義弟が私を“オトコの娘”だと言う

月咲やまな

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【職場が同じとか、もうコレは有効利用するしかないよね】

認識の違い

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 待たせずに済んだことで安堵したからか、一気に空腹感が奏を襲う。目の前のソファーに座る陽とは三人分程度の距離があったのに、そちらまで聞こえる程の大きさで、ぐぅぅっと腹の虫が抗議の声をあげ、奏は慌ててお腹を押さえた。
「あはは。早く食べないと倒れちゃいそうなくらいの元気な音だったね」
「すみません…… 」と言い、奏が顔を伏せる。珍しく顔が真っ赤で、恥ずかしさから彼女はギュッとまぶたを強く閉じた。
 そんな様子を見上げる陽の背中にゾクゾクッと興奮が駆け抜ける。人生において一度も経験のなかった感覚に一瞬だけ彼は戸惑ったが、それがすぐに性的な昂りからきたものであるとわかり、持っていたタブレットをすぐ横の座面に置いて、前のめりになって距離を詰め、高揚した面持ちのまま奏の手を取った。
「今すぐにでも喰べちゃいたいくらい、その表情は素敵だね。ねえさん」
「あ、じゃあすぐに移動しますか?」

 昼休憩の時間からは随分経つ。彼もよっぽど空腹なのだなと奏は受け止め、頷きながらそう返したのだが——
「こんな時間からホテルに?」と言って、ボンッと陽の顔が一気に真っ赤になった。
「え。ホテルは高いですから、もっと手軽な場所にしませんか?」
 家と職場の往復ばかりであまりATMには行かない為、奏は財布の中身が不安になってきた。ホテルならばクレジットカード払いという手もあるだろうが、作ったのは随分前なうえに普段使わないので、財布に入れたままでいるかどうかすら怪しい。事前に今すぐ中身の確認をしたおきたいが、手を取られたままなのでそれも出来ない。

「そんな!ねえさんとの初めてを手軽に済ませるとか、絶対にイヤだよ」

 握る手に力が入り、奏の骨が軽く軋む。だが、表情筋が一切動かなかった為、陽はその事に気が付かぬままその手に頰をすり寄せた。
「でも、今からは流石に」と言う間にもまた、盛大に空腹を抗議する音が奏の腹から鳴り、陽は残念に思いながらも、こくりと頷いた。
「う…… それは確かにそうだね。わかった。それはまた今度という事にしようか」
 ニコニコと笑い、陽が奏の手を握る手から力を抜く。だがしかし、顔を挙げはしたものの手を離す気配は少しも無い。それどころか、動悸が激しく、ちょっと呼吸が苦しそうだ。
「はい、また今度で」

(合意はしたけど、ホテルランチかぁ。…… 高そうですね。一体いくらくらいするんでしょうか。混んでもいそうだし、事前に日程を決めて予約とかしておくべきかな?)

(昨日の今日でこんなに早く、兄さんとえっちな事をする約束が出来るだなんて、顔に似合わず奏さんは豪快だなぁ)

 片手では奏の手を指先だけで撫でつつ、ポッと赤らむ自らの頬を冷やす様にそっと手で覆う。彼に尻尾でも生えていたのなら、喜びと興奮とでブンブンとソファーの座面を叩きまくっているところだろう。
 そんな陽に対し、距離感の近い人だなぁと思いつつも、義弟になる方なのだからと奏はそのまま放置する事にした。彼は奏の上役でもある。機嫌を損ねては自分の仕事に支障が出るかもしれないという不安も。

 “ホテル”と言う言葉に対する認識の違いに気が付かぬまま、二人はしばらくこのままの状態でいたのだった。
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