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【第1話】

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 とある商店街の一角で、ニタッと同時に笑みを浮かべ、制服姿の少女の後に続き、少しだけ彼女から距離を取って近所にある高校の制服を着た二人の男が歩いている。何代も前の機種のスマホに百均で買った安っぽいイヤホンをつなげて音楽を聴いている少女は、全く背後には気が付いておらず、曲に合わせて軽く頭を振りながらこの古い商店街を歩いていた。
 肩くらいの長さの黒髪を揺らし、ニコニコと微笑みながら商店街に並ぶ店にチラチラと視線をやり、知り合いの店員と目が合っては頭を軽く下げている。昔からこの界隈に住んでいる草加葵くさかあおいにとって、この商店街は庭のようなものだ。知り合いも多く、特に花屋とその隣にある喫茶店の店主達には昔から良くしてもらっている。

 花屋の店先に出て、花の手入れをしている神美鈴じんみすずが「今帰り?早いのね」と葵に声を掛けた。
「美鈴姉さん!今日からテスト期間なんですよ」
 少し大きめの声で葵が答える。すると美鈴が葵の両耳からイヤホンを外し、「おーい。音、大きいんじゃないの?」と少し困り顔で言った。
「あ、ごめんなさい。声は聴こえるからいいかなと思ったんですけど」
「耳、悪くしちゃうわよ?」
「あー…… 。はい、以後気を付けます」
「よろしいっ」と言いながら、葵の髪がクシャッとなるくらい美鈴が彼女の頭を撫た。

 少し離れた位置で、そんな二人の様子を見ていた二人の男が少しふて腐れた表情をしている。『僕らはまだ触った事も無いのに!』と身勝手な不満を抱きながら。

「じゃあ、私はこれで」
「あぁ、気を付けてね。そうだ!ご飯作るのが面倒になったら、すぐに 鈴音すずね姉さん頼ってね!」
 そう言って、美鈴が花屋のすぐ隣にある喫茶店の方へ視線をやった。
 “鈴音”は花屋の店主である美鈴の双子の姉である。面倒見の良い二人は小さな頃から面識のある葵の事が、気になってしょうがないみたいだ。

「うん、ありがとう美鈴姉さん」
 実の姉ではないが、古い知り合いなので葵は美鈴達には必ず『姉さん』とつけて呼んでいる。早くに親を亡くし、家族のいない彼女にとって、姉みたいな存在がいてくれる事が本当に嬉しい。例えそれが、“商店街の店主”と“客”という間柄に毛が生えた程度のものだったとしても。
 そんな『姉さん』に対し、少し高く手を上げて振りながら葵は再び家の方へ歩き始めた。


       ◇


 その後を、二人の男がこっそり尾行している。そんな不審な行動をしている二人の姿が花屋の隣にある喫茶店でアルバイトをしている日野要ひのかなめの視界に入った。彼は通っている高校の制服の上着だけを脱ぎ、筋肉質なゴツイ体に赤いエプロンを着けている。

「あれ?…… あの二人、どうしたんだろ、こんな所で」

 今は店内に客が居ないからと、彼はカウンター席に座り、テーブルに頬杖をつきながら疑問を口にした。
「知り合いか?」と、店主である鈴音が要に訊く。
「いや…… 相手は俺を知らないと思うよ。でもあの二人はすごく有名だからさ、何してんのかなぁと思って」
「有名?何か運動でもやってるのか?」
 喫茶店を経営しているが、ジムトレーナーにでも転職した方がいいのでは?と周囲に思われる程の運動好きである為、鈴音の発想はいつもそっちに逸れてしまう。
「鈴音さんはすぐそっちにいくね」と言い、要がクスクスと笑った。
「わ、笑うな!」
 鈴音が顔を真っ赤にして、要からプイッと顔を逸らし、カウンターテーブルを拭きだした。洗い場でコップを洗いながら、そんな店主の態度が可愛くってしょうがない要が、鈴音に優しく微笑む。
「可愛いなぁ、ホント」
「五月蝿い!お前はもう帰れ!」
「今さっき来たばっかりだよ」
 突き放されても慣れた様子で、要は全く気にしていない様だ。

 ふうぅと息を吐き、気持ちを少し落ち着けてから、「んで?何で有名なんだって?」と、鈴音が要に改めて訊いた。
「えっとね、彼らは天音あまねきょう匡とりょうって名前なんだけど、ちょっと変わった双子でさ。何をするにも一緒で、何もかもソックリなんだ。ちょっとでも違う箇所があればありがたいんだけど、本人達にはそうする気が無いみたいでさ。いっつも先生が困ってるよ」
「双子ってだけで先生には困りものなのに、区別もつけてもらえないのは大変だな」

(そういえば、鈴音さんと美鈴さんも双子だったよな)

 二人は一卵性の双子のはずなのに、性格も好みも、話し方に至るまで全くと言っていい程似ていない為、彼女達が双子である事を要は忘れがちだった。
「鈴音さんと美鈴さん達も大変だった?」
「いや。私は常にジャージ姿だったから、即区別してもらえた」
「あははは、鈴音さんらしいなぁ」
「スカートなんぞ穿けるか、気持ち悪い」
 男勝りな性格のせいか、鈴音はスカートが苦手みたいだ。
「うちの学校の理事長くらいだね、さっきの二人の区別つくの」
 要、匡、涼の三人は清明学園という同じ高校に通っている。その高校の理事長はどうやら瓜二つの双子であろうが区別出来るらしい。
「あぁ、アイツは異常だからな」
 彼らの通う高校はこの商店街からも程近い為、鈴音も理事長とは知り合いだ。日本人なのにハーフが故の金髪・碧眼持ちの理事長の姿が頭に浮かび、鈴音はため息まじりにそう吐き出す。実妹が世界で一番大好きだと公言しているド変態でもある為、彼の存在を思い出すだけでも鈴音の体に鳥肌が立った。

