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【第10話】

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 湯川邸の古くて大きめの門をくぐり、石畳の続く庭を歩いて玄関前に着くと、匡は小さな呼び鈴を押した。カメラ付きのインターフォンとかじゃなく、ただ音が鳴るだけの古いタイプなのに、文化財にでも指定されていそうな趣の木造住宅なせいか、これさえも新しく見える。

 少し間があった後、家の中からパタパタと玄関に向かい走る音が聞こえてきた。「どちら様ですか?」と、曇硝子をあしらった引き戸の奥から女性の声が聞こえる。
「えっと…… 。すみません、こちらに草加葵さんがお邪魔していると思うのですが」
 代表して匡が言う。涼は黙ったまま、彼の隣に立っている。
「えぇ、いらしてますよ。お友達ですか?」
「「…… とも」」
 そう訊かれて、二人は返答に困った。
 友達ではない。『無理に抱いた男だ』と正直に言うのも流石にオカシイと思い、どう答えていいものかと悩みに悩む。

「——いえ。知り合い、です…… 」

 匡は後ろめたさを感じながら少し小さな声で答えた。
「今開けますね」
 大和の妻である那緒が内側から鍵を外し、玄関の引き戸を開け、「どうぞお上がり下さい。今呼んで来ますね」と二人に向かい微笑んだ。事情を全く知らされていない為、警戒心は少しも持っていない。

「え?あれ?……千草さん?」
 匡が、玄関を開けた女性を前にして目を見開いた。
「あら、貴方達は…… 」
 同じ学校の、しかも匡はクラスも同じである千草ちぐさ那緒が出て来た事に二人が驚く。
 湯川大和と彼女は、まだ那緒が学生の身でありながら結婚し、本名は“湯川那緒”となった。だが彼女は、学校ではまだ旧姓である“千草那緒”を名乗っている為、どうして彼女が今この家に居るのか、二人は皆目見当もつかない。表札にも『千草』とは書かれていなかったので当然だ。
 匡と涼とはまた違った存在感を持ち、最近では珍しく清楚な雰囲気のある彼女の事は、周囲に興味の無い二人でも流石に認知している。だが所詮は『知っている』という程度なので、いくら考えてもわかるはずがなかった。
「…… 風邪のようには見えないけど、学校はどうしたの?先生も心配してたよ?」
 両親は出張中で不在だし、二人は学校への連絡をしないまま無断欠席していたので、先生達が心配していたみたいだ。
「あー…… 聞いていないんだ?」
「誰から、何を?」
 匡と涼が気まずそうな顔をしたが、那緒はきょとん顔だ。
「この家の…… えっと」とまで言って、名前が分からず匡が言葉を詰まらせる。すると涼が、「男の人に」と助け船を出した。
「ああ」と言い、那緒が微笑む。
「大和さんにお会いしたんだ?」
「「…… まあ、うん」」
 二人が同じ言葉を同時に発し、那緒が楽しそうに笑った。
「じゃあ、えっとー。結局会いたいのは、大和さん?葵ちゃん?」

「「先に、大和さんかな」」

「わかった。じゃあ、話せるか訊いて来るから、少し此処で待っていてくれる?」
 匡と涼が無言で頷くと、那緒は二人を玄関に残し、足音をたてながら木製の古い廊下を奥へ駆けて行った。


       ◇


 大和の部屋の前に立ち、「大和さん、戻っています?」と那緒が声を掛けた。
「居ますよ、どうしましたか?」
 そう言いながら大和が立ち上がり、部屋を仕切る襖を開けて、廊下に立つ那緒の元へ急ぐ。
「お客様ですよ。大和さんとお話しがしたいんですって。客間は今葵ちゃんが居ますから、どの部屋に通しましょうか?」
「お客様?——ひょっとして、二人の男の子ですか?」
「ええ、よくわかりましたね。クラスメイトの天音君と、双子の弟さんの二人だったんですが、知り合いだったんですね」
「…… まぁ、そうですね。日は浅いですが」

(まさか、こんなに早く来るとは)

 少し悩み、大和が「私の部屋に来てもらいましょう」と答える。すると那緒は無言で頷き、玄関へ引き返して行った。


「どうぞあがって」
 玄関まで戻り、那緒が匡達に声を掛ける。
「お邪魔します」と言いながら靴を脱ぎ、綺麗に揃えると、二人と那緒は一緒に廊下を奥へ進んで行った。

 草加邸と同じくらい古そうなのに、彼女の家とは違い、綺麗で開放感のある和風の住宅に対して匡と涼が物珍しそうな顔をする。縁側を通る時、ここに来た目的を一瞬忘れ、二人は感嘆の息をもらした。
「すごい樹だね、桜?」
 匡が興味津々と言った表情で那緒に訊く。
「ええ、老木だけど。…… とても大切な樹なの」
「威厳があってカッコイイ樹だね」
 涼も目を奪われ、素直に褒めた。
「あ。絶対に触らないでね、本当に大事な樹だから」

「「大丈夫だよ、人の領域を侵したりは——」」
 二人は『しない』と言いかけ、言葉を止めた。

(葵の領域を自分達は散々侵したのに、どの顔をさげてその言葉を言う気だ)

 そう思った二人は、揃って苦笑いを浮かべた。
「——とにかく、大丈夫。触れたりはしないよ。ここから観るだけ」
「春に、来てみたかったよ」
 匡と涼がそう言いながら桜の木を見上げる。

「いいよ、来年花見に来ても」

 何も事情を知らない那緒があっさりと許可を出す。クラスメイトなのだからこのくらい当然だと思ったみたいだ。
 だけど「「あー。いや…… 」」と匡と涼は言葉を濁した。

(それは無理だよ。多分、いや、絶対大和さんって人に殺される)

 二人が自分達の足元に視線を落とし、息を吐く。
「ありがとう千草さん。もういいよ、行こう」と匡が覚悟を決めた様な声で言った。
「そう?——こっちよ、ついて来て」
 那緒に続き、匡と涼も廊下を進んで行く。だが、歩くたびに足が重くなり、二人は先への不安で頭の中がいっぱいになってきた。
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