義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【幕間の物語(短話詰め合わせ)・その二】

とある休憩時間・再び

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 とある日の休憩時間。
 また奏は陽と休憩所の一角で一緒になった。自動販売機が数機と丸テーブルが四つ、それぞれに簡易的な椅子が四脚ずつ備わったものが並び、隅っこには大きな観葉植物が飾られただけのシンプルなスペースだ。
「青鬼さ…… 陽さん。お疲れ様です」
 名前を言えと懇願され、それ以来呼ぶ様にと努力はしているが、上役が相手だとなると、どうしたってたまに間違ってしまう。だがそれを陽が咎める事はなく、『よく頑張りました』と言いそうな笑顔を奏へ向けると、彼は側にある自動販売機の方へ体を向けた。
「お疲れ様ー。これから休憩だよね、缶コーヒーでよければ御馳走させて欲しいな」
「いいんですか?ありがとうございます。あ、でも次は自分が出しますね」
「…… うん、ありがとうねえさん」
 次の約束が当たり前に出てくる事が嬉しくって、陽のテンションがギュンッと上がる。ただでさえ今日は朝から機嫌が良いのに、それをたった一言でもっと上げてくるとか、奏は天使か?いや、神か!と、購入ボタンを押しながら陽は思った。


「はいどうぞ。いつものでよかったよね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
 礼を言い、奏は陽から温かな缶を一本受け取った。

(あれ?…… お気に入りの缶コーヒーがどれとか、話しましたっけ?)

 不思議に思うも、どうでもいい会話の中できっと話したんだろうなぁと勝手に結論付けた。
 一番近くにある椅子に座ろうと近寄る。すると陽は椅子を後ろへ引き、奏が座るのを補助してくれた。
「え?あ、あり、がとう、ございます」
 素直に腰掛けはしたが、何が起きたのか一瞬わからず、奏はどもってしまった。
「いいんだよ」と答え、奏の背後に立ったままの陽が、彼女の頭部にそっと頬を寄せる。不快にさせない程度に髪の香りを嗅ぐと、うっとりとした面持ちをしながら離れ、すぐ隣に彼も腰掛けた。

 何をされたのかわからないが、随分と距離が近かった気がする。
 寝癖でもあっただろうか?それともゴミでもついていた?考えてもわからず、『どうかしましたか?』と訊こうとしたのだが、口をついて出たのは別の言葉だった。
「今日はとても機嫌が良さそうですね。何か良い事でもあったんですか?」
「わかる⁈わかっちゃうか、ねえさんだもんね、流石だよ」
 陽のお尻付近でパッタンパッタンと揺れる尻尾の幻覚が、奏には見えた。
「いつもより笑顔が眩しいというか、こう…… オーラ的な物が凄いというか」
 手に持った未開封の缶コーヒーをくるくると回し、上がったテンションのまま陽が手遊びをする。気が付いてもらえた事が嬉しくって堪らない。もうこの喜びを糧にするだけで、今から三徹くらいしても平気な気がしてきた。
「あのね、今朝は夢見がよかったんだ」
「…… 夢見、ですか」
「うん。私は結構しっかり夢の内容を覚えたまま起きる事が多いんだけどね、今回のはとびっきり最高の内容だったもんだからもう、嬉しくって楽しくって興奮しちゃって」
 そう言いながら、陽の脳内で夢の内容が映画並みの表現力で再現される。中身はもちろん、奏の夢だった——


       ◇


 奏の小さな体には白衣の一枚しか纏っておらず、ぶかぶかなもんだから袖からはチラッとしか手が見えない。大きな瞳は猫の様にくりくりとしていて、うっすらと紅色に染まる小さな唇はプルプルと果実の様に瑞々しい。男性化された体は胸がぺったんこだが、残念ながら現実と大差なかった。
 そんな格好で奏が陽の家の中をウロウロとし、彼を見付けた瞬間、満面の笑みを浮かべながら『お帰りなさい。ずっとココで待っていたんですよ。もう…… 仕事ばかりしていないで、もっとかまって欲しいです』なんて言いながら抱きついてきたもんだから、その後は当然即ベッドに直行だった。

 体のサイズに似合った奏のイチモツはもう元気に滾っていて、先走りがちょろっと垂れ出している。そんな姿を陽に見られ、恥ずかしさに頬を染めながらも彼は『口でとか…… お願いしたら引きますか?』と言い、奏は自ら細い脚を開いた。そんなお願いをされて引く男がどこにいようか。いる訳が無い。いや、兄さんは私だけの愛しい人なだから、居たらすぐに排除してやる。
 まぁとにかく、そりゃもう当然、陽は彼のイチモツを軽く掴み、扱きながらも口で——


       ◇


「…… 陽、さん?どうかしましたか?大丈夫ですか」
 細部までしっかりバッチリ思い出してしまい、途中から丸テーブルに突っ伏してしまった陽へ、奏が必死に声をかける。
 具合でも悪いんだろうか?働き過ぎでは?医療室の人を呼ぶべきか、秘書課へ連絡する?と、彼女は軽くパニック状態だ。
 そんな現実側の奏も可愛いなぁ、と横目に見ながら思いつつも、実はちょっとアレが勃ってしまって体を起こせない。すぐ隣に座ったのは失敗だった。正面であれば背筋を正しても、テーブルに隠れて誤魔化せたのに、と陽は今更後悔した。
「大丈夫だよ、ねえさん。ちょっとえっと…… 」

