こうして、世界は再び色を持つ

月咲やまな

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【最終話】

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 敷布団に体を預けたまま、葵が深い溜め息をつく。二人はどうする事も出来ず、ただおろおろとしながら葵を見詰めている。
「あぁ、ごめんなさい。困らせてしまいましたね」
「いや、それはいいんだけど…… 」と、気まずそうな顔で匡が言った。

「えぇ、いますよ、好きな人。大和さんの言う通りです」

 諦め混じりに葵が言った。その言葉が、匡と涼の心に深く突き刺さる。知っていた、覚悟していた言葉だったのに、改めて本人から突き付けられると流石に辛い。呼吸が少し苦しくなり、揃って顔色が悪くなった。

「…… 誰かは、聞けないよね?」と匡が訊く。名前を聞いたって誰かもわからないだろうが、それでも知りたかった。
 一瞬口を開けたが、葵はその口を閉じながら無言で頷いた。

「でも、それでも、匡さんも涼さんも、私の傍に居たいんですか?」

 試すみたいな視線を向けられ、少しだけ居心地の悪さを感じながらも「「あぁ」」と二人が同時に頷く。

(…… そっかぁ)

 葵は二人の様子を見て、胸のうちを黙っていようと心に決めた。『多分、私も好き…… かも?』という言葉を葵がそっと腹の中に呑み込む。
 それで許してあげよう。確かに相当酷い事をされはしたが、それでも葵は『また、一人に戻るよりは…… 』と考え、彼らが傍に居る事を選択した。どんなに『慣れたから平気だ』と強がっていても、気に掛けてくれる人達が外にはいても、一人きりの世界に居るのは孤独だったから。

 ずっと想っていた。『自分だって愛してもらいたい』と『誰かを、気兼ねなく愛したい』と。
 その方が、絶対に人生は何倍も幸せだろうな、とも。

「…… それでも、好きだよ」
「それでも、傍に居たいんだ」

「もっと傍に行ってもいい?」
「ねぇ、触れてもいい?」

 順々に、切なそうにそう囁く二人に、葵が穏やかに微笑みながら頷く。ゆっくりと匡と涼が葵に近づき、布団に包まったままの身体をギュッと抱き締めた。

「葵…… 好きだよ」
「愛してる…… 葵」

『私も、多分——』と反射的に言いかけ、葵は口を閉た。そして、ゆっくり瞼を閉じ、黙ったまま二人の言葉を心に受け止めたのだった。


       ◇


 大和の部屋の前に立ち、葵が襖越しに、「——大和兄さん、いらっしゃいますか?」と声を掛けた。
「はい。今、そちらへ行きますね」
 襖の向こう側から、大和のくぐもった声が聞こえる。

 少しの間の後。ガラッと勢いよく襖が開けられ、浴衣姿の大和が部屋から出て来た。匡が着ていた制服のジャケットだけを着た葵と、その後ろには匡と涼が立っているをの見て、大和が安堵の息をつく。
「よかった。…… 和解、出来たようですね」
「ご迷惑をおかけしました」と葵が言い、続いて三人が大和に向かい、頭を下げる。
「いいえ、僕は何も。三人がきちんと話し合えたのならそれでいいです」
「大丈夫ですよ。もう、わだかまりはありません」
 にこやかに微笑みながら、葵はそう伝えた。
「そう、ですか。…… 葵さんは、本当に強い子ですね」
 くしゃくしゃと、大和が葵の頭を撫でる。その様子を前にして、匡と涼はちょっとだけムスッとした顔をした為、大和はすぐにその手を離した。

「そういえば、大和兄さん。私に、気になる人がいるって事、二人に言っちゃったんですね」

「いけなかったですね、申し訳ない」

「いいんですよ。でも——」
 そっと口元に指を当てながら、「誰かだけは、絶対に秘密にしていて下さいね」と葵が釘を刺す。

(…… ?教えてもらってもいないから、秘密も何も…… 。——あ、あぁ。そういう事ですか)

