義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【職場が同じとか、もうコレは有効利用するしかないよね】

初めての食事

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「ごめんね?もっと違う場所の方が良かったかな」
 ランチタイムはもう終了していた為、二人は通常メニューから選んだ料理をトレーに乗せて運んでいる。奏はオムライスのセット、陽は焼き魚定食を頼み、食事時では無い為ほとんど客のいない食堂内の窓側で横並びに席を取った。
「もっと時間があればよかったんだけど」
「社食の料理はどれも美味しいので、むしろ嬉しいです」
 美味しいし早いし、何よりも安い。かなり安い!よくよく覗いてみたら財布の中身がとても乏しかったので、本当にここで助かった。『遅れたお詫びに私が出しますね』と安心して言えたのだから。
 陽の方は陽の方で、ここで奢ってもらっておけば、『この間の礼だ』と言って外に誘い出せると考え、素直に『じゃあ、次一緒に食事をする時は私に出させてね』と奏にお金を出してもらったのだが、彼女はその考えを全く察してはいなかった。

「義理の兄弟になる私達が揃って同じ職場っていいね。こうやって、隙間時間で親睦を深める事が出来るんだから」
「そうかもしれませんね」
「私の妹がねえさんの弟さんとお付き合いしているとは思っていなかったから、結婚を考えているという話を聞いた時は少し驚いたけど、椿原家の方と血縁関係になれるだなんて本当に嬉しいよ」
「こちらこそ、反対せずにいてくださりありがとうございます。ウチは由緒正しき家柄というわけでも無いので…… 相手の方が青鬼家となると、少し心配でしたから」
「邪魔なんてしないよ。だって私は、絶っ対に、ねえさんと家族になりたいし」
 絶対の部分をヤケに強く言われ、奏がちょっと反応に困った。妹の幸せを願っているからではなく、自分との関わりを求められた事に驚き、何と答えていいのか思い付かない。
「あ、ありがとう…… ございます」
 奏が無難に礼を言うと、陽は笑顔だけを彼女に返し、この会話を打ち切ったのだった。


「ところでねえさんは、普段何をしているの?」
「仕事です」
 キッパリと言い切り、それ以外に何かあるの?と言いたげな顔を奏が陽へと向ける。
「…… そうじゃなくてね?終業後とか休みの日とかさ」
「あ、そうですよね。えっと、そうですね…… 」
 必死に普段何をしているのかを考えるが、仕事をする自分の姿しか思い浮かばず、奏が言葉を詰まらせた。
「…… 仕事、ですね」
 オムライスをすくった手が止まり、ぼそっと呟く。だがここで会話を切る訳にはいかないと思い、今度は奏が「青鬼さんは、お休みの日には何を?」と訊き返した。
「…… 一日中、寝てるね」
「そ、そうですか」
 仕事中毒の奏。彼も彼で、社長業をほぼ全て代行している身では自由な時間など少ないので残念ながらこの話題はこれ以上膨らみそうにない。だがそれでもと、陽が必死に話を続ける。
「休みかぁ…… 温泉とか行きたいなぁ。しばらく行ってないから恋しいよ」
「いいですね、自分も一度は行ってみたいです」
 うんうんと頷き、ちょっとの間の後で、やっと奏の言った言葉を脳内で処理しきった陽が「待って⁈ねえさん、温泉に行ったことないの?」と、慌てて訊き返した。
「無いですね。旅行とかの類は一度も。両親共に地元出身なのでお盆での帰省とかもありませんでしたし。旅らしい旅は、学校の修学旅行くらいでしょうか」

(え、じゃあ…… 兄さんの初めてを私がもらえるってことか!)