(何て言って誤魔化そうか。素直に『勃った』とは、男同士でも職場の休憩所では言い辛いしなぁ)

「ちょ、ちょっと眠いだけだから!」
 何と答えるのが最適か思い付かず、半分ヤケになった言い方になった。
「…… そう、でしたか。じゃあ、ちょっとそのまま仮眠でもしましょうか。十五分程度したら起こしてあげますよ」
 そう言って、奏がそっと優しく陽の背中を撫で始めた。小さいが、とても温かな手の温もりを背中に感じ、滾っていたモノがちょっと落ち着く。母や姉から受ける様な優しさの前では、流石に本能的な部分も勝てないみたいだ。
「頭も、撫でて欲しいなぁ…… 兄さん」
「姉ですよ」
 奏は即座に返したが、その言葉は流された。


「…… 夢って、正夢とか予知夢とか、色々な種類がありますよね」
 もう既に陽は寝ているかもしれないのに、奏がぼそっと小声で呟いた。聞かせたい言葉ではなく、ただちょっと思った事を口にしただけだったのだが、本当に眠くて突っ伏したわけではない彼は、少しだけ顔を上げて「うん、そうだね」と返事をした。
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」と言い、頭を撫でていた手を引こうとする。すると陽は「撫でて」と甘えた声をあげ、再度頭を撫でてもらい続ける事に見事成功した。

「気持ちいいぃ…… 癒されるぅ、もうずっと撫でていて欲しい…… 」

 とろんと溶けた声で喜ぶもんだから、奏は完全に大型犬をあやしている様な気分になってきた。自分よりも遥かに大きくって、普段はとてもしっかりとした人が甘える姿はちょっと心を擽られる。彼が一体どんな夢を見てここまで嬉しそうにしているのか全く見当も付かないが、それにちょっとだけでも自分が関わっていたのだとしたら、少し、ほんの少しだけ嬉しいんだけどなぁ…… と考えてしまい、途中から『いやいやいや、ないないない』と、誤魔化すように撫でる手に変な力が入った。

「夢といえばね…… 願望夢って、知ってる?」
「いえ、初めて聞きました」
「心の中で、常々こうなったらいいなぁって思っている事が、夢の中で再現されるものの事らしいよ。すごく、すごくそうなったらいいな、幸せだなぁって思っている事がさ、夢の中だけでも叶ったら正直ちょっと嬉しいものだよね。だから、今朝私が見たのはソレだと思うんだ」
 やたらと溶けたままの声でそう言うもんだから、奏までちょっと眠たくなってきた。
「正夢になったらいいな、と思う程の夢だったんですね。その様子だと」
「うん。そうだね、いつか絶対に叶えるよ。だからね…… 兄さんにも協力して欲しいなぁ。私だけじゃ、無理だからさ」
 そう言われ、奏の顔がカッと一気に赤くなった。何となく、もしかしてちょっと考えた事がバレたのだろうかという焦りと、彼の願望夢に自分が出てきた事を察したせいだ。
「…… 無茶な内容なら、無理ですよ?」
 顔を赤くしたまま、でも表情は普段通りに硬い奏が丸テーブルに向かい倒れ、陽の隣に突っ伏した。手は陽の頭を撫でたままなので、表情がバッチリ丸みえだ。
「無茶を言わなければ、手伝ってくれるって事?」
 テーブルに投げ出していた腕をそっと除け、陽も端正な顔を奏に晒す。眼鏡がちょっと天板に当たってずれてしまい邪魔だったが、そこは愛嬌だろうと割り切る。
「まぁ…… それもやぶさかではない、くらいな程度で受け止めていただけるのなら」
 少し眠そうな瞳をし、顔を赤く染めた奏がすぐ隣に居る。そんな状況なせいで、陽の心臓がバクンバクンと激しく高鳴り始めた。
 夢の中の甘える奏と、目の前の奏の姿が重なり、キスをしたい衝動が胸の奥を激しく燃やす。頭を優しく撫で続けてくれている温かな手をぎゅっと掴み、奏の首に腕を回して、今すぐにでも今朝の願望夢を正夢に。了承はもう得ているではないか。場所が職場というだけで、そう大差は無い。ほんの数センチのこの距離を、ただ縮めるだけで今すぐ叶うじゃないか——そんな考えが陽を完全に支配し、ちょっとだけ距離を詰めようとしたその時だ。

 ぽっぽー。ぽっぽー。ぽっぽー…… 

 間の抜けた音が、奏の眠気と陽の劣情を思いっ切り邪魔してきた。
「あ、すみません。休憩終わりましたね。戻らないと」
「…… アラーム、セットしていたんだね」
 私服の上に羽織っている白衣のポケットからスマホを取り出し、奏が慌ててアラームを止める。
「すぐ色々な事に没頭してしまうんで、最近は、何か行動する時はアラームをセットしているんです。あ、コーヒーありがとうございました。後でゆっくり頂きますね。それじゃ!」
 珍しく、そそくさと奏が休憩所を立ち去って行く。その背中を残念そうに陽は見送ったのだが、角を曲がる際にちらりと見えた奏の横顔が真っ赤なままだった事で、少しだけ互いの距離が縮まった様な気がしたのだった。
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