 大和は、瞬時に状況を察した。くすっ微笑み、「わかりました。僕達の秘密です」と答える。葵の、寂しさを起因とした寛容さのおかげで和解した様だが、そのくらいの罰は与えるべきだと大和も考えたからだ。
 益々不機嫌な顔になる二人を背にしたまま、楽しそうに葵が微笑む。

「では、私達はおいとましますね」
「時間も遅い。お腹が空いているのでは?軽いものになりますが、何か用意しますよ」
 すぐに帰ろうとする葵に、大和がそう提案する。
「空いてますけど、私が匡さんと涼さんにご馳走してあげようと思っているんで、すぐに帰ります」
 初耳だったのか、匡と涼が、「え?そうなの?」と、餌を前にした犬のように嬉しそうな顔になった。
「おや、それはいいですね。だけど、食後はちゃんと、二人は家に帰るんですよ。親御さんが心配なさっているでしょうからね」
 今は長期の出張中であり、普段から行動のおかしな二人の事を両親共に放任気味だったので、自分達を心配しているとは到底思えなかったが、二人は黙って頷いた。

「じゃあ、行きましょうか」と言いながら、葵が二人の手を取る。匡と涼は予想外の事に顔を真っ赤にしながら、嬉しそうに頷いた。
「…… 玄関まで見送る必要は、なさそうですね」
 息を吐き、大和は自室の前で三人を見送る。廊下の角を曲がり、葵達の姿が見えなくなったのを確認すると、彼も自室の中に入って襖を閉めた。そして、部屋の真ん中に敷かれた布団の中、可愛い寝顔で眠る那緒の頬にそっと触れる。

「よかったですね。葵さんにも、どうやた心を許せる相手が出来たようですよ。…… 彼女も、もう一人じゃない」

 葵を心配し、泣きながら寝入ってしまった那緒の目頭に残る涙を、大和がそっと拭った。
「明日は、幸せな夢をみれますね」
 そう呟き、大和は那緒の眠る布団に潜り込み、彼女の体を背後から優しく抱き締めた。


       ◇


 すっかり暗くなった自宅の庭を、匡と涼の二人と一緒に手を繋いだまま、葵が玄関に向かって歩いて行く。初めて彼等に声を掛けられた場所が目に入り、葵が微笑んだ。
「「どうしたの?」」
 同時に訊かれたが、その重複した声にすっかり慣れた葵は、「いえ、何でもないですよ」と返した。
「でも、何だか楽しそうだったけど…… 」
 涼がどうしても気になったのか、そう溢す。
「前にここを通った時は、まさか二人とこうなるとは夢にも思わなかったなぁと思って」

「…… そうだね、うん」と匡がこぼし、「…… ごめんね」と涼が謝る。
「いいんですよ。この先ずっと傍に居てくれれば。あ、でも今日はちゃんと帰って下さいね!ずっと隣に居てって言っても、本当にずっととかじゃなく、何ていうかその、心の距離的な話ですから」
 自分の左右に居る、匡と涼の顔を交互に見ながら、葵が必死に説明する。そんな彼女の様子を見守りながら、二人がくすくすと笑った。
「大丈夫だよ、わかってるから」
「でも、何かあったらすぐに呼んでね?何処であっても、どちらかが必ず行くから」
 匡の言葉を、涼が捕捉し、二人が優しく微笑む。
「ありがとう」
 二人からの言葉を受け止め、葵は本当に嬉しそうに笑った。


 ——色褪せた世界の中。
 匡と涼の二人は、互いしか見ていなかった世界から抜け出し、一人の女性を愛する事の喜びを知った。

 自分は誰からも愛してはもらえない。
 自分の世界には、己一人しかいないと思っていた世界から抜け出し、葵は二人から愛情を注がれる喜びを知った。

 二人と、一人の世界が重なり、溶け合い、きっといつかは一つの世界を創りだす事になるだろう。
「好きだよ。愛してる、葵」
「僕も愛してるよ、葵」
 二人から溢れんばかりの言葉を注がれる日々が始まる。

 でも、『私も好きですよ』という言葉は、まだしばらくは伝えないままに。


【終わり】
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