
「正夢になったらいいな、と思う程の夢だったんですね。その様子だと」
「うん。そうだね、いつか絶対に叶えるよ。だからね…… 兄さんにも協力して欲しいなぁ。私だけじゃ、無理だからさ」
そう言われ、奏の顔がカッと一気に赤くなった。何となく、もしかしてちょっと考えた事がバレたのだろうかという焦りと、彼の願望夢に自分が出てきた事を察したせいだ。
「…… 無茶な内容なら、無理ですよ?」
顔を赤くしたまま、でも表情は普段通りに硬い奏が丸テーブルに向かい倒れ、陽の隣に突っ伏した。手は陽の頭を撫でたままなので、表情がバッチリ丸みえだ。
「無茶を言わなければ、手伝ってくれるって事?」
テーブルに投げ出していた腕をそっと除け、陽も端正な顔を奏に晒す。眼鏡がちょっと天板に当たってずれてしまい邪魔だったが、そこは愛嬌だろうと割り切る。
「まぁ…… それもやぶさかではない、くらいな程度で受け止めていただけるのなら」
少し眠そうな瞳をし、顔を赤く染めた奏がすぐ隣に居る。そんな状況なせいで、陽の心臓がバクンバクンと激しく高鳴り始めた。
夢の中の甘える奏と、目の前の奏の姿が重なり、キスをしたい衝動が胸の奥を激しく燃やす。頭を優しく撫で続けてくれている温かな手をぎゅっと掴み、奏の首に腕を回して、今すぐにでも今朝の願望夢を正夢に。了承はもう得ているではないか。場所が職場というだけで、そう大差は無い。ほんの数センチのこの距離を、ただ縮めるだけで今すぐ叶うじゃないか——そんな考えが陽を完全に支配し、ちょっとだけ距離を詰めようとしたその時だ。
ぽっぽー。ぽっぽー。ぽっぽー……
間の抜けた音が、奏の眠気と陽の劣情を思いっ切り邪魔してきた。
「あ、すみません。休憩終わりましたね。戻らないと」
「…… アラーム、セットしていたんだね」
私服の上に羽織っている白衣のポケットからスマホを取り出し、奏が慌ててアラームを止める。
「すぐ色々な事に没頭してしまうんで、最近は、何か行動する時はアラームをセットしているんです。あ、コーヒーありがとうございました。後でゆっくり頂きますね。それじゃ!」
珍しく、そそくさと奏が休憩所を立ち去って行く。その背中を残念そうに陽は見送ったのだが、角を曲がる際にちらりと見えた奏の横顔が真っ赤なままだった事で、少しだけ互いの距離が縮まった様な気がしたのだった。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

俺のねーちゃんは人見知りがはげしい
ねがえり太郎
恋愛
晶は高校3年生。小柄で見た目が地味な晶の義理の弟は、長身で西洋風の顔立ちのイケメンだった。身内の欲目か弟は晶に近づく男に厳しい。過保護で小言の多い弟を『シスコン』だと呆れながらも、すっかり大人のように成長してしまった弟の、子供っぽい執着に『ブラコン』の晶はホッとするのだった―――
※2016.6.29本編完結済。後日談も掲載しております。
※2017.6.10おまけ追加に伴いR15指定とします。なお★指定回はなろう版と一部内容が異なります。
※2018.4.26前日譚姉視点『おとうとが私にかまい過ぎる』及び番外編『お兄ちゃんは過保護』をこちらに纏めました。
※2018.5.6非掲載としていた番外編『仮初めの恋人』をこちらに追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる