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本編

【第六話】隠していた一面

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「約束なんで、神霊の事教えてあげますね」
「あ、うん…… 」

(そういえば、そんな約束でしたんだっけ…… キス。初めてだったんだけどなー、こんな初めてで本当に良かったんだろうか?)

 ぼぉっとした頭のまま、こくっと頷く。
 気持ち的には両手で火照る顔を冷やしたい気分なのだが、腕ごとまとめて押さえられたままなせいでそれは出来なかった。
「オレ達インキュバスはね、蝙蝠や蛇を使役する事が出来るんですよ。まぁ、サポート役みたいなものっすね。伝達を頼んだり、情報収集、監視や…… まぁ色々と。んでもって、オレにはまだ使役がいないんで、あの子とオレが契約したらオレ達の寿命が一緒になるので、寿命とか無関係に生き続けられるってワケっす」
「納得、出来ましたか?」と言いつつ、戸隠の着ている白衣のボタンを徐々に外していき、服を捲ろうと裾を掴む。油断ならない瀬田に対し、戸隠が「待てぇぇぇ!」と大きな声をあげた。

「えっと、『オレ達』っていうのは瀬田君と神霊君の二人って事?」

 引き伸ばせ、そうしたら瀬田の気持ちや滾ったモノが落ち着くかもと、無駄な期待をしつつ戸隠が話を続けようとする。
「そうですね。結婚相手が見つからないうちはオレも使役してくれている動物もいくらでも長生きしていられます。人間の伴侶を得た後は、その人間と同じ寿命で生きるも死ぬもお好きにどうぞって感じっすけど」

「…… え、じゃ、じゃあ…… 君達は、人間と一緒にならない方が幸せなんじゃ?」

「そんな事は無いっすよ。少し前まで種族全体が呪われていた時期があったんで、その影響がまだ残っていて、オレ的には生涯の伴侶にこの身を捧げる事に抵抗が無いんで。共に生き、共に死ぬ。最高じゃないっすか」
 そう言って、戸隠の穿いているスカートのファスナーを瀬田が下ろした。
「先輩の親友だって、オレと二人だけで生き残るよりも、先輩と同時に死ねた方が本望だと思いますよ。好きだとはいえ、先輩と付き合いの短いオレですらそう思うんですから、彼なら余計に、でしょ」
 瀬田が戸隠に跨っている脚を少し浮かし、彼女のスカートを脱がせたせいで黒いストッキングを履いた脚が露わになった。着ている白衣もブラウスもボタンは既にもう全て外されていて、ブラに覆われた胸が服の隙間から見える。『どうしよう!ここまできたらもう逃げるとか無理なのかな』と考えている事が顔にハッキリ書かれていて、瀬田は胸の奥がむず痒い気持ちになった。

「こんな好条件の奴なんか、逃したらもう絶対に現れないっすよ?」

「で、で、でも…… 君は、この先もずっと…… こういう事、沢山する気なんだよね?」
 訊いた声が震えている。
 恐怖からというよりいは、あられもない格好をさせられた羞恥による震えといった方が近かった。
「当然じゃないっすか。オレ達、魔女に呪われていたせいで今や絶滅危惧種なんで、沢山子孫だって欲しいし、何よりもコレってオレにとっては食事みたいなもんだし。それ以前に、好きな相手を前にして抱かないという選択肢ってそもそも無いと思いませんか?本心としては、年中無休でずっと抱き倒していたいのを、必死に抑えているんですからね?」

「大概の人がそんな過剰な欲求は持っていな——って、インキュバスに言っても無駄な話だったね!」

「分かってるじゃないっすか、先輩」と言って、瀬田がニヤッと笑う。
 そして八重歯が奥に潜む口を軽く開けたまま戸隠に顔を近づけると、優しく唇を重ね始めた。舌先でツンツンと戸隠の唇をつっつき、暗に『開けろ』とせがむ。心中では絶対に開けてなるものか!と思うのに、鼻腔を擽る甘い林檎の香りに軽く思考を鈍らせられ、戸隠はつい言う通りにしてしまった。

「素直になってきたじゃないですか。そんな先輩も、可愛いっすね」

 毒耐性が異常に高い戸隠は、媚薬が混じっているに近いこの香りに酔っているというよりは、状況に流されているだけに近い。ドキドキと高鳴る心音が『もしかして自分も彼が好き…… 何だろうか?』と錯覚させ、より警戒心を緩ませる。
「んくっ」
 知識を頼りに鼻で呼吸をし、絡ませようと口内に伸びてくる瀬田の舌の動きに必死に応える。だが、初心者丸出しのおっかなびっくりとした動きでもあった為、瀬田がキスの合間合間に嬉しそうに何度も微笑んだ。

「ホント…… どこまでも可愛いっすね。何しても可愛いとか、もう存在自体が犯罪っすよ、先輩は」

「…… 君に言われたくない、かな」
 今は戸隠の希望に沿って黒髪になっているが、普段の金髪にシトリン色のキラキラとした瞳を思い出し、戸隠の眉間にシワが寄った。地味を絵に描いた様な自分に対して『可愛い』と言われても、王子を地で体現した様な青年が相手では嫌味にしか聞こえない。

「もっと沢山、溶けるくらいにキスをしましょうね。コレだけで、腹一杯になれるくらい続けたいっす」

 戸隠の体に跨ったまま、彼女の頬に優しく手を添えて、瀬田が唇を必死に貪る。初めて味わう大好きな人の口内はソースやマヨネーズの味がして、自分まで同じ物を食べた様な気がしてきた。
「あはは…… キスって甘酸っぱいとか、レモンがどうこうって聞いた事あるんすけど、先輩とのは完全にたこ焼きっすね」
「直前まで食べてたし…… 仕方ないのではないかと」
 嫌だったかな、と不安げな瞳を目が合い、そんなワケがあるか!と示す為にまた深い口付けを戸隠に贈る。インキュバス特有の長い舌で上顎を丹念に、かつ丁寧に舐め、歯や歯茎なども忘れず愛撫していく。そのせいで、唾液が戸隠の口の端からツツッと零れ落ちた。

「勿体無いじゃないっすか、ちゃんと飲み込まないと」

 瀬田の唾液や汗などの体液には微量の媚薬成分が含まれている。毒耐性が強くても、それらを飲み続ければ、あるいは先輩でも…… と思うと、少しの漏れもなく全部飲ませてしまいたいと彼は考えた。

「む、無理だよ…… わ、私は…… 」

 そうは言ったが、瀬田の微妙に甘さのある唾液は飲み込んでも苦では無かった。だが、上手くキスが出来ていないせいで呼吸をするのが精一杯な戸隠は、口内に溢れる唾液を飲み切れない。『インキュバスな君とは違うんだから、お手柔らかに頼むよ』と言いそうになった辺りで、彼女は慌てて口を噤んだ。
「『私は…… 』何すか?」

(お、お手柔らかにって…… もう、この先もする前提の発言じゃないか!)

 自分が考えてしまった事の意味に気が付き、戸隠が慌てて「な、何でもないよ!もう、あの、ここまでで、その、やっぱ仕事しよっかな!」と、無駄に大きな声で答える。
 真っ赤な顔でそう叫ばれても、やっぱり可愛いとしか思えず、感極まった瀬田は「ダメっすよ、ベッドまで来て何もしないで体から降りられるワケがないじゃないっすか」と告げながら、かぷりと戸隠の小さな耳に甘噛みをした。

「んひゅんっ」

 瞼をギュッと閉じ、変な声がでてしまった口を慌ててぐっと閉じる。
 彼の舌先が耳の外輪を舐め、優しく噛んでとされながら程よいサイズの胸を同時に揉まれ、戸隠は声を押し殺すのに精一杯で、眦に涙が溜まり始めた。

「嫌がっている理由が恥ずかしいだけなら続けますけど…… もし心底オレが嫌いなら、もういっそ唇を奪って、そのままオレの舌でも噛み切っちゃってくれませんか?そのくらい抵抗されたら、諦めもつくと思うんで」

 荒い吐息の混じる声で囁かれても、『その手があったか』とも思えず、ただただた耳を愛撫され続けるのを、快楽に打ち震えながらじっと耐える。そもそも『他人の舌を噛み切るとか無理難題でしかないじゃないか!』とすぐに気が付き、断るという選択肢が与えられていない事にやっと気が付いた。

「君は、色々と…… ず、ずるいよ」

「あ、気が付いちゃいましたか。しょうがないっすよ、それだけオレは先輩が欲しいって事ですからね」
 何度も耳を甘噛みしつつ、瀬田がクスクスと笑う。
「あ、でもオレはソレ出来るんで、何も無茶な要求はしていないっすよ」
「き、君は、人外だし!私には出来ないよ!」
「先輩だって、神霊を使えば人とは違うこと出来るじゃないっすか」
「し、しないし…… 」

「アイツは蛇っすからね、こうやって先輩の柔肌を這わせて…… ツンッて尖ったココとか、牙で噛まれたりとかしたら…… と思うと、ちょっとドキドキしないっすか?」

 そう言いつつ、肌の上を手でそっと撫で、ブラジャーごと胸の尖りとキュッと摘む。甘い吐息をこぼす戸隠の姿にゾクッとした快楽を得ながら、瀬田が舌を首筋に這わせた。
「あの子には、そんな事…… させない、よ」
 軽く踠いて抵抗をしてみせるが、すぐに戸隠の体からは力が抜けてしまう。
「白い蛇が全身に巻きついて、鱗肌で快楽を得る姿とか…… 想像するだけでもう、イキそうになるくらいエロいや…… あはは」
「し、しないよ!怖いよ!」
「オレとなら、どうっすか?先輩がオレと婚姻関係になってくれて、沢山沢山精気くれたら、蛇の姿になって先輩の全身をたっぷり這ってあげるとか出来ますよ?大丈夫、感極まったオレにもし噛まれても、傷口から入るのは媚薬成分だけなんで死にはしないですから」

「そもそも、蛇とエッチをしたい欲求はありません!」

「んー残念っす。めちゃくちゃ燃えそうなのになぁ」と言いながら、子供っぽく瀬田が笑う。そんな彼の顔を見て、戸隠の胸の奥がギュッと胸の奥を鷲掴みにされた。
「…… そ、そんな顔も出来るんだね」
 ちょっと驚いた顔をしながらそう言うと、「え?あ!やばっ」と、慌てながら瀬田が片手で顔を隠す。隙間からどうしたって見えてしまう顔は真っ赤で、シトリン色をした瞳は羞恥で潤んでいる。

「み、見ないで下さいよ…… せっかく、先輩に合わせて、ガキ臭い一面を必死に押し殺してんのに…… 」

 悔しそうに声をこぼす姿が可愛く思え、戸隠が口元を震わせる。普段の無表情な彼は、誕生からの年齢が五歳の子供が必死に背伸びをした姿だったのだとわかると、一気に瀬田に対して持っていたイメージが一転してしまった。

(あ…… や、ヤバイ。ギャップがすごくって、可愛いかも…… )

 胸の高鳴りが止まらず、互いの触れ合う肌から汗が伝う。
 この気持ちは、恋——とまで言っていいものなのかは不明だが、少なくとも、今の状況を受け入れてしまったとしても、後悔はしないかもしれないとは思えてしまった。
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