「…… あの二人がこの界隈に居るのは初めて見たけど、何してたんだろうなぁ」
「別にいいじゃないか。此処は学校から近いんだから、買い物にでも来たんだろ」
「そう、だよね」と返しはしたが、要の心がどうもスッキリしないのはきっと、まるで誰かを尾行でもしている様な行動をしていたからだろう。


       ◇


 美鈴に注意され、先程よりも音量を少し下げた状態で、楽しそうに音楽を聴きながら葵が歩く。通る店先に視線をやったり、飛ぶ鳥を見上げたり、ゆっくりと歩きながら帰路を進む。

「…… 家に帰るのかな」
 葵からは少し離れた路地の角に隠れている匡が言った。
「だったらいいね。さて、どうやって声を掛けようか」
「そうだね…… 」
 商店街を通り抜け、閑静な住宅街へと足を運ぶ葵を見て、匡と涼の二人が少しホッとしたような表情を浮かべた。だが話し掛ける機会は相変わらず無いままで、彼らはひたすら後をつけて行った。

 葵の後をついて行くと、匡達の住む付近には無い様な大きな住宅が多く並ぶ住宅街に差し掛かり、二人が物珍しそうに周囲を見渡した。
「なんだかすごいね…… 」と涼が驚く。
「まさか、何処かのお嬢様だったりするのかな」
「それは…… すごく困るね。色々大変そう」
「うん、困るね」
 一際大きな古い屋敷の前を葵が通り過ぎようとした時、「——おや。葵さんじゃないですか」と言う声が、屋敷の中から聞こえた。

((またか…… ))

 同時にため息をつきながら、匡と涼が心の中でぼやき、額に手を当てて俯いた。話し掛けるきっかけを探そうにも、こうも別からの声掛けが多いと機会が全然掴めない。
大和やまと兄さん!いらしゃったんですか」
 ニコニコと笑いながら、大和という青年の元に葵が駆け寄る。細身で背が高く、眼鏡を掛けた大和は着物姿なせいか、明治や大正時代の文学青年の様な雰囲気を纏っている。木造の古風な屋敷から出て来たからか余計にそう匡達の目に映った。

 葵がすぐに耳からイヤホンを外し、「こんにちは!お元気そうですね」と挨拶をする。
「葵さんこそ、元気そうで安心しましたよ。食事の方は大丈夫なんですか?」
 美鈴に続き、大和までもが食事の心配をしている。葵の細身で小柄な体型のせいかもしれない。
「はい。最近は自分でも作れる様になったんですよ」
「それはよかった。でも、困ったらいつでもうちに来てくれて構いませんからね」
「ありがとうございます」と言い、葵が大和へ頭を下げる。そんな葵に大和はにこやかに微笑みかけると、「週末はうちにいらっしゃい、何か和菓子でもご馳走しましょう」と言った。
「わぁ、ありがとうございます。じゃあ…… ちょっとだけ、お邪魔させてもらいますね」
 嬉しそうに葵が微笑む。
「ええ、お待ちしていますよ」
「じゃあ、私はこれで」
 ペコッと頭を下げ再び歩き出す葵を、大和が「ちゃんと今日も晩御飯食べるんですよ」と言いながら見送った。

 葵は歩き出したが、匡と涼の二人はすぐにはついて行かなかった。古風な屋敷の門の前に立ったまま、葵の背中を見送ってる大和が気になってしょうがなかったからだ。
 門の側に箒が見えたので、今まで掃除でもしていたのだろう。『早く中に戻ってくれないか』と思いながら涼が大和の事を物陰から見ていると、匡が「あ、隣の家に入って行ったよ、彼女」と涼に向かって言った。
「…… 参ったなぁ」
 右手の親指の爪を軽く噛みながら、涼がぼやく。大和は葵が無事、家に入った事に安堵すると、自分の家の庭へと戻って行った。

 それを確認した匡と涼が同時に走り出す。彼らは葵の入って行った家の門の前に立ち、古くて少し読みにくい字で書かれた表札を見上げると、そこには『草加』と書かれていた。

「…… 草加、か」と匡が呟く。

「なぁ、まだ彼女庭に居るよ。行ってみよ?」
 涼が、匡の肩を掴みながら少し興奮気味にそう言った。
「そうは言っても…… 人様の家だよ?」
「だけど、何度も食事の心配をされていたろ?多分、今は家に一人なんじゃないかな」
「なるほど。…… 一人、か」
 顔を合わせ、二人が同時にニヤッと微笑むと、辺りを気にして周囲を見渡した。閑静な高級住宅街には誰かが居るような気配がない。何処もかしこも大きな庭付きの住宅ばかりで、家の中からの視線すら感じられない。
 誰も見てはいないと確信した二人は、草加邸の庭へこっそり入って行った。
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