 箸をトレーに置き、体を横に向けて、ちょっと興奮気味に陽が奏の細い肩をがしっと掴む。
「じゃあ私と一緒に行こうよ、温泉旅行!兄弟で一緒に温泉に入って、裸の付き合いを是非!深い親睦を、ね?」
「…… 一緒にとか、無理ですよ?混浴とか、最近は無いんですよね?自分が青鬼さんと一緒に温泉に入ったら、捕まってしまいます」
 コイツは何を言っているんだ?と思い、本心ではギョッとしつつも、乏しい表情筋のおかげで陽を不快にさせる様な表情にはならずに済んだ。
「あーそうか、捕まるよねぇ」と答えつつ、彼の頭の中では、男性体をした全裸の奏に襲いかかる男共を思い浮かべ、深く納得して陽が頷いた。
 細くて小さくて可愛らしい兄さんの全裸など男にとって性欲の対象にしかならないはず。今までよくまぁ無事に過ごせてきたものだと、陽の妄想は膨らむ一方だ。

(…… 過ごせて、きたのか?)

 勝手な妄想が更に膨み、陽の顔が一気に青冷める。そんな奴が自分以外に既にいたのだとしたら、殺しても気が済まないなという考えが胸の奥から湧き出し、負の感情がゆらりと陽から噴き出しそうになった時、そっと奏が彼の手に触れた事で彼は一気に明るい顔色に戻った。
「大丈夫、ですか?顔色が悪いですけど」

(柔い!気持ちいい!触ってもらえた!)

 嬉し過ぎて、陽の脳内が語彙力不足になる。
「大丈夫だよ、兄さん!」
 つい本心の方が出てしまい、『あ、ねぇさんって呼ばないとダメなんだったよな』と思ったが、奏は聞き逃してはくれていなかった。

「えっと、自分は姉ですよ?兄ではないです。確かめますか?」
「た、確かめる⁈ま、まさか今から男子トイレとかで?」

 顔を真っ赤に染め、口元を手で塞ぎ、陽の全身が打ち震える。
 脳内の妄想が捗り、もう彼の中では白衣しか纏わぬ奏が『ココ、触ってみますか?ほら』とトイレの個室内で陽に迫る姿でいっぱいになった。もちろん、男性体でだ。
「…… 鼻血モノですね、それ。賛成です。いいでしょう、時間はどうにか作りましょう」
「待って下さい。それも自分が捕まります。不審者情報に載りたくはないので勘弁して下さい」
 何を陽が想像したのか全く予想出来ないが、きっと非常にマズイ内容に違い無いだろうと察することの出来た奏は必死に拒否した。

「身分証をお見せしますから、それで納得してもらえますか?」
「でも、性別の書かれた身分証って、パスポートとかマイナンバーカードとか?」
 温泉旅行だけでなく、海外旅行の経験も皆無な奏はパスポートの必要性が今まで無かったので作ったことがない。マイナンバーカードも手続きを先延ばしにしていたので、まだ未作成のままだった。
「あ、すみません。自分どっちも無いです」
 どうしよう?じゃあ他に何かあっただろうか?と慌てる奏の横で、『でもそんなもんの性別欄なんか、どうにでもなるしなぁ。偽装とか。偽装とか!』と、頑なに女性であると信じる気のない陽が居た。
「…… あ、母子手帳、とか?」
「え、母子手帳?」
「あれだったらエコー写真もあるので、自分の性別もわかって頂けるかと!」
 珍しく目を輝かせ、良い事思い付いた感を奏がプンプンとさせる。
「……わ、 わかった。楽しみに、してるね?」


       ◇


 後日本当に母子手帳を奏に見せられ、『初めて見せてもらった写真が、胎児期のエコー写真かぁ』と陽は遠い目をしつつも、ちゃっかり記載内容は存分に堪能した。だがしかし、ど素人がエコー写真を解説抜きで見ても性別の判断など出来るはずが無く、手書きの性別欄も信じなかった陽は、結局奏を“オトコの娘”だと思い込んだままで終わったのだった。

ねえさんの全裸を見せてくれたら、一発で信じるのに…… 」
「いや、出来るわけありませんよね?異性だからこその、拒否ですよ?